――――誰にだって、走り出したくなる時ってないかい?


そう、それはいてもたってもいられない青春いパッションからだったり、
または夕日が綺麗だったから☆だったり、
時にはなんとなく居たたまれなくって・・・・・ (遠い目)な時だったり、
光速を極めてみたくって!な時だったりとか、




する。(断言)




でも、そーゆー時に走るのと、強制されて走るのとでは自ずと気合の入り方が違ってくるじゃん。
大概の場合、強制される方が気合はマッスルしないんだけど―――



「待たんかこの破壊魔どもぉおおおおおお!尋常に縛につけぇい!!」


「待てと言われて待ったら今世紀最大級大馬鹿決定だバカめぐわぁあああ!!!」




――――――逃げる時だけは例外だよね☆







     【 気付けば遭難フォーエバー 】






「しまったなー・・・・・完っ璧にはぐれた」

既に日が落ちた山中、はやれやれとぼやきながら帽子を取った。
選りすぐられた月の光を紡いで束ねたかの如き、やわらかで鮮烈な銀が揺れる。
ショートにされているその髪をくしゃりと掻き回し、先程ダッシュで走りまくってきた方向を眺めて。

――――まぁ、レモンならそう簡単には追っ手なんぞに捕まりゃしないか。

あっさりと、探し出して合流するという選択肢を放棄した。
縁がありゃ、またどっかで会うだろー。
そんな事より、今は現在位置を確認すべきだろう。

「逃亡劇繰り広げた挙句に遭難して死亡・・・・・ってな末路は嫌だしねぇ」

『洒落にならんぞ』

のほほーんと月を見上げてそんな事を言うに、白夜が苦い口調で突っ込む。
現在位置は何処とも知れぬ山の中、見渡す限り闇の影に覆われた木々が方向感覚を狂わせる。
装備やら何やらが無ければ登山のプロでさえちょっと自力では脱出不可能?

むしろ気がついたら白骨死体☆とか普通にありそうだ。


「うわ笑えねー

『巻き添えは遠慮したいですね』

想像してみた自分の末路に、口元を帽子で覆って半眼で呟く。
そんな主に、氷月が爽やか他人事口調でそんな事を言い切って。

「うん、この状況の原因の一端はテメェが担ってんだけどな?」


ちったぁ自覚しろ。


『何を仰います。この私に敵前逃亡しろとでも?』

『・・・・・・・・ごめんなさい、ご主人さま・・・・・』

心の底から不服であるとでも言いたげな氷月、消え入りそうな声で、呟くように謝る紫苑。
ふてぶてしいというかツラの皮厚いというか・・・・ともかくそんな反応を示す今回の騒ぎの渦中たる片割れとは真逆に、いっそ哀れなくらいの落ち込みようである。
そんな彼女に、は慌ててそれを否定。

「や、紫苑はあんま戦い向きじゃないのは良く分かってるから!落ち込まない落ち込まない!!
 つーか氷月もそうじゃなくって!あんたなら紫苑落ち着かせて、連携取ってあのソーナンスぶっ倒すとかできたっしょ。
 もしくは、被害を最小限に留めて戦うとかさ」

後半の言葉を氷月に向けながら帽子を被り直し、地図を取り出す。
確かにレモンのソーナンスは強かった様だが、それでも――――そう、たとえトレーナーである自分が不在ではあっても――――数の上では2対1と有利な立場だったのである。
抜け目無いこいつなら、パニくる紫苑を落ち着けてレモン達の相手をするくらいはできそうだと思っていたのだが・・・・・・
いっそ不審げとさえ言えるに、氷月は爽やかに笑いながら。

『はははは、何故私がそんな面倒な事をしなくてはならないのですか


「それが本音かーっ!」


『暴れたかったのもあんじゃねぇ?』

怒りも露わに絶叫する、いいよなーなんて羨ましがる天空。
そんな天空に、こめかみを押さえて苦い顔になる。

「ンな事言える状況と違うわボケ」

そう、本当にそんな呑気な事を言える状況では無い。
何せ―――この状況は、完全なる予定外想定外な事態だったからだ。

「今日はポケモンセンターに泊まるつもりだったからねぇ・・・・・食料買い出ししてないんだよっ!


『ええぇえええぇええええええええっっ!?!?』



絶叫、絶叫、大絶叫――――



驚愕とか絶望とかショッキーング! とかまぁそんな色々な感情をないまぜにした声で、パーティー内一の食いしん坊☆で花よりダンゴなお年頃である我等が食欲大魔王は叫んだ。
鼓膜を突き破るような大声ではあったが、まぁ反応は予測済みだったので耳を塞いで事無きを得たが。


『天空、喧しいぞ』

『落ち着きが無いですね食事如きで。その口凍らせますよ

『ええええだってだってだってオレの楽しみ・・・・っ!』


完全完璧に動揺の欠片も無い―――ここら辺、食事に対する執着度の現れが良く分かる―――声で不快そうに白夜が言って、氷月がさらりと脅しの言葉を吐いた。
そんなコント(酷)を繰り広げるポケモン達はさておいて、は手近な木に登って周辺を確認する事にした。
身軽に枝だから枝へと足場を変え、するすると上の方まで登って昏く色濃く影を落とす世界に目を凝らす。
そうすれば見えるのは、連なって重なる山と木々――――更に向こうの方には、広い森も見える。

・・・・・ここらで森と言ったら“ウバメの森”くらい。ってことは、あれがそうだとしてー。

落ちない様に気をつけつつ、態勢を変えて後ろにも視線を向ける。
そうすれば次に見えたのは―――滞在する予定だった筈のコガネシティ、そして其処から右の方へと視線をずらせば街がもう一つ。ごそごそと地図を取り出して、眼前に広がる光景と地図を見比べる。
暗いので文字が読みにくいが・・・・・月や星の明かりがある分、完全な黒の世界では無いから読めない程でも無かった。

「んー・・・・・あそこは、ヨシノシティ・・・・・かな」

どうも、結構な所まで逃げてきてしまった模様である。
今から他の街―――ここからなら、ヨシノかヒワダだろう―――へ行くにしても、確実に夜通し歩く事になるだろう。
第一、時間自体がもうかなり遅い時刻だ。諦めた方が良いだろう。

ま、しゃーないか。

溜息をついて、枝から枝へとひょいひょい下りて地面に着地。
ストン、と軽い音がして、空気を孕んで黒衣の裾がふわりと波打った。
さして着地の衝撃を感じさせない動作で立ち上げると、背負っていたザックを下ろして腰に付けている4つのモンスターボールを取って元の大きさへ戻し、空へ放った。
ポン!と音がしてボールが開き、赤い光と共に見慣れたシルエットが現れて。


『めしぃいいぃぃ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』


天空が、そう言いながらなよなよと泣き崩れていた。
自動的に手元へ戻って来た――――こちらに来てから知った事だが、捕獲済みポケモンのボールは空になると手元に飛んで戻ってくるらしい。どんな仕組みなのかは知らないけどめっちゃ便利☆(グッ)―――ボールを小さくして、腰に戻す。
そして、めそめそうじうじしている天空の背中(多分)を軽く足で小突いて。

「えーい鬱陶しい。季節が季節だし、何か食べれる草とか木の実とかあるっしょ」

『そっか!おっしゃ探すぞーっっっ!!!!』

『あっ、天空さん!?』

「飽きたら戻ってきなよー」

途端に元気になって、何処へともなく食料求めて走って行った天空の背にそう呼びかける。
うーん、単純なやっちゃ。
所在無さげな紫苑、そして天空の駆け去った方向を眺めている白夜と氷月を見ると、は軽く伸びをして。

「―――さって、あたしらも探すとしますか!」

『それは構わんが・・・・今からか?』

既に周囲を包むのは夜の帳であり、ヘタをすれば二次遭難、三次遭難の可能性もある。
それを示唆した白夜の台詞に、「だーいじょーぶ!」と無駄に自信たっぷりに言い切って笑って。

「腹が減ってると切ない気分になるじゃん、ちょっとは何か食べときたいもんよ」

『面倒ですね。山は行動範囲外の私に働けと?』

「元凶の一端が何抜かすか。御託はいーからあんたも探せ!」

凶眼で睨みつつの突っ込みに、わざとらしく溜息をつく氷月。
うっわ、全っ然こたえてねぇー。

『じゃあ、私も・・・・・』

「あ、紫苑はここ残ってて。誰か待ってないと集合の時困るし」

おずおずとそう言いながら飛び立とうとした紫苑に、寸前でストップをかけて。
集合場所に目印、もしくは誰かが待機していないと、何処に戻ればいいのか分からなくなってしまう。
食料求めて分かれたのに、今度は仲間を探して遭難ってのはかなり嫌だ。

『では私が留守を任されましょうか』

「あんたに言ってねぇ。もし誰か戻って来なかったら、空飛べる紫苑にいてもらわないとてこずるじゃんか」

空から探せるってのはポイント高いしねー。

『成る程な』

それでこの選択か、と納得した様に呟く白夜。
珍しい色違いの身体と翅を持つ紫苑なら、“目印”としても適当だしね。

『でも――――――』

「留守番も重要!荷物よろしくねー紫苑♪」

『あっ・・・・』

なおも何か言いかける紫苑を遮って、ひらひら手を振って遠ざかる
そんな主の背中を、氷月と白夜が追いかけて。




『全く、ポケモン使いの荒い上に無茶言う主人ですね』

ええいしつこくネチネチと。
 さっき上から見た限りじゃ近くに川もあるっぽいし、そこらへん探すのだったら文句ないっしょ」

『ご都合主義って知ってますか?』

「そーゆー事は口に出しちゃいけません!」

『・・・・・・先に行くぞ』

「あ、ストップ!はぐれたら戻って来れないじゃんか白夜は」




遠ざかっていく背中。
小さくなっていく声。

それを聞きながら――――紫苑は、きゅっと小さな手を握り締め。


そっと、目を伏せて。



ぽつりと呟く。




『・・・・・・でも、ご主人さま。』




――――私、ご主人さまのお役に立ててません。


続く言葉は、喉を震わす事無く消えた。



 ■   □   ■   □



パチパチと、焚き火がはぜる。炎の光が闇を駆逐する。
金を帯びた赤い火の粉がひらひらと舞い踊るのを眺めながら、果物の最後の一口を、口の中へ放り込んだ。
ペロ、と舌で指についた果汁を舐めとって。

「ふはー、満腹満腹」

『探せば見つかるものだな』

「だねぇ」

季節が季節だからか、食料となる木の実も果物も意外なくらいに豊富だった。
夜だから見付け辛かった事のも考慮すると、昼間であればもっと見付かったのでは無いだろうか。
満ち足りた気分で会話しつつ、濡らしたハンカチで手を拭う。

『オレ、ここに永住してもいいなぁ・・・・・・』

「はいはい、寝言は寝てから言っとけ」

ごろん、と寝っ転がって心底幸せそうに―――満腹だからだろう―――そんな事を言う天空を引っ掴んで、果汁まみれの口元をごしごしと拭く。むぎゅとかふぎゅとかそんな声も聞こえるが、まぁそれは無視の方向で。

『今日はここで野宿として、明日は何処へ向かわれますか?』

「んー・・・・やっぱ近い所でヨシノかな。オーキド博士にも、伝えなきゃいけないだろーし」

『・・・・・戻る道が分からない事を、か?』

「まぁね」

天空の口の周りが綺麗になったのを確認し、押さえつけていた手を離す。
代わりにべたべたになったハンカチは、まぁ後で洗うとして。

「伝えとけば、後々怒りを買う事も無いだろーし。
 それに道が分かってもさ、陸路で行くにしても水路で行くにしても、時間はかかるだろーしねー・・・・・」

『―――確かにな。長距離、空を飛んで行く事ができれば話は別だが・・・・』

「ああ、紫苑じゃちょっと無理だ・・・・・・・・・・・」

相槌を打ちかけ―――はた、と止まる。



―――――空?



口元に手を当て、眉根を寄せて。
いきなり無言になったに、どうかしたのかとでも言いたげな視線が集中する。
しばし、無言が続き。


「・・・・・・・くっ、あはははははは!そうだよ空!!それがあった!!!」

『ご主人さま・・・・?』


ぱしんと太腿を叩き、額を押さえて大笑いしだしたを見て、不思議そうに紫苑が呟く。
至極楽しげな、何とも愉快そうな笑い声が夜の山に響き渡って。
唐突な其れに、何処かでホーホーやヨルノズクが一斉に飛び立った。

「くっくっく・・・・・うっわバカだなもー・・・・・気付かなかったなんて」

『・・・・何なんだよ?一体』

不審げな天空の呟きを無視し、なおも笑い続ける
氷月と白夜は、そんな彼女を無言で見守っていて。

「あー・・・・・・盲点だったや。やっばいなぁもー・・・・・」

『――――主殿、一体どうなされたのですか?笑ってばかりでは把握しかねますが』

「悪い悪い、自分の馬鹿さ加減があんまりにも笑えたモンで」

あらかた笑いの収まった頃合を見計らっての氷月の問いに、目元を押さえてひろひろと手を振って。
改めて顔を上げ―――にまりと笑うと、白夜に勢い良く抱きついた。

『!?』

「白夜ってばもーしてる!おかげで気付けたわありがとーvvvvvv

『れ、礼はいいから離せ!』

もがく白夜、更に腕に力をこめる
完全に遊んでいる主人に、氷月が呆れた様な目で見ているのにもお構いなしだ。

『そのままで構いませんので、説明して頂けますか』

『焦らしてねーで話せよー!』

『〜っっ氷月!天空!!』

「オッケー♪」

白夜に助け船を出す訳でも無く先を促す天空と氷月に、白夜がじたばたしながら非難がましい叫びを上げる。
そんな白夜を押さえながら、は笑顔で即答した。

ふ、売られたな白夜!(笑)

に、白夜を除く3匹の視線が集中する。
煌々と輝く炎の照り返しを受けながら、彼女はぴっと指を立てて。



「つまり――――」

『避けろっ!!』 「っ!?」





――――――ヒュォウっっ!!





緊迫した声に、咄嗟に白夜を放して地面に転がった。
耳元で風切り音、黒い“何か”が通過、視界を横切るのが見えて。

一瞬だけ、焔に光る瞳の残像が見えた。

だが、その残像もほんの一瞬に満たない間の事。
炎が消えて闇の帳で覆われる世界、光に慣れた目にとっては先程よりも視力は効かない。

『誰だテメェ!』

鋭い唸り声、静かな敵意が空気を張り詰めた其れへと変えさせて。
先程までののほほんムードから一転して騒々しいものへと変貌した空間に、舌打ちしてザックを拾い上げる。
その場にいる全員の視線を受けて佇む黒い影、その姿に、のカンが警鐘を鳴らす。
じりっと僅かに身動きしたその相手に、天空が真っ先に反応した。


――――ガァァアアアアッッ!


「天空、ま・・・・っ!」

吼え声を上げて相手に肉薄する天空を静止しようとする、しかし其れで止まる筈も無く。
ほとんど転がる様にして迫る天空が、その影を叩き飛ばすかに見えた、その瞬間―――





ミシィっ!




『・・・・・・・・ッ』

「天空!」

『ご、ご主人さま・・・・・・っ!』

無言でよろめく天空、叫ぶ
こちらを向いた鋭い視線に、紫苑が出かかった悲鳴を飲み込んで立ち竦む。
白夜が舌打ちし、氷月が目を眇めて黒い影を見据えて。

数瞬の、沈黙。




――――――ヒュォオオ!




「っ紫苑、“風起こし”!」

舞い上がる砂煙が視界を覆う。
腕で目を守りながら咄嗟に指示をするも、紫苑が応える様子は無く。

「紫苑!?」

『・・・・・・・・・・あ、・・・っはい!』

鋭い呼びかけに、完全に“呑まれて”いたらしい紫苑が慌てて返事をする。
が、その時には既に立ち上っていた砂煙は―――段々と、落ち着いてきていて。

『・・・・・逃がしたな』

ぽつりと、白夜が冷徹な声で呟いた。



「そうだ、天空!」

闇に慣れてきた目で探せば、倒れ伏している見慣れた姿を見つけて。
荒い息を漏らしながらも立ちあがろうとする天空に、慌てて駆け寄って膝をついた。

『妙ですね、攻撃は一撃だった様に見えたのですが・・・・』

『顔色がおかしいな』

先に天空の様子を伺っていた氷月と白夜が、口々にそんな呟きを漏らす。
そんな二匹の横から天空を覗き込んで、はげっと思わずうめいた。

「―――これって毒じゃん!」

慌ててザックを漁って毒消しを取り出す。成る程、攻撃と一緒に毒も食らってた訳か。
だが・・・・・如何に天空が先走ったとは言え、こんなに短時間でここまでダメージを与えるとは大した腕だ。

『・・・・いらねぇ!オレは・・・・・っっ!!』

「ほら、無茶しない!毒が余計にまわるじゃんか!!」

『いいっ・・・!』

よろめきながらも、先程の相手が消え去った方向を睨みつける天空。
気持ちは分からないでも無いが、この状態で追うのを許す訳にも行かない。
今にも追いかけそうな天空を、逃げられないようにしっかりと押さえつけて。





『―――――――チクショぉォオオッ!!』






怒りと憤りに彩られた叫び。
荒れ狂う激情を内包した其れが―――夜の静寂の中、悲痛に木霊して消えた。





 ■   □   ■   □



『畜生、ちくしょう、チクショウ・・・・・・・・・・・・っ!』

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・役に立たなかった役に立てなかった・・・・・・お荷物・・・・・・・・・・・・・・・・・』

「・・・・おーい、戻ってこーい」


――――駄目だな、こりゃ。


氷月や白夜に視線を向ければ、彼等も打つ手無しといった様子で肩(?)を竦めて。
天空も紫苑も、かなりの勢いで自信喪失状態である。
普段お気楽ノーテンキな天空が、ここまで落ち込むとは・・・・・よっぽど、負けたのが悔しいらしい。
紫苑の方も思いつめるタイプだし、立ち直らせるのは容易な事では無いだろう。
昼間の騒動の事も気に病んでた上であれだもんなぁ。



「天空、紫苑」



呼ばれて、どんよりムードを背負いつつものろのろと顔を上げる二匹。
闇に紛れそうなオーラと共に、二匹の辺りだけ2足先くらい早めに冬が来てる模様である。
そんな彼等に溜息ついて、は一言、こう告げる。


「・・・・・・んじゃ、強くなる為にさ。」








修行でもしてみる?










返った答えは――――無論、肯定の其れだった。








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