冬の太陽が天高く昇り、つかの間の暖かさを人々に、そしてポケモン達に提供する。
夏ほどに苛烈な灼熱では無い、物足りなさすら感じる程に細々とした其れ。
ここ数ヶ月は出しっぱなしであった荷物の幾らかを愛用ザックに詰め込み終えると、はそれを慣れた様子で背負って、モンスターボールを腰の定位置に装着した。

「んじゃカノン、色々ありがとねー」

『リターンマッチぃ、頑張ってねぇ』

微笑み交わすカビゴンの姿は、既にヒトの其れでは無い。
ひょっとしたら夢だったのかもしれないが、どちらにしても結構なイイ夢だったので良しとする事にした。
ちなみにカノン以外のポケモン達―――の仲間を含め―――は、慣れない酒盛りで極限まで盛り上がった為か何なのか、ぐったりしていて起きてくる気配は全く無かったりする。
カノンの言葉にはぐっと拳を握り締め、おうよと頷いて。

「次は絶っっ対にブッたおーすッ!」

『程々にしといてあげてねぇ』

「大丈夫!ちょっくら聞きたい事もあるから、できれば捕獲するつもりだし」

帽子の向こうでウインクしてみせるに、カノンはやけに楽しそうにふぅんと頷いて。

『あそこの山はわたしの息子がいるからぁ、相手を見つけるのぉ、手伝ってもらうといいよぉ』

え゛。 カノン、息子いたの!?」

今更ながらに明かされた驚きの事実に、ぎょっと目を見張る。
そんな彼女に、カノンはまぁねぇと笑って。

『親が死んじゃったからぁ、育ててただけなんだけどねぇ。
 サンドパンの男の子なんだぁ。わたしの名前だせばぁ、協力してくれると思うよぉ』

「ナルホドー・・・・・。カノンの息子ならかなり強そうだよね」

どんなヤツだろ。やっぱりカノンみたいにのんびりしてるのかな?
案外、真逆にせっかちだったりするのかな。

ふむふむと頷きながら、そんな勝手な妄想を膨らませて。




「じゃ、会ったら頼ってみるね!元気でねー!!」

もねぇ〜』


手を振って、カノンに別れを告げて。
は、ヒワダタウンに向かって歩き出した。






     【 二日酔い開幕ベル 】






夜の帳が、暗く静かに世界を覆う。
普段なら煌めき、行く先を照らす星々も月も今は唯、雲に遮られて姿を見せず。
湿気を帯びた、それでも外よりは明るかった―――ついさっき一撃KOしたトレーナーの言が本当なら、彼のポケモンの炎で明るかったらしい―――“繋がりの洞窟”から出て、は力一杯の伸びをした。

「んー・・・っやっぱ洞窟の外は開放感があるッ!
 しっかし・・・・・確かこの道、ポケスペの方では野性ポケモン取る以外じゃ使われてないって話だったんだけどなー」

の、割には結構通行者が多かった気がするのは何故だろう。
冬の到来の為、既に乾燥して茶色くなってしまった下草を踏みしめ、先程出てきた洞窟の方を振り返って首を傾げる。
そしてその大半が、今彼女の向かっている―――ヒワダの方向から来ていた。
ヒワダで何かあったのだろうか。それとも、ヒワダで何かイベントでもあって皆その帰りとか。

「どう思う?白夜」

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・頼むから、話しかけるな・・・・・頭に響く』

「・・・・・あー、まだ二日酔いか」

ぐったりとした様子で、それこそ絞り出すようにして返ってきた言葉に苦笑いする。
ヨシノからキキョウには向かわず、道をショートカットして釣りの名所→繋がりの洞窟と来た
その分だけ時間はかからず、ここまではほぼ半日しか要しなかった―――もっとも、既に真夜中な訳だが―――のだが、どうも昨日(今日?)の酔いはきっちり身体に残っているらしく。
結果として平然としているのはと氷月のみ、後は二日酔いで全滅という有様だった。
特に紫苑は悪酔いしたらしく、ぐったりしていて返事を返すどころか反応する気力も無かったりする。

・・・・・酔いが抜けるまでは、大人しくしてた方がいいかな。

黒灰色に塗りつぶしたような夜空を見上げて、心の中でそう呟いた。
もっとも―――目的が目的だけに、長期戦は覚悟の上だったのだけれど。



 ■   □   ■   □



ウィー・・・・・ン

機械独特の、無機質な合成音がポケモンセンターに響く。
次いで、やけにコミカル音と共にモンスターボールに回復の光があてられる。
それが終わると、何処の街に行っても同じ人間がいる様にしか見えなくてぶっちゃけ怖い ともっぱらの評判であるジョーイさんは、にっこりと営業スマイルを満面に浮かべて。

「おまちどうさま。お預かりしたポケモンは、みんな元気になりましたよ」

その言葉と共に並べられたモンスターボールを受け取る。

「ども。部屋の空きってある?」

「お泊りになっておられる方は少ないので、お好きな部屋をどうぞ」

モンスターボールを腰に装着し直しながら問えば、笑顔のままで返ってくるのはそんな返事で。
実際、ポケモンセンターにいるのはほんの2、3人程度―――普段なら、今が深夜であるのを除くとしても、どの街であってもせめて5人以上はいるのだが。ジョーイの言葉に、ほんの数秒思案して。

「それじゃ、五号室で」

ジョーイは「はい」と頷くと、PCに何かを打ち込んでこちらへ向き直って。

「では、ごゆっくりどうぞ」

接客マニュアルにでも書かれていそうなお決まりの文句を口にするジョーイに背を向け、宿泊所の方へと歩を進める。
ヒワダに入ってからというもの、妙な違和感を感じてもいたが――――それを問おうにも問える雰囲気でも無く。

誰もが息をひそめて、嵐が通り過ぎるのを待っているような。

姿無く肥大した不安が、静かに空気を汚染しているような。

他人を自分のペースに引きずりこむのは得意だが、今はちょっとお疲れ気味でそんなHPは無い。
肌に合わないピリピリとした空気に、我知らずため息を零して。


「いっや〜んってばちょー久しぶりだぴょ〜ん!!!」


「がぐふぁッ!?」


背後から猛烈タックル喰らわされた。
勢い良く前につんのめって、しかし何とかその場に踏みとどまって振り返れば――――其処には、染めた金髪をポニーテールにした女性の姿。ハイネックの、縁にのみ同色のレースの付いたシックな茶色のワンピース(ミニ)の上から毛皮のついた革ジャンを羽織り、剥き出しの脚を長い黒ソックスとハーフブーツで固めている。
以前会った時よりゴロスリ率が低いのは、寒いせいなのかそれとも気分なのかは判断に困る所である。

「レモン!?」

「きゃv 覚えててくれたんだぁ!ちょー嬉しいぴょん♪」

「そりゃまーねー・・・・・。それはそうと、レモンもあの後無事に逃げおおせてたみたいで良かったよ」

「当然!あの程度で捕まるハズが無いぴょん☆」

にっと笑って言うに、可愛く(?)笑ってVサインをしてみせた。
そんなレモンに、ふと表情を改めて問いかける。

「そーいや、レモンは何で此処に?」

「あ、それはね。ヒワダに住んでるガンテツ師匠にお願いして、特殊ボール作ってもらおうと思って来たのよ」

知ってるよね?と確認するレモンの言葉に頷いてみせる。
成る程、“捕獲の専門家”であるレモンが、ぼんぐりから作られる―――それだけ、扱いの難しい―――特殊ボールを使用するのは理に適っている。それだけに、この街にいるのも十分自然な事と言えた。

も此処に来たってコトは、それが目的なんじゃないの?それとも別口??」

「んー。その通りとも言えるし、別口とも言えるかな」

「どゆコトだぴょん?」

首を傾げるレモンに、は簡潔に事のあらましを説明した。
この間近くを通りかかった時、野生ポケモンに襲われた事。直ぐにそいつは去ったが、ポケモンの一匹が手酷くダメージを受けた事。そのリターンマッチをする為に相手を探し出す必要があるが、どうしても長期戦になりそうなのでヒワダに腰を据えて捜すつもりである事、できれば捕獲したいと思っている事など。
内容が内容なだけに決して短いと言える話では無かったが、それでもレモンは最後まで真剣な表情で聞いていた。

「結構相手が素速かったからさ、できれば“スピードボール”辺り作って欲しいと思ってるんだよね」

最後にそう言って、話を締め括る。その為のぼんぐりも一応用意はしてあったし、問題は無いはずだ。
それまで黙っていたレモンだったが―――眉間にシワを寄せて顔を上げると、言い辛そうに話を切り出した。

「んー・・・・・の力量ならガンテツ師匠にボール作ってもらえると思うけど。
 ――――――でも、今は山に入るのもヒワダに長居するのも、どっちもお勧めできないよ」

「そりゃまた、何で?」

忠告するレモンの言葉に片眉跳ね上げ、不審を声に滲ませて返す。
まぁ、確かに何か妙な雰囲気はあるけど。

「最近“ウバメの森”を筆頭として、この一帯の山でポケモンが凶暴化するって事件が発生してるんだ。
 近くのコガネやヨシノでも人が襲われてるんだけど・・・・特にこのヒワダは被害が大きい」

「あー・・・・・野性ポケモンの住処で囲われてるしね、この街」


“ここはヒワダタウン
       ポケモンと人が共に仲良く暮らす街”


ポケモンセンターに来るまでにすれ違った看板に、剥げかけのペンキで書かれていた文句。
一方を“ウバメの森”、一方を山、一方を“繋がりの洞窟”、そして残る一方は海に囲われたこのヒワダタウンは、確かに“人とポケモンの共存”を実現している街だった。
しかしそれは同時に――――ひとたびポケモンとの仲が決裂した場合、逃げ場が無い事も示している。
出る事すら困難な街の中で、いつ襲われるとも知れないと脅えて生きる――――それはまるで、真綿で首を絞められているようなものだ。いつ自分に降りかかってくるかも知れない、具体的すぎる恐怖感。

「最近刑務所から逃げ出してきた凶悪な強盗団が、この街に来たって話もあるし――――
 まぁ、こっちは単なるウワサだけどォ。それ聞いて、ここでくすぶってたトレーナー連中はこぞって逃げ出したんだぴょん」

なっさけな〜い!とでも言わんばかりの大袈裟な身振りで、肩を竦めて鼻を鳴らす。
それでアレか、と“繋がりの洞窟”での様子に今更ながらに納得するだった。
思えばポケモンセンターに向かうほんの短い間にも、この街にはやけに不似合いな存在――――至る所に置かれた赤いテールランプや、巡回をする警察らしき人々の姿もあった。ポケモンの凶暴化に加えて強盗団の噂となれば、やけにギスギスしていた様に見えたのも―――当然と言えば当然だろう。

「ってゆうかこのネタ、よく報道されてたんだけど知らなかった?」

そう話を振られ、はレモンから視線を逸らして。

「山篭りしてたからなー・・・・新聞自体、あんま読まなかったし」

時々目は通してたけど、それでもざっとしか読んでいなかったし邪魔される事が多かったしな!(主に天空)

そんな記事があったかも知れないが、少なくとも覚えてはいない。
やけに遠い目をするに、レモンも苦笑いして。

「ま、そんなワケで長居は勧めないぴょん」

「そう?あたしとしては逆にやる気になったけど

障害あってこそ人生ッ!

正直、長期戦で粘るのはいいけど変化が少なくて退屈しそうだなー とか思っていた所だ。
下手を打てば命に関わりそうな噂やら状況ではあるが、それでえずにいつ燃える。
嬉々として「ぅおっしゃーッ!」などと気合を入れるに、彼女は呆れたような目を向けて。

「・・・・・・ってば、ちょーもの好き」

「それがあたしです」

堂々と胸を張って、ニヤリと笑って切り返した。



 ■   □   ■   □



ジョーイさんの言った通り、ポケモンセンターの部屋はかなり空いていた。
その内の一つである大部屋――――の選んだ部屋も、彼女以外は誰一人いない。
それ故にモンスターボールから出してあるポケモン達は、思い思いに部屋で寛いでいた。
まぁ氷月以外は“寛いでいる”のでは無く、“寝ている”と言った方が正しいが。
片手で頭の上のタオルを使って髪の水分を拭き取りながら、風呂から上がったは部屋に入って扉を閉めて。

「たっだいまー」

窓の外をじっと眺める氷月の後ろ姿に、そう言葉をかけてベッドに腰掛けた。
ベッドの上では紫苑が、未だに青い顔をしたままで眠っている。

・・・・・・二日酔いの薬でも買った方がいいのかなー。

紫苑の、うなされてそうな表情を見ながらそんな事を考える。
床に文字通り転がっている天空とベッドの足元にうずくまっている白夜に、適当にそこらの空きベッドから持ってきたシーツをかけてやる。二日酔いになった事が一度も無いので、どのくらいで酔いが収まるのかもどのくらい辛いのかも分からなかったりするからこういう時は対処に困るんだよなとは改めて思った。

「氷月ー、寝ないの?」

『もうしばらくは』

全く動かずに外を見つめる氷月に声をかければ、静かな声がそう答える。
タオルをザックの横に放り出し、窓の外へと視線を向け。


「・・・・・・・・・あ。雪だ」


その光景に、そうとだけ呟いた。
白くしろく世界を染めかえてゆく、雪。
こちらへトリップしてからは初めて見る光景に、しばし時を忘れて見入る。

成る程、どうりで冷え込む訳だ。

降りしきる白はゆっくりとだが確実に地面を染め替えていき、それでいて止む気配は無さそうで。
あとからあとから降ってくる雪は、尽きる事を知らない様に思えた。

『雪、積もりそうですね』

「そうだね。おやすみー、氷月」

『良い夢を、主殿』

涼やかな声を聞きながら、ふかふかしたベッドの中にすっぽり埋もれて目を閉じて。
最初は冷えていた布団の中も、自分の体温が移ってくれば段々と居心地の良い暖かさを持ち始める。
その暖かさを堪能しながら、は夢も見ない程、深く眠った。


しんしん、しんしんと――――音を吸い込む白い雪が、地面をゆっくりゆっくりと、覆い隠し始めて。







様々な思惑が絡まり合い、舞台の幕が開かれる。
聞く者の無い、雪降る夜の開幕ベル。







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やっみっにかーくれっていっきっるー♪(早く人間になりたーい/謎)