――姐さん! 本陣でなんか始まった!』

 偵察部隊から、無線越しでも分かるほどに緊迫した調子の通信が入った。
 変事があったのだと確信するには、それだけで十分だった。緩んでいた空気がぴん、と張り詰める。審神者の数人が緊張の為か居住まいを正し、大半が表情を引き締めて自身の装着している小型無線機へと耳を傾ける。

「詳細を」

 代表して問うのは、連隊の長を務める雛鴉だ。
 他の者達は口を開かない。彼女達の使う小型無線機は、急ぎで買い揃えた安物の粗悪品だ。会話対象を選別できるだけの機能は備わっておらず、好き好きに質問や会話をしてしまえば、それは情報伝達に悪影響しか及ぼさないと全員が理解しているからだ。

『この距離からだと詳しくはわかんねー。ただ、刀装兵まで本陣引っ込めてごたついてんのは確か! あれぜってーなんかヤベー事になってる……と、思います!』

 偵察部隊を率いている炎が、取って付けたような敬語で報告を締めくくる。

「……内輪もめ始める方が先だったかぁ」

 もたらされた情報に、雛鴉は軽く目を伏せてため息をついた。
 予想されていた出来事ではあった。少なくとも彼女と、彼女の連隊に属する審神者達にとっては。軍議という名の情報共有と意思統一を行う時間は十分すぎる程にあり、それを行わないでいられる程、楽観できる状況でも無い。
 「やっぱ結良センセの言う通りになったねー」「だな。賭けやめといて正解だったぜ」などとひそひそしている約二名を視線で黙らせ、雛鴉はぐるりと周囲を見回して声を張り上げる。

「本陣からの伝令は?」

 誰一人として声を上げない。
 誰もそれらしいものを見てもいないし、報告を受けてもいないという事だ。
 好都合と言えば好都合。それでも失望感を覚えた様子なのだから、どうやら未だ、彼女は彼等への期待を捨て切れていなかったらしい。連隊の者達が一挙一動に注目する中。益体もない感傷を一呼吸で飲み下して、雛鴉はゆるく唇を歪めた。

「本陣は指揮能力を喪失と判断! 現時点より我々は独自行動を開始する!」

 命令が無ければ動けない。成る程、組織である以上それは仕方の無い事だ。
 本陣を出た事、偵察を出して様子見をしている件についてはまだ言い抜けられなくもない範囲だが、命令も無く公然と連隊を動かしてみせたが最後、確実に後日何らかの不利益を被るだろう。
 彼女達はただでさえ悪い意味で目をつけられているのだから、それはもう鬼の首でも取ったような熱心さで、微に入り細に穿ち責め立てられるのは目に見えていた。

 では、それを回避して好きに動く為に必要なものは?
 答えは簡単。大義名分、誰が聞いても納得のいく建前である。

そうして鴉の名を持つ女は告げる。皮肉るように。唄うように。

「仕事の時間だ――これ以上馬鹿やらかす前に、さっさと収拾付けるぞ!」


 ■  ■  ■


 早すぎる。

 敵本陣での変事。先行させていた小物見からその知らせを受け、燭台切光忠は思わず眉を潜めた。
 こうして明確な対立構造を誘導した時点で、こちらを遙かに上回る戦力を相手取る事になる現状など、わざわざ考えるまでもない確定事項として頭にあった。だからこその調略。だからこその仕込み。

 集中した兵力を用い、敵の陣形ど真ん中を中央突破する穿ち抜けはあくまでも陽動。
 少数部隊による迂回機動。それによって敵本陣を直接叩くことこそが、燭台切達の本命だ。

 本来の予定では、彼等の突入に合わせて内応するはずだったのだ。
 襲撃に合せて裏切りを明確にし、浮き足だった所を制圧する。それがこのタイミング。頭の中で彼我の距離から、最短での到着予定時刻をはじき出す。本陣警護担当で抱き込めた審神者は四人。本陣警備を担当する部隊は十三。総大将旗下まで含めれば十四だ。混乱が過ぎれば早々に鎮圧されて終わるだろうが幸い、あちらの警護対象は多い。急げば収拾がつく前に本陣を叩けるだろう。

「やれやれ、手間をかけさせてくれるなぁ……!」

 全てが思い通りとはいかない事など承知の上。それでも腹立たしさは拭いきれない。
 騎馬を急がせながらも剣呑な目つきで毒づく燭台切の横。小物見から詳細を聞いていた一期が馬を寄せて彼に告げる。

「燭台切殿。少々別行動を取らせて頂いて宜しいですかな?」
「? 何か他にもあったかな」
「どうやら後詰の一部が動いているらしく。蹴散らして参ります」
「ふうん。どうしようか、何人か回すかい?」
「ご冗談を。そもそも割けるだけの人手など、我々にはありますまい?」
「耳が痛いなあ」

 苦笑する一期一振に、同様に燭台切もまた自嘲を込めて曖昧な笑みを浮かべた。
 ただでさえ大きい戦力差。迂回機動を行うにあたって各本丸から練度の高い者を選出したが、同じ元ブラック本丸出身で一口に括られてはいても、その内実は多種多様だ。戦といえど審神者達のいる本陣を叩く事に消極的な男士もいたし、逆に血気に逸りすぎて撫で切りにしかねない男士もいた。まったくもって頭の痛い話である。

 必要なのは審神者達の屈服だ。殺す事などいつでもできる。
 それを納得できるだけの理性と自制心。出身本丸が違えど協力ができ、こちらの指揮下に入って良いと承伏できるだけの協調性。これらを兼ね備えた男士は生憎、そう多くはなかったのだ。それでもなんとか人数を集められたのは、個体差こそあれど大きくその性格が違うのが稀な刀剣男士である為や、元々の来歴から説得の糸口が辿りやすかった事が大きい。

「……仕方ない、か。任せるよ、一期くん」

 本音を言えば、ここで一期に抜けられるのは痛い。
 しかし、他に打てる手が無い事も確かだ。敵に合流を許す訳にはいかない。かと言って、そちらを相手取ってからでは本陣の連中が持ち直している可能性が高い。今はとにかく、一分一秒が惜しかった。

「ははは。なあに、すぐ終わらせて参りますよ」

 意識してだろう。殊更に気楽な口調で請け負って、一期一振が馬を駆る。
 随伴の刀装兵だけを引き連れて遠ざかっていく後ろ姿を見送りながら、けれど燭台切は溜息を禁じ得なかった。
 相模を手に入れる。この戦いはその初戦だ、こんなところで躓く訳にはいかない。
 けれど。ちゃんと計画通りに行っていれば、まだまだ温存しておけるはずだったのだ。
 まったく、指示された事ひとつ満足にこなせないとは、審神者というのは本当に無能極まりない道具である。

「ままならないあ……」

 彼の弟達を、こんなところでお披露目する羽目になるとは。
 戦後処理に思いを馳せながら、燭台切光忠は顔をしかめてそうぼやく。
 動いている“後詰の一部”とやらが、一期だけで蹴散らせる数である事を祈りながら。


 ■  ■  ■


 刀剣男士とは、刀剣が人の姿になったものではない。
 刀剣男“士”。彼等は刀剣が、戦士としての姿を与えられた存在である。
 どのような審神者に顕現され、どのような扱いを受け、どのように過ごしてきたとしても。その本質が刀剣であり、戦士である事に違いは無い。たとえ戴く審神者を欠いていようと、その事実に変わりは無い。

 そこかしこで刀がひらめく。剣戟が響く。首が、血が、肉片が散る。死が蔓延する。
 同じ顔、同じ姿。ただ陣営が違うだけ。これが人間同士の戦争であれば、それとなく現場指揮官同士で示し合わせて手を抜く、という事態すら発生したかも知れないこの大規模演練。しかし残念ながらと言うべきか。彼等刀剣男士の辞書に、手加減の文字は基本、無い。人間にとっては地獄の光景。演練慣れした審神者達にとってすら、それは悪夢の情景だ。けれど刀剣男士にとってしてみれば、それは日常の延長に過ぎない。

「進め進め進め! 一歩でも審神者共の本陣に迫れ!!」

 三重の横隊陣を敷く審神者連合軍。
 対し、鋒矢の陣形で中央突破を図る不在本丸連合軍。

 その先頭で激を飛ばしながら駆けるのは、頭から爪先まで真っ赤に染まった鶴丸国永だ。
 元ブラック本丸群を繋ぎ、一つに纏め上げてみせた燭台切光忠と一期一振。本来ならそのどちらかが、こちらで指揮を取って然るべきなのだろう。それが実現しなかったのは、何のことはない。彼等が刀剣男士だからだ。

 燭台切光忠。一期一振。
 成る程、確かに彼等の功績は大きい。多くの元ブラック本丸の足並みを揃え、進むべき方向性を提示した。その行いは賞賛に値する。仮にも纏め役だ、彼等の発言権は当然大きい。だが、そこまでだ。彼等は刀剣男士。一期一振とてレアではあるが、これだけの数の本丸が集まっていれば当然、他にも同じ分霊は存在する。
 本霊相手ならともかく、“刀剣男士”は付喪神としては同格だ。彼等の間に序列など存在しない。同じ本丸で苦楽を分かち合い、彼ならば、と認めているならまだしも相手は他本丸の分霊である。

 刀剣男士は誇り高い。
 何かと卑屈な台詞を吐く山姥切国広ですら、己が国広の傑作である事を誇っている。
 団結の必要性は認めている。連携の必要性も認めている。しかし唯々諾々と従う事は、誰しもが承伏できなかった。もっと時間があればその不協和音も解消できたかも知れないが生憎、そんな余裕は与えられていなかった。
 鶴丸国永という刀は、来歴ゆえに顔が広い。そして“彼”という個体は練度が高かった。運もいくらかあったのだろう。解消しきれなかった纏め役への反発。それこそが、その鶴丸国永が現場指揮官を務めている理由であった。

「落ちた者は捨て置け! 足を止めればそこで仕舞いだ!」

 鶴丸が吼える。吼えながら駆ける。先陣切って血路をこじ開けながら駆けていく。
 元ブラック本丸の集合体からなる軍は、一応の頭が据えられていようとも強い統制は受け付けない。強権を発動するなど望みようもなく、各本丸の合意を是認する形でしか纏まりようもない、そんな脆さを抱えている。
 しかし命を賭けた戦場も、成功率の低い戦術も。生まれついての戦士である彼等にとって恐れるには値しない。そして自分達の進退を決める戦だという現状は誰しもの共通認識だ。士気は極めて高かった。

 雪崩れるように突き進む、不在本丸連合軍。
 対する審神者連合軍の刀剣男士達の内心は、当然穏やかとは程遠い。

 ――何故、食い止められない!?

 準備不足甚だしい審神者連合軍ではあるが、男士の練度と兵数だけは十二分に揃っている。
 だというのに押し負ける。ある者は気圧されて。ある者は審神者の思いを汲んで。ある者は彼等の境遇を聞き知るが故に。ある者は愚直に本陣からの指揮を容れ続けた結果として。死を省みない刀剣男士達も、己が戴く審神者の意向は顧みる。
 なんのことはない。開戦前から底辺を這っていた審神者達の士気は、そのまま各本丸の刀剣男士に反映されていた、というだけの事だ。そうして諸々の準備不足に後方本陣との不協和音が合わさった結果がこの惨状。
 更には本陣での異変に伴う、各審神者との連絡途絶だ。もはや戦線として体裁を保っている事の方が不思議なレベルである。これが人間の軍であったなら、とっくに瓦解していただろう。

「焦るな! 数はこっちの方が勝ってるんだ! 一騎一騎確実に削れ!!」

 審神者連合軍右翼。今まさに突破されようとしている中央第二列へ部隊を急行させながら怒鳴るのは達同様、自隊と共に在った司馬だ。
 命令違反以外の何物でもない行動。しかしそれでも、現場で動ける審神者は現状彼一人。
 本陣を去る時、親切心からか同情の積もりか、数人が彼に付き合って同じように現場まで来てはいる。しかし現場慣れしていない審神者が、“普段通り”に動けるはずもなく。これまで何をしてきたんだ、と怒鳴り散らしたくなる気持ちを飲み込み、司馬は馬を駆り立てながら友軍を叱咤する。
 彼等は自分の刀剣男士ではない。以前のように、彼等の審神者が共にいる訳でも、纏め役を命じられている訳でもない。司馬の言葉に従う道理は無い。だが、この混沌たる現状下。従わずとも、司馬の言葉は指針として機能する。彼の部隊の交戦に合せて周囲は動く。守るべき審神者が、無力な人間が前線にいるのだと意識するだけで士気は上がる。

 それでいい。司馬は、一人で動くことの無力さを噛み締めながらも肯定する。
 例え彼の働きが、濁流の中に小石を放り込む程度の変化しかもたらさないのだとしても。ただ座して見ている事だけは、自分に許せるはずも無いのだから。

 そう。どれだけ納得いかなかろうと、どれだけ不条理だと思っていようと。
 経緯がどうであれ、事この段にまで至ってしまえばもはや戦うより道は無いのだ。
 やむをえない、といえばそれまでだ。刀剣男士を使った、刀剣男士の内部粛正。
 なんと無様で愚かしい事だろう。これほど審神者の存在意義を問われる戦いもあるまい。
 だが、彼はその思考をあえて放り出す。

 人間は脆い。すぐに死ぬ。
 それは普段の戦場も、この、名目だけの演練場でも変わらない。

 思い悩むにしろ、時間と場所を選ぶ必要性くらいは弁えている。
 そうでなければとうの昔に――それこそ、あの夏。演練場で死んでいた。
 最前線敵先鋒集団の横っ腹。地獄の一丁目へ自隊を割り込ませて分断、侵攻遅延に務めながら司馬は吼える。

「全員踏ん張れ! 崩れれば、それで終わるぞ!!」

 加速度的に悪化していく戦局をほんの少しでも食い止めるべく、彼は唯一の現場指揮官として動く。
 実質的な別働隊と化しているだろう、第三十八連隊。彼女達が動いている事を確信して。時間と共に事態が好転する事を確定した未来として予期しながら、司馬は出来うる限りの最善を尽くす。被害を少しでも減らすために。
 そうして、戦場は更なる地獄と化すのだ。


 ■  ■  ■


 主の為、マヨヒガが誂えた庭は騒々しくも美しい。
 暦の上では二月の終わり。本来であれば雪解けを迎えつつある時期であるが、この異界においては審神者がそう定めない限り、四季が移ろう事は無い。競って咲き誇る花々だけが、忘れ去られたはずの時間を写し取って朽ちてゆく。

 ぷちり、ぷちり。

 花殻を摘む。枯れたものを間引く。見栄えを整える。
 別に、加州がする必要は無い仕事だ。そんなものはマヨヒガや、その使役にでも任せておけばいい。
 それでも、ここは主がもっとも目にする場所。主が生活拠点とする離れの真正面に位置する庭だ。自分が手を入れた庭で彼女の心が和むなら、それも悪くはない。今は。気配だけでも、主を感じていたかった。

 大規模演練。
 元ブラック本丸に属する、刀剣男士との戦い。

 部隊への加州の立候補が、に容れられる事は無かった。
 今回の戦いでは、太刀以上の刀種で連隊を纏める方向で詰めているから、と。
 分かっている。主の言葉に他意は無い。こと、戦に関しては情を差し挟む事を良しとしない審神者だ。日頃どれだけ優しかろうと、熱意だけで編成を変えてくれる程には甘くない。時間が足りない、と疲れた顔でぼやきながらあちこち駆けずり回っている主を明確な理由もなしに長々拘束していられるはずも無く、加州は引き下がるしかなかった。

 こっちを見て。
 名前を呼んで。
 もっと使って。
 触って、撫でて。

 愛して。愛して。愛して。愛して――俺達を。おれを、あいして。

 ひどいことをした。たくさん、たくさん酷い言葉を投げつけた。
 ほんの一年前。加州も、あの頃からいる本丸の男士達も、ほとんどが彼女を傷付けた。
 分かっているようで、きっと、彼等は分かっていなかった。人間という生き物を。そうして今も、本当の意味では理解していない。遊郭の片隅、あの病室。壊れてしまった審神者の悲痛な絶叫が、未だに耳から離れない。

 あり得た未来だ。
 元ブラック本丸の“今”も、壊れてしまった審神者達も。

 つらい気持ちが分かる。審神者を信じられない気持ちも分かる。矛先が向くのも分かる。
 けれど。それは事態を悪化させはしても、好転させはしないのだ。
 ぐちゃぐちゃになった気持ちは、向けるべきだった相手を失って心をひどく苛むばかりで。吐き出した感情に、嘘はない。だけど、求めてもいるのだ。ひどいことをしているのに、受け止めて欲しい、愛して欲しいとも願っている。
 人の姿になっても、彼等は結局、物で、刀で。傷付けないように自分の気持ちを伝える方法なんて知らないのに、その癖、傷付ける事だけはひどく上手くて。

 ぷちり、ぷちり。ぶち。

 花を間引く。相応しくないものを間引く。いらないものを間引く。
 本当は。本当はこの花のように、自分達は間引かれるべきだったのかも知れない。
 そんな思考が頭を過ぎり、加州は知らず、手を止めた。自然と落ちた視線が、自身の指先を捉える。
 深くて暗い、血色の赤。偶然から買い与えられた、彼女を連想させる爪紅の色。ふ、と。呼吸が楽になったような気がした。なんとはなしに、手を広げて空にかざす。

 愛しているよ、と。答えてくれる人間だと知っている。
 やさしい顔で。穏やかな声で。赦してくれる、そういう審神者だ。そういう主だ。

 一年、付き従ってきた。
 それでも分からない。理解できない。あの前任者よりも長い付き合いになったのに。
 どうして愛せるのか。どうして、自分達を赦せたのか。加州清光には、あの時のの心が分からない。
 だって、今でも加州は前任者が許せない。あの男の事を思い出すたび、心がざわつく。胸の奥から溢れる恨み言で頭が埋め尽くされて、息苦しいほどになる。

「……あいつらだったら、許せるのかな」

 あのひとに顕現された、あのひとの刀剣男士達。
 彼等であれば主同様、許せたのだろうか。

 許して。自分のように間違える事もなく、主と最初から、仲良くやっていけたのだろうか。
 過ぎった疑問に、唇を噛む。

 さくり。

 雪を踏む音が、間近から聞こえた。あまりにも軽い、重みに欠けた足音。
 誰かが近付いてくる気配は無かった。そして、本丸内外を門を使わず、神出鬼没な出入りを許されているのはただ一種、ただ一匹だ。
 荒んだ心のままに、険のある目付きで加州はそれを睨み付ける。

「何の用さ、狐」
「時間がありません。この際、貴方でいいでしょう」

 主が愛でる管狐は、会話というものをする気が無いようだった。
 けれど、腹立たしさもつかの間。「ついて来て下さい。殿に火急の知らせを届けねばなりません」と、常に冷静沈着、事務的なこの狐にしては珍しいくらい分かりやすい焦燥を滲ませた声音と発言内容は、加州が反感を棚上げするには十分なものだった。篭を放り出して、早々に背中を見せた狐の後を追う。

「で? 知らせならお前だけで足りるんじゃないの!」
「生憎、一振り同行者がいるもので。彼だけでは敵と誤認されかねない」
「それどーいう事?」
「こちら側の随伴が不可欠、という事です。殿のみならず、彼がより多くの審神者に知らせるから意味がある」

 内番服から戦装束へ。切り替えは簡単だ、そう意図するだけで良い。
 慌ただしい一人と一匹の様子に「清光か。どうした?」と声をかけてくる今日の門番――和泉守の姿に、小走りになっていたはずの足が我知らず、止まる。

「加州清光様、お早く」
「分かってるよ! ……和泉守。ちょっと俺、行ってくる」
――そうか」

 和泉守が、それ以上問う事は無かった。
 開門される扉へと滑り込むようにして走る管狐の後を追いながら、ふと、刀装を持ってきていない事に気付く。けれど、躊躇いは一瞬。常に懐に忍ばせているお守りを確認し、加州は管狐へと皮肉な調子で告げた。

「俺を勝手に動かすんだから、主への弁解には付き合ってよ?」
「……不本意ですが、請け負いましょう」




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