「さて、皆さん」


岩タイプ草タイプ飛行タイプ、様々な種のポケモン達を前にして―――その場における唯一の人間である少女は、普段の軽いノリの無い、改まった様子で口を開いた。
ぶかぶかの黒帽子を胸に押しあて、空いた片手を握り締めて背にあてて。

厳かに、さながら高貴な生まれの紳士の如くに。

若しくは、厳格な高級将校が訓示を下すが如くに。

すっと背を伸ばし、伏せ目がちに――――鋭い視線で、彼等を見渡して。
月光を紡ぎ上げた極上の銀。その色彩を持った長いまつげが、暮れ行く世界の中、白磁の肌に影を落としていた。


「今日をもって―――――あたし達は修業を終え、ここを去ります」


透明な硝子を思わせる、澄んだ美しい声が淡々と言葉を紡ぐ。
その言葉に、方々から悲しげな溜息と息を呑む音・・・・・・・・そして、驚きの声が上がった。
さざなみのような感情の波紋を、しかし少女は視線のひと撫でで黙らせて。

たっぷりとした沈黙の後、「ですが、」と続ける。


「このまま「ハイさよーなら」ってのも、つまんないし芸が無い」


丁寧な、儀礼ぶった口調が普段のそれへと変貌する。
紅を刷いている訳でも無いのに艶やかな赤に彩られた唇が、ニィ、と吊り上って。

「――――ってなワケで」

そこで一旦言葉を切って。
少女―――は、すぅっと息を吸い込んで。



「“別れは出会いの始まりさっ☆とにかく騒ぐぜパーティー”を開催すんぞテメェ等ぁっっ!!!」



言葉と同時に、ポケモン達から盛大な歓声が沸き起こった。
冬の始めの満月が、夜空に華やぎを添える晩の事。






     【 修業の基本はやっぱアレ。 −後編− 】






たかが二ヶ月、されど二ヶ月。

ずっと寝食を共にし、エアームドの恋愛相談受けたりイシツブテにスキンケアの悩みを打ち明けられたりカポエラーと友情築いてみたりメシの準備してたら何時の間にか鍋の中でナゾノクサが茹だっていたりあまつさえ調味料に痺れ粉 が混じっていたりと中々に充実した修業の日々を続けていれば、別れを名残惜しいとも思う。

「いやー、ここで修業してホントに良かったよ」

しみじみした様子で言いながら、はガラスのコップ(安物)を紫苑のそれに軽くぶつけた。
カチン、と硬質的な音。乾杯のしぐさの後、くいっとコップを呷る主人に向かって、紫苑が心配そうな目を向ける。

『ご主人様、そんなに一気に・・・・“きゅうせえあるこーるちゅうどく”になりませんか?』

「へ?・・・・・ああ、急性アルコール中毒か。だいじょぶじょぶ、あたし酒には強いから♪」

紫苑に向かって親指たてて、心配ナシ!とアピールする。
つうか紫苑ちゃん、急性アルコール中毒だなんてそんな言葉何処で知ったんだい。
なおも心配そうながらも、自身もプラスチックのコップに注がれたハチミツ酒(アルコール度数低め)におずおずと口をつける色違いなバタフリーに、声には出さずに突っ込んだ。

『ザル通り越してぇ、ワクなんだっけねぇー?』

のほほーんとした、呑気に間延びした声が頭上から降ってくる。
首を傾けてそちらを見れば、右頬に古傷のあるカビゴン――――カノンが、にこにこしながらちまちまとこん○ゃくゼリィを食べていた。そのさらに向こうでは、天空がバナナをまとめて一気に口に詰め込んでいる。

・・・・・・・・・・・・・バナナで窒息するんじゃないか?天空の奴・・・・・。

一抹の不安を抱えながらも、まぁねと頷く。
こちらの世界に来てからというもの、酒を呑むのはこれが初めてだったが・・・・・元の世界では、それこそ浴びるほどに呑みまくりである。実際浴びたし。(←昔酒樽に頭から突っ込んだ事がある人)
家系的に酒に強いらしくて、新年にやる本家での集まりでもフツーに酒が振舞われてたし。
も酒は強かったしなぁ。時々こっそり呑み会やったっけー。

未成年はホントは呑んじゃ駄目だけどな!(爽/超絶今更

「あ、カノンも呑まない?果実酒だから口あたりいいし、初心者にもオススメ」

空いていた片手で瓶を掴み、それを振って示してみせる。
しかしカノンは、困ったふうに首を傾けて。

『んー・・・・呑みたいけどぉ、やめとくねぇ』

「何で?」

『わたしが呑むとぉ、あっとゆーまに無くなっちゃうでしょぉ?』

「・・・・・あ、そっか」

くぴくぴと、酒を呑むペースが段々速くなっている紫苑の横で、今更な事実に思い当たる。
カビゴンのカノンは、現在の酒盛りメンバーの中でも一番の巨体を誇る。
そんな彼女が達と同じペースで呑めば、それこそあっという間に酒は無くなってしまうだろう。

『せめてぇ、と同じサイズなら呑むんだけどねぇ』

「うーん・・・・・ミニチュア版カビゴン?

サイズがあたしくらいなカビゴン。
確かにミニチュアだが、ミニチュアといえるサイズでは無い(人間サイズじゃなぁ・・・)

巨大ヌイグルミみたいだな、オイ。

『手っ取り早くぅ、人間の姿になれれば早いんだけどねぇ』

想像して苦笑を浮かべるに、カノンがそんな事を口にする。
それってよくサイト小説とかイラストとか、つーか人間じゃないキャラではお馴染みの。


  擬 人 化 っ て ヤ ツ で す か ー 。


そしたら紫苑とか可愛いだろうなぁ・・・・絶対フリルとか似合うって!
んでかわいーく頬を赤らめつつ『ご主人さまぁvとか呼んでくれちゃったりっ!?!?
天空で着せ替え遊びしてみたりとか最高!(氷月と白夜は観賞用!つーか遊ばせてくれないだろうしね!!)

「・・・・・・たまんねぇっ!」

一瞬で脳裏を駆け巡ったピンク色邪悪妄想・・・・・もとい永遠の乙女の夢に、目を怪しい程にギラギラと煌かせてグッ!とこの上無い程に力強く、そして勢い良くこぶしを握る。

『楽しいのはぁ、確かだよねぇ』

呑気なカノンのコメントも、既に夢想トリップ状態なの耳には入っていない。

「いいなぁ擬人化・・・・!できれば叶えてプリーズ神様!!」

極めてヨコシマな願いを込めて、手さえ組んで叫んでみたり。
そういう事は心の中で言うのみに留めて欲しいものだが、突っ込む人材は現在バナナを喉に詰まらせるという普通誰もやれない(つーかやらない )ような芸当を成し遂げていた天空を罵倒したり呆れながらも助けようとしたりいっそ見捨てるかコイツとか話している最中だった。

『月に祈ったらぁ、届くかもよぉ?』

「月に?」

やけに楽しげに示唆するカノンの言葉に釣られ、は夜空を見上げる。
其処に輝くのは――――大きな真珠みたいな、丸くて白々とした白銀の、満月。
その姿を遮る雲も無く、堂々とその威容を地上へ晒している。

確かに、何やらご利益でもありそうだ。

にまりと笑い、ぱっちんと月に向かって拝むようにして手を合わせ。


「お月様お月様、あたしの擬人化欲求叶えてプリーズ!」


ふざけた発言を、冗談めかして―――若干本気の色合いが混じっていたのは、まぁ・・・・乙女の夢だし。ねぇ。―――祈ってみる。当然ながら、何の変化も在る筈が無い。
そのはず、だったのだけれど。

      ・・・・・・・・・・・・・・ィィィイ―――――ン

「っ・・・・!?」

黒板を引っ掻いた時のような不快を伴う耳鳴りに、反射的に耳を押さえる。
片耳に下げられたイヤリング。その石の部分が肌に触れた途端、ソレが強烈な熱を帯びているのに気付いた。

「あつっ!」

耳から手を離し、熱を感じた部分を押さえる。
耳鳴りは、もうしていない。熱を感じた部分も痛みはせず、恐る恐るイヤリングの石に触れるが・・・・先程の熱さが嘘だった様に、そこからはいつもの冷たさしか感じ取れなかった。

・・・・・・何だ今の。

しげしげと手のひらを見詰め、はてなと首を傾げるも―――当然ながら、理由など分かる筈も無くて。
まぁいいかと考えるのをあっさり放棄し、果実酒の瓶に手を伸ばして。


『ごひゅりんはまぁ〜vvvvv

「ぬぎゃひぁっ!?」


いきなり首に絡み付いてきた細い腕に、色気もへったくれも無い悲鳴を上げて飛び上がった。
反射的に腕を掴むが、腕の主は気にする様子も感じさせず、くりくりとの肩の辺りに頭をすりつけてきている。
末端に行く程に淡く、白に近くなってゆく桜色の着物から剥き出しになった腕は、乱暴に扱えばぽっきり折れてしまいそうな程に華奢だった。紫暗の髪が、少女の動くたびにさらさらと首筋に触れてきて。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれぇ・・・・・・・・・・?」


やけに間の抜けた呟きが、唇から漏れた。

ちょっと待てちょっと待て?
この場にいる人間っていったらあたし一人だし、ってじゃあこの腕は誰の腕だってゆー話だしさぁ幽霊?てその割にはしっかり掴めてるしばっちり感触あってあったかいしそれにヤケに懐いてきてナイデスカ幽霊さんああ違うかハハハン しかし細いなこの腕ちゃんとメシ食ってる?ねぇ。ちょっちでも力加えたら絶対折れるぞ首とかも細いし全体的にちっちゃいカンジだなぁっていやそうじゃなくってね自分!?
やったらめったらハートに引っ掛かる特徴(主に色合い)と纏う雰囲気に、トキメキ感じて良さそうなのに何故だか不安じみた感情―――いや、期待だろうか?―――が胸を満たす。
じっと少女を凝視するの視線の先、少女は顔をゆっくり上げて。

濃い赤紫の瞳が、彼女を見据えてふにゃりと笑い。

『おしゃへっれ、おいひーれふれぇ〜vvv

聞きなれまくった愛らしいソプラノの――――ろれつの回らぬ声で、そうとだけ言って。


そのまま、かっくり昏倒した。


『紫苑はぁ、お酒ぇ、弱いみたいだねぇ〜?』

「あーうんそうみたいだねー・・・・・・ってうぉうっ!?

背中にもたれかかったままですぅすぅと寝息をたてる紫苑を軽々と持ち上げた腕の主に、思考停止気味のままで返事を返し―――座ったままで後ずさりする。
対する腕の主――――およそ26、7ぐらいに見える外見の、黒い喪服を連想させる服を着た女性だ。カビゴンの筈だが、長身で細身って何でだろう・・・・―――カノンは、気の抜けた笑顔でを見て。

『ねぇ?お月様ってスゴイよねぇ』


そーゆー問題なのか・・・・・?


ちょっとした疑問が胸の内を過ぎらないでもなかったが、どうせ考えても分からない事に思いあたったので止めとく事にした。まぁ、何かにもらったイヤリングと関係ありそうな感じはするけど――――オイシイので良しっ!(グッ)

思考停止から抜け出すと同時に、段々いてもたってもいられなくなる。
周囲を見渡せば、酔っ払い率が高いだけにさほどの混乱も無くすんでいる様で。


うわどーしよどーしよどうしようっ!?
ここは白夜達探して擬人化バージョン拝むべきか、それとも先ずは紫苑の寝顔で萌え癒しを補充すべきかっ!?!?


「カノーン・・・・・どうしよう、幸せ過ぎてハナヂ出そう

『ものすっごく怪しいよぉ、その笑顔』

恍惚とした表情で笑み崩れるに、カノンが比較的冷静なツッコミを入れた。
おぅ、いかんいかん。
べしべしと頬をはたいて何とか表情を平静に保つと、眠る紫苑と、先程まで白夜達がいた方をかわるがわるに眺める。
身体をまるめ、すぅすぅと安らかな寝息を立てて眠る紫苑の表情はあどけなく、酒の為に頬が赤いのが何だか色っぽい。



うへひゃへ、堪らんのー (悦)



「ぅおっしゃエネルギー補充っ!行ってきまーすvvv

女らしさからは銀河の果てに到達する勢いで遠い掛け声を上げ、は満面の笑みを浮かべて駆け出した。
首洗って待ってろ野郎ども!(喜)



 ■   □   ■   □



先ず最初に向かったのは、天空がバナナをのど(?)に詰まらせていた地点だった。
運が良ければ、まだ天空も白夜も氷月も、その場にいると踏んだのだが。
しかし其処にいたのは、大量に落ちているバナナの皮と―――踏むと、マジで洒落にならないくらい滑るらしい―――その中心地で、一人ぐったりとうつぶせになっている少年(多分)のみだった。
何故多分なのかと言えば、ぱっと見の身長があたしとそう変わらない上、うつぶせで寝転がっているから顔が見えず、あまつさえ鉄色の鎧で全身隙間無く覆っているからである。

えーっと、これて多分。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・天空サーン?」


一秒、二秒、三秒。


ピクリともしない。手頃な石コロが落ちていたので、それで鎧ごしに殴って叩いてみる。反応ナシ。
夜空を見上げ、視線を天空(多分)に戻す。

・・・・・・・生きてるんだろうか、コイツ。つーか鎧萌えのケは無いんだよ少年残念ながら。

胸中でそんな呟きを漏らしながら、それでもささやかに「顔ぐらいは見れるかも♪」と好奇心に満ちた期待を抱きつつ鎧に包まれた頭をがっしと掴んで持ち上げて。

フルフェイスかよっ!(怒)」

『ぎゃぶがっ!』

理不尽な怒りをツッコミに込めて。
が抱えた頭を地面に力一杯叩き付けると同時に、少年が断末魔っぽい悲鳴を上げた。

あ、生きてた。

再度沈黙する天空―――だろう。声とか叫び方とかあいつそのものだったし―――はもう放っておくことにして、は周囲をきょろきょろと見まわす。
だが、ここにいたポケモン達が全員人型になっているだけに、ポケモンの姿でいる時よりも遥かに難易度は上がっている。しかも氷月や白夜である事を判断できる材料と言ったら、雰囲気や声、行動からのみである。紫苑や天空は外見要素にポケモン時の名残があったが、ぱっと見で分かる訳では無いのが何とも切ない。
これならまだウォー○ーを探せの方が簡単だ。
酒盛りしていたり既にぐっすりお休みだったり、又は殴り合いを始めていたりする面々に視線を走らせながら、それらしい姿を探す。

が、しかし。
行方の分からないあの二人の探索は、天空や紫苑の時のようにはいかなかった。

「みっつかんねー・・・・・・・」

くっそ、こんな事なら紫苑で悦ってりゃ良かった!

苦虫噛み潰したような表情で髪を乱暴に掻き回し、盛大に溜息をつく。
そんな彼女に近くで酒盛りしていた連中――――肉体派らしきマッチョが大半を占めているから、多分格闘系が多いのだろう―――が、赤ら顔で陽気に声をかけてきた。

『おう嬢ちゃん!シケた顔してないでこっちで呑めや!』

『一緒に呑みましょーvお酌するわよぉーんvv

『おい、サワムラ―のヤツ人格変わってねぇか・・・・?』

「おおぅ。んじゃ、お邪魔するねー」

やいのやいのと言いながら彼女の為に場所を空けてくれたポケモン達(今は人型)の言葉に応じ、その中に入ってあぐらをかく。どうせ見付かりそうも無い訳だし、ここはもうすっぱり割り切って、楽しくやるべきだろう。

『いやーしかし面白いよなー。仲間がニンゲンの姿に見えるってよぅ』

「だよねー。面白いよね―」

筋肉質の身体をイヤなくねらせ方 しつつ、サワムラ―がお酌してくれた酒を受け取りながらはっはっはと笑い合う。
つうかさ、これが現実じゃなきゃ立派に集団幻覚集団妄想だよな!(ヤク中患者の群れかー!)

『状況に馴染めてない奴も、いるにはいるがな』

の向かいに座っている壮年の、がっちりとした筋肉質の大男―――多分、ゴーリキーとかカイリキーだと思う―――がぼそりと言って、あごで酒席の向こうを示す。
その先につられて視線をやれば、ガンガン岩に頭をぶつけている青年の姿が。

多分正気に返ろうとしてるんだろうけど、うん。無理だよ現実だから。

哀れみと謝罪の入り混じった視線を向けて黙礼し、視線を戻して酒盃を呷る。
空になる度にサワムラ―にお酌されたり自分で注いだりしながら、結構なスピードで呑み進めている。

『強いなー・・・お前さん』

顔色一つ変えずにけろりんとしている彼女に、誰かが呆れと感心の混じった口調で呟いた。
その様子を見ていた褐色の肌に無骨な鈍色の鎧を纏ったおっさん―――多分、ゴローン辺りじゃないかと・・・・―――が、豪快に笑って膝を打って。

『ガハハハ!おもしれぇ!!おーっし娘ッ子、いっちょ呑み勝負といくかぁ!!!』

「おっ!おっちゃんやる気ー?あたしは強いよ!!」

にんまと笑って不敵に挑発するに、ゴローン(多分)のおっさんも歯を剥き出しにしてにやりと笑う。

『男に二言は無いぞぉ!潰してやるから覚悟せぇ!』

「よーっしゃぁ返り討ちにしてくれる!!負けた方はパンツ一枚ハダカ踊りね!

望むところよ!!

『『『うぉいっ!?』』』

『いやーんステキ〜vv

『やるのかこいつら・・・・・・・』

『目がマジだな。これぞ漢の勝負・・・・!

『(駄目だ、コイツも酔ってる )』

『(呑んでるからなぁ・・・・それもかなり)』

勢い良く切られた啖呵に、驚いたり突っ込んだり、黄色い悲鳴を上げたり呆れたり。
しかし誰も止めようとしない辺り、皆、程よく酔いが回っているのだろう。
酒瓶からなみなみと透明な液体を注ぎ、強気な笑みをゴローン(多分)のおっちゃんと交わして。

「んじゃ、よー・・・・・・い」

準備万端、コップを手の届くところに置いて。


始めの合図をしようと、口を開いたその時。




『―――――――・・・・選手交代だ』




大きくごつい手が、口を塞ぐ。
それと共に、氷の欠片を撒き散らすような冷たさのある、不機嫌そうなハスキーヴォイスが割り込んだ。

・・・・・って、この声って!

口を塞いでいる手を掴み、首だけ傾けて上を見上げる。
鋭い、ルビーの中でも極上と言われるピジョンブラッドの色合いをした瞳と視線が合った。
まるで新雪の如くに白い髪に、黒い布を中途半端なターバンみたいに巻きつけている。
整っていながらも、何処か少年めいた無性的な顔立ちは―――彼が不機嫌そうな仏頂面である事もその一因だろう―――氷の彫刻を連想させる冷たさと鋭さを持っていた。
美形は美形だが・・・・・何と言おうか、声をかけるのが憚られるタイプの美形である。

何か、さっきまで盛り上がってたのが一気に沈静化してんですケド・・・・(汗)


「・・・・・・・白夜?」


口許から手をどかせて、突然現れた青年―――少年?を見上げたままで首を傾げて一言、確認する様に問う。
男はの腕を掴むと、ぐいっと引っ張って立ち上がらせて溜息をついて。

『俺がやる。いいな?』

「へ?あー・・・・」

有無を言わせぬ口調に、視線をさまよわせる
だが、白夜(人間バージョン)の迫力に、最終的には何となく呑まれ。



「・・・・・・・・・・・・・・・どーぞ」



両手を上げて降参のポーズで、こっくりと交代を了承した。

・・・・・・何なんだ、一体。

異様な雰囲気の中で開始された白夜vsゴローンの呑み比べを、後ろの方から半ば呆然とした気分で見守る。

いや、白夜の姿も眼福なのは確かなんだけど。
何てゆーか、あの迫力と雰囲気に呑まれちゃったからさー呑気に萌えてらんねーっつうか。



「・・・・・・・・“嗚呼っ、私の為に争わないでー”?」

心の底から阿呆ですか貴方は

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


氷月とうじょーう。


コイツ以外にはいないであろう、あまりに自然過ぎるだけにうっかりすると聞き流しそうになるを含んだ涼やかなテノール。驚かされるのが今晩だけで何回もあっただけに、もう驚かねーぞコノヤロウ

つうか、耳元で囁くのは止めて欲しかったんだけど。

暖かな吐息と共に、吹き込まれるように成された言葉に、耳を押さえて数歩横へ移動する。
首筋に確かに立った鳥肌の存在を認識しながら、何時の間にか涼しい顔して横に立っていた男を見た。
青みがかった長髪を首の後ろで括った、簡素な服の、背の高い青年。
ぱっと見で言えば、「図書館の司書さん」みたいなカンジである。穏やかで丁寧な物腰、静寂の似合う雰囲気。
しかし彼女が視線を向けると同時に浮かべた微笑は、嫌味ったらしい上に妖しい色気を含んだ、それこそ背筋をゾクリとさせるものだった。
まぁ、中身は好戦的なハリネズミみたいなもんだが。

「つーか、何であいつってばあんな不機嫌?」

『主殿が“負けたらハダカ踊り”なんて馬鹿な事言い出すからに決まってるでしょう』

はてなと首を傾げる彼女に、淡々と突っ込む氷月。

・・・・・・そんな馬鹿な事かなー?
充分勝てるって思ったから言ったんだけどさあたし。

(↑今までどれだけ呑んでも潰れるどころか酔った事すら無い女。)

『白夜、勝てると思いますか?』

「さー。あいつの酒量は把握してないしね」

呑ませた事も無いし。

氷月の漆黒の瞳が、さも愉快そうな光を宿して彼女を見る。
品の良さそうな顔立ちだが、内面は必ずしもそうではない 男・氷月を半眼で見やる

『勝てるかどうか賭けてみます?』

「賭けに負けたら?」

『一週間勝者の下僕 と言う事で』

「あっはっは、却下に決まってんだろーがサド紳士 ♪」

にこやかにそう言いきって、すっぱ−んと中指おったてた。
リスク高すぎだっつーの。(誰がやるか!)



結局、勝負が決まったのはその場にいたポケモン達の殆どが泥酔状態で酔いつぶれた深夜過ぎの頃だった。
勝負の結果が引き分けだったのは――――観戦しながら呑みまくってた割に欠片も酔っていなかったと、酔ってはいたが毒舌がさらに滑らかになった以外には何の変化も無かった(・・・・酔わない方がマシ?)氷月のみの知る処である。



 ■   □   ■   □



月が沈む。夜明けが段々と近くなる。
僅かながらに闇が薄れだし、空に輝いていた星がゆっくりと、その輝きを失っていく刻限。
累々と酔い潰れたポケモン達が折り重なって、泥のように深い眠りの奥底に身を委ねている中で―――自身も荷物から引っ張り出してきた毛布にくるまって、心地良い眠りに身を委ねていた。


――――――えは、―――――った?」


心地良く、同時に頑強に脳と身体を支配する眠気の合間を縫って。
誰かが喋っているのが聞こえた。

ぼんやり薄れた眠りの中、かすかに覚醒した意識でその“声”を認識する。



――――ぉ。――――った――――

「そっか。―――――しばらくは―――――――



どちらの声も、聞き覚えのある声だ。
だが、何を言っているのか明確に聞き取れない。


やけに遠い気もする。

とても近い気もする。


手が届きそうで、届かない・・・・・・・そんなもどかしさに、は苛立ちを覚えた。



もっと良く聞き取ろうと耳を澄ます。

声の主を見ようと、目を開けようとする。



けれど、やけに頑強な睡魔は決して彼女を覚醒させてはくれなかった。
必死になればなるほどに、あがけば足掻くほどに・・・・泥のような、深い眠気が満ちてゆく。




 「“ いつかくる×× ”まで、――――」




聞こえない。

だけど、なんだかすごく大切な事の気がした。
重いまぶたを必死でこじ開け、声のした方へ目をこらす。



あれ、は――――・・・・・・・・・・・・・





「     ・・・・・あたし?      」





紡ぐ言葉は、音にすらならず。

意識と記憶が睡りの波に呑まれて薄れる。








黒く塗り潰されるせかいのむこう―――――・・・・・ぎんいろ が 、  (  かがやいた。  )












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