ホームページの表紙はこちら

小話集の書庫の目次はこちら

小話集の書庫にようこそ

(小話973)から(小話982)はこちらへ

(小話991)から(小話1001)はこちらへ


(小話990)「死婦(しふ)の舞」の話・・・
     (一)
鄭賓于(ていひんう)の話である。彼が曾(かつ)て河北に客(かく)となっているとき、村名主(むらなぬし)の妻が死んでまだ葬らないのがあった。日が暮れると、その家の娘、子供は、どこかで音楽の声がきこえるように思ったが、その声は次第に近づいて庭さきへ来た。妻の死骸は動き出した。音楽の声は室内へはいって、梁(はり)か棟(むなぎ)のあいだに在るかと思うと、死骸は起(た)って舞いはじめた。声はさらに表の方へ出ると、それに導かれたように死骸もあるき出して、ついに門外へ立ち去った。家内一同はおどろき懼(おそ)れたが、月の暗い夜であるので、追うことも出来なかった。
      (二)
夜ふけに名主(なぬし)は外から帰って来て、その話を聞くと、彼は太い桑の枝を折り取った。それから酒をしたたかに飲んで、大きい声で罵(ののし)りわめきながら、墓場の森の方角へたずねてゆくと、およそ五、六里(六丁(ちょう)一里)の後、柏の樹の森の上で又もやかの音楽の声がきこえた。近寄ってみると、樹の下に明るい火が燃えて、そこに妻の死骸が舞っているのである。彼は桑の杖を振りあげて死骸を撃った。死骸が倒れると、怪しい楽(がく)の声もやんだ。彼は死骸を背負って帰った。
(参考)
@岡本綺堂の「中国怪奇小説集」より。

(小話989)「イソップ寓話集20/20(その55)」の話・・・
       (一)「キツネとツル」
キツネがツルを夕食に招待した。これといって何もなかったが、美味(おいし)そうなスープにツルは心躍った。しかし、スープは平らな石の皿に注がれ、ツルが飲もうとすると、スープは長い嘴(くちばし)からこぼれてしまう。キツネは、スープが飲めないでいらだっているツルがおかしくて仕方がなかった。今度はツルの番である。ツルは、一緒にスープを飲もうとキツネを誘い、キツネの前に首の細長い壺を置いた。そして、自分は壺の中に嘴を突っ込むと、ゆうゆうとスープを味わった。味見すらできないキツネは……。自分がツルにした相応の持てなしを受けたのであった。
       (二)「善い者と悪い者たち」
昔、善い者たちと悪い者たちは、共に人間の面倒をみていたのだが、ある日、悪い者たちによって、善い者たちは追い出された。というのも、地上では悪い者たちの数が勝っていたからである。善い者たちは、天国へと昇って行くと、自分たちを迫害した者たちに対し、公正な処置がとられるようにとジュピター神にお願いした。彼らが言うには、・・・・自分たちは、悪い者たちと共通点が全くないので、一緒に暮らすことは出来ない、それどころか、悪い者たちの間では、争いが絶えないので、もう彼らと関わるのさえ嫌だと言うのだ。そして、絶対的な法により、自分たちを永遠にお救い下さいと訴えた。ジュピター神は、彼らの訴えを聞き入れて、これからは悪い者たちは、集団で地上へ行き、善い者たちは、一人一人ばらばらに、人間の住まいへ入るようにと定めた。それ故、悪い者が大勢いるのは、彼らが集団でやって来て、決して一人一人ばらばらにはやってこないからである。一方、善い者たちは、ばらばらと、一人一人やって来て、決して集団で来ることはない。そして、善良な人を見つけると順番に彼らの許に入って行くのである。
(参考)
@ジュピター神・・・ローマの三主神の一。元来天空の神で気象現象をつかさどる。また正義・徳・戦勝の神で法の守護者。のちギリシャ神話のゼウスと同一視されるにいたる。
       (三)「ハトとカラス」
篭(かご)の中のハトが、自分が産んだ子供が大勢いることを自慢した。カラスがそれを聞いて、こう言った。「ねえ、ハトさんや、そんな場違いな自慢はおよしなさいよ。こんな牢獄の中では、家族が増えれば増えるだけ、悲しみも増すものですよ」

(小話988)「イソップ寓話集20/20(その54)」の話・・・
       (一)「スズメとウサギ」
ワシに捕まえられたウサギが、子供のようにむせび泣いた。スズメがそれを見て揶揄(やゆ)して言った。「君のその素早い足はどうしたの? 君はどうしてそんなにのろまなんだ!」スズメがこのように罵声を浴びせかけていると、突然、タカがスズメをひっつかみ、彼を殺してしまった。ウサギは心安らかに死に臨(のぞ)み、今際(いまわ)の際にこう言った。「ふん。お前さんは、自分が安全だと思って、私の災難を喜んでいたのだろうが、早々に、同じ不幸を嘆く羽目になろうとはね!」
       (二)「ライオンとオオカミとキツネ」
年老いたライオンが、病気になって巣穴で横たわっていた。あらゆる動物たちが、自分たちの王であるライオンを見舞ったが、キツネだけは見舞いに来なかった。するとオオカミは、願ってもない機会とばかりに、キツネの奴は、支配者であらせられるあなた様を蔑(ないがしろ)ろにして、見舞いにもやってきません。と讒言(ざんげん)した。と、まさにその時、キツネがやって来て、その讒言を耳にした。ライオンは、キツネに腹を立て、うなり声を轟(とどろ)かせた。キツネはなんとか身を守ろうと機会を窺(うかが)ってこう言った。「あなたをお見舞いした者たちの中に、私のように役立つ者はいたでしょうか? 実は私は、あなたを治す手だてを教えてもらおうと、あらゆる地方をくまなく旅して探し回ったのです」ライオンはすぐに、その治療法を教えるようにと命じた。そこでキツネはこう答えた。「活(い)きのよいオオカミの毛皮を剥いで、その皮で身をくるんで暖めるのです」オオカミは、すぐに捕まえられて皮を剥がれた。そこでキツネは、オオカミに向かってにこやかに言った。「主人を悪ではなく、善き方に導くが肝要である」
       (三)「ノミと牡(お)ウシ」
ノミが牡ウシに尋ねた。「あんたは、そんなに大きくて強いのに、人間たちのひどい扱いにも反抗せず、来る日も来る日も、彼らのために働くのはなぜなんですか? 私などは、こんなに小さいのに、人間たちの肉をかじり、そして思う存分、血を吸うんですよ」すると牡ウシはこう答えた。「私は、恩知らずではないからね、人間たちは、私を愛してくれているし、よく世話してくれるんだよ。彼らはね、しょっちゅう、頭や肩をとんとん叩いてくれるんだよ」するとノミが言った。「なんてこった! あんたの好きな、とんとんで、私は、間違いなく、あの世行きだよ」

(小話987)「七聖画」の話・・・
        (一)
唐の長安(ちょうあん)の雲花寺(うんげじ)に聖画殿があって、世にそれを七聖画と呼んでいる。この殿堂が初めて落成したときに、寺の僧が画工をまねいて、それに彩色画(さいしきが)を描かせようとしたが、画料が高いので相談がまとまらなかった。それから五、六日の後、ふたりの少年がたずねて来た。「われわれは画を善く描く者です。このお寺で画工を求めているということを聞いて参りました。画料は頂戴するに及びませんから、われわれに描かせて下さいませんか」。「それではお前さん達の描いた物を見せてください」と、僧は言った。「われわれの兄弟は七人ありますが、まだ長安では一度も描いたことがありませんから、どこの画を見てくれというわけには行きません」。そうなると、やや不安心にもなるので、僧は少しく躊躇(ちゅうちょ)していると、少年はまた言った。「しかし、われわれは画料を一文も頂戴しないのですから、もしお気に入らなかったならば、壁を塗り換えるだけのことで、さしたる御損もありますまい」
        (二)
なにしろ無料(ただ)というのに心を惹(ひ)かされて、僧は結局かれらに描かせることにすると、それから一日の後、兄弟と称する七人の少年が画の道具をたずさえて来た。「これから七日のあいだ、決してこの殿堂の戸をあけて下さるな。食い物などの御心配に及びません。画(え)の具の乾かないうちに風や日にさらすことは禁物ですから、誰も覗(のぞ)きに来てはいけません」。こう言って、かれらは殿堂のなかに閉じ籠ったが、それから六日のあいだ、堂内はひっそりしてなんの物音もきこえないので、寺の僧等も不審をいだいた。「あの七人はほんとうに画を描いているのかしら」。「なんだかおかしいな。なにかの化け物がおれ達をだまして、とうに消えてしまったのではないかな」。評議まちまちの結果、ついにその殿堂の戸をあけて見ることになった。幾人の僧が忍び寄って、そっと戸をあけると、果たして堂内に人の影はみえなかった。七羽の鴿(はと)が窓から飛び去って、空中へ高く舞いあがった。さてこそと堂内へはいって調べると、壁画は色彩うるわしく描かれてあったが、約束の期日よりも一日早かったために、西北の窓ぎわだけがまだ描き上げられずに残っていた。その後に幾人の画工がそれを見せられて、みな驚嘆した。「これは実に霊妙の筆である」。誰も進んで描き足そうという者がないので、堂の西北の隅だけは、いつまでも白いままで残されている。
(参考)
@岡本綺堂の「中国怪奇小説集」より。

(小話986)「イソップ寓話集20/20(その53)」の話・・・
      (一)「キツネとライオン」
キツネは、檻に閉じこめられているライオンを見て、近くへ行くと、口を極めて罵(ののし)った。するとライオンはキツネにこう言った。「我を罵っているのは、お主ではない。我に降りかかった災難がお主に言わせておるのじゃ!」
      (二)「捕らえられたラッパ兵」
勇ましく兵士たちを先導していたラッパ兵が、敵に捕まってしまった。彼は、捕縛者にこう叫んだ。「俺は、あんた方を誰一人として殺してはいない。俺は武器を、何一つ持っていないのだ。俺が持っているのは、真鍮(しんちゅう)のトランペット、唯一つなんだよ」。すると、敵の兵隊たちはこう言った。「それが、お前の処刑される理由だ、お前は自分では戦わぬが、ラッパで、兵士たちを鼓舞するのだからな!」
      (三)「ライオンの皮を被ったロバ」
ロバがライオンの皮を被って、森を歩き回った。道すがら、出合う動物たちが慌てふためくのを見て、ロバはすっかり気をよくした。そうこうしているうちに、キツネに出会った。ロバは、キツネもおどかしてやろうと思った。しかし、キツネは、ロバの声を聞くが早いか、こう言った。「もし、君の声を聞かなかったなら、僕も、恐れおののいたかもしれないけどね・・・」

(小話985)「人間にはたくさんの土地が必要か」(トルストイ民話集より)の話・・・
          (一)
昔、ロシアに小作人のパホームという、働きものの農民がいた。パホームの悩みは自分の土地が少ないことだった。ある時、パホームは「わしらは若いときから、母なる大地を耕しているから、飲む、買う、打つなどのばかな考えは頭に浮かばない。ただ、なさけないのは、土地が少ないことだ。土地がたっぷりあったら、わしはだれもこわくないぞ、たとえ悪魔だろうと」と仲間の農民に話をした。ところが、悪魔がその話をすっかり聞いてしまった「よし、おれとおまえとどっちが勝つかやってみよう」と、悪魔は考えた「おれはおまえに土地をたくさんくれてやる。土地の力でおまえをやっつけてやるぞ」
          (二)
パホームは 苦労して土地持ちになり、さらに一生懸命働いて土地を増やしていった。パホームは 自分の土地に種子をまき自分の土地を耕し、自分の草場で草を刈った。自分の土地で薪を伐りだし、自分の地面で家畜を飼った。永久に自分のものとした土地を見回りに行くと、草も花もよそのものとは全然違うもののように思えて嬉しさでいっぱいになった。こうしてパホームは楽しい生活をしていたが 他の百姓達がパホームの土地を荒らしにきたりしなければ申し分なかった。だが狭い土地では、どうしても、こぜりあいが絶えなかった。
          (三)
ある日、旅人が来て、とても安い値段で、良く肥えた土地が手に入るといった。パホームは、持っている土地や財産を全部売って新しい土地に移っていった。新しい土地は、今までの土地よりも良く肥えて 十層倍も暮らしは楽になった。それでも、パホームは だんだん住み慣れるにつれて、この土地でも狭苦しく思えてきた。パホームは、もっとたくさんの種を播いてもっと収穫をしたくなった。
          (四)
そこにまた、旅人がきて、パホームにバキシールという遠い地方では、ほとんどただで土地が手に入るという話をした。パホームは妻に留守番を頼んで、早速 下男を一人連れて旅立った。バキシール人の村長は言った。「わしらは、一日分の土地を売るのだ。おまえが一日かかって歩きまわった広さが、おまえのものになる。値段は一日、千ルーブルだ。丘を日の出に出発し、欲しい土地の周りを歩いて、日没までに戻ってきたら、その土地は全部おまえのものだ。ただし、日が沈む前に 出発点に帰ってこないと、おまえの金は無駄になる」
          (五)
その晩、パホームは眠れなかった。絶えず土地の事ばかり考えた。一日かかったら、どれだけの多くの土地が手に入るだろうと考えると、興奮して、まんじりともできなかったのだ。明け方近く、夢を見た。誰かが外で腹を抱えて笑っている、覗いてみると、バキシール人の村長だ。外に出て「何を笑っておられるのですか」と聞くとそれは村長ではなくて、この土地を教えてくれた旅人だった。さらにそばによると、それは、角とひずめのはえた、悪魔が腹を抱えて笑っているのだった。そのそばにシャツとズボン下だけの、はだしの男が一人転がっていて、すでに息絶えていた。それはパホーム自身だった。パホームはぎょっとしてわれに返った。「なんだ。夢だったのか、あほらしい」と彼は思った。あたりを見回すと、もうしらじらと夜が明けかけていた。彼は床を出て、下男を起こした。
          (六)
パホームは、少しでもたくさんの土地を手に入れようとバキシール人たちを呼び起こした。「さぁでかけましょう、もう時間ですから」。丘の上に立つと、村長はかぶっていた狐皮の帽子を脱いで地面に置いた。「さぁ、これをしるしにしてお出かけください。そしてお回りください。回った所にはしるしに穴でも掘って下さい。そして、ここへお帰りください。廻られたところは全てあなたのものです」。パホームは、金をだして帽子の中に入れた。そして、彼は、出発した。歩いて行くと、いい土地がいくらでもあった。歩く先々に穴を掘ってしるしをつけた。やがて太陽がのぼり、日差しがギラギラ照りつけた。喉の渇きもひどくなった。すでに、チョッキも靴も脱ぎすてていた。心臓は槌を打つように鳴り、足は思うようにならず、くずれ折れそうになった。「無理をして、死んだらいかん」と思い、もう曲がって戻ろうとすると、その先にもっと肥沃な土地があり、なかなか戻れなかった。日が傾きかけたのに気づいた。ああ、もう日が沈む。もう狂わんばかりになって必死に走った。シャツとズボン下も汗でベタベタであった。最初の場所はこの丘の上だ。でも間に合わない。と、思ったら丘の上でバキシール人の村長がげらげら笑らいながら、両手で腹をかかえていた。自分から見たら太陽は沈んでいるが、丘の上から見たらまだ沈んでいないかもしれない。最後の力をふりしぼって、彼は丘の上にたどりついたとき、精魂つきはてて、ばったりと倒れた。パホームの下男が駆け寄って来て、パホームを抱き起こそうとしたが、彼の口からはたらたらと血が流れ、すでに息絶えていた。下男は土堀りで、頭から足までが入るように、きっかり3アルシン(およそ4.5メートル)だけ、パホームのために墓穴を掘って、そこに埋めた。
(参考)
@正確な話は、トルストイ作「民話集・人間にはたくさんの土地が必要か」を読んで下さい。

(小話984)「イソップ寓話集20/20(その52)」の話・・・
      (一)「オオカミとライオン」
夕暮れ時に、山の麓を徘徊していたオオカミは、とても長く大きくなった自分の影を見て、こうつぶやいた。「俺様は巨大だ。1エーカー近くはある。ライオンなど恐るに足りぬ。俺様こそが百獣の王として認められるべきではないのか?」。オオカミが、このように高慢な思いに浸っていると、ライオンがオオカミに襲い掛かった。オオカミは、こう叫んだのだが後の祭りだった。「ああ、惨めだ。自惚れにより身を亡ぼすとは……」
      (二)「鳥と獣とコウモリ」
鳥と獣たちが戦争をしていたのだが、両陣営は、ともに、勝ち負けを繰り返していた。コウモリは、先の見えない戦いに不安を感じ、いつも、優勢な陣営の側について戦った。しかし、平和の宣言がなされた時、コウモリの卑怯な行状が、両軍に知れ渡ることとなった。その裏切り行為は、両陣営から糾弾され、コウモリは、白日の下から追放されてしまった。それからというもの、コウモリは、暗い隠れ家に身を隠し、夜、一人っきりで飛ぶようになった。
      (三)「放蕩者とツバメ」
放蕩の限りを尽くした若者は、全財産を使い果たし、残っているものといえば、上等なマント一着きりという有様だった。ある日のこと、彼はたまたま、ツバメを見掛けた。実はまだ季節前にツバメはやってきたのだが、池を掠(かす)めて飛んで、陽気に囀(さえず)った。若者は、夏が来たのだと思い、マントを売ってしまった。それから幾日もたたないうちに、寒が戻り、辺り一面霜で被われた。彼は、ツバメが地面に落ちて死んでいるのを見つけて、こう言った。「不幸な鳥よ! お前はなんてことをしてくれたんだ。春が来る前におまえが現れたせいで、おまえばかりではなく、私をも破滅させるのだ」

(小話983)「イソップ寓話集20/20(その51)」の話・・・
      (一)「シャモとヤマウズラ」
その男は、二匹のシャモを飼っていた。ある日のこと、男は、飼い慣らされたヤマウズラが売りに出されているのを見つけ、それを買った。ヤマウズラが鶏小屋に入れられると、二匹のシャモは、彼を蹴飛ばし、しつこく追い回した。ヤマウズラは、自分がよそ者だから、こんなひどい仕打ちを受けるのだと思い、陰鬱に沈んだ。しかしその後すぐ、シャモたちが共に戦い、片方が一方を打ちのめすまで執拗に追いかけるのを見て、ヤマウズラは独りつぶやいた。「もう、彼らにぶたれても、悲しむことはない。だって、彼らは仲間同士でも喧嘩せずにはいられないのだから」
      (二)「カエルのお医者様」
昔々の話だが、沼の家から出てきたカエル、動物みんなに言ったとさ。我こそは偉い医者なるぞ。あらゆる薬に通じたれば、どんな病気も治して見せよう。それを聞いたキツネが言うには、「人に薬を出す前に、お前自身のチンバを治せ、皮もしわしわしているぞ」
      (三)「イヌの家」
冬のこと、イヌは、寒さのために、できるだけ身体を小さく縮めて丸くなると、家を作ろうと決意した。ところが、夏がやってきて、身体をめいいっぱい伸ばして横になって寝ると、イヌは自分がとても大きくなったように思われた。そして、自分に合う家を作るのは、容易なことではないし、それに必要もないと考えた。