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(小話974)「底のない釣瓶(つるべ)」の話・・・
                    (一)
昔、ある大尽(だいじん=金持ち。富豪)には、財産を継ぐ子供がいなかった。そこで養子を取るべく、応募者を試験をもってふるいにかけることにした。だが、財産目当ての応募者は一人も合格しないどころか、腹を立てて帰った。その試験とは「底のない釣瓶(つるべ)で、井戸の水を汲み、大きな樽(たる)に水を満たせ」という問題だった。そこに幼(おさな)くして両親を亡くし、それでも健気(けなげ)に誠実に育った一人の乞食(こじき)の子が居た。特にこの子の願いは、ただの一度で良いから親孝行がしたいということだった。それは親孝行の一念であった。そこで周りから奨められ、大尽に会った。素直に大尽の説明を聞くと「それで亡くなったちゃんと、おっかあへの親孝行になるの」と尋ねた。「そうだよ」といわれ、嬉しくなった。それから一心にカラカラと釣瓶(つるべ)を引き揚げた。一滴、二滴の水滴が樽に落ちた。一体、何百何千回、これを繰り返したか。一番鶏が鳴く、その刻限にはなんと満々と水を湛(たた)えた樽から水が溢(こぼ)れていた。そうしてこの子が大尽の息子になったという。この話を聞いていた弟子の禅僧に、老師が問うた「若し釣瓶の底があって、樽の底が無かったならばどうなるか?」と。すると禅僧は答えた「それでは、駄目です」。「その通り。この樽の底が在ること、この乞食の子にとって、それは親孝行の一念であった。それが一番大事です」と老師は毅然と言った。例え、一滴一滴の僅かの雫(しずく)でも受ける樽があれば、いつか水が満ちる。だから、能力が劣っていようがいまいが、正しい信念と不退転の覚悟でやり抜けば、不可能なことは一つもない。しかし受ける器がなければ、どのような努力も何も生み出さない。
(参考)
@この「底のない釣瓶(つるべ)」の話は色々な形で全国各地方に伝わっている。例えば少年が嫁いだはかりの花嫁さんで、長者の主人が嫁いだ先のお姑さんや隣のお婆さんに替わり、努力や辛抱する気持ちの大切さを教えている。よく、人は「若い時の苦労は買ってでもしろ」というが、ここでいう「苦労」とは「色々な経験」といった類の意味で、お釈迦様は「しなくてもいい苦労はせずに、すべき苦労をしなさい」といわれる。 この物語にあるように、僅かな水でも一晩中、汲(く)み続ければ樽に水を溜めることが出来ることから「すべき苦労」となるが、 もし樽の底が抜けていれば、いくら汲み続けても水が溜まることはなく「しなくてもいい苦労」ということになる。
            (二)
市宿村(千葉県、君津市)の秋広平六((あきひろ へいろく)は農村生まれの商人であった。この平六が若い頃、伊豆大島から久し振りで故郷へ戻ってきた。正月なので年賀の礼をかねて土地の豪商(ごうしょう=大資本を持ち、手広く商売をする商人)の屋敷をおとずれた。そこで主人に「どうしたら金持ちになれるか?」たずねてみた。平六があまり熱心にたのむので主人は「あすの朝、妙善寺の六っの鐘が鳴ったら台所へやってこい」と言った。翌朝、台所へ行くと「その井戸から、釣瓶(つるべ)桶で、四斗だるへ水をくみこめ」と主人に言われた。平六がいくら水をくみこんでも水がたまらないので、ふっとのぞいてみると四斗だるはそこが抜けていた。それでも夕方までガラガラ、ザアッと水くみを続けた。豪商の主人は「今日は日が暮れたから、またあす来い!」と言った。翌朝も妙善寺の六っ鐘を合図に、豪商の台所へ行くとまた水をくめと言う。平六が四斗樽をのぞくと、今度は底があった。喜び勇んで釣瓶(つるべ)に手をかけると、今度は釣瓶(つるべ)桶に底がない。それでも、我慢をして底のない釣瓶(つるべ)桶で、朝から夕方まで汗を流して水をくんだ。今日の四斗だるには底があるので、底が抜けた釣瓶(つるべ)桶からでもタラタラとしたたり落ちるしずくがたまって、夕方になると、四斗樽の底に五センチ位の水がたまった。主人は平六を座敷に招いてこう言った「金を儲けてもな、使ってしまえば底のない四斗樽と同じだ。ところが、四斗樽に底があれば、底のない釣瓶(つるべ)桶でくみこんでも、いつか、つもりつもって水がたまる。わかったか、平六、金持ちになるには入って来たものを出さぬに限る」。平六は、かつ然として金持ちになる秘訣を悟ったという。

(小話973)「イソップ寓話集20/20(その47)」の話・・・
             (一)「町のネズミと田舎のネズミ」
田舎のネズミが、御馳走を振る舞おうと、仲の良い町のネズミを招待した。二匹は土くれだった畑へ行き、麦の茎や、大根を引っこ抜いて食べていたのだが、町のネズミがこう言った。「君のここでの暮らしぶりは、まるで蟻のようだ。それに引き換え僕の家は、豊饒で溢(あふ)れているよ。あらゆる贅沢(ぜいたく)に囲まれているんだよ。ねえ、僕のところへ来ない? そうすれば珍しいものが腹一杯食べられるよ」。田舎のネズミは二つ返事で承知すると、友と連れだって町へと向かった。家に着くと、町のネズミは、パンに大麦、豆に乾燥イチジク、蜂蜜、レーズン、そして極めつけに、籠から上質のチーズを取り出して、田舎のネズミの前に置いた。めくるめく御馳走を前に、田舎のネズミは、心のこもった言葉でお礼を述べた。そして、自分の暮らしが如何に惨めであるかを嘆いた。しかし、彼らが御馳走を食べようとしたその時、何者かが扉を開けた。ネズミたちはチューと鳴きながら、なんとか二匹が潜りこめる狭い穴をみつけると、一目散に逃げ込んだ。彼らが食事を再会しようとすると、また、別な誰かが入って来た。腹が減ってたまらなくなった田舎の鼠は、ついに友達にこう言った。「こんなに素晴らしい御馳走を用意してもらったけど、これは、どうぞあなた一人でお召し上がり下さい。こんなに危険が多くては、とても楽しめません。私には、土くれだった畑で大根でも食べている方が性に合うのです。あそこならば、安全で怖いこともなく暮らせますからね」
        (二)「アブと二輪戦車を曳くロバ」
ロバが二輪戦車を曳(ひ)いて走っていると、一匹のアブが車軸に止まってこう言った。「なんて遅いんだ。どうしてもっと速く走らないんだ。僕の針で首を刺されたいのかい?」すると、ロバはこう言った。「僕は、お前など何とも思っちゃいない。僕が言うことを聞くのは、鞭ふるって僕を速めたり、手綱で御(ぎょ)したりする方だけだよ。そう、お前の上に座っている方さ。だから、下らぬことを言ってないで、とっとと、いっちまいな。速くしなければならぬ時も、遅くしなければならぬ時も、僕はよく心得ているのだからね」
        (三)「漁師たち」
網を曳(ひ)きあげていた漁師たちは、それがとても重かったので、大漁だと思い、喜び勇んで踊り廻った。ところが、網を浜辺まで曳きあげてみると、魚はほとんどかかっておらず、砂や石だらけだった。猟師たちは思わぬことに、意気消沈して落胆した。すると年老いた漁師がこう言った。
「おい、みんな、もう嘆くのは止めにしよう。悲しみは喜びの双子の姉妹なんだよ。あれだけ喜んだのだから、後は悲しみを待つばかりだったのだよ」

(小話972)「(ジャータカ物語)女夜叉と100人目の王子」の話・・・
        (一)
昔、バーラーナシーの王には100人の子がいた。ある日のこと、その100人目の王子が、ある修行者のもとへ相談にやってきた。「私は王子と言っても100番目です。このままでは父王から領土を分けてもらえることはありません。とても一国の王となることはできないのです。どうしたらよいのでしょう」。修行者は王子の相談にこう告げた「ここからはるか北西に行ったところにガンダーラ国があり、タッカシラーという都があります。そこへ行くことができれば、必ずや国王となれるでしょう」。その話を聞いた王子は「そうですか。では私はその国に参りましょう」と答えた。しかし、修行者はなおも告げた「しかし、その国に行くのはとても危険です。というのは、途中に未だかつてだれ一人通り抜けたことがない森があるのです。その森を回避すれば、ガンダーラ国へ至る日数がかかりすぎ、好機を逃すでしょう。ガンダーラ国へ行って国王となるには、この森を通らねばなりません。ただ、その森には恐ろしい夜叉が住んでいて、夜叉は女で、その森を通るものを誘惑し、食べてしまうのです。未だ、その女夜叉の誘惑に勝った者はいないのです。ですから、多くの者がその森を迂回していくのです。しかし、あなたが国王となるには、この森を通らねばなりません。そして女夜叉の誘惑に打ち勝たねばならないのです」「わかりました。そう教えていただいたからには、絶対に女夜叉の誘惑に打ち勝ち、国王となって見せましょう」
(参考)
@夜叉・・・インドで人を害する悪鬼。仏教では毘沙門天(びしやもんてん)の眷属で北方を守護する鬼神。八部衆の一。
        (二)
王子はそう決意すると、翌日にも旅立つことにした。そんな王子に修行者は、砂と糸を渡し「夜叉が襲ってきた時は、この砂を頭からかぶり、糸を身体に巻きつけるがいいでしょう」と告げた。王子は砂と糸を喜んで受け取った。翌日、王子が城を旅立とうとすると、今まで仕えてきた家来が5人、供をするといいだした。王子は、とても危険な森を通るのでついてこないように言ったのだが「大丈夫です。どんな誘惑にも負けません」というので、供になることを許した。王子たち一行は、誘惑の森にさしかかった。注意して進むよう、王子は家来に忠告したが、一人、二人と女夜叉の誘惑に負け、家来たちは次々に夜叉に食べられてしまった。そして、ついに王子一人になってしまった。やがて、王子は無事、森を通過し終わった。しかし、女夜叉は自分の誘惑に打ち勝った王子が許せず、王子の後を追った。ある村にさしかかった王子を追ってきた女夜叉は、あわれな美しい女に変身して、村人に泣いて頼んだ「どなたか、あの前を逃げるように行く若者を止めてください。あの者は私の夫です。私を捨てて逃げているのです」。村人は女に同情し、さっさと走り抜けようとする王子を呼びとめた「こんな美しい女房を捨てて、あなたはどこへ行くだね。あなたはそれでも人間か。人ならば、奥さんを待ってあげなさい」
        (三)
王子は、そんな村人に走りながら叫んだ「村人の皆さん。その女は人ではありません。夜叉です。気をつけてください。家の中に入って扉を開けてはいけません。騙されてはいけません。夜叉に食われますよ」。
村人は誰一人、王子の話を信じなった。夜叉は、泣き崩れて、村人の同情を買った。しかし、王子は村人からなんと言われようとも、止まることなく村を走りぬけた。村人の中には、そんな王子のことは忘れ、自分の女房にならないかと声をかける者もいた。こうした者は、哀れにも夜叉の犠牲になった。次の村でも、その次の村でも同じようであった。そして、ついに王子はガンダーラ国の手前の村にいたった。しかし、そこで夜叉に追いつかれてしまった。王子は、ある家に立てこもり、修行者から授かった砂をかぶって糸で身体を巻き、身を潜めていた。その家の周りを女夜叉は泣きながら廻っていた「この家に私の夫が逃げ込んでいます。私を見捨てようというのです。どなたか、私の夫を呼んできてください」。
        (四)
そこへたまたまガンダーラ国の王が通りかかった。「あの美しく魅力的な女は何を泣き叫んでいるのじゃ。調べてこい」。国王に言われ家来が女夜叉の話を聞いてきた。「この家にあの女の夫が立て籠もっているそうです。それで泣いているのだそうです」。家来の報告を受けた国王は、その女のために家に向かって叫んだ「わしはガンダーラ国の王じゃ。中の者、汝の女房が泣いているぞ。早く出てきてあげなさい。こんなに美しく魅力的な女性を泣かすとは、許されんことじゃ」。すると家の中から王子の声が響いてきた「その女は夜叉です。気をつけてください。食べられてしまいますよ。もう何人もその女夜叉の誘惑に負け、食われてしまいました。王様、その女の誘惑に負けてはなりません。逃げてください」「国王様、夫が言っていることは嘘です。私から逃げたいばかりにあんな嘘をついているのです」女夜叉はそう言うと泣き崩れた。国王は、その女夜叉を抱きかかえ「どうじゃ、あんな男は忘れて、わしの第一王妃にならぬか。汝のように美しく魅力的な女性なら、宮中にいるわしの王妃たちも文句は言うまい。汝に勝てるような女はおらぬ。あんな男は捨てて、わしの王妃になれ」。国王の言葉は家の中にも聞こえた。「国王様、いけません。その女を城中に入れてはいけません。そいつは夜叉です。そんな奴を城中に入れたら国が滅びます」。王子は必死に叫んだが、女夜叉の魅力のとりこになってしまった国王は「もうよい、こんな薄情な男は捨てて、城へ来なさい」といって、全く取り合わなかった。一方、夜叉は顔では泣いていたが、心の中で王妃になることを決めていた。そうして、まだ未練があるかのような態度をしながらも、内心では喜んで国王についていった。
        (五)
数日後のこと、いつまでも門があかないことをいぶかしんだ街の人たちが、強引に城の門をあけると、そこは地獄のようだった。あちこちに人の骨や肉が散らばっており、あたりは血の海だった。城の中には生きている者は一人もいなかった。街の人々はあまりに凄惨な城の中を見て、途方に暮れた。その日、すぐに街の有力者が集まって、今後のことを話し合った「どうだろうか、あの旅の若者に国王になってもらったら。あの若者は、初めからあの女を夜叉と見抜いていた。それにあんなに魅力的で美しい女性の誘惑にも負けなかった」「いいじゃろう、あの若者を王として迎えよう」。話がまとまって、有力者たちは旅の若者に、タッカシラーの国王になってもらえるように頼みに行った。若者は、実は自分はバーラーナシーの100番目の王子でることを皆に告げ、この国にやってきたいきさつを話したのであった。「なるほど、その修行者はこの国が滅ぶことを分かっていたのか。それで王子を遣わせたのだな。王子ならば申し分はない。早速、国王になってもらい、タッカシラーを復活させてもらおう」。こうした街の有力者たちは、新たな王を迎えたのであり、バーラーナシーの100番目の王子は、修行者の言葉通り、国王になったのであった。
(参考)
@「ジャータカ物語」(「本生譚(ほんしょうたん)」などと訳される釈迦(しゃか)が前世で修めた菩薩行を集めた説話)より。

(小話971)「妬婦津(とふしん)」の話・・・
        (一)
伝えて言う、晋の大始(たいし)年中、劉伯玉(りゅうはくぎょく)の妻、段氏(だんし)は字(あざな)を光明(こうめい)といい、すこぶる嫉妬ぶかい婦人であった。伯玉(はくぎょく)は常に洛神(らくしん)の賦(ふ)を愛誦して、妻に語った。「妻を娶(めと)るならば、洛神のような女が欲しいものだ」「あなたは水神を好んで、わたしをお嫌いなさるが、わたしとても神になれないことはありません」妻は河に投身して死んだ。それから七日目の夜に、彼女は夫の夢にあらわれた。「あなたは神がお好きだから、わたしも神になりました」伯玉(はくぎょく)は眼が醒めて覚(さと)った。妻は自分を河へ連れ込もうとするのである。彼は注意して、その一生を終るまで水を渡らなかった。
        (二)
以来、その河を妬婦津(とふしん)といい、ここを渡る女はみな衣裳をつくろわず、化粧を剥(は)がして渡るのである。美服美粧して渡るときは、たちまちに風波が起った。ただし醜(みにく)い女は粧飾(しょうしょく)して渡っても、神が妬(ねた)まないと見えて無事であった。そこで、この河を渡るとき、風波の難に逢わない者は醜婦(しゅうふ)であるということになるので、いかなる醜婦もわざと衣服や化粧を壊して渡るのもおかしい。斉の人の諺(ことわざ)に、こんなことがある。「よい嫁を貰おうと思ったら、妬婦津(とふしん)の渡し場に立っていろ。渡る女のよいか醜いかは自然にわかる」
(参考)
@岡本綺堂の「捜神記」より。

(小話970)「(ジャータカ物語)竜王と仙人」の話・・・
         (一)
過去世に五百人の仙人があって、雪山(ヒマラヤ)に住んでいた。また別に一人の仙人がいて、別の所に住んでいた。そこには好ましい泉水があり、花や果実が豊かに茂っていた。そこより遠くない所に薩羅水(さつらすい)という湖があって、そこに竜王が住んでいた。竜王は、この仙人の日常生活が立派であるのを見て、心に親愛の情が生じた。ある時、竜王が仙人の所へ来た。その時、仙人は坐禅をしていた。竜王はそれを見て、尊敬の心が生じ、竜身をもって仙人に巻きつき、頭をもってその頂上を覆(おお)って住みついた。それより毎日やってきて、敬意を表した。竜王は、食事の時に来ないだけであった。仙人は竜王に身体を巻かれるために、日も夜も端坐していなければならないので、休息することができなかった。そのために身体が疲れ、やせ衰えた。そして皮膚にでき物が生じた。その時、附近に住む人で、日頃、仙人に供養する人がいて、その人が来て、この仙人がやせ衰え、皮膚病に悩んでいるのを見て言った「どうして、このようになったのですか」と。仙人は詳しく以上のことを話した。彼は言った「この竜王を、再び来ないようにしたいと思いますか?」。仙人は答えて言った「そのようにしたいと思います」。するとその人は尋ねた「その竜は、何か身につけているものがありますか?」。仙人は答えて言った「ただ咽(のど)の上に、摩尼宝珠(まにほうじゅ)と瓔珞(ようらく)があります」。彼は、その仙人に教えて言った「彼に、宝珠を求めなさい。竜の性格は極めて物惜しみが強いです。汝に与えないでしょうから、再び来ないでしょう」と言って、帰って行った。
(参考)
@摩尼宝珠(まにほうじゅ)・・・竜王あるいは摩竭魚(まかつぎよ)の脳中にあるとも、仏(ほとけ)の骨の変化したものともいわれる玉。これを得ればどんな願いもかなうという、神秘的な力をもつ玉。
A瓔珞(ようらく)・・・珠玉や貴金属に糸を通して作った装身具。もとインドで上流の人々が使用したもの。仏教で仏像の身を飾ったり、寺院内で、内陣の装飾として用いる。
         (二)
しばらくして竜王が来たので、仙人が摩尼宝珠(まにほうじゅ)を求めた。竜は宝珠を乞うのを聞いて、心に喜ばず、おもむろに去って行った。次の日、竜王が来るのを、仙人は遙かに見て、まだ来ないうちに、一句の詩を作って言った「汝は、光り輝く摩尼(まに)の宝と瓔珞(ようらく)にて、身を飾っています。もし竜王が、よくそれを私に施(ほどこ)すなら、我らはよき親友となるでしょう」。その時、竜王も詩を作って答えた「摩尼珠(まにだま)を失うのを畏(おそ)れます。杖を持ちながら、犬を呼ぶようなものです。汝は宝珠を得ることはできません。再び見ることはないでしょう。私の上等の食事や多くの宝物は、この摩尼(まに)のおかげで得られるのです。故(ゆえ)にどうしても与えることはできません。どうして無理に求めるべきでしょう。多く求めれば、親愛なるものも離れます。それ故、再び来ることはないでしょう」。その時、空中に声があって、次の詩を説いた「冷(つめた)い仲が生ずるのは、皆、多く求むるに由(よ)るのである。仙人が貧(むさぼ)りの相を現わしたので、竜王はすなわち深く淵(ふち)にもぐってしまった」。仏陀(ぶつだ=釈迦)は修行をしている仙人に言った「竜は畜生であるけれども、それでも多く求めることを嫌うものである。ましていわんや人間はなおさらである。汝ら修行僧は、事業をいろいろ起して、広く求めて飽くことなく、そのために信心ある婆羅門(ばらもん)や居士をして、財物を無理に布施させ、あるいは衣服や食料、寝具、医薬などを無理に供給させてはならない」と。
(参考)
@「ジャータカ物語」(「本生譚(ほんしょうたん)」などと訳される釈迦(しゃか)が前世で修めた菩薩行を集めた説話)より。

(小話969)「イソップ寓話集20/20(その46)」の話・・・
        (一)「オオカミとヤギ」
オオカミは、険(けわ)しい崖の上で草を食べているヤギをみつけた。しかしオオカミは、そこへ行くことは出来なかったものだから、そんな崖にいるのは危ないから、降りてくるようにと呼びかけた。そして更に、ここには、とても柔らかな牧草が生い茂っていると付け加えた。するとヤギはこう答えた。「ご遠慮申し上げますわ、オオカミさん。あなたが私をご招待下さるのは、私を満腹にさせるためではなく、ご自分の腹を満たすためなのでしょう」
        (二)「ライオンと牡(お)ウシ」
ライオンは、牡ウシが食いたくて仕方なかった。しかし、襲いかかって倒すには、牡ウシは大きすぎた。そこで、ライオンは計略を巡らすことにした。「やあ、ウシ君、実は旨(う)そうなヒツジが手に入ったのだけど、僕の家へ来て、食味をしてみないか? 君の来るのを楽しみに待っているから」ライオンは、牡ウシが食事につられて隙ができたところを襲い掛かり、餌食にしてしまおうと思ったのだ。牡ウシは、ライオンの家へとやって来た。しかし、巨大な串や大釜はあるのに、ヒツジが用意されていないことに気が付いた。それで牡ウシは何も言わずにくるりと背を向けた。するとライオンは、自分に何か落ち度があるわけでもないのに、どうして、一言の挨拶もなしに、行ってしまうのかと言った。すると牡ウシはこう答えた。「理由は、十分すぎる程ありますよ。ヒツジは見あたらないと言うのに、料理の準備は万端で、後は食材の牡ウシを待つばかり……」
        (三)「ヤギとロバ」
昔ある男が、ヤギとロバを飼っていた。ヤギはロバにたくさんの餌が与えられるのを羨(うらや)んで、こんなことを言った。「ねえロバ君、君は粉を挽(ひ)いたり、重い荷物を運ばされたりと、本当に大変だね」ヤギは更にこう言った。「気を失った振りをして溝に落っこち、休養でもしたらいいよ」ヤギの言葉を真に受けたロバは、溝の中へ落ちるとひどい怪我をしてしまった。飼い主は、医者を呼びにやって、どうすればよいかと訊ねた。すると医者は、ヤギの肺を傷口に塗りつけるようにと言った。飼い主は、ヤギを殺してロバを治療した。

(小話968)「(ジャータカ物語)飛ぶ鳥、羽毛を惜しむ」の話・・・
        (一)
過去世に跋扈(ばつこ)という名の修行僧がいた。林の中に住んで、修行をしていた。その時、釈軍多(しやくぐんた)鳥がいて、同じくその林に住んでいた。夕暮になると多数の鳥がやってきて、乱雑に鳴き立てて、その修行僧の座禅を悩ました。そこで跋扈(ばつこ)は世尊(せそん=釈迦)の所へやってきた。そして世尊の足を礼拝し、その前に立った。その時、世尊はその林中の修行僧、跋扈を慰問して言った「健康はどうですか。悩みごとはありませんか。林の中で楽しく暮していますか」。林中の修行僧は世尊に言った「私は健康です。悩みごともありません。林中に楽しく暮しています。ただ夕暮れになると、多くの釈軍鳥が集まってきて、鳴き立て、喚(よ)びあうので、それに悩まされて、心をしずめることができません」。世尊はその修行僧に言った。「汝は、それらの釈軍多鳥が、全部来ないようにしたいと思いますか?」。跋扈は答えて言った「世尊よ、願わくはそうしたいと思います」。世尊は言った「修行僧よ、汝は日暮れの時、釈軍多鳥が来たならば、それらの鳥から、おのおの一毛を乞いなさい。そして朝になって、彼らが去る時にも、また一毛を乞いなさい」。修行僧は世尊に答えた「よいことです、世尊よ、そう致します」と。
         (二)
そこで彼は林の中に帰って、正しく坐し、禅定を修していた。日暮に向うとき、鳥どもが集まって来て、乱雑に鳴き出した。そこで彼は言った「汝ら釈軍多鳥よ、おのおのに一毛を乞わん。私は今、それが必要なのです」。それを聞いた時、多くの鳥はしばらく声なく、寂然(じゃくねん)としていた。そして、ついにおのおのの一毛を抜いて、地に置いた。朝方にまた乞うた。そのために鳥どもは、別の処に移り去って、一宿したが、しかしその場所を楽しく思わず、また帰って来た。そこで修行僧は、また毛を求めた。鳥はおのおのまた与えたが、しかし鳥どもは考えた。「今この修行僧は何を好んで、我々から羽毛を乞うのであろうか。おそらく我々は久しからずして、毛衣(けごろも)がすべて尽きてしまって、肉のかたまりが地上に着いてしまい、また飛ぶことは出来なくなるでしょう。一体これをどうしたらよいでしょうか?」。皆で相談した。「この修行僧はいつもこの林に住しているから、我らはまさにここを去って他の場所に住処(すみか)を見つけることにしよう。再び帰ってこないようにしよう」と。世尊陀は修行僧たちに言われた。「空を飛ぶ鳥の如き畜生でも、なお、多く乞う者は嫌うものである。いわんやまた世間の人間はなおさらである」と。
(参考)
@「ジャータカ物語」(「本生譚(ほんしょうたん)」などと訳される釈迦(しゃか)が前世で修めた菩薩行を集めた説話)より。