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(小話1027)「イソップ寓話集20/20(その75)」の話・・・
        (一)「ヒョウとヒツジ飼たち」
ヒョウが運悪く穴の中に落ちた。ヒツジ飼いたちはヒョウを見つけると、幾人かは棒で打ち据えて石を投げつけた。一方、別な者たちは、殴ったりしなくても死んでしまうだろうと、ヒョウを哀れんで、餌を与えて生き長らえさせようとした。夜になると、ヒツジ飼いたちは、ヒョウは翌日には死んでしまい、危険はないだろうと思って、家に帰って行った。ところが、ヒョウは、最後の力を振り絞って、跳び上がると穴から抜け出し、全速力で自分の巣穴へと駆けて行った。それから数日後、ヒョウがやってきて、家畜を殺し、この前、彼を打ち据えたヒツジ飼いたちを猛(たけ)り狂って引き裂いた。この前、ヒョウを助けた人たちは、殺されるのではないかと恐怖して、ヒツジの群を引き渡すので、命ばかりは助けてくれるようにと懇願した。すると、ヒョウは彼らにこう答えた。「私は、石を投げて命を奪おうとした者たちを覚えているし、食べ物を与えてくれた者たちのことも覚えている。だから、怖れることはない……私は石を投げつけた者たちに、仕返しに来ただけなのだから・・・・」
        (一)「ワシとワシを捕まえた男」
ある日のこと、ワシが人間に捕まり、羽を切り取られると、他の鳥たちと一緒にニワトリ小屋に入れられた。このように扱われて、ワシは悲しみに打ちひしがれていた。その後、隣人がワシを買い求め、もう一度、羽を生(はえ)えさせてやった。ワシは舞い上がると、ウサギに襲いかかり、恩人への贈り物として持っていこうとした。するとこれを見ていたキツネが声高に言った。「この人の善意を耕しても仕方がない。それよりも以前、君を捕まえた男の善意を芽生えさせよ。彼がまた君を捕まえ、羽を奪わぬようにね」

(小話1026)「イソップ寓話集20/20(その74)」の話・・・
      (一)「ロバと軍馬」
ロバはウマが惜しみなく心をこめて扱われることが羨ましかった。一方、自分は重労働なくして腹いっぱい食べることはまずありえなかったし、そうしてさえ十分ではないこともあった。しかし、戦争が勃発すると、重武装した兵士がウマに跨(またが)り、敵の真っただ中へウマを駆って突進して行った。そして、ウマは戦いの際に傷を負って死んでしまった。これら全てを見届けたロバは、考えを変えて、ウマを哀(あわ)れんだ。
      (二)「ライオンとヒツジ飼い」
森を歩き回っていたライオンが、棘(いばら)を踏み抜いてしまった。そこで、ライオンはヒツジ飼いのところへいって、じゃれついて、まるで「私はあなたの助けが必要です」とでも言うように尻尾を振った。ヒツジ飼いは剛胆にもこの野獣を調べてやり、棘を見つけると、ライオンの前足を自分の膝の上に乗せて抜いてやった。こうして痛みが治ったライオンは、森へと帰って行った。それからしばらく過ぎた日のことである。ヒツジ飼いは無実の罪で投獄され、「ライオンに投げ与えよ」という刑罰が宣告された。しかし、檻から放たれたライオンは、彼が自分を癒(いや)してくれたヒツジ飼いであることに気づき、襲いかかるどころか、近づいて行って、前足を彼の膝に置いた。王様はこの話を耳にするとすぐに、ライオンを解き放ち森に返してやり、ヒツジ飼いも無罪放免にして、友だちの許へ返すようにと命じた。
      (三)「ラクダとジュピター神」
ラクダは、雄ウシが角(つの)を戴いているのを見て羨ましく思い、自分も同じような角が欲しくなり、ジュピター神の許(もと)へと行って、角を与えてくれるようにと懇願した。ジュピター神は、ラクダは身体が大きくて強いにもかかわらず、更に角を欲したことに腹を立て、角を与えなかったばかりか、耳の一部を奪い取った。
(参考)
@ジュピター神・・・ギリシャでは大神ゼウス。

(小話1025)「術くらべ」の話・・・
       (一)
鼎(てい)州の開元寺(かいげんじ)には寓居(ぐうきょ=仮住まい)の客が多かった。ある夏の日に、その客の五、六人が寺の門前に出ていると、ひとりの女が水を汲みに来た。客の一人は幻術をよくするので、たわむれに彼女を悩まそうとして、なにかの術をおこなうと、女の提(さ)げている水桶が動かなくなった。「みなさん、御冗談をなすってはいけません」と、女は見かえった。客は黙っていて術を解かなかった。暫(しばら)くして女は言った。「それでは術くらべだ」彼女は荷(にな)いの棒を投げ出すと、それがたちまちに小さい蛇となった。客はふところから粉(こな)の固まりのような物を取り出して、地面に二十あまりの輪を描いて、自分はそのまん中に立った。蛇は進んで来たが、その輪にささえられて入ることが出来ない。それを見て、女は水をふくんで吹きかけると、蛇は以前よりも大きくなった。
       (二)
「旦那、もう冗談はおやめなさい」と、彼女はまた言った。客は自若(じじゃく)として答えなかった。蛇はたちまち突入して、第十五の輪まで進んで来た。女は再び水をふくんで吹きかけると、蛇は椽(たるき)のような大蛇となって、まん中の輪にはいった。ここで女は再びやめろと言ったが、客は肯(き)かなかった。蛇はとうとう客の足から身体にまき付いて、頭の上にまで登って行った。往来の人も大勢、立ちどまって見物する。寺の者もおどろいた。ある者は役所へ訴え出ようとすると女は笑った。「心配することはありません」。その蛇を掴(つか)んで地に投げつけると、忽(たちま)ち元の棒となった。彼女はまた笑った。「おまえの術はまだ未熟だのに、なぜそんな事をするのだ。わたしだからいいが、他人に逢えばきっと殺される」。客は後悔してあやまった。彼は女の家へ付いて行って、その弟子になったという。
(参考)
@岡本綺堂の「中国怪奇小説集」より。

(小話1024)「イソップ寓話集20/20(その73)」の話・・・
       (一)「難破した男と海」
船が難破して、男は、波に翻弄され、浜辺へ打ち上げられると深い眠りに落ちた。しばらくして男は目を覚ますと、海を見つめさんざんに罵った。お前は、穏やかな表情で人々を誘い込み、我々が海に乗り出すと、荒れ狂って皆を破滅させる。と、論難したのだ。すると、海が女性の姿となって、彼にこう言った。「私を咎(とが)め立てしないで、風を責めて下さい。私は、穏やかなのです。そして、大地と同様に急変したりしないのが本来の姿なのです。でも、突然吹き付ける風が、波立たせ、そして私を暴れさせるのです」
       (二)「二匹のラバと盗賊」
たくさんの荷物を背負った二匹のラバが歩いていた。一匹は、お金のいっぱい入った篭を運び、もう一方は、穀物の袋を荷なわされていた。お金を運んでいるラバは、その荷物の価値が分かっているかのように、頭を立て、そして、首につけられた、よく響く鈴を上下に揺らして歩いた。仲間のラバは、静かにそしてゆっくりと後に続いた。と、突然、盗賊たちが、物陰から一斉に押し寄せてきた。そして、ラバの主(ぬし)たちと乱闘となり、お金を運んでいたラバを剣で傷つけ、金を奪い取った。掠奪され傷ついたラバは、身の不幸を嘆き悲しんだ。すると相方(あいかた)がこう言った。「僕は穀物を運んでいたので、何も失わなかったし、怪我を負わされることもなかった。ああ、よかった」
       (三)「マムシと鑢(やすり)」
マムシが鍛冶屋の仕事場へ入っていって、道具たちから腹の足しになるものを求めた。マムシは特に鑢(やすり)にしつこく食べ物をねだった。すると鑢はこう答えた。「私から何かもらおうなどと考えているならば、あなたは、馬鹿者にちがいない。私は皆からもらうのが生業で、与えることなど決してしないのですからね」
(参考)
@鑢(やすり)・・・鋼(はがね)の表面に細かい溝を刻み、焼き入れした工具。工作物の面を平らに削ったり、角(かど)を落としたりするのに用いる。

(小話1023)「イソップ寓話集20/20(その72)」の話・・・
      (一)「母親とオオカミ」
ある朝の事、腹を空かせたオオカミが、餌を求めてうろつき回っていた。オオカミが、森の小さな家の前を通りかかると、母親が子供にこんなことを言っているのが聞こえてきた。「静かにしなさい。さもないと窓から放り投げてオオカミに食わせてしまうよ」。それを聞いたオオカミは、一日中家の前に座って待っていた。ところが夕方になると、母親が子供をなでながら、こんな事を言っているのが聞こえてきた。「おとなしくて良い子だね。オオカミがやって来たら、奴を殺してやるからね」。オオカミはこれらの言葉を聞くと、飢えと寒さにうちひしがれて家に帰って行った。巣穴に戻るとオオカミの妻が、どうして、何も獲らずに帰って来たのかと訊ねた。すると彼はこんな風に答えた。「女の言葉を信用して、無駄な時間を費やすとは、とんだ間抜けだったよ」
      (二)「仔(こ)ヒツジとオオカミ」
オオカミに追いかけられた仔ヒツジが、ある神殿に逃げ込んだ。オオカミは仔ヒツジに大声でよびかけてこう言った。「神官に捕まったら、生贄(いけにえ)にされてしまうよ」。すると仔ヒツジがこう答えた。「お前に食われるくらいなら、神殿で生贄になった方がましだよ」
      (三)「金持ちと皮なめし屋」
金持ちの男が、皮なめし屋の近くに住んでいたのだが、皮なめしの作業場の悪臭がどうにも我慢ならなかった。男は隣人に引っ越してくれるようにと迫った。皮なめし屋は、その都度、すぐに出て行くと言っては、出て行かずにごまかしていた。しかし、こうして、長いこと、皮なめし屋がそこに居座っていると、金持ちの男は、臭いに慣れてしまい、全く不快に思わなくなり、もう不満を言うことはなくなった。

(小話1022)「2・6・2の法則」の話・・・
       (一)
「2・6・2の法則」を人間の集団にあてはめると、『優秀な人が2割、普通の人が6割、パッとしない人が2割』という構成になりやすいという法則である。例えば、集団で何らかの活動をすると、2割の人が、率先してリーダーシップを発揮し、 6割の人が、そのリーダーシップに引っぱられて働き、2割の人が、ボーっとしてる。という傾向があるという。次に、その2割のサボった人達を除いて、残りのメンバーだけで同様の活動をすると、やはり、メンバーの中の約2割の人が、新たにサボり始める。
       (二)
逆に、サボった人ばかりを集めてグループを作り、活動をさせると、その中の約2割の人がリーダーシップを発揮し始め、6割の人は、それに引っぱられて動き始める。これは、優秀な人ばかりを集めてグループを作った場合も同様で、6割は普通に動き、2割はパッとしくなるという。スポーツの世界でも、お金をかけてスタープレイヤーを集めても、ズバ抜けて強いチームができるわけではないというのはこういうこと。逆に、スタープレイヤーを引き抜かれてしまったチームには、次のスタープレイヤーが出てきたりする。会議で発言しない人がいた場合。その人に発言させるには、そんな人ばかり集めて会議をすればいい。無口な人ばかり集めて会議させると、ちゃんと口を開き始める。中には、リーダーシップを発揮する人も出てくる。私達は、自分がいる集団によって、様々な役割を演じうるということである。
       (三)
生物の世界にも、似たような現象がある。アリは働き者というイメージがあるが、数%のアリは、働かずにふらふら遊んでいる(新たな餌にたどりつく役割を演じている)。そして、このふらふらしていたアリたちだけを集めて別の場所に移しても、しばらく観察していると、その中の数%のアリだけがふらふらと遊び出し、他のアリたちは働き者に変身する。逆に、働き者のアリばかりを集めて集団を作っても、まもなく数%のアリは遊び出すという。この数%という比率は、いつも変わらないという。

(小話1021)「イソップ寓話集20/20(その71)」の話・・・
       「イヌと料理人」
ある金持ちが宴を催し、多くの友人や知人を招待した。すると彼の飼いイヌも便乗しようと、友達のイヌを招待してこう言った。「主人が宴を催すと、いつもたくさんの残飯が出るので、今夜、お相伴に預からないかい」。こうして、招待されたイヌは、約束の時間に出掛けて行き、大宴会の準備をしているのを見て、胸をわくわくさせてこう言った。「こんな素晴らしい宴会に出席できてとても嬉しいよ。こんなチャンスは希だからね。明日の分まで、たらふく食べることにするよ」。イヌは、嬉しさを友人に伝えようと尻尾を振った。すると、料理人が、皿の周りで動いている尻尾を見つけ、彼の前足と後ろ足をひっつかむと、窓から宴会場の外へと投げ飛ばした。イヌは力一杯、地面に叩きつけられ、すさまじい叫び声を上げて、ふらふらと逃げて行った。彼の叫び声を聞いて、通りにいたイヌたちがやってきて、夕食は楽しかったか? と尋ねた。すると彼は、こんな風に答えた。「どうだったかだって? 実を言えば、ワインを飲み過ぎて、なにも覚えてないんだよ。家からどうやって出てきたのかも覚えてないのさ」。        「ウサギたちとカエルたち」
ウサギたちは、自分たちが並外れて臆病で、絶えずなにかに驚いてばかりいることに嫌気がさし、切り立った岸壁から深い湖に飛び込んでしまおうと決心した。こうして、ウサギたちは、大挙して湖へと跳ねていった。すると、湖の土手にいたカエルたちが、ウサギたちの足音を聞いて、慌てて深い水の中へ潜り込んだ。カエルたちが慌てて水の中へ消える様子を見て、一羽のウサギが仲間に叫んだ。「みんな、ちょっと待って。死んだりしてはいけない。皆も今見ただろう。我々よりももっと臆 病な動物がいることを……」。
(小話1020)「床下の女」の話・・・
      (一)
宋(そう)の紹興(しょうこう)三十二年、劉子昂(りゅうしこう)は和州(わしゅう)の太守に任ぜられた。やがて淮上(わいしょう)の乱も鎮定したので、独身で任地にむかい、官舎に生活しているうちに、そこに出入りする美婦人と親しくなって、女は毎夜忍んで来た。それが五、六カ月もつづいた後、劉(りゅう)は天慶観(てんけいかん)へ参詣すると、そこにいる老道士が彼に訊(き)いた。「あなたの顔はひどく痩せ衰えて、一種の妖気を帯びている。何か心あたりがありますか」劉(りゅう)も最初は隠していたが、再三問われて遂に白状した。「実は妾(しょう)を置いています」「それで判りました」と、道士はうなずいた。「その婦人はまことの人ではありません。このままにして置くと、あなたは助からない。二枚の神符(しんぷ)をあげるから、夜になったら戸外に貼りつけて置きなさい」
      (二)
劉(りゅう)もおどろいて二枚の御符を貰って帰って、早速それを戸の外に貼って置くと、その夜半に女が来て、それを見て怨み罵った。「今まで夫婦のように暮らしていながら、これは何のことです。わたしに来るなと言うならば、もう参りません。決して再びわたしのことを憶(おも)ってくださるな」言い捨てて立ち去ろうとするらしいので、劉(りゅう)はまた俄(にわ)かに未練が出て、急にその符を引っぱがして、いつもの通りに女を呼び入れた。それから数日の後、かの道士は役所へたずねて来た。かれは劉(りゅう)をひと目見て眉をひそめた。「あなたはいよいよ危うい。実に困ったものです。しかし、ともかくも一応はその正体をごらんに入れなければならない」道士は人をあつめて数十荷(か)の水を運ばせ、それを堂上にぶちまけさせると、一方の隅の五、六尺ばかりの所は、水が流れてゆくと直ぐに乾いてしまうのである。そこの床下を掘らせると、女の死骸があらわれた。よく見ると、それはかの女をそのままであるので、劉(りゅう)は大いに驚かされた。彼はそれから十日を過ぎずして死んだ。
(参考)
@岡本綺堂の「中国怪奇小説集」より。

(小話1019)「イソップ寓話集20/20(その70)」の話・・・
   「ライオンとジュピター神とゾウ」
        (一)
ライオンは、しきりに不満を申し立てジュピター神をうんざりさせていた。「ジュピター神よ。私は大変な力があり、姿形(すがたかたち)も素晴らしく、鋭い牙も鉤(かぎ)爪も持っています。私は森に棲(す)む全ての動物の支配者なのです。しかし、その私が、オンドリのトキの声に恐怖しなければならぬとは、なんと不名誉なことでしょうか」。するとジュピター神がこう言った。「故無(ゆえな)く責め立てるではない。お前には、私と同じ性質を全て与えてやった。その一つの例を除いては、お前の勇気は決して挫(くじ)かれることはないのだ」。この話を聞いて、ライオンは悲嘆して一声、唸ると、臆病な自分に憤り死んでしまいたいと願った。
(参考)
@ジュピター神・・・ギリシャでは大神ゼウス。
        (二)
このような考えを思いめぐらせていると、ゾウに出合った。ライオンはゾウと話をしようと近づいていった。すると、ライオンは、ゾウが耳をバタバタさせているのを見て、どうしてそんなにしょっちゅう、耳をバタつかせるのかと尋ねた。と、その時、蚊がゾウの頭の上にとまった。するとゾウがこう言った。「プーンと唸って飛ぶ、このちっぽけな虫が見えますか? こいつが耳に入ったならば、私は一巻の終わりなのです」。するとライオンが言った。「こんなに巨大な動物が、ちっぽけな蚊を怖がるとは・・・・、私ももう不平は言うまい。そして死にたいなどと考えるのもよそう。ゾウに比べればまだましだ」

(小話1018)「鬼兄弟」の話・・・
       (一)
軍将の陳守規(ちんしゅき)は、何かの連坐(まきぞえ)で信州へ流されて、その官舎に寓居することになりました。この官舎は昔から凶宅と呼ばれていましたが、陳(ちん)が来ると直ぐに鬼物(きぶつ)があらわれました。鬼(き)は昼間でも種々の奇怪な形を見せて、変幻出没するのでした。しかも陳(ちん)は元来、剛猛な人間であるのでちっとも驚かず、みずから弓矢や刀を執って鬼と闘いました。それが暫く続いているうちに、鬼は空ちゅうで語りました。「わたしは鬼神であるから、人間と雑居するのを好まないのである。しかし君は堅固な人物であるから、兄分として交際したいと思うが、どうだな」「よろしい」と、陳(ちん)も承知しました。
       (二)
その以来、陳(ちん)と鬼とは兄弟分の交際を結ぶことになりました。何か吉凶のことがあれば、鬼がまず知らせてくれる。鬼が何か飲み食いの物を求めれば、陳(ちん)があたえる。鬼の方からも銭や品物をくれる。しかし長い間には、陳(ちん)もその交際が面倒になって来ました。そこで、ある道士にたのんで、訴状をかいて上帝に捧げました。鬼の退去を出願したのです。すると、その翌日、鬼は大きい声で呶鳴(どな)りました。「おれはお前と兄弟分になったのではないか。そのおれを何で上帝に訴えたのだ。男同士の義理仁義はそんなものではあるまい」「そんな覚えはない」と、陳(ちん)は言いました。 嘘をつけとばかりに、空中から陳(ちん)の訴状を投げ付けて、鬼はまた罵(ののし)りました。「お前はおれの居どころがないと思っているのだろうが、おれは今から蜀川(しょくせん)へ行く。二度とこんな所へ来るものか」鬼はそれぎりで跡を絶ったそうです。
(参考)
@岡本綺堂の「中国怪奇小説集」より。