日も差さぬ、昼間も影に遮られて薄暗い路地裏で。 漆黒を纏う、細身の影が踊る。 ひらりひらりと身軽に動く姿は――――さながら蝶を思わせる優美さと、毒蜂を感じさせる攻撃性を兼ね備えていて。 漆黒の帽子から覗くくちびるは、余裕と、純粋な楽しみ故に笑みをかたどる。 未だ“子供”としか言えない身でありながらも、・・・・・・いや、それゆえにこその妖しさと美しさが、其処にはあった。 無論――――・・・・それを見る余裕など、相手の連中には無いだろうが。 彼等の不幸は、怪しいながらも細身の少女でしかない外見に惑わされた為だろう。 2・3発殴って脅せば何とかなる、とでも考えたに違いない。 まぁ、その身の程知らずはこうして甘く見すぎた代価を支払う羽目になった訳だが。 手出しを禁じられた彼の見守るその先では、自分の主がそれはもうイキイキとした表情で相手を蹴倒し殴り倒し踏み付けにして遊んでいる。 その様子を美しいと感じる反面、大概好戦的ですねこの人も、と氷月は自分の事を棚に上げて思った。 彼の見守るその先では、が最後の一人に強烈なアッパーカットを食らわせている処だった。 派手にブッ倒れる男を背に、彼女は振り上げた腕をこちらに突き出し、得意げにVサインを出して見せて。 「氷月見てたー!?あたしの活躍スペクタル!!」 『見てましたよ、主殿。何処がどうスペクタルだったのかは知りませんが』 「ここがこうスペクタルです」 『その説明で分かると思っているのですかこのトンチキが。 用も済んだ事ですし、さっさと帰りますよ』 何故か胸を張る、さらりと罵倒する氷月。 既にお馴染みの、彼の不条理なけなし文句もさしてこたえた様子も無く、は「氷月っちってばツメターイ☆」などとケラケラ笑っておどけて言って。 「ちょっち待ってて。帰る前に慰謝料抜き取ってくから」 そう言いながら野郎どもの服を剥いでサイフを探し始めた主人の背中に向かって、氷月は『強盗か追い剥ぎにしか見えませんねぇ』と呟く。まぁ、そうする事への罪悪感などミジンコの心臓程度にも感じていなかったりしたのだけれど。 秋も終わりに近い、11月中旬。 ―――彼女達は、相変わらず修業まっただなかだったりした。 【 修業の基本はやっぱアレ。 −中編− 】 ばさ、ばさ、ばさり。 乾いた質感の―――当然だ、何せ紙である―――音を立てる文字の羅列された束、つまり世間一般で云う新聞紙を広げながら、は片手に持ったパンをはくり、とかじった。 一口目にして現れる、熱いベーコンとドロリととろけたチーズ及びに半熟卵のハーモニーが普通においしい。 でかでかと表記されているアオリ文を一瞥すると、さしたる意味も無いのに難解な語句で書かれている新聞記事を目で追いながら、へぇと呟く。 「“凶悪強盗団脱走!内部に手引き犯有りか!?”だってさ。物騒だねぇ」 『何を仰います、主殿。貴方も充分に物騒ですよ』 「うん、凄く婉曲な褒め言葉と受け取っとくよ」 爽やかさ100%とでも銘打ちたいような微笑を浮かべての発言に、微妙に口元引き攣らせつつも笑顔で返す。 ちょっぴし空気が帯電している気がするのは、きっと一足早い静電気。 『朝っぱらから嫌味の応酬は止めろ、お前等』 既に、ツッコミに呆れの感情すら見当たらない白夜。 その言葉にはーいと返事をして、新聞の上を視線でなぞっていく。 “色違いのタマタマ発見” “ニドニド会社がパロ・コーポレーションに吸収合併決定” “宝石泥棒捕まる” 『あ、紫苑なに飲んでんだー?』 甘い匂いに気付いたらしい天空が、その匂いの元であるコップを持った紫苑に尋ねる。 はぎゅはぎゅとオープンサンドを食べながら、淹れたての紅茶に手を伸ばす。 『これですか?ココアです。甘くて美味しいですよ』 『いいなぁ、それ。一口くれね?』 『構いませんけど・・・・』 “新種ポケモン見つかる” “ポケモンが凶悪化?原因不明の暴走相次ぐ” “劇団カキワリ解散” 「――――・・・・ん?」 紅茶をすすりながら視線をそのまま流しかけ、ふと停止する。 今何か、妙にひっかかる単語があった気がする。 『サンキュー紫苑!』 『あ、天空さんそれまだあつ』 ほとんど読み流し状態だった視線を、先程辿った方向へ戻そうとして―――― 『あじゃあああああああぁぁあぁああっっっ!!!!???』 「ぬぉあっ!?」 ばしゃがしゃんぱりんっっ! 思いがけず響いた絶叫、次いでお茶がぶちまけられてカップが岩にぶつかり割れる。 ああっせっかくバーゲンで安く、あまつさえ値切り倒して買った陶器のカップなのにー!(泣) しかも紅茶で新聞にじんじゃったよ!読めねぇっっの!! ちなみに紫苑が持っていたのはプラスチック製なので、割れたとかそういう展開はありえなかったりする。 『あづいぃいいいいー!!!!』 『てててて天空さん落ち着いて下さい!だ、大丈夫ですか痛いですよねおおおおお怪我はないですかっ!?』 未だに騒ぐ天空、慌てる紫苑。 とりあえず天空の元へ歩み寄ると、はす、とブーツに包まれた脚を高く掲げて。 「ドやかましいわボケぇっ!」 『ぎゃふっっっ!?』 狙い違わず繰り出された“脳天カカト落としスパイラル”は、ぎゃあぎゃあ騒いでいた天空を完全に沈黙させた。 全く、安くて丈夫な陶器なんてそんなに無いってのに。 「紫苑、こっちおいで。おかわりついだげるから」 『え、でもあの、天空さんが・・・・』 「数分すりゃ復活するって。ほっといて大丈夫だよ、あいつは」 『・・・・それもそうですね』 紫苑、あっさり納得。 そのまま放置された天空が予想通り復活し、に何すんだと詰め寄ってあっさりココアで言いくるめられるのは――― それから、5分後の事だった。 ■ □ ■ □ 日常への闖入者は、前触れも無く現れるものだ。 それは、穏やかと表現するにはちょっと処でなくキツくなってきた、そんな晩秋の昼下がりの事。 「―――やっと見つけたぜ、女!」 凶悪と言うには粗野すぎ、野蛮人と言うには残念ながら野生が足りない――――そんな、まぁつまりは如何にも三流以下っぽい声が轟いたその時、丁度はサワムラ―と組み手をしている真っ最中だった。 至近距離から放たれた、ムチの如くにしなる蹴りを身体を反らして避ければ、伸ばされた足をサワムラ―が引き戻す。 そのまま両腕を地について逆立ちし―――― 「必殺☆無添加チョコソルトキィ―ックッッ!」 意味不明な技名叫びつつ、両足揃えて蹴りを加えた。 唐突に現れた如何にもザコっぽい集団は、何だか現れた時のポーズのままで動かない。 声を聞いて『何だあいつら』 的な視線を送っていた―――内数名は興味すら示さず、また数名はそれどころじゃないっぽかった―――ポケモン達も、やがて興味を削がれたらしく自分達の会話に戻ったりケンカや修業を再開したり。 膝をついたサワムラ―といったん距離を取ると、はふぅ、と息をついて。 「さーて、今日の晩ごはんは何作ろっかなー」 「「「「「無視すんなぁあああああああぁあっっ!!!!!」」」」」 何の脈絡も無く今晩のメニューを考え始めたに、現れた連中が声を揃えてそうわめいた。 しかし、そんな連中に構わずそうだ、と手を打って。 「たまには魚とかいいよね!」 「〜〜〜っ・・・・てめぇ、ひとの話聞かねぇのは相変わらずかよ!?」 「そうだそうだ、兄貴の言う通りだ!」 「はぁ?」 意味不明な言葉に顔を上げ、眉をひそめてそちらを見やる。 人数にして5人、如何にもザコキャラっぽいってゆーか所詮脇役ってゆーかまぁそんなツラなのはさておくとしても、その内二名は顔に青アザがあったり歯が折れてたり腫れてたり。 トドメに、みんな揃って薄汚れてボロボロだったりして。 当然ながら、覚えは無い面々である――――あごに手をあて、はてなと首を傾げて一言。 「えーっと。・・・・どっかで会った?」 「「「またかよっ!?!?」」」 見事に声をハモらせて、怪我やらボロボロ具合の少ない三人がツッコミを入れる。 その後ろでは残り二名が、絵に描いたような「ショーッックッ!」ってな顔をしていて。 「お、覚えて無い・・・・あんだけやっといて?」 「オレら・・・・そんなに存在感無いのかな・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「バカ野郎!お前等、ここでめげたら途中で脱落したジョージやタローになんてワビ入れるんだよ!?」 「兄貴の言う通りだ!」 「諦めちゃいけねぇ・・・・・そうすれば、道はひらけるっ!」 「そ、そうだなっ!めげたら負けだよなっっ!?」 「くっ・・・・・オレとした事が、大事な事を忘れていたみてぇだ・・・・」 何だか盛り上がっている連中をぼけーっと見やりながら、は魚取りに行くにしても買いに行くにしても、早くしないと間に合わなくなるよなーとか考えていた。 いや、魚は燻製にして朝ご飯の時に焼き直して食べるのでもいいか。 干物もおいしいよなーでも最近食べてないなぁ。今晩は魚は諦めて、明日のメニューにしよっかなぁ。 『』 冷たくハスキーな声に思考を中断し、はそちらを振り向いた。 其処には当然ながら、白夜の姿があったりして。 『カノンから伝言だが』 「え、なんかあった?」 きょとんとした表情で尋ねる彼女に、白夜は心なしか憮然とした様子で首を振って。 『いや。何でも――――「と、言うわけでだ!」 言いかけた白夜の声を遮り、内輪で盛り上がっていた連中の一人が声を上げる。 そちらに揃って視線を向ければ、堂々と胸を張っている三人組、そして一歩後ろで控えている二人の姿。 今更ながらに、どーゆう関係なんだあいつらと思ってみたり。 「忘れられてちょっぴり悲しいがオレ達はめげないぞ!」 「だからなんだ」 「ふっふっふ・・・・アサギの灯台、そしてコガネで――――。 お前にボロ負けにされてあまつさえ殴られたり蹴られたりした恨み、忘れちゃいないぜ」 「ふっふっふ・・・・今度のオレ達は一味違うぜ」 怪しくも壮絶な笑顔を浮かべる三人に、ちょっと気味が悪くなって―――もしくはキショくて―――何となくあとずさる。 そんな彼女に向かい、脅えていると勘違いしたらしい二人組の方が、ヒステリックかつ耳障りな声で、 「今更ワビ入れたって駄目だぜ! 何せその人達は、この近隣じゃ有名な“闘雷毒(トラド)☆ブラザーズ”なんだからなっ!」 「☆マークの必要性は・・・・?」 「せいぜい脅えろ!オレ達をコケにしてしかもサイフまるごと持ってった罪は重いぜ!!」 彼女のソボクな疑問が聞こえた様子も無く、ひゃはははは!などと典型的な品の無い笑い声を響かせる二人組。 如何にもどうでも良さそうな―――いやむしろ、救い様の無いアホを見る時の生暖かさ満点 な―――眼差しでその光景を見ているに視線を向け、白夜が、 『・・・・やったのか?』 と、特に興味もなさそうな声音で聞いた。 それに、あっさりうんまぁねと頷いて。 「だってさー、バトルで負けたのにそれ認めないで殴りかかってきたんだもんよ。慰謝料くらいふんだくっとかんと」 グッ!と拳を握ってきっぱり言い切る。 まさに正義は我に有りとか言いたげな口調である。 「でもあいつら、確かあと二人くらいいたよーな・・・」 『ここへ来るまでに減ったんだろうよ』 「あ、そっか」 既に馴染んでしまったのでついつい忘れそうになるが、ここは野生ポケモンのレベルがかなり高い。 更に言うなら、地形も険しい。レベルが低かったりすればあっさり遭難してしまう可能性は、極めて高かったりする。 ポケモンのゲームで例えるなら、ポケモンもらったばかりなのに二人目のジムリーダーに挑戦するが如しである。 「さぁ、勝負だっ!」 「今こそオレ達の力――――」 「思い知らせてやるぜ!!」 言葉と同時にモンスターボールを取り出す三人組。 それに対峙する為に、白夜が面倒そうにしながらも前へ出て――― 「あ、ちょい待った白夜」 ストップをかければ、白夜が不審そうな表情でこちらを見上げる。 モンスターボールから光が走り、三人のポケモン―――ビリリダマ、べトベター、ゴーリキーが現れて。 しかしは気にする様子も無く、白夜の耳元に唇を寄せて。 「あのさ、・・・・・・・・・・・って使える?」 『?ああ、まぁな』 「んじゃ、あたしが・・・・・・・って言ったらさ、」 『もういい、分かった―――成る程な。任せておけ』 「なぁに余裕ぶっこいてんだてめぇ!」 「無視すんじゃねぇえ!行けお前等、前回のリベンジだ!!」 顔を離して頷きあう二人の前で、怒りに顔を真っ赤に染めて男が叫ぶ。 声に呼応し、襲い掛かるポケモン達を前にして―――― 「おっにさーんこっちらーぁ!」 達は、背を向けて駆け出した。 ■ □ ■ □ 逃げる相手は追いたくなる。 ましてやその相手に、何らかの―――言いたい事があるとか、もしくは勝負をしかけたいとか―――用があるとすれば、その考えは殊更に自然なものだと言えよう。そんな心理に基づいてなのか、十数分間に渡ってとにかくすたこら逃げ回り攻撃をことぐ如くに避けまくっていた白夜とはピタリ、とその足を止めた。 その、距離にすれば2・3メートル程先の地面は見当たらない。 つまり―――― 「・・・・・どうやら、ここまでみたいだな?」 崖に追い詰められた格好で――――表情を硬くして、は後ろを振り向いた。 勝利を確信した者の余裕と嘲りが入り混じった表情を疲労困憊といった汗だくの顔に浮かべ、男共がニヤニヤ笑う。 追いかけっこが始まった時点では、三人組だけだった筈なのだが・・・いつのまにか、其処にはあの二人組の姿もあって。 じり、とが後ろへ退けば、ニヤニヤ笑いながら男達が足を進める。 「思えば、お前には色々カリがあるわけだが・・・・・」 喋りながらも、彼等はゆっくりと歩を進める。 走り続けだった為に荒くなった呼吸も、だんだんと落ち着いた其れへと変わってきていて。 「オレ達にも、メンツってモンがある・・・・・・・」 狩人の余裕とでも言うべきだろうか。 確実に追い詰めたという手応えは、彼等をこの上無い程、饒舌にしている様で。 嬲るような意図すら感じさせる猫撫で声は、軽い蟻走感すら覚える。 「・・・・・・・で、どーするつもり?」 白夜がギラっと目を光らせる。 後退していた足を止め、硬い声でが問う。 それに、男達は歯を剥き出しにして下卑た笑みを浮かべて。 「・・・・・決まってるだろ?」 足を止めて。 しばしの沈黙が、お互いの間に流れ。 「「「倍にして返してやらぁっっ!」」」 叫ぶと同時、彼等のポケモン達が突進して迫る。 しかし―――追い詰められていた筈だったと白夜の瞳には、動揺の欠片すら無くて。 トン、と地を蹴る軽い音。 それぞれ左右へ跳躍した二人が着地するのと、無形の衝撃波――――白夜の“未来予知”が、フルパワーで男達の背後から襲いかかるのは、ほぼ同時だった。 「「「「「・・・・・・・・・・・・・・へ?」」」」」 衝撃波に吹き飛ばされてキリキリ舞いしながら揃って間抜けな顔をする彼等に、 疲労どころか汗一つかいていないは、にーっこりvと笑顔を浮かべて。 「ばいばーい♪」 「「「覚えてろぉおおおぉぉぉおおおぉ――――っっ!!!」」」 爽やかにハンカチを振る彼女に向けて、そんな絶叫が響いてきた。 はっはっは、覚えるわけねーだろ♪(超笑顔) 下は普通の街道近く、しかも地面までの到達距離はせいぜい建物二階建てとちょっと分くらいだ。この時期なら落ち葉がいっぱいあって落下の衝撃も和らぐだろうし――――まぁ、余程運が悪くても大怪我するだけで済むだろう。 笑える程に巧く行った計略に満足を覚えつつ、はハンカチをしまおうとして、ふと思い出す。 「そういや白夜」 『何だ?』 「カノンからの伝言って、何だったの?」 『ああ、それか』 そう言うと、白夜は面倒そうに頷いて。 『“今晩はビーフシチューが食べたいなぁ”だと』 「・・・・・・・・・・・りょーかい」 取り敢えず、今晩のメニューはビーフシチュー決定。 TOP NEXT BACK → 間話 : ねがうこと。 ちゃんとトレーナーとポケモンで組んでの修業もしてたりします・よ! 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