軍隊の行軍速度は、そこに所属するもっとも遅い部隊の速度で決定される。
寄せ集めの集団ではなく、役割分担をして各々機能を持つ一団として動く以上、それは仕方の無い事だ。
“審神者業界においての軍隊”というモノは兵站をさして必要とせず、戦闘員は戦に特化した“ひとでないもの”であるがゆえに、下人や小者といった雑役係の使用人は同伴不要と、素人にも大変優しい仕様になっている。
その為、考慮すべきは各男士の機動と同行する審神者の事だけに絞られているのだが――その審神者こそが第三十八連隊が行軍する上で、一番の問題でありお荷物だった。
ここは戦場だ。
隊が到着していた時には全部終わっていました、ではお話にもならない。
移動手段として徒歩は除外される。現代の乗り物は持ち込めない。となれば男士同様、馬一択である。
しかし。いくら刀剣男士と暮らしを共にしていようとも、騎馬を不足無く操れる審神者は多くなかった。
戦士としての身体を与えられた刀剣男士。いくら馬が歩み寄ってくれようと、根本から鍛え方の違う審神者がそう簡単に男士と同じレベルで乗りこなせるはずもない。
そして連隊に属する審神者のうち、刀剣男士から「問題なし」とお墨付きをもらえる腕前の者は四分の一程度。
となればほとんどの審神者は刀剣男士との相乗りになってくる訳だが、二人乗りの状態で、一人乗り同様の速度で馬が走れるはずもなく。だが、馬に乗れないからといって審神者を置き去りにする訳にもいかなかった。
前線部隊の独立裁量権と後方本部の統制における問題は、軍事における永遠のテーマの一つである。
そしてこれは、この戦いでの総大将が躓いた問題点でもあった。
前線部隊に全権を委任して後方で指導する手法は大抵の審神者が採用しているパターンだが、これは後方が前線にあまり介入すると混乱する、という欠点を抱えている。
対して雛鴉が採用したのは、審神者達司令塔が前線部隊と行動を共にする事で情況変化に対応する、というもの。もちろん最前線にいるからこその危険度の高さに加え、大局的にものが見れないという欠点はある。しかし連隊という自分達の規模に、限定された戦場。そしてこれまでの経緯等から、彼女達はそれが最良だと判断した。
危険度の高さについては、全員が承知の上。
審神者が行動を共にする事を考えれば、同種の馬に乗っていたとしても身軽すぎる短刀、脇差は論外だ。
馬に乗るのは存外体力と筋力を使うのである。いざという時には審神者の補佐と戦闘を両立させる必要がある事を考えれば、打刀も厳しい。それは雛鴉が自身の連隊に属する刀剣男士の刀種、刀装を指定した理由の一つでもあった。抑えられた進軍速度は、審神者達の為の配慮である。
だが、誰しもが多かれ少なかれ焦りを抱いてしまうのも仕方の無い事だった。
速く、もっと速く! 逸る気持ちを抱えながら、本陣目指して整然と疾駆する第三十八連隊。
そうして、彼等は接敵する。
『――ああああああ姐さんあねさんあねさーん! ヘルプ! いまめっちゃ追っかけられてる! ヘルプ!!』
泣き出しそうなSOSが、小型無線機越しに審神者達の耳へ飛び込む。
それは、偵察で本陣付近に張っていたはずの炎の声だった。元々見通しの良い平原である。疾駆する連隊の者達の中でも先頭集団で目の良い者は、早々にこちらへ向かって駆けてくる一団の姿を捉えていた。
翻る旗指物には、白地に赤で三の文字。彼等連隊のものだ。
「炎さん落ち着いて、もう近くまで来てますから。敵の数は?」
『単騎! で、一期一振に随伴の刀装兵、だけに見える!』
「じゃあ伏兵が?」
『わっかんねー! けど、アレは! なんか!! やばいっ!!!』
「……」
炎が率いる偵察部隊は、通常通りの六振編成。つまり、中隊規模だ。
偵察部隊という性質から、戦闘は可能な限り避けて良いと事前に伝えてはある。しかし、たとえ相手が練度上限だったとしても、単騎なら問題なく蹴散らせるはずだった。ここまで相手に怯える理由は無いはずである。
『どうされますかな? 炎に進路変更させ、囮を務めさせるのも悪くはないでしょうが』
「……いえ。既にこちらも捕捉済みの距離でしょう。炎さんはこのまま合流を」
『うひあっはーい!!!』
何処か緊張感を欠いた悲鳴混じりの返答に、審神者達の数人が苦笑を漏らす。
だが、雛鴉や結良といった一部の面々の表情は険しかった。
炎の言葉に思うところが無い訳では、ない。しかし彼女達は口を噤む。小型無線越しだ。話せば、それは連隊全てに筒抜けになってしまう。どのみち戦闘は避けようもないのだ。わざわざ士気を下げる愚は犯せない。
「連隊長より各位へ。ミケ大隊、交戦準備。他の隊は予定通り本陣へ向かう。以上」
『はっああーい♪』
場違いに楽しげなミケの返答が無線で流れる。
勢いよく駆け戻ってきた偵察部隊が、先頭集団の横をそのまますり抜けていく。
そのまま最後尾へと向かう彼等を通過させ。そうして、間をおかずして報告通りの敵影を捉える。
向こうもまた、彼等の姿を捉えたからだろうか。
一期一振らしい姿は、刀装兵を背後に展開して微動だにしない。迎え撃つ態勢だ。
ミケの大隊を残し、連隊は展開された兵を避けるよう馬首をめぐらす。真っ先に気付いたのは誰だったか。審神者の一人が漏らした「あれ?」という不審そうな呟きが、無線に響いた。
嫌みなくらいに快晴だった空が、ふいに陰る。薄い雲が太陽を遮り、平原に大きな影を落とす。
夜と呼ぶほどの暗さではない。戦闘に支障はない。
だが。
そうして生まれた、薄暗がりの中で。
不自然に巨大な。一期一振から伸びた、異形の影が――地面ごと、弾けた。
■ ■ ■
身を呈した防戦にも限界はある。
司馬は現場で行える限り、全力を尽くした。己の持つ手札で出来うる限りを尽くした。
その献身的ですらある努力は、確かに敵勢力を逓減させ得た。逓減させ、そうして容赦なく押し潰された。
審神者が前線にいる。その事実は確かに味方陣営の連携強化に一役買ったが、それ以上に敵を殺到させる結果をもたらしたのだ。実情はどうあれ、彼は価値ある手柄首だった。一時でも、本陣への進軍が止まる程度には。
敗残者として、早々に戦場から脱落できた事。ある意味ではそれこそが、彼への報酬と呼べるのかも知れない。
「……なんだ、アレは」
せっかくの手柄首を刈り取ることすら忘れて。
あるいは、仲間を助け起こす事を。斬り合いの最中であった事さえ忘れて。
前線で。第三十八連隊で。本陣で。異口同音の呟きが落ちる。
大百足。
一言で表すなら。それは、そういうモノに見えた。
身の丈はゆうに三十メートルはあるだろう。黒々とした靄を総身にまとわりつかせ、腹をさらけ出して天に哮るソレは、その巨大ささえ考慮しなければ百足と呼べる形をしている。だが、何より特筆すべきは――かの大百足の総身が、それこそ頭部の触覚から脚の末端に至るまで。全て、人体と刀で構成されている事だった。
その体は、少年姿の人型達で。
その脚は、彼等の本体であるはずの刀で。
あるべき方向を無視した角度でへし曲った首。腕。足。胴体。
その形になるよう、無理矢理捏ねくり回して圧し固めでもしたかのような肉の体。ただ本体だけは変わらず真っ直ぐ、奇形の肉から生えるようにして脚の役目を務めている。
ぎちぎちぎちぎち。肉が軋む。鋼が軋む。ぼたぼたと、身じろぐ巨体から蛆の沸いた赤黒い粘液が滴り落ちる。
長大で醜悪な体を狂おしく捩って。体を構成する無数の人型が。粟田口の、おそらくは誰しもが一つは見知っている付喪神達の顔が。能面めいたおよそ生気の感じられない顔の群れが、揃ってがぱり、と口を開いた。
「「「「「「「「あ は はハははハハははははハH AAAAaaaaaa■■■■■■■!!!!!!!」」」」」」」」
哄笑。
気を失えた者は、まだしあわせな部類だろう。
脳をぐちゃぐちゃにかき回す不快極まりなくもおぞましい笑い声に、審神者の中でも鋭敏な感覚を持った者達はたまらずその場で嘔吐、あるいは昏倒した。刀剣男士ですら戦慄を禁じ得ず、膝をつく者まで出る始末。
荒御霊と化した付喪神。刀剣男士のなれの果て。否。もはや、そんなものではない。そんな呼び名では足りない。
世に災いをもたらすモノ。呪いを撒き散らす“神”。
蒼白な顔をした審神者の誰かが、掠れた声で「祟り神……!」と悲鳴を上げる。
けれど。ただ一人、その存在にさしたる反応を示さなかった男がいた。
「ガッ……!?」
「な、……!」
一閃。白刃が振るわれる。返す刀でもう一振り。
どれだけ優れた刀剣男士であろうとも、棒立ちになっていたのでは練度も、刀種に由来する生命力の高さも何の意味も成さない。完全な意識の外からの攻撃。彼等に出来たのは、ただ斬られ、倒れ伏す事だけだった。
「何を考えている、光忠……!?」
別本丸出身といえど、その来歴はどの分霊も同じだ。血相を変えて糾してくる大倶利伽羅に、「何って……制圧に決まってるだろう?」と燭台切は不可解そうに返答する。
審神者連合軍本陣。
現状、この戦場においてもっとも混迷を極めているのは、この場をおいて他にはあるまい。
審神者達と警護の為の部隊。不在本丸側についた審神者とその部隊。そして不在本丸別働隊と、三つの勢力が入り乱れた状態なのだ。総大将達にしてみれば、裏切り者を制圧しきる前に襲撃を受けた形。不在本丸側にしてみれば、内応組が潰される前の合流と奇襲に成功した形。そうして裏切り者達にしてみても、場を引っかき回した上での味方の到着。
そのまま事態が推移していたなら、燭台切の行動に異論が差し挟まれる事など無かっただろう。
タイミングで言えば、丁度今まさに押し入ったばかり。これから肝心要の制圧戦ともなれば、目前でさぁどうぞ襲って下さいと言わんばかりに晒される隙を、おめおめ見過ごす理由も無い。
――“祟り神”の存在が無かったなら、だが。
場に流れる奇妙な緊張感を削ぐように、自らの刀剣男士に守られて立つ審神者達の総大将が、大倶利伽羅の言葉に同調して殊更に明るい調子で口を開く。
「……君達もだ。まさか、状況が理解できていないとは言わないだろうね?
今からでも遅くはない。大人しく私の指揮下に戻るなら、ここまでの乱心沙汰は見逃してあげようじゃあないか」
他の者達と同じく動きを止めていた裏切り者の四人が、その言葉に反応を示す。
真っ先に裏切りの口火を切った男が、「ふざけるな! いくら非常事態だろうと、お前のような人面獣心の輩に誰が従うものか!」と激高しながら総大将に食って掛かる。対して、他の三人のうち一人は考えるように目線を彷徨わせ、残る二人は示し合わせたように燭台切の方を見た。
「……燭台切光忠様。我々はどのようにすればよろしいでしょうか」
「そうだね、予定通りで頼むよ。ついでにそこのも処分しておいてね? 邪魔になるからさ」
「――……、…………はい」
結論から言えば。
大倶利伽羅は問うべきではなかったし、総大将もまた、言葉で懐柔しようとすべきではなかった。
ごとり。首が落ちる。総大将を睨み付けた目線をそのままに、掲げられたお題目の空虚さを責め立てていた舌が、空気の供給を絶たれて空回る。一拍の間をおいて、頭を失った胴体が鮮血を噴き上げながら崩れ落ちた。
彼等の“主人”から不要と断じられた仲間を処分して。裏切り者の一人が、総大将に向かってぼそりと吐き捨てる。
「……叩き潰してくれるって。少しでもアンタに期待した俺達が、馬鹿だったよ」
審神者達も、不在本丸側も。
時間の足りない中での寄せ集めに過ぎないからこそ、相互不理解が土壇場になって噴出した。
彼等は優先順位を見誤った。“ただの”刀剣男士である燭台切光忠より、かの祟り神こそが最優先事項なのだと。警戒をおざなりなものにしてしまった。裏切り者達についても同じ事。意表をつかれた事は確かだったが、多勢に無勢である事に変わりはない。より強大な脅威を前に、彼等は辛うじて視界に入っている程度のモノでしかなかった。
裏切り者達の刀剣男士。その切っ先が、無言のまま審神者達へと向けられる。
大倶利伽羅を初めとする、不在本丸の別働隊は動かない。動けない。争っている場合ではない。しかし、燭台切を敵に回して良いのだろうか? 彼を欠けば、纏め役が不在となる。あの高慢な、士気能力に疑問の残る審神者などに従う気には到底なれない。では、どうすれば良い。どうするのが、最善だ?
容易には答えの出ない疑問は、行動する事への躊躇いになる。彼等不在本丸別働隊は、憎しみに我を忘れない程度には理性的だった。けれど、それは隔意が無い事とイコールでは無い。迷う彼等に、燭台切が笑って告げる。
「ほらほら、立ってるだけじゃあいつまでたっても終わらないよ?
手早く制圧して、それから次の課題に取り組もう!」
こんな状況下にあってなお、一片の曇りも、迷いすら無い燭台切の笑顔。
それにうそ寒いものを感じながらも、背を押されるようにして、不在本丸別働隊はのろのろと動き出す。
相次ぐ惨劇に、あまりにも間近過ぎる命の危機。ついに耐えきれなくなった審神者の一人が正気を手放し、意味も分からず金切り声で絶叫する。それに引き摺られるようにして、同じように叫び出す者、泣き出す者、自失して座り込む者。己を保っていられた者は、両手の指程度の数しか残らなかった。
集団ヒステリーを発症した審神者達によって、更なる混沌と化す本陣。今のところは警護の刀装兵達が発狂した審神者を守れる範囲まで押し戻しせているが、余裕の無い現状で、いつまでも人手を割いてはいられない。
敗北の二文字が、警護の男士達の頭を過ぎった。
かくして戦いは再開される。
無視しえない怪物の存在と、幾多の迷いを置き去りにして。
■ ■ ■
炎さんがまっしぐらで逃げてきた時点で、嫌な予感はしてた。
うん、していたんだよ。してはいたけど、まさかこんな超ド級にやばいのが潜んでたとかさすがに想定外オブ想定外だよド畜生! ちょっとああいう大怪獣気軽に戦場にブチ込んでくるの、だいぶどうかと思うな!
「――傾聴ッ! 総員、アレから距離を取れ! 動けない奴は引き摺ってでも離れさせろ!!」
全力でインカム越しに吼える。
きぃん、と鳴り響くハウリング音が不愉快極まりないが、なんとか正気に返らせるのには成功したらしい。無線の向こう側で、各審神者達が慌てて自隊へ命令を飛ばす。脳裏に響く薬研さんからの警告に従って手綱を引き、とっさに進路を左へ逸らした。ゴガァアアアアンッ! と凄まじい音が至近距離で上がる。
「――っ!」
細長い何かの影が、したたか腹を殴りつける。横殴りの衝撃に息が詰まった。
危うく引きずり倒されそうだった身体を、馬体と手綱に必死でしがみつく事で持ちこたえさせる。
ずるん。
腰に差してあったはずの薬研さんを絡め取って、触手めいたソレが土煙の向こうへ消える。
体勢を立て直すのに精一杯で、手を伸ばす余裕すら無かった。
失敗した。歯噛みする。口の中に血の味が広がった。
なんて醜態。なんて無様。あれが粟田口で構成されてるって事は、見れば分かるはずだってのに!
この展開に思い至らなかった自分の迂闊さ、せっかく警告してくれた薬研さんをむざむざ喪う反応の鈍さに、反吐が出そうだった。
ふぅううう、と。息を吐き出して目を閉じる。怒りで沸騰しそうな頭を冷却する。
……今は、個人的感情に、かかずらってる場合じゃあ、ない。
目を開いた。ざ、と全体へ視線を走らせる。
うちの部隊、は大丈夫か。でも連隊全体で見るとこれ、初撃で被害出てるっぽいな。
「各自大隊長、被害報告を! 全員生きてる!?」
穿った地面からもぞもぞ動いて頭を引き抜こうとしている人面大百足と、その場から動かずこちらを薄笑いで眺めている一期一振から目を離さないようにしながら、頭をフル回転させて現状を整理し直す。
くそ、霊力チート審神者とかそういう便利なのはなんでこの場にいないのか!
『炎でっすみんな生きてる! ひぇええ死ぬかと思ったぁああああ!!』
『ええい、無線で泣き言を喚くな腰抜けめが!
……失礼、こちら連理。大隊の審神者軽傷一、刀剣男士には負傷無い』
『ああ炎さん、深呼吸してちょっと落ち着きましょうか。
結良大隊です。刀剣男士一部隊分軽傷、他に被害はありませんね』
『炎、沈黙を推奨する。列水大隊。審神者に軽傷三、刀剣男士中傷四、軽傷八』
『一虎大隊だ! 審神者は全員無事、刀剣男士が中傷七! おい炎泣くならインカム落とせ、邪魔になんだろーが』
『う゛ー……ミケ大隊、刀剣男士全員中傷ぉー。
刀装兵七割持ってかれて審神者一人骨折したけど、他はみんなカスリ傷で生きてまーす』
一番被害が大きいのは、交戦予定だったミケさんとこか。
たぶんだけど、もうちょっとアレ出るタイミング遅かったら重傷くらってた可能性もあるな。破壊一歩手前レベルの重傷者はいないのは不幸中の幸いか。
がしゃがしゃがしゃがしゃ、と金属めいた音が響く。静止から一転。背筋が粟立つ足音を掻き鳴らしながら、粟田口製大百足がぞるるるる、と長大な身体を隊とは逆方向へ引き戻す。チ、と連理さんが忌々しげに舌打ちした。
『存外、素早い……!』
『たっく、ボスといるとほんっと退屈しねぇなあオイ!』
『百足は牙に毒腺を持ち合わせる。形状を模している以上、アレも毒持ちと仮定すべきか』
『あの大きさですからねえ……食い付かれる以前に、身動きされるだけでも厄介だ』
『うえー胴体分厚すぎぃ! 斬ってもノーダメとかずるじゃんー』
手綱を引いて停止の合図を送りながら、戦場を見据えて目を眇める。
考えろ。あの一期一振は、確実に意図してここでアレを出している。ここを選んだのは何故だ。前線に突っ込ませても良かったし、なんならこっちの本陣辺りでアレを出せば速攻で片が付いたはず。わざわざここまでやってきて、連隊規模しかないような別働隊程度にあたらせる理由があったはずだ。何を考えて、そんな選択を……、……待った。
ここを選んだんじゃなくて、ここしか、出せなかったのだとしたら?
「っ連隊へ通達! 当初の予定通り、本陣へ向かって直ちに急行! 隊列再編は途上で行え! 私と炎の二部隊で敵の遅延を担当、殿を務める!! って訳で連理さん本陣掌握指揮お任せしました!」
本陣に敵いるねこれ! 間に合って!?
『ピエッ』
『! 心得た、だが二部隊では足りぬのでは!?』
「否。あの巨躯、対処人数が多い方が危険度は高いと推察される』
『ええええええボスと炎だけずるい! オレもレイドバトルしたい!!』
『ミケ大隊長ッ!?!』
『ちょ、まっ』
『勘弁してください!!!』
流石に黙っていられなかったらしい、ミケさんの大隊メンバーから悲鳴じみた抗議が上がった。
まあ確かに、ちょっと損傷具合考えると無茶が過ぎるわな。
『諦めましょうかミケさん。君の大隊、いま遅延を担当するのは荷が重い』
『つってもなぁボス、あいつ確実についてくんだろ! 本陣ごと潰されちまうんじゃねえか!?』
「ないですよ、あの巨体だと味方まで巻き込、――っ!」
王庭が高く嘶く。ざわ、と背筋に悪寒が走る。意外なくらい近くで、一期一振と目が合った。
待って意識逸らした一分足らずであの距離詰めやがったの!?
頬が引き攣る。私の横を、深緑の影がすり抜けた。
――ガキィイイイインッ!
一合。改めて間合いを計っているのだろう、馬ごと後退した御手杵さんが槍を構え直す。
御手杵さんの背に遮られた向こう側で、一期一振の朗らかな笑い声が聞こえた。
「やはり、簡単には落とせませんか」
「させる訳ないだろ?」
御手杵さんを中心に、ざ、と刀装兵が展開される。
加勢にか、同様に駆けてきた蜻蛉切さんが「主殿、お下がりくだされ!」と促すのに応じて、一期一振と大百足から距離を取り直す。炎さんが大百足を囲う形で布陣を敷き、次郎さんもそれに合せる形で部隊を広げる。
あっちは任せておいて問題なし、と。こっちの音を拾っていたらしい結良さんが、それでも普段通りの穏やかさで『さん、まだ無事でいますか?』と問いかけてくる。
「まだまだ序盤もいいとこでしょうに、早々潰れてられないですよ。
万事、打ち合わせ通りでよろしくお願いします。あとミケさんはつべこべ言わないで従う。オーライ?」
『ボスのいじわるー! オレが戻ってくるまで倒しちゃわないでよねー!?』
「ミケさん私の事なんだと思ってるんです?」
『ははは、認識のすり合わせは後日でお願いしますよ! こちらも最善を尽くします。
それとこれは推測ですがね、あの大百足、おそらくは一期一振からそう離れられないんじゃないかと』
『出現は一期一振の影からだった。先生の推察、疑念の余地は無いと考える』
つまり一期一振さえ止めておけばなんとかなる(かも知れない)、と。
ゆぅらり、ゆらり。頭部に生えた一対の細長いナニカがせわしなく蠢めく。獲物の品定めでもするかのように持ち上げた上半身を揺らめかせていた大百足が、ふいに頭から地面へと突っ込む。ゴガガガガッ! と地面を盛大に抉り削る音に混じって響くのは、『ひぎゃー死ぬ死ぬ死ぬ死ぬーっ!?!』という炎さんの悲鳴だった。
うん、やっぱ炎さん選んで間違いは無かった。
『ひぇええええええんこいつ間合いひっれぇよぉおおおおおおおおお!!!』
「だいじょーぶ、炎さんは出来る子。がんばれー」
『姐さんの鬼ぃいいいい!!』
泣き言を聞き流しながら呼吸を整える。
あの薄気味悪い雲の影響か、“視界”は良くない。……肉眼だけだと心許ないんだけど、仕方ないな。
一期一振はといえば、うちの男士達の相手を優先すると決めたようだった。二中隊程度、大百足と連携すれば簡単に蹴散らせると考えているのかも知れない。そのまま舐めてかかってくれるなら、こちらとしても好都合だ。
「……回避の方、よろしくね?」
片手を伸ばし、王庭の首の近くを軽く叩く。
ぶるる、と返事をするように嘶くのに頷いて、肩から力を抜く。
無防備極まりないけど、背に腹は代えられない。
見に徹する事で、せめて攻略の糸口だけでも掴まなければ。
しかし、内乱鎮圧ついでに化け物退治か。
……この世は地獄。真理だな。
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