日々の鍛練は、刀剣男士の身であっても必要不可欠である。

 刀であっても手入れを欠けば錆びるのと同じ。人の身も、動かさなければ次第に鈍っていくものだ。
 戦う為に与えられた肉体、衰えを知らぬ刀剣男士であっても、長らく刀を振るわなければ腕は鈍り、狂いが生じる。人間から見れば少しの綻び、少しの曇りに過ぎずとも――彼等。少なくとも、前任者の時分よりこの本丸にいる男士達にしてみれば、それは許し難い疵であった。

「……遊びが過ぎんぞ、清光きよみつ

 暇さえあれば手合せをする仲である。和泉守が気付かぬ筈も無い。
 何処となく精彩を欠いた太刀筋、ふいに途切れる集中。誘いの隙と解釈しようにも、それらは和泉守をして、あまりにも目に余るものだった。弛んでいる。やる気はあるのか。そう怒鳴り付けたくなる感情を呼吸ふたつで沈め、務めて冷静に叱咤する。本人も、自覚はあるのだろう。「ごめん」と謝る加州の表情は暗い。

 何があった、とは聞かない。

 和泉守兼定いずみのかみかねさだは刀剣男士である。人の身を与えられたとしても、一振りの刀である事に変わりはない。
 長い付き合いだ。前任の頃からの仲だ。悩みがあるのだろう事も、それが何に起因するのかという事も、大体察しはついている。それでも、訪ねるつもりが和泉守には無い。必要だとは思わない。

 自分達は刀だ。
 鋭く、よく斬れる“刀”であればそれで良い。

「しばらく内番回った方がいいんじゃねえの?」
「っ必要ない!」

 見稽古を決め込んでいた同田貫からの指摘に、加州が顔色を変えて噛み付く。
 その剣幕に同田貫は肩を竦め、代わりに口を開いたのは、彼同様、見稽古に回っていた山伏だった。

「ふむ。加州殿におかれては、善き問いを得られたようだ」
「何処がいいのさ、こんなもん」

 穏やかな山伏とは対照的に、加州の表情は苦々しく、苛立ちに満ちている。
 和泉守もまた、加州と同意見だった。本分たる戦いにすら狂いを生じる煩悶の、果たして何が善いと云うのか。同田貫が山伏を横目に見やり、鼻を鳴らす。その表情から伺えるのは、呆れたような感情だけだ。彼にとっては、山伏の言葉は特段疑問でもないらしい。胸の底が、すう、と冷える。

 ふとした瞬間、思い知らされる。彼等との違いを。
 背を預けるに足る仲間だ。同じ主を戴く同胞だ。無遠慮に踏み込む事も無く、快い距離感を保つ事を心得た、良き同属たちだ。今の主である同様の寛容と、穏やかさを併せ持った。

――時折。それが、叩き折ってやりたくなるほど憎たらしい。

 そんな和泉守の思いなどそ知らぬ顔で、山伏は「カッカッカ!」と快活に笑う。

「主殿がよく仰るであう? “自分で考え、答えを出すように”と。
 成程、加州殿にとっては煩わしい問いであろう。戦に支障を来たすならば、正国の申す通り、しばし内番に回る必要もあろう。だが――それは、その問いが加州殿にとって、それだけ重要であるというだけの事。
 悩み、考えて抜いて出した答えは、その重みに相応しいだけの財となるであろうよ」
「……財、ね」

 疑わしい。そうなるとは思えない。
 口に出して反論はせずとも、加州の表情は、雄弁にそう語っていた。
 山伏の言葉に、和泉守もまた同意はできない。共感も。不快感だけが腹の底に蟠る。

 だが。

「禅問答みてぇなもんだろ。あんま真に受けんなよ」

 分かっているのかいないのか。
 あまりにも雑な同田貫の物言いに、思わず和泉守は脱力した。

正国まさくに
「知らね」

 そこはかとなく非難の籠った山伏の訴えを一言で切り捨て、同田貫はよっこらせ、と立ち上がる。
 そういえば同田貫は手合せに来たと言っていたな、と和泉守は今更ながらに思い出した。今日の内番で、手合せという名の道場優先使用権を与えられているのは山伏と清光であるが、だからといってそれ以外の者達が使用してははいけない、というルールも無い。そして道場には大抵、誰かしら暇人が詰めているものである。そういう意味では和泉守もまた、同田貫と同類であった。

「加州、交代な」
「……はあ。わかったよ、もう」

 ガシガシと頭を掻き回して、疲れた様子で加州が同田貫に場を譲る。
 そのまま「ちょっと休憩してくる」と言い残して出ていくのを横目に見送り、和泉守は同田貫と向き合った。

「さって。――生半可やってっと、怪我するぜ?」
「ハ。上等だ!」

 和泉守兼定は刀である。
 同じ過去を持ち、同じ審神者に顕現され、同じ間違いを犯そうとも、彼は自身をそのように定義付けた。
 だから和泉守兼定は、加州清光の煩悶を共有する事は無い。その苦悩が入り込む余地すら無い。自身に対して科した規律。その遵守にかけての姿勢は、かつての主であった土方歳三に依るところが大きいだろう。鬼と称される程に苛烈な厳格さで以ってして、和泉守は自身を“刀”として律している。

 だから。

――自分で考えて、か。きっついなぁ……」

 加州清光の零した弱音は、誰にも拾われる事は無い。


 ■  ■  ■


「それでは大変遅ればせながら、生きて新年を迎えられた事を祝って――

 ぐるりと見渡す顔触れは、主に年末からこちら、さんざ駆けずり回った審神者仲間達(+すずさん)である。
 司馬さん誘えないのは残念だけど、まあ誘ってたら針のむしろ確定だしな。乱闘流血沙汰確実とかやばいオブやばいよね! あと仲間内ですら調停とか正直勘弁して欲しいです。平和に行こうぜ。

「「「「――乾杯!」」」」

 複数の声が唱和し、互いにグラスをぶつけ合う。
 なんでか全会一致で音頭を取る義務が回ってきたけど、それが終われば飲んで食べて騒ぐだけの気楽な集まりである。近侍として連れてきた刀剣男士も別テーブルとはいえ隣室なので、安全面もばっちり安心パーフェクト。
 ぐびぐびとビールを呷って、「くぁー!」と一虎さんがおっさん臭い感嘆を漏らす。

「もう一杯どーうぞっ」
「ありがとよ糞ったれボス! 巡回の件まるっと押し付けてくれやがって!!」
「いやーこれも一虎さんの前職キャリアと人望あっての結果ですし? しょせん私なんて威圧感とかカリスマ絶無の若輩、腕っぷしもか弱い一般ピープルの小娘に過ぎませんし?」
「わぁ、ボスってばめちゃくちゃいい笑顔ー」
「そりゃお前、姐さん全力で押し付けにかかってたもんな……」
「うふふ。ちゃんったらできるだけ頼りなーく見えるようにって、鏡と睨めっこしてたものねぇ」
「しかもガッチガチに理詰めで一虎推しプレゼンでしょ? 本気過ぎて引いたわ」

 ははは何とでも言うが良い。勝てば安楽、負ければお仕事倍プッシュ。
 これで全力を出さずにいつ出すと言うのか。否、出さないはずが! 無い! 楽したいです!!
 そんな具合でテンション高めの若者勢をよそに、結良さんとお通しを肴に酌み交わしながら、連理さんがしみじみとした調子で呟く。

「然し、もう二月も末か。慌ただしいものだな」
「あと一週間もせずに三月突入かー。そう言えばさ、あれどうなってるんだ? 元ブラック本丸群のやつ」

 首を傾げてのえんさんの問いに、奇妙な沈黙が場を通った。
 「ふむ」と連理れんりさんが顎を撫でながら目を細め、一虎さんが凶悪な顔で「あ゛?」と唸る。
 おおっと一気に場の雰囲気が氷点下。いたいけなチワワのようにふるふる震える炎さんを見過ごせなかったようで、「ちょっと一虎、威嚇するんじゃないわよ」と眉を吊り上げた唯織さんから物言いがついた。一虎さんが盛大な舌打ちを鳴らす。あ、このお通し次郎さん好きそう。今度本丸でも作ってみよ。

「うっせえな。クソ苛つく話題出してきやがったそいつがわりィ」
「その程度許してあげなさいよ、もう!」
「いやすんません……ほんとすんません……おれ全っ然その後の話聞けてなくって、周りでもあんま話題になってねーし、どーにもこーにも気になっちゃって……」
「んー。確かに、ちょっと不思議なくらいなーんも話聞かないよねー?」

 ミケさんが、くふくふと笑いながら意味ありげに鈴さんへと視線を向けた。
 頬に手を当て、「そうねぇ」と鈴さんが苦笑いを浮かべる。

「ごめんなさいね。その件、管轄違いで私の方もどうなってるか聞かされてないの」
「審神者業界って縦割り行政の上にあっちこっちで部外秘乱発してる感じありますもんねー。もっと横の繋がり手厚くならないもんかな。あ、店員さーん! 焼き野菜一皿追加でお願いしまーす!」
「……。飲め、炎」
「えっおれ酒は苦手で」
「きゃーれっちゃんってばアルハラー☆ そゆ時はノンアルだよノンアルー」
「おいそこの! ビール二瓶追加な」
「ウーロンでいいでしょ? ほら炎、こっち飲んどきなさいよ。……で、ミケ。あんたなんか聞いてない? 噂には詳しいでしょ」
「えー? かわいそーな俺らの話は結構有名だけどねー、そっちは上手くいってるのかいってないのかわっかんないんだよねー。めちゃくちゃ順調、みたいな話も聞くしー、ものすっごい泥沼やばばな展開ーって愚痴も聞くしー、みたいな?」
「どっちなんだよソレ」
「だからわっかんないんだってー。あ、おにーさん俺レモンチューハイー!」

 ちょろちょろ近くを通りかかる店員さんへ単発注文を入れながら、焼けたお肉を引き上げていく。じゅうじゅうお肉の焼ける香ばしい匂い、箸を伝って滴る脂。よく火の通ったお肉をタレに潜らせて頬張れば、口いっぱいに広がる旨味に頬が緩む。んんんー! 色々手の込んだのもいいけど、シンプルなのもおいしー!

「ミケさぁ、どこでそういうウワサ仕入れてんだ?
 おれどっちも聞かないし、おれらの話が有名ってのも初耳なんだけど」
「フツーに城下らへんとかー、あとはネットかなー? 炎ってば本丸にネット入れてない?」
「入れてるけどしらねーよ? マジにどこで仕入れんの……おれとミケでアクセスしてるサーバ違ってねえ……? あ、そうだ姐さん! ミケの言った事、姐さん知ってましたか!」
「うちまだネット導入してないんですよね」

 縋るような炎さんに、ちょびっとだけ申し訳なさを感じながら引導を渡す。すまんな。
 情報は鮮度が命だ。うちでも一応導入は予定してるんだけども、ネットってノイズ多いんだよなぁ。
 一番欲しい戦況情報はこんさんか鈴さん経由が早くて正確だし、大量の情報の中から役に立つものだけ選別して収集していく作業自体、うんざりするほど時間と手間と気力が必要になってくる。
 それに、政府から支給されてる端末が政府各部署にしか電話できない仕様であからさまに通信規制してくれてやがるし、そのうちネットも規制入りそうな気はするんだよね。それ考えると二の足を踏む。
 まぁそれを考えないとしても、だ。正直ネット無しでもまったく不自由していない上、忙しいのもあってそこまで手が回らないというのが現状である。

「ていうか、ミケさんと炎さん以外でネット詳しい人います?」

 チューハイのグラスを置いて見回すが、誰か申し出る様子も無く。
 「顔の見えん連中の風聞風説なぞ、耳を傾けるだけ時間の無駄ですな」と連理さんが詰まらなそうに鼻を鳴らす。それとは対照的に、へにゃん、と眉をハの字にして、結良さんが「僕は導入したかったんですがね、小夜に禁止令を出されてしまいました」と肩を落とした。炎さんが不可解そうな顔をする。

「禁止令って、結良さんなんかあったんすか」
「いえいえ、仕組みがどうにも気になって、ついつい陸奥守とバラしてしまいまして……それでお釈迦に」
「わお! で、組み立て直せなかったカンジー?」
「色々いじくり回したせいでしょうかねぇ。なんとか組み直せはしたものの、ちいとも動きませんでした」

「気張っていっとう高いの買い込んだんですけどね……」としょんぼり肩を落とす結良さんに、「素人仕事で直るモンでもねえだろ」と一虎さんが突っ込んだ。バラして再購入禁止されるレベルって事は絶対やばばなお値段だったんだろうなぁ、と内心戦慄しながらチューハイを飲み干す。
 炭酸の甘さとアルコールの苦味が、舌に残った肉の脂を押し流していく。次は何チューハイにしよっかな。ミケさんと一緒でレモンもいいけど、地味に抹茶チューハイが気になるんだよな。ここらであえて変わり種に挑んでみるべきか……。

「落ち込む事ないわよ結良さん。ネットなんて、あっても無くてもそう変わらないわ」
「同意する。電脳空間は多数の虚偽と創作、一握りの真実が玉石混淆入り混じり取捨選択を困難としている。また審神者の徴集年代に依っても電脳空間への理解度に差があり、非言語化された暗黙の共通認識が利用者内でも齟齬を生じており共同体の断絶が多く発生している事は無視できない。全分野を網羅するだけでも多大な労力を必要とするが得られる情報が労力に見合うとは到底言えず、何よりこのような雑務は先生がなさる必要は皆無だ。先生、必要とあらばこの烈水が調査の上で委細漏らさずご報告申し上げる。どうぞお気になさらずとも思うままになされよ」
「ああ、うん。じゃあ、困ったら頼らせてもらおうかな……?」
「無論。いつでも気軽にご用命願う」
「すいませーん、抹茶チューハイひとつー!」

 鶯丸も納得の味! なら挑戦の価値はあると信じよう。
 いやぁそれにしても烈水さんは今日も絶好調だなぁ。なかよしっていいね(棒読み)。

「演練場でも導入したんだけど、予算がつかなくて主任の自費になったのよねぇ。……でも、本当に大したものよね。開発から普及させるまでで一年足らずだもの。色々技術的問題もあったはずなんだけれど」
「昨年頭まで制限が多かった反動もあるだろうよ。娯楽以前に、外出すら侭ならなんだからな」
「うーん。僕は二、三ヶ月で済んだ口ですが、あれは中々に堪えましたねぇ」
「? 何よそれ。外出制限なんて別になかったでしょ?」
「一年以上前の段階では、各戦場以外へは外出不可と定められていた。城下町及び演練場の解放自体、昨年一月十四日からと聞き及ぶ」
「うげ、マジかよ」
「やめよーぜその話題……思い出すとしんどい……」
「あっれ。ひょっとして炎ってば、実は長かったりする組?」
「いちねんたえた」

 どんよりげっそりしている炎さんに「あらあら」と同情気味に鈴さんが呟く。
 せめてもの慰めに焼けたお肉をそっと炎さんの取り皿に貢ぎながら、記憶に薄い去年の一月頃を思い返す。
 そういや万屋解禁、こんさんと万歳三唱してたや。あの頃ほんっと資材が悩みの種だったもんなぁ……着任して一ヶ月半くらいだったっけ? 常に頭抱えてた記憶しかない。もんだいやまづみだったからね。しかたないね。着任した時に現世は三月末だったのがこっちは十二月初頭だったのも、全っ然気付いてないまま半年近く過ごしたからなー。

「一年って、存外目まぐるしいもんですよねえ……」

 思えば遠くへ来たもんだ。
 運次第じゃ明日には墓の下にいてもおかしくない業界だしなー、なんでこんなやばみEXなとこ転職しちゃったかなー。自分のアホさ加減に涙がちょちょぎれそうである。めっちゃ歴史修正したい。つら。
 しょっぱい気分で遠い目をすれば、「わっかるー」と正反対のテンションでミケさんが同意した。視線を向ければ、にっぱーとチェシャ猫のような満面の笑顔でサムズアップしながら頷いて。

「特にボスの周りなんか、イベント目白押しでサイコーに楽しいよね!」
「だっはははは! オレも同感だなァ。ボスといると退屈しなくていいぜ!」
「私的にはぜひとも退屈を知りたいんですが……」

 けらけらげらげら楽しそうなミケさんと一虎さんをジト目で睨み、複雑な気分でぼやく。
 「無理でしょうなあ」と、連理さんがくつくつ笑いを噛み殺しながらコメントした。結良さんが曖昧に笑う。

「難しいんじゃないですかね。さん、目の前の厄介事も、厄介事に発展しそうな出来事も見過ごしておけないでしょう?」
「それはまあ。面倒だから放置してた、誰かがやるだろうと思ってスルーした、貧乏籤を引くのが分かり切ってたので知らないフリをしていた、の連鎖で大事になるのは分かり切ってますから」
「あんた面倒だ面倒だっていう割にはほんと律儀よね」
「だって誰もやりそうにないなぁって分かっちゃうし……しかも大抵目につくやつって、放置しとくと被害規模でかかったりするやばいやつなんですもん。放っとく方が難しいんですよ」

 誰かがやってるなら私も手ぇ出しませんとも。働きたくねぇでござる。
 そもそも私働き過ぎでは? 審神者になってから休日らしい休日を過ごした覚えがございませんが? 政府ちゃんがきっちりお仕事してくれてたなら働かなくて良かった案件だらけなんですが? 環境整備が生存率に直結してるんだからもっとみんな本気出してこ? 私より有能な人間なんてそれこそ山ほどいるはずなんだけどね。ふしぎだね。

「あー……歴史修正主義者いますぐ全滅してくれないものかなー……」
「元気出して、ちゃん。はい抹茶チューハイ」
「なんでそこに矛先がいったの姐さん」
「? 遡行軍いなけりゃそもそも苦労しなくていいじゃないですか。鈴さんありがとうございまーす」

 何故かやたらと神妙な顔で、「……言われてみれば」と炎さんが呟く。
 サイドメニューの枝豆をつまみながら「そうなってくれると有難いですけど、次の仕事探しは苦労しそうですよねぇ」と、そこはかとなく虚ろな目で結良さんが同意した。あーそれなー……あたま痛いよなー……。

「生き残ったらの話だろう、そんなもの。それよりは目先の課題にでも頭を使っておけ。まったく、ブラック本丸だの見習いがどうのと馬鹿馬鹿しい……」
「うーん。確かに内規の引き締めは必須だと思いますけど……こないだ調べた限りだと、審神者関連のルール整備ってがばがばゆるっゆるなんですよね。その後なんか決まった事ってあります?」

 半ば愚痴るような連理さんの言葉に苦い気分で返しながら、鈴さんに話を振ってみる。
 そもそも、きっちりした内規があるかすら疑わしいんだよね。どうなってんだ。そんなんだから城下とか演練でレア寄越せとか言い出すよく分からん倫理ド底辺揉め事発生源の当たり屋審神者がふっつーに徘徊してるんだぞ。人間ルールで収拾つけとかないと人外ルールで私刑執行になるんだぞ。切実に止めて。

「そうねえ。現在審議中、だったとは思うのだけれど……難航してるみたいではあるわね」
「今年中には決まるといいなー……」
「取り締まり、並びに引き締め直しは来年に持ち越す可能性も否定できない。当面は現行法と推測される」
「ふん。秋の一件に加えてあの年末だ。上の連中も、少しは真面目に考えるだろうよ」

 結良さんにお酌されながら、連理さんが冷笑する。
 言うほど期待はしてないんですね分かります。でもうん。秋? なんかあったっけ。
 同じ疑問を抱いたようで、唯織さんや炎さん、一虎さんも不思議そうな顔をしている。ミケさんが「秋の件ってさー、ひょっとして審神者会議であったっていう襲撃の話?」と首を傾げて問い掛けた。
 鈴さんが「そんな事もあったわねぇ」と肯定し、唯織さんが顔を歪める。

「襲撃って……。演練場の時みたいな感じだったの?」
「全員の近侍が抜刀不可の制限を受けていた為、遡行軍が出現してから反撃に転じるまでの間の防衛で負傷者・死者も出はしたが、夏に比べれば小規模だ。鎮圧及び掃討も、発生より四時間程度で完了している」
「両陣営共に手当たり次第の各個撃破、連携も統制も無い有様であったわ。軍事行動とは到底呼べん。あんなもの、出入りとでも称した方が適切だろうよ」
「出入り……ああ、ヤクザのカチコミみてぇなもんか」
「ん。それってつまり、個々の能力差で押し切って殴り勝った感じですか?」
「正解だ。報酬としてこの烈水が育てた肉を進呈する」
「わあいおにくー」

 うまうま。しっかし戦略もクソもあったもんじゃないなー。
 まぁね、うん。演練でもそういうタイプの審神者と遭遇する事はあるから、さして珍しい話でもないのは分かってるんだけど。審神者は添えるだけでも何とかなっちゃうもんね、分かります。
 これ絶対指揮官教育無し、組織教育無しの弊害だよなぁ……。

「……ふと思ったんだけどさ、姐さんが遡行軍だったらどういう襲い方したよ?」
「えー。審神者会議って事は室内戦でしょう? 純粋に戦力削るだけが目的と仮定するなら、勿論初手銃兵動員しての掃討射撃で頭数減らして、あとは複数名で小隊作らせて残党処理ですかね。連れてるのが近侍だけなら、審神者もずいぶん狩りやすかったでしょ……聞いといてドン引きとか酷くないですかね」

 炎さんもだけど、唯織さんもあからさまに私から距離取ってくの酷くない? 泣くぞ?
 思わず唇を尖らせると、「まあ、生き残ったとはいえそれだけだ。誇れる話でも無い」と連理さんが皮肉に口元を歪めながら言葉を続けた。烈水さんが淡々と補足する。

「襲撃発生は失態に相違なく、箝口令も敷かれた。以上に加え、現在この件が取沙汰されていないのは、生き残った会議出席者が連理同様の理由、ないしは心的外傷故に口を噤んだからと推測される」
「纏め役を欠いた所為だろうな。後始末も随分揉めた」
「うへぁ」

 演練場での時も、事後処理は大変だったんだよなー……。
 あのクソ泥沼具合は思い出したくもねぇです。文民統制は民主主義国家の基本方針ではあるけど、まさかあそこでお役所仕事のたらい回しを発生させるとは思いたくなかったよねっていう。無駄に手続きばっか煩雑だった。そして起きる責任の押し付け合いにハイパーとばっちりアタックの数々。とてもつらい。

 そして唯織さん以外、全員あのデスマーチ参加者である。
 どよんとした空気の中、じゅうじゅうと肉の焼ける音と隣室の男士達の楽しげな笑い声だけが響く。しょっぱすぎる嫌な思い出に重苦しい空気を払拭するように、「それならあいつらもかもねー?」と明るい調子でミケさんが話題を切り替えた。唯織さんが首を傾げる。

「あいつらって何よ」
「いま不在本丸対応してる奴らー。ほら、元ブラック対処の現状、流れてこないじゃん? お喋りしちゃダメーとか以外にもさ、喋れない状態になってるって線もありそーじゃないかなーって」
「……確かにそれはありそうですね。でもまあ、そんな気にしなくていいんじゃないです? どうせ動きようはないですし。むしろ下手に知っちゃうと、精神衛生上悪そうですもん」
「同意する。数日中に何か大規模行動の予定も推測されるが、我々は感情論にて弾かれる可能性が高い」
「でかいこと、なぁ」

 馬鹿にしたような一虎さんの台詞は、ハナから失敗するものと決めてかかっているようだった。
 そうね蔑ろにされてるもんね。個人的遺恨しかないもんね。私としては成功してくれるといいなーとほんのり期待してるんだけどそれはお口チャックしとこう。沈黙は金。

 しっかし、大規模行動かぁ。
 いっぱい審神者動員して、不在本丸に制圧戦でも仕掛けるのかな?
 完全な敵対行動ともなると、たぶん審神者の士気はめちゃくちゃ低いだろうけど。一般的には元ブラック本丸、って言われて思い浮かぶイメージは“迫害された可哀想な刀剣男士達”っぽいし。そうだね間違ってはいないね。間違っては、いないね。それがまた地獄を生むっていう。
 前任の罪が後任にシフトしていく流れ、ほんと顔覆いたくなる。まじむり。そういうの地雷です。かんべんして。べつのにんげんなの。あかのたにんのさにわなの。やめたげてよぉ!

「……ま、あれですよ。どうせ元ブラック対策はここまで解決先延ばしにされてたんですから、期日も伸ばし伸ばしで何とかするんじゃないですかね。それより三月に入ってくる新人審神者の方が心配なんですが。最低年齢四歳でしたよね?」
「ああ、そういえばお知らせにそんな事書いてあったわね。……ちょっと思ったんだけど鈴。未成年の審神者達ってさすがに保護者付き、よね? 一人で放り込んだりしないわよね?」
「つーか、本気でンな年頃のガキ放り込まねぇだろ」
「ううん、そうねぇ。私が聞いてる範囲だと――


 ■  ■  ■


 ないだろって思っていたかったんだけどね。

「ありだったかー……」

 事務的、かつ高圧的なそのお知らせに、思わず口元をへの字に曲げる。
 二月二十六日から二十八日にかけてで大規模演練するよ! 相手は不在本丸の刀剣男士だよ! この紙もらったひとはみんなちゃんと来てね! これ政府に許可もらってる正式命令だから拒否権ないよ!! 内容的にはこんな感じだ。そうだね召集令状だね。正直、どんな顔をすればいいか分からないの……。

 現実逃避気味に眺める本丸さんの庭は、本日も冬化粧麗しく、たいへん目の保養になる。
 でも心は癒されない。かなしい。シカトしたい。とても見なかった事にしたい。そっと寄り添ってくれるこんさんを半ばオートでモフりながら、深々と溜息を吐き出した。人生諦めが肝心ですね。知ってる。

「……小夜、誰か護衛役呼んで来て。出掛けるから」
「分かった。長くなりそう?」
「ん、夜までかかるかも」
「なら打刀か脇差を呼んでくるよ。それでいいかな」
「それでお願い。こんさん、結良さんに至急繋ぎ取ってもらえる?」
「承りました」

 小夜とこんさんが部屋を出ていくのを見送り、憂鬱な気分で立ち上がる。
 結良さんの事だ。こうなる可能性は低いと見積もっていたにしても、今後の展開を予想する材料くらいは手元に集めておいているだろう。なんにせよ、全体像を把握しない事には手の付けようがない。
 知らんぷりを決め込みたいけど、言われた事“だけ”するっていうのはもっと論外なのでそうもいかない。ここまでやらかし詰まれるとね……いやほんともう、考えが足りないっていうかね……政府の命令なら逆らえないだろっていうその見積もりからしてね……。うん。ばかなのしぬの? 自殺志願者なの? 嫌な予感しかしないしなんなら胸クソ悪い展開しか予想できないよね! 不安材料しかねーぞ。

「手抜きのツケ……いや、買い被りすぎたかぁ」

 人も予算もわんさとついたなら、そりゃ多少の情報不足とかその他諸々何とかしてみせると思ったんだけどね。鼻歌混じりに乗り越えてくれるさって信じていたかったんだけどね。政府のご指名なら……そのくらい有能だって……思ってたんです……期待してたの……はい夢見すぎでした。反省。

 ひらひら舞う花弁と共に、ふわりと肩に墨染めの羽織が掛けられる。
 本丸さんにお礼を言って羽織に袖を通し、刀掛けの薬研さんを差してついでにお財布端末を袂に突っ込む。急下降する気分を誤魔化すように、半ばやけくそ混じりの独り言で気合を入れ直す。

「さぁって。無駄な根回しになればいいなぁ!」

 期待はしない方がいいだろうけどね!
 とてもつらい。




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