「嬢ちゃん、落としたぞい」


後ろからかけられた声に、は首だけで振り向いた。
何故身体ごとでは無いのか――――。答えは極めて単純、両手で抱えきれない程―――比喩でなく、現実である。前が見えない高さというのはかなり積み過ぎ感満載だ――――の大荷物が、今現在彼女の両腕に“限界に挑戦!”とでも言わんばかりに積み上げられているからである。
バランス感覚抜群、むしろ跳び抜けすぎていて「アンタほんとに人類?」とか昔、同級生に言われたくらいなにとって、それを落とさない様に歩く事はさして難しい事では無かった。
だがしかし、やはり体勢を変えるとなれば一段と難易度は高くなる訳で。

「ぅえ?あ、どーも。」

荷物の安定を保つ為、首をギリギリ曲げれる辺りまで後ろに捻じ曲げ、あまつさえその状態で器用に頭を下げて礼を言う。ある意味一人サーカス状態な少女の様子を、老人は物珍しそうに眺めながら。

「こんなに食料買い込んでどうする気かの?冬眠の準備かの

「うーん・・・・似た様なモンですねー。あ、スイマセンその乾パン投げて下さい」

はっはっはーと無駄に爽やかに笑いながら、投げられた乾パンの袋を荷物でキャッチ。

「ほう、すると何の為に?」

皺に埋もれた細い目を好奇心に輝かせる通りすがりのジイ様に、
はよくぞ聞いてくれました!と言わんばかりの楽しそうな表情でにんまりと笑って。


「―――ま、ちょっと修業でもしてしてこようかと♪」


修業は山で、これジョーシキ!とか言ってるそんな彼女に、老人は古風だのぅと言って笑った。
ぬぅ、天才は理解されないってヤツか。(←違)






     【 修業の基本はやっぱアレ。 −前編− 】






爽やかに、それはもう見事に澄み渡る蒼い秋の空。
こうまで見事に綺麗に雲一つ無い天気だと、それはそれでネチネチ文句言いたいよーな気もしてくるけどそれはさておき良い天気だ。昨今は紫外線がどうのとか言われてるけど、それはポケモン世界だから関係無いしねふはははは!
気温の方も、さんさんと降り注ぐ日差しと冷たくなってきた空気があいまって、丁度過ごしやすいくらいになっている。
見渡す限りどこまでーもエンドレス、エターナル、即ち永遠!に続く(わけでも無いけどっ!)岩石地帯がデンジャラス。
申し訳程度に咲く野の花々が、荒んだハートのちょっとしたオアシスだ。

そんな光景の只中で、仲間のポケモン達の視線を一身に受けて。


何故か逆二等辺三角形なメガネ(注:ダテ)を装着し、あまつさえ教鞭片手ににっこし笑い。



「んじゃ天空は追加ノルマであと37匹、紫苑はイシツブテ達が投げる石を延々避けるやつ一時間ね☆」



 ・・・・・・・・・・・・鬼・・・・・・・・・・・・ 

片やげんなりした様子で、片や死にそうな様子で、同時に力の無い言葉が呟かれた。
そんな二匹に、は如何にもわざとらしい様子でふぅ、とため息をついてみせて。

「酷いなあ・・・・あたしは二人の為を思って、心を鬼にしてこんっなにも頑張ってるのに!」

『心無い台詞を言うのなら、せめてそれらしい表情を装って欲しいですねぇ』

『顔が笑ってたからな・・・・それはもう楽しそうに』

「はいそこ余計な発言しなーい」

即座に言われたその一言に、氷月と白夜が肩を竦めて退散する。
が選んだ修業の場所。それは、ヨシノシティと“暗闇の洞穴”の丁度中間地点に存在する岩石地帯だった。
下方を落葉樹の林(その先にヨシノシティがあったりする)、上を完全な岩石地帯、そして両脇を街道に挟まれたこの場所は、地図上ではさして広くも無さそうだが実際はそれなりの―――整備されて無い分、ヘタすると2、3日迷い続ける羽目に陥りそうな程度には―――土地の広がりがあって。
更に付け加えるならば、虫タイプが苦手とする飛行タイプと岩タイプ、そしてドラゴンタイプの苦手とする草タイプが―――数は少ないが―――おり、しかも大概の攻撃に強い、鋼タイプのエアームドやハガネ―ルの姿もあったりで修業には非常に都合が良かったりした。
もっとも、苦手な相手がごまんといるおかげで相手にことかかない紫苑はともかく、天空の場合は相手が少ないので氷月に時々水責めしてもらってたりするのだが。


それに、もう一匹。


「カノンから見てどうよ?紫苑と天空」

ひいひい言いながら草ポケモンと戦っている―――実戦特訓の数をこなす事で、持久力と集中力を磨くのがコンセプトだ―――天空と、必死に投げられる石を避けまくる―――反射神経と、主に度胸を養うつもり。ちょっと生温いけど、ヘタに追い込んだら後が怖い―――紫苑。
その二匹の姿を冷静に観察しながら、意味も無くメガネのフレームを押し上げたりしてそう問えば、

『良いと思うよぉ。この調子ならぁ、来た当時より格段に強くなれるだろぉねぇ。』

のんびりとした調子で、右頬に古傷を負ったカビゴンは言った。
カビゴンのカノン――――この周辺区域で並ぶ者の無いツワモノポケモンで、周囲からも人望(ポケ望?)の厚い女ボス・・・・だ、そうである。(←この辺りの野生ポケモン連中から聞いた)
曰く、彼女に挑戦したトレーナーもポケモンも、未だ誰一人(一匹)として彼女を負かした事が無いのだそうな。

実際、ここに来た当初に一戦交えたけどめっちゃ強かったしねー。

その時の負けが結構悔しかったと見えて、黙って特訓してたりするし白夜。
しかも相手するのは氷月だから、時々オーロラビームが見え隠れしてたりするし?
ま、お互いヤボな指摘はしたりしないけどねー。うぅん、オトナだねーあたしってば!(酔)

「いやぁ、ステキな協力者が得られてホントに良かったよ」

『他人行儀だねぇー。わたしとの仲じゃないかぁ。』

「そうだね・・・・あたし達の間に、遠慮なんていらないよねっ!」

・・・・・』

「カノン・・・・・」

互いにしっかと手を握り合い、じっと見詰め合う二人。
そんな彼女達を見ていた周囲のポケモンが、



『種族の壁を超えた友情・・・・麗しい光景だぜ・・・・!』

『ううっ、感動の涙で前が見えねぇですカノンの姐さん!』

『何やってんだこいつ等は』

『あれ見て感動してるんでしょ。単純よね』

単純言うな!!これだから鋼タイプってやつぁ情が薄くてヤになるぜぃ!』

『何ですってこの石コロどもーっ!

『落ち着けよお前等・・・・・・』



とまぁ、そんな会話を繰り広げてたり繰り広げてなかったり。
何はともあれ――――自分は、運が良いのだろうとは思う。

一つ目の幸運は、この一帯にいる野生ポケモンのレベルが高い水準にある事。
二つ目の幸運は、カノンが彼女達に好意的で、しかも気が合う相手であった事。
三つ目の幸運は、大抵寝てばかりな筈のカビゴンである彼女が、と出会った時に起きていた事。

カノンおかげで野生ポケモン達の協力も容易に借りる事ができ、修業はとても充実したものになっている。
まぁ、始めてからまだ一週間ちょっとくらいしか経っていないのだが。


ズゥゥウウ・・・・ン


『ひきゅみゅああああああああぁぁぁあああああーっっ!?!?!』



重く大地を震わす音。
次いで、盛大な悲鳴が岩石地帯に木霊する。
ダテ眼鏡を外して視線を向ければ、其処には華麗によれってお空を舞ってる紫苑の姿。

『・・・・誰かぁ、自爆したみたいだねぇ。』

「・・・・・まぁ、死んではいない。・・・・・・・・・・・・・・・・・と、思うけど」

こめかみに指を押し当て、虚ろな目をする
修業の間は甘い顔はしないと決めたのだ、自分は手を出す訳にはいかない。

『ちょっとぉ、様子見てくるねぇ。』

「ん、よろしく」

ひろひろと手を振ってカノンを見送り、瞳を閉じてまぶたを押さえる。

実を言えば、気になる事があるのだ。
あの、自分達を襲ったポケモン。闇に紛れ、それこそ影の如くに―――こちらに対し、その接近を気付かせなかった。

確かに、野生の動物は狩る相手にそれを気取らせずに潜むモノだ。

こちらの世界での“動物”にあたるだろうポケモン達が、気配を断つすべに通じていても可笑しくは無い。
だが・・・・・

――――あいつは、間違い無く“あたし”を狙っていた。

その後の行動も、不可解と云えば不可解だ。
達のいた場所は夜営の焚き火で明るく、隠れていた訳でもない白夜達を含めて全員を把握するのは簡単だった筈。
そこに襲撃をかけるとなれば、余程自分の力に自信があるか―――もしくは、一撃であたしだけを仕留められると踏んでいたのか、はたまた何らかの原因があって理性的な判断ができなかったか、だ。
これ以外にも可能性はあるのだろうが、いかんせん考えつくのはこの程度である。
少し切り結んだだけで、あっさりとあの場を退いた事も今一つ納得いかない。
誰かに話しても意味の無い事なので、口には出さないけれども。

ふぅ、と溜息一つ。
帽子を取り、ぐしゃり、と髪を掻き回して。


ああもう、本当に。




「・・・・・どーなってんだかねぇ?」




そんな独白を合図とするかの如くに、天空のいる方から悲鳴に近い絶叫が上がる。
それを聞きながら―――考えるのは、あの、嵐のような襲撃の時。

ただ、ほんの一瞬だけ交わった視線。

記憶の中、甦るのは







―――――――蓮色の、瞳。







「・・・・上等」

一体、何のつもりだったのかなど知らないけれど。
それでも―――負けっぱなしで終わるのは性に合わなくて。

は、ひっそりと獰猛に笑った。






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