すべらかな、硬質でありながらも肌にしっとりと馴染む極上の手触り。
上等な毛皮を連想させる髪から、少女はさしたる感慨も無さそうに触れていた指を放す。
ふわりと揺らめく、魔を祓う銀。
パーツだけであっても充分すぎる美を備えた――――だが、それ以上の価値は無いソレに、彼女は無粋な鋼をあてて。



ジュギャンッ!



即座にその場で這い蹲った。
一筋だけ凍結した髪の冷たさと一気に下がった気温が、もれなく顔面を痙攣させる。
岩石地帯が局地的に凍土になっていると断定するのには、視線を向ける必要も無い。

『おや、残念』

『惜しいっ!もーちっと遅けりゃばっちしだったのに』

「何してんだおんどりゃああああああ!!!」

ぐぁばっ!と立ち上がって抗議する、けろりんとした様子の二人(二匹?)。
の怒りなど何処吹く風、というか罪悪感自体あるとは思えない態度である。
そもそも一応人間なのだと認識しているのかどうかという辺りからして疑わしい。

『あはは、ワリーワリー』

『ちょっとしたお茶目な全力攻撃ですが、何か問題でも?』

「あるあるあるあるツッコミどころが山ほどにッ!
 つーか何してくれんだ危うく人間かき氷になるとこだったじゃんかよ!?」

のカキ氷、かぁ・・・・・・・・』

『粉砕する器具を何処から入手すべきか、というのが最大の問題点ですねぇ』

「真剣に考慮すんな!天空も想像するなっつーの!食欲感じるぞその目付きッ!?!」

じぃいいっと自分を見つめる仲間、・・・・・の、はずの相手の視線にそこはかとなくヤバいモノを感じ、はずざざっと勢い良く後ずさった。まだコモルーだからそこまで切迫した危機感では無いが、これが最終進化形態だったら即座に回れ右していたかもしれない。 あの目はマジだ。味見くらいはしかねん目だ!

『二人ともぉ、のことカキ氷にしちゃぁ、駄目だよぉ?』

「あ、カノン」

のっそりと、独特の口調のカビゴンがの背後から現われる。
ゆったりした穏やかな雰囲気や動きに惑わされそうになるが、巨体の癖に移動の際にほとんど立つ事の無い足音や、ふとした動作にさえも隙の無い身ごなしは、カノンのレベルの高さを示していた。
何処までも緊張感の存在しないのんびり顔で、カノンが二人をたしなめる。

『やっぱりぃ、氷ったのより炙ったのだ「シャレにならんわぁーッ!フォローになってねぇっつの!!



――――が、そのたしなめの方向性は大幅にズレていた。



「ええい、遊ぶんならあっちでやれあっちで!ほらシッシ!
 あたしには今から鏡無しで髪を切るという冒険を断行しようとしてんだから!!」

カノンを助けにはならんと見切ったらしい。
ひらひらと手を振って自分達を向こうに追いやろうとするトレーナーに、天空が不満そうに頬?を膨らませ?る。

『えぇー?攻撃避けた拍子に手がすべって、面白い髪型になったすげぇ見てえのに

「あんた今夜のメニュー雑草決定」

『イヤァアアアアアアアア!!!!!』

某世界的名画を連想させる形相になった天空に、氷月が『肥満防止になってよかったですねぇ天空。丸から楕円に進化するチャンスですよ』と素敵な笑顔で 少なくなくても慰めでは無い 言葉をかける。氷月は近いうちに全身緑に染色してやろうという壮大なる復讐計画を練りながら、は放り出したハサミを拾い上げた。

『髪ぃ、わたしが切ってあげよぉかぁ?』

「へ、カノンが?」

『うん〜』

意外な申し出に丸くなったの目が、自然とカノンの手に向かう。
人間からはやや遠すぎる、触り心地は良さそうな大きな手。
その手が結構器用に動く事は知っているが、散髪に向いているかと聞かれれば首を傾げる他は無く。

『あははぁ、不審の目だねぇ〜』

う゛。 ごめん」

申し訳なさそうに首を竦める
ほわほわした笑い声を上げて、カノンはをその場に座らせ、後ろに陣取る。

『いいよぉ。わたしも昔はぁ、無理だと思ったからねぇ』

「?」

見上げてくるの顔を軽く叩いて戻すよう促して、カノンは感慨深そうに頷く。
夕食が雑草で確定してしまった哀れな天空と慰めてなかった氷月は、何をどう進展させたのか戦闘に突入して周囲に被害を撒き散らしていたが、これも結構ある事なのでとカノンは気にも留めない。

『散髪の経験はぁ、豊富だからぁ・・・・・心配しなくても平気、だよぉ?』

笑い混じりに告げられて、は少しだけ考えて。

「んじゃ、頼んでいい?」

自分で切るより楽だし、そっちの方がネタ的にもいいよな☆と決断したらしかった。
にぱっと笑うの背後でカノンが『了解だよぉ』と返し、さらさらの銀髪を少しずつ、切り始める。
しょり、しょり、という音と共に、磨きぬかれた銀が地に降り積もっていく。

「・・・・・・ホントに上手いね、カノン。何処で修行したの?」

ハサミでは無く自前の爪で髪を切っているようだが、力加減が絶妙に上手い。
少なくとも、軽く引っ張られるような感覚はあっても引っ張りすぎて痛いとか、そういう事はまるで無いのだ。
どんな仕上がりになるかは終わるまで分からないが、それでも率直な感嘆の言葉に、背後のカノンが嬉しそうに答える。

『昔ねぇ、トレーナーと冒険してた時期にぃ、仕込まれたんだぁ』

「ほほう。カノンのトレーナーに?」

『お前ならいけるさーとか言ってねぇ。
 最初は下手だったんだけどぉ、毎回わたしに切らせるからぁ、だんだん上手くなってぇ・・・・・』

「うわチャレンジャー。つか変人?カノンも苦労したんだねぇ」

しみじみとした様子のの言葉に、笑いを噛み殺しながらカノンが頷く。

『まぁ、ねぇ。――――でもぉ、とっても素敵なトレーナーだったよぉ』

「・・・・・・・・カノンとそのトレーナーって、どうして別れたの?」

『さぁ、どぉしてかなぁ〜』

の素朴な疑問を、カノンは笑ってはぐらかして。
ただ、と続ける。

『道は、いっぱいあるからねぇ』

たくさんの、道。
そうだ、すべてにいつか終わりが来る。
すべてにいつか、分かれ道が来る。何もかも、少しずつ変わっていくのだ。
今は意識していないけど、この旅にもいつの日か、終わりが来る。

みんなと、別れる日も。

カノンと、カノンのトレーナーみたいに。
あたしが、親友と道を別ったように。
それがいつになるかなんて分からないし、できればその日は、もっとずっと先ならいいな、と思うけど。







ねがうこと。






その”いつか”の自分たちが、笑顔だったらいいなと――――そんな事を、思った。
( 『はい、できたよぉ』 「ん。サンキュ!」 )



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