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(小話1036)「海神」の話・・・
        (一)
江南の朱廷禹(しゅていう)という人の親戚なにがしが海を渡るときに難風に逢いまして、舟がもうくつがえりそうになりました。「それは海の神が何か欲しがっているのですから、ためしに荷物を捨ててごらんなさい」と、船頭が言いました。そこで、舟に積んでいる荷物を片端から海へ投げ込みましたが、波風はなかなか鎮まりそうもありません。そのうちに一人の女が舟に乗って来ました。女は絶世の美人で、黄いろい衣(きもの)を着て、四人の従卒に舟を漕がせていましたが、その卒はみな青い服を着て、朱(あか)い髪を散らして、豕(いのこ=いのしし)のような牙(きば)をむき出して、はなはだ怖ろしい形相(ぎょうそう)の者どもばかりでした。
        (二)
女はこちらの舟へはいって来て言いました。「この舟にはいい髢(かもじ=髪を結うとき、髪に添え加える毛)がある筈だから、見せてもらいたい」こちらは慌てているので、髢(かもじ)などはどうしたか忘れてしまって、舟にあるだけの物はみな捨てましたと答えると、女は頭(かしら)をふりました。「いや、舟のうしろの壁ぎわに掛けてある箱のなかに入れてある筈だ」探してみると、果たしてその通りでした。舟には食料の乾肉(ほしにく)が貯えてありましたので、女はそれを取って従卒らに食わせましたが、かれらの手はみな鳥の爪のように見えました。女は髢(かもじ)を取って元の舟へ乗り移ると、人も舟もやがて波間に隠れてしまいました。波も風もいつか鎮まって、舟は安らかに目的地の岸へ着きました。
(参考)
@岡本綺堂の「中国怪奇小説集」より。

(小話1035)「イソップ寓話集20/20(その79ー最終)」の話・・・
        (一)「太陽に文句を言うカエル」
昔々のことである。太陽が、妻を娶(めと)ると発表した。するとカエルたちは、空に向かってわめき声を張り上げた。ジュピター神は、カエルたちの鳴き声のうるささに閉口して、不満の原因を尋ねた。すると一匹のカエルがこう言った。「太陽は独り者の今でさえ、沼を干上(ひあ)がらせます。それが結婚して子供をもうけたりしたら、我々の未来はどうなってしまうのですか?」
        (二)「ワシとトビ」
ワシが悲しみに打ちひしがれて、木の枝にとまっていた。「どうして、そんなに悲しんでいるのですか?」一緒の木にとまっていたトビが尋ねた。「わたしは、自分に合う連れ合いが欲しいのですが、見つからないのです」ワシがこう答えた。「僕ではどうでしょう? 僕はあなたよりも強いですからね」トビが言った。「あなたの獲物で、どうやって、生計が成り立つというのですか?」「大丈夫ですよ。僕はしょっちゅうダチョウを鉤爪(かぎづめ)で仕留めて運び去るのですから」ワシはこの言葉に心動かされて、彼との結婚を承諾した。それからすぐ、結婚式が執り行われ、ワシがトビに言った。「さあ、約束通り、ダチョウを捕まえてきて下さい」トビは空高く舞い上がった。しかし、持ち帰ったのは貧相なネズミ一匹だった。しかも、長いこと野原にうち捨てられていたらしく、臭いがした。「これが、わたしに約束したものなの?」ワシが言った。「できないことは百も承知だったが、約束しなければ、君のような王家の者と結婚できなかっただろうからね」

(小話1034)「金児と銀女」の話・・・
          (一)
建安の村に住んでいる者が、常に一人の小さい奴(しもべ)を城中の市(いち)へ使いに出していました。家の南に大きい古塚がありまして、城へ行くにはここを通らなければなりません。奴(しもべ)がそこを通るたびに、黄いろい着物をきた少年が出て来て、相撲を一番取ろうというのです。こっちも年が若いものですから、喜んでその相手になって、毎日のように相撲を取っていました。それがために往復の時間が毎日おくれるので、主人が怪(あや)しんで叱りますと、奴(しもべ)も正直にその次第を白状しました。「よし。それではおれが一緒にゆく」主人は槌(つち)を持って草のなかに忍んでいると、果たしてかの少年が出て来て、奴(しもべ)に相撲をいどむのです。主人が不意に飛び出して打ち据えると、少年のすがたは忽(たちま)ちに金で作った小児に変りました。それを持って帰ったので、主人の家は金持になりました。
          (二)
又一つ、それに似た話があります。廬(ろ)州の軍吏、蔡彦卿(さいげんけい)という人が拓皐(たくこう)というところの鎮将(ちんしょう=鎮守府の長官)となっていました。ある夏の夜、鎮門の外に出て涼んでいると、路の南の桑林のなかに、白い着物をきた一人の女が舞っているのを見ました。不思議に思って近寄ると、女のすがたは消えてしまいました。あくる夜、蔡(さい)は杖を持ち出して、その桑林の草むらに潜んでいると、やがてかの女があらわれて、ゆうべと同じように舞い始めたので、彼は飛びかかって打ち仆(たお)すと、女は一枚の白金に変りました。さらにその辺の土を掘り返すと、数千両の銀が発見されました。
(参考)
@岡本綺堂の「中国怪奇小説集」より。

(小話1033)「イソップ寓話集20/20(その78)」の話・・・
      (一)「ロバとロバ追い」
ロバが大通りを曳(ひ)かれていたが、突然、深い崖の淵へと走り出した。ロバがその淵へ身を投じようとしているので、主(ぬし)はロバの尻尾を掴み、一生懸命引き戻そうとした。ロバはそれでも強情を張るので、主人はロバを放してこう言った。「お前の勝ちだ。だが、勝ってもひどい目に合うのはお前の方だぞ」
      (二)「ツグミと鳥刺し」
ツグミがギンバイカの実を食べていた。そして、その実があまりに美味しかったので、そこから離れようとはしなかった。鳥刺しはツグミを見つけると、葦(あし)の竿(さお)にトリモチをまんべんなく塗りつけ、ツグミを捕まえた。ツグミは、死の間際にこう叫んだ。「ああ、私はなんて間抜けなんだろう! 僅かな食べ物のために、命を棄てることになるとは……」
      (三)「バラとアマランス」
庭に咲くバラの近くに植えられていたアマランスが、こんな風に言った。「なんて、バラさんは美しいのでしょう。あなたは、神様や人間たちのお気に入り、私は、あなたの美しさや香しさを嫉んでしまいますわ」するとバラがこう答えた。「アマランスさん。私の盛りは短いのです。無残につみ取られなかったとしても、萎(しぼ)んでしまう運命にあるのです。けれどもあなたは、萎むことはありません。永遠に若いまま咲き続けるのです」
(参考)
@アマランス・・・世界各地で葉や種子を食用にする植物。ギリシャ語のアマラントス(花がしおれることがない)が語源である。花を楽しむため、また観葉植物として、栽培される。花からは赤系の染料が採れ、その色はアマランス色と呼ばれる。

(小話1032)「蛇喰い」の話・・・
      (一)
安陸(あんりく)の毛(もう)という男は毒蛇を食いました。食うといっても、酒と一緒に呑むのだそうですが、なにしろ変った人間で、蛇食い又は蛇使いの大道(だいどう)芸人となって諸国を渡りあるいた末に、予章(よしょう)という所に足をとどめて、やはり蛇を使いながら十年あまりも暮らしていました。すると、ここに薪(たきぎ)を売る者がありまして、陽(はんよう)から薪を船に積んで来て、黄培山(こうばいさん)の下に泊まりますと、その夜の夢にひとりの老人があらわれて、わたしが頼むから、一匹の蛇を江西の毛(もう)という蛇使いの男のところへ届けてくれと言いました。そこで、その人は予章へ行って、毛(もう)のありかを探しているうちに、持って来た薪も大抵は売り尽くしてしまいました。
      (二)
そのときに一匹の蒼白い蛇が船舷(ふなぞこ)にわだかまっているのを初めて発見しましたが、蛇は人を見てもおとなしくとぐろを巻いたままで逃げようともしません。さてはこの蛇だなと気がついて、それを持って岸へあがりますと、ようように毛(もう)という男の居どころが判りました。毛(もう)はその蛇を受取って引き伸ばそうとすると、蛇はたちまちに彼の指を強く噛みましたので、毛(もう)はあっと叫んで倒れましたが、それぎりで遂(つい)に死んでしまいました。そうして、その死骸は間もなく腐って頽(くず)れました。蛇はどこへ行ったか、そのゆくえは知れなかったそうです。
(参考)
@岡本綺堂の「中国怪奇小説集」より。

(小話1031)「イソップ寓話集20/20(その77)」の話・・・
        (一)「禿頭(はげあたま)とアブ」
アブが禿頭に噛みついた。男はアブを殺そうと、ピシャリと頭を叩いた。しかし、アブはさっとよけると嘲るように言った。「小さな虫が刺しただけなのに、あんたは命を奪おうと、とんだ復讐劇を企てて、自分で自分を痛めた日にゃどうするんだい?」。すると男はこう言い返した。「自分自身と和解するのは簡単なことだ。わざと痛めつけようとしたのではないことは承知しているからな。だが、たとえ痛い思いをしたとしても、お前のような、人の血を吸って喜ぶような不快で下劣な虫けらを、私はゆるしておけないのだ」
        (ニ)「オリーブの木とイチジクの木」
オリーブの木がイチジクの木を嘲った。というのも、オリーブは一年中、緑の葉をつけているのに、イチジクの木は季節によって葉を落とすからだった。すると、そこへあられが降ってきた。あられは、オリーブがたくさん葉をつけているので、そこにとりつき、そしてその重みで枝を折った。こうしてオリーブは、あっという間にしおれて、枯れてしまった。しかし、イチジクには葉がなかったので、雪は地面にそのまま落ちて行き、全く傷つくことはなかった。

(小話1030)「餅(もち)二枚」の話・・・
        (一)
霍丘(かくきゅう)の令を勤めていた周潔(しゅうけつ)は、甲辰(こうしん)の年に役を罷(や)めて淮上(わいしょう)を旅行していました。その頃、ここらの地方は大饑饉(ききん)で、往来の旅人(りょじん)もなく、宿を仮(か)るような家もありませんでした。高いところへ昇って見渡すと、遠い村落に烟(けむ)りのあがるのが見えたので、急いでそこへたずねて行くと、一軒の田舎家(いなかや)が見いだされました。門を叩くと、やや暫くして一人の娘が出て来ました。周(しゅう)は泊めてもらいたいと頼むと、娘は言いました。「家(うち)じゅうの者は饑餓に迫り、老人も子供もみな煩らっていますので、お気の毒ですがお客人をお通し申すことが出来ません。ただ中堂に一つの榻(とう)がありますから、それでよろしければお寝(やす)みください」周(しゅう)はそこへ入れてもらいますと、娘はその前に立っていました。やがて妹娘も出て来ましたが、姉のうしろに隠れていてその顔を見せませんでした。周(しゅう)は自分が携帯の食事をすませて、女たちにも餅二つをやりました。
        (二)
二人の女はその餅を貰って、自分たちの室(へや)へ帰りましたが、その後は人声もきこえず、物音もせず、家内が余りに森閑(しんかん)としているので、周(しゅう)はなんだかぞっとしたような心持になりました。夜があけて、暇乞(いとまご)いをして出ようと思いましたが、いくら呼んでも返事をする者がありません。いよいよ不思議に思って、戸を壊(くず)してはいってみると、家内にはたくさんの死体が重なっていて、大抵はもう骸骨になりかかっていました。そのなかで、女の死体は死んでから十日(とおか)を越えまいと思われました。妹の顔はもう骨になっていました。ゆうべの二枚の餅はめいめいの胸の上に乗せてありました。周(しゅう)は後に、かれらの死体をみな埋葬してやったそうです。
(参考)
@岡本綺堂の「中国怪奇小説集」より。

(小話1029)「イソップ寓話集20/20(その76)」の話・・・
        (一)「ヒョウとヒツジ飼たち」
ヒョウが運悪く穴の中に落ちた。ヒツジ飼いたちはヒョウを見つけると、幾人かは棒で打ち据えて石を投げつけた。一方、別な者たちは、殴ったりしなくても死んでしまうだろうと、ヒョウを哀れんで、餌を与えて生き長らえさせようとした。夜になると、ヒツジ飼いたちは、ヒョウは翌日には死んでしまい、危険はないだろうと思って、家に帰って行った。ところが、ヒョウは、最後の力を振り絞って、跳び上がると穴から抜け出し、全速力で自分の巣穴へと駆けて行った。それから数日後、ヒョウがやってきて、家畜を殺し、この前、彼を打ち据えたヒツジ飼いたちを猛(たけ)り狂って引き裂いた。この前、ヒョウを助けた人たちは、殺されるのではないかと恐怖して、ヒツジの群を引き渡すので、命ばかりは助けてくれるようにと懇願した。すると、ヒョウは彼らにこう答えた。「私は、石を投げて命を奪おうとした者たちを覚えているし、食べ物を与えてくれた者たちのことも覚えている。だから、怖れることはない……私は石を投げつけた者たちに、仕返しに来ただけなのだから・・・・」
        (一)「ワシとワシを捕まえた男」
ある日のこと、ワシが人間に捕まり、羽を切り取られると、他の鳥たちと一緒にニワトリ小屋に入れられた。このように扱われて、ワシは悲しみに打ちひしがれていた。その後、隣人がワシを買い求め、もう一度、羽を生(はえ)えさせてやった。ワシは舞い上がると、ウサギに襲いかかり、恩人への贈り物として持っていこうとした。するとこれを見ていたキツネが声高に言った。「この人の善意を耕しても仕方がない。それよりも以前、君を捕まえた男の善意を芽生えさせよ。彼がまた君を捕まえ、羽を奪わぬようにね」

(小話1028)「剣」の話・・・
     (一)
建(けん)州の梨山廟(りざんびょう)というのは、もとの宰相、李廻(りかい)を祀(まつ)ったのだと伝えられています。李(り)は左遷されて建州の刺史(しし=地方官)となって、臨川(りんせん)に終(おわ)りましたが、その死んだ夜に、建安(けんあん)の人たちは彼が白馬に乗って梨山に入ったという夢をみたので、そこに廟(びょう=霊をまつる所)を建てることになったのだそうです。呉(ご)という大将が兵を率いて晋安(しんあん)に攻め向うことになりました。呉(ご)は新しく鋳(い)らせた剣を持っていまして、それが甚(はなは)だよく切れるのです。彼は出陣の節に、その剣をたずさえて梨山の廟に参詣しました。
     (二)
「どうぞこの剣で、手ずから十人の敵を斬り殺させていただきとうございます」と、彼は神前に祈りました。その夜の夢に、神のお告げがありました。「人は悪い願いをかけるものではない。しかし私はおまえを祐(たす)けて、お前が人手にかからないように救ってやるぞ」いよいよ合戦になると、呉(ご)の軍は大いに敗れて、左右にいる者もみな散りぢりになりました。敵は隙間なく追いつめて来ます。とても逃げおおせることは出来ないと覚悟して、呉(ご)はかの剣をもってみずから首を刎(は)ねて死にました。
(参考)
@岡本綺堂の「中国怪奇小説集」より。