万屋を含む政府公認商業施設群、通称“城下町”。
 その一角、上級に分類される料理屋の襖を全て取り払った大宴会場にて、とある決起集会が開催されていた。

「諸君、今日この場に集った審神者諸君! 今日、我々がこの場に参じた理由は何か。既に委細承知の上で、集まった者ばかりだろうとは思う。だが、あえて今一度、言おう。宣言しよう! 我々の集った理由はただ一つ! 理不尽の。不正義の是正であるのだと!!」

 堂々と、朗々と。

 張りのある声で、原稿を持たずして弁舌を振るうのは審神者の一人だ。
 長身痩躯、端正な物腰には気品があり、立っているだけでも衆目を惹き付けるだけのカリスマをそなえている。

「この相模に存在する、多くの元ブラック本丸の存在を我々は知っている。聞き及んでいる! 何故そのようなものが存在するのか? それは薄汚い犯罪者共が在った為だ。正しい行いを知らない外道共が、嘆かわしくも審神者を名乗っていたが故にだ!」

 そうだ、そうだと何処からともなく相槌が飛ぶ。
 熱の籠った演説同様、この場に集まった聴衆の空気もまた、同じだけの熱量を孕んでいる。否、同じとも言えない。まるで演説に呼応するように熱狂の度合いが増していくのを、彼は肌で感じていた。

「今日まで、虐げられた哀れな被害者達は捨て置かれてきた。我らに協力しようと顕現してくれた、優しい付喪神達は何の庇護も保証も受ける事無く、無為に放置されてきた! 我等の良き友、良き部下、良き隣人、忠実なりし刀剣男士達が、だ! なんと悲しむべき事だろう!」

 大仰な身振り手振りは客観視すれば滑稽な道化芝居でしかなかろうとも、熱狂に犯された人間にとってはそれなりに共感をもたらす仕草であったらしい。そうだ、許せない。なんて酷い! 助けてあげなきゃ! そんな言葉がそこかしこから聞こえてきそうだ。実際、聴衆となっている審神者達の顔に書いてあるのもそのような考えばかりである。勿論その義憤、その感情は正しく善良だ。間違ってもいない。むしろまっとうな感性、人間の善性の証明と呼べるだろう。その感情自体は。――虫唾が走る程に。

「政府もまた、彼等の現状に心を痛めてきた。そして結論したのだ。審神者の献身こそが彼等を癒し、彼等を救うのだと! そして我々ならば、彼等に挺身し、真の審神者と刀剣男士の在り方を指し示せる、と!」

 両手を高く掲げ、誇らしげに男が叫ぶ。

「そう、君達は政府に選ばれた! 他の誰でもなく我々が! 我々こそが、成し遂げるのだ!!」

 自己陶酔の色が濃い演説に、彼が付き合っていられたのはそこまでだった。
 吐き気がする。気持ちが悪い。色も見ずに呑み込んだ感情が腹の中でぐずぐずと毒を撒き散らしている。なんでもない顔をしてそれと折り合いをつけていける程に彼は器用では無かったし、かといって素直に吐き出さない程度には、理性と忍耐を持ち合わせてしまっていた。
 言葉にせずとも内心そのままに荒い足取りで、演説の場を飛び出す。近侍をそのまま連れ添わせる気にはなれなかった。そもそも、彼は部下に弱い部分を見せてやる趣味を持ち合わせていない。相手が顕現して一ヶ月にも満たない新入りなら尚更だった。ほとんど突き放すように廊下で待機を命じ、大宴会場とは打って変わって人の気配の無い手洗い場へと突っ込む。

 耐えなければいけない。帰ってはいけない。なんでもないような顔をして、あの場に馴染まなければいけない。賛同は出来なくとも、せめて浮き上がってしまってはいけない。ただでさえ前歴の所為で弾かれがちなのだ、耐えて、馴染んで、役に立つのだと証明して、評価されるように努めて――


「司馬。頭から水を被るには時季尚早と考えるが」


 平坦な。温度と言うものに欠けた声音に指摘され、司馬は弾かれたように振り向いた。
 手洗い場の入り口。立っていたのは、白衣に袴という装いの男だ。和装の多い審神者業界においては珍しくもなく、特に今日の演説会においては大多数が似たような恰好をしている。目元を覆い隠した顔布もまた同様だ、審神者業界ではそこまで珍しいものでもない。意図的に個性というものを殺し切った、埋没する為の装い。
 声をかけられなければ、司馬も相手が誰だか気付けなかっただろう。普段の男を知っている身としては、どうにも今の姿はコスプレか何かのような違和感の方が先に立つ。

「烈水。……あんた、なんでいる」
「情報収集だ」

 むしろ、それ以外にいったい何の用があると思ったのか。
 言外の問いを含ませた烈水の回答に、司馬は顔を歪めて舌打ちを零した。自分でも、馬鹿な問いをした自覚はあった。彼等が不在本丸の、行方不明の審神者達の安否を気にするのは当然の事だ。その後の対応や現状がどうなっているか、情報が制限されていれば探りのひとつも入れたくなるというものである。黙って命令に従っているような連中でもない。バレなければいいんですよ、とのたまう結良の顔が目に浮かぶようだ。

「……。なんか用があって声掛けに来たんじゃないのかよ」

 気まずい気分で問い直す。
 司馬は喋らない。喋れない。それは、彼等とて分かっているはずだ。察せているはずだ。

 汝、何を以てしてエリート足るや。

 公務員でエリートと言えば公務員一種、即ちキャリアと呼ばれる幹部候補生が思い浮かぶ。しかし大変残念ながら審神者業界において、知的エリートの証明たるその称号はエリートの条件とは成り得ない。そもそも審神者は特殊技能職。才無き人間はどれだけ優秀だろうと審神者たりえず、裏を返せばどれだけ間抜けで愚鈍な人間だろうとも、政府はその才を以てして審神者と認定する。

 知性の問題ではない。運動能力の問題ではない。任務遂行能力の問題でもない。人間性の問題ですら無い。
 そもそも、審神者業界に出世というものは存在しない。政府は審神者の上に審神者を定めず。審神者に古参新参の区分はあっても、上下の区分は存在しないのだ。今のところは、だが。

 では、何を以てして審神者のエリートと定義するか?
 答えは単純。血統だ。

 眠っている物の想い、心を目覚めさせ、自ら戦う力を与え、振るわせる者。
 それが政府の定めた審神者の定義だ。心を励起する技を持つ者。刀を束ねる人間の総称。
 だが、その技術を持つ者は。その才を真に具えた者は、あまりにも希少だった。
 倒すべき歴史修正主義者――時間遡行軍は、八億四千万にも及ぶ無尽蔵の兵力を有しているとされる。ほんの一握りの審神者で賄い切れるはずもない。もっと多くの審神者を。もっと多くの護りを! そう願うのは当然の事であり、個人の才とされた技術を別のナニカで補おうと試みるのもまた、至極当然の帰結であった。

 試行錯誤の結実。システム“刀剣”が正式に稼働を始め、ようやく一年が経つ。
 そこに至るまでに多くの労苦があった。そのシステムを、術式を組み上げる為に多大な資金と試行錯誤、時には非人道的手段をも必要とした。システムが未だ整わぬ段階であろうと、敵は攻勢の手を緩めてはくれない。時間を稼ぐためだけに、屍山血河を築かねばならなかった。体制を確立させるにも、とにかく人手を必要とした。初期の刀剣システムは不安定であった分、個々人に審神者としての適性の高さが求められた。その出発点、黎明期を埋めたのが血統正しき家系に産まれた者達であった。

 肉体的資質が、血統によって遺伝していくのと同様。
 霊的資質もまた、血統によってある程度は継承・保持されるモノ。

 傑出した才能、修行に依って磨き抜かれた個には見劣りしようとも、使える事には変わりない。
 かくして審神者の才有りとして、あらゆる神社仏閣関係者、坊主、宮司、巫女に拝み屋、果ては占い師に至るまでが、次々と徴集されていったのだ。途切れがちで貧弱な後方支援、一部隊も顕現できれば上等であった男士達、ろくに集まらない資材、途切れなく攻め寄せる敵、娯楽と言う概念の存在しない閉鎖環境……。
 覚悟の有無に関わらず、黎明期は陰惨を極めた。積み上げられた犠牲の数を思えば成程、血統だけとは誰も口にはすまい。彼等は間違いなく、国家より選び抜かれた選良。敬意を払って然るべき“エリート”である。

 司馬もまた、選りすぐられた血統を持つ“エリート”だった。古き血には同じだけの責務と期待、重責が伴う。それを不満に思った事は無い。辛くない、と言えば嘘になるが――それでも、それは彼にとって既に馴染んだ重石であった。自身が選良足る事実を証明する。家名に恥じぬ実力の持ち主である事を証明する。審神者であった兄同様に。兄以上に。それこそが、司馬が“審神者”として在る理由だった。

「伝言を承ってきた」

 誰からの伝言か、など。聞くまでも無かった。
 メッセンジャーが烈水である時点で結良か、以外では有り得ない。

「“怪我せず戻っておいでね”……との事だ」
――……は、」

 間の抜けた声が口から零れる。
 虚をつかれた顔をする司馬にさして頓着する様子も見せず、烈水は「返答は不要。先に戻るが、お前も大概にしておく事を推奨する」と言い残して去っていった。ぐるぐると、頭の中を聞いたばかりの伝言が回る。“怪我せず。”そうだ、不在本丸は危険だ。自称エリート連中はほとんど理解してもいないようだが。それも仕方の無い事だろう、彼等はシステム成立後、ここ一年で審神者になった者ばかりなのである。血筋はともかく、その経歴は一般出と大差ない。審神者ですがと尋ねていけば、刀剣男士はたちまち感涙しながら諸手を上げて喜び彼等を出迎える。生憎そんなお花畑思考がまかり通るほど、あれらは甘くも優しくもない。知っている。行く先が地獄である事など。そしてそれを理解している司馬の方が、あの場では絶対的少数派である事も。
 “戻っておいで。”……戻って。もど、って?

――――っ!!」

 戻れるならそうしている。

 戻れるものなら、そうしている!

 裏切りたくなんてなかった、裏切るような真似をしたくなかった、どうしてこんな事をしなければならない、なんでなんでなんで! 優しい、責める意図などひとかけらも含まれない伝言が胃の腑を締め上げる。頭がぐらぐらと揺れるようだった。戻っておいで。その言葉を素直に受け入れられるほど、彼の自尊心も、責任感も低くはない。裏切り者にはなれても、卑怯者にはなれない。早々にてのひらを返す様な真似ができるなら、そもそも裏切ってなんていない。そんな恥知らずな真似をするくらいなら、腹を切った方が遥かにマシだ。
 胸を掻き毟りたくなる激情は吐き出す事すらできず、司馬は頭を抱えて蹲る。
 耐えるしかない。ひとりでも、たたかいぬくしかない。

 誰よりも司馬が、それを一番よく知っていた。


 ■  ■  ■


 病気になったらどうしますか? 医者に行くよね。
 重篤な疾患とかだったらどうしますか? まぁ入院だよね。

 じゃあ審神者が怪我とか病気で行動不能になった場合はどうなるかって?

 本 丸 療 養 だ よ ド 畜 生 !!!

 いーつのーことーだかーおもいだしてごーらんー。はい本丸引き継ぎで死にかけましたですよ。入院なんてサービスは実装されてませんでしたのでこんさんナビで城下町の政府指定医師のとこまでかつがれていきましたよ。通院だよ。おしごとのめんじょはなかったよ。医療制度は死んだのだ。やめて。
 確かに本丸なら、世話を焼きたがる人材……刀材? には事欠かない。審神者のおしごとを男士にほぼ丸投げ、ってのもできなくはない。ただしそれはあくまでまっとうに運営されている本丸に限る話である。
 はいここ大事ですテストは無いけど覚えておこうね! それと医者も看護師もみっちりお勉強と実践を積んで試験をクリアしたプロフェッショナルだっていうのも覚えておこうね! 刀剣男士は世話役務まっても看護師代わりにはなりません。インプット無しで人斬り刀を白衣の天使にジョブチェンジできると思うなよ。医者の代理も任せるなよ命が大事なら絶対にだぞ。

 短い調査期間の中、なんとか発見・救出に至った審神者はわずか4人。
 そして、全員が日常生活すら覚束無い有様だった。
 ……命があった事は、果たして彼等にとって救いだっただろうか。

 そんな苦い疑問はともあれ、彼等に長期の休息と治療が必要なのは、誰の目にも明らかな事だ。
 普通なら長期入院、容態が安定したら自宅療養に切り替え、というのがお定まりになってくるのだろう。ではここで審神者の医療制度事情を思い出してみましょう。入院できないね! そして彼等には本丸もなく、かといって現世に帰る事すら許されなかった。新品の本丸で一からスタートなんて話も出てはいるけど、刀剣男士にえっぐいトラウマ植え付けられてて半分以上狂気の世界ご在中の彼等にそれは無茶振りでしかない。
 深刻な審神者医療制度の未整備とゆるがばなあなあの場当たり発想で回してきたツケ、きちゃない大人の事情に泣きたくなる現実がごたまぜフュージョンした結果、彼等は城下町の片隅、政府公認遊興街――相模遊郭で一時預かりされる事と相成った訳である。そうだね、現状宿泊施設あるのそこしかないもんね。おそらきれえ。

「おやおやまぁ、もうお帰りで御座いますか」

 昼最中という事もあり、ここの妓楼の住人達はほとんどが夢の中だ。
 起きて動き回っているのは審神者達の為の医療関係者や、雑務を担っているスタッフ。そして今声を掛けてきたような、偶然起きてきた人……人外? くらいである。内所から顔を出した、おうなの面を付けた年齢不詳の女性にぺこりと軽く頭を下げる。

「はい。真昼間にお邪魔しました」
「ほ、ほ、ほ。御仕事柄で御座いましょうや。わたくしどもは構いやしませぬよ。
 時にそちらのお花、如何なさいましたので? 見舞いの品だと思うておりましたのに」
「あー……それが、どうにも不適切なものだったみたいで」

 救出したうちの一人が面会謝絶の絶対安静を脱したという事で、せめてもの心配りで持って行った花束がまさかのトラウマスイッチだとは思わなんだ。見るなり狂乱して泣き喚きながら過呼吸起こして絶対安静逆戻り。大変申し訳ない事をしたとかそういうレベルじゃないわこれ。罪悪感はんぱない。

「まあまあ。では是非そのお花、わたくしに下さいませぬか」
「使い回しみたいな形で申し訳ないですけど……それでお気になさらないんでしたら」
「ほ、ほ、ほ。べつだん構いませぬよ。精気に溢れたお花、有り難うございます」
「……喜んでもらえたんでしたら、こちらとしても嬉しいです」

 なんとなーく言い回しに引っ掛かるところは無きにしもあらずだけどね! まあ気配り礼節は大事ですねふかくかんがえてはいけない。遊郭でエンカウントする御仁達とか、ほんとよく分からん度合いが高すぎてだな。
 花束を渡して顔を上げれば、視界の端を誰かの影が横切っていく。
 白い手に袖を引かれてするすると廊下の奥に消えていったのは、後姿からしてどうも審神者のように見えた。あれ、見舞い……にしては近侍連れてないっぽかったけど、客? でも時間的にまだ早いよなあ。

「そう云えば。様、偶には夜にいらして下さいませね。
 是非とも座敷を共にしてみたいものと、むすめらが騒いで敵いませぬので」
「……生憎だけど、うちの主は忙しいの。お前らと遊んでる暇は無いよ」
「ほ、ほ。付喪の悋気強きこと」

 ぶっきらぼうな加州かしゅうさんの物言いに、媼面の女性はころころと笑いながら「怖や、怖や」と嘯く。
 お座敷かー。昼間に見舞いで来るばっかりだし、一度は夜の雰囲気も見てみたくはあるなあ。全年齢な遊びもあるし、女性でもOKって聞くしね! それはそうとただの営業トークにそうつんけんせんでもよいのでは。あと問答無用で腕掴んであるじ引き摺っていくのもちょっとどうかと思うの。
 急かされるままに早足で歩きながら、媼面の女性に「失礼しましたー」とご挨拶して暖簾をくぐる。

 往来は静かで、けれど薄暗い妓楼内とは打って変わって明るく爽やかだ。
 加州さんは、なおも歩を緩める様子が無い。わあいコンパスの差が浮き彫りになるね! むなしい。

「加州さん」
「……」
「加州さーん?」
「……」
「もうちょっとゆっくり歩いてもらえると嬉しいんですけどー」
「……」

 あ、聞ける程度には冷静でしたかOK理解。
 でもお顔は険しいまんまですね。おこなの? 言葉にしよ? 口にされない主張読み取れるほど読解力高くないですリアルの行間を読めとでも。あとね、うん。もういっこお願いしたいんですが。

「手の方も力緩めてもらえますか? 結構痛、っと」

 弾かれたみたいな勢いで、加州さんが手を離した。
 ごめん、と謝罪する声は呟くように小さく、何故かひどく重苦しい。うん?
 腕をさすっていた手を止め、改めて加州さんの顔をまじまじと見上げてみれば、こちらを伺い見るような加州さんの視線とかち合った。おっと思った以上にガチ凹みしていらっしゃる。……うーん?
 少し考えて、そっと手を差し出してみた。

「手、繋いで帰ります?」
「……何言ってんの。それじゃ、護衛でついてきてる意味ないじゃん」
「ん、いい子。それが分かってるならいいです」

 そこらへんの判断力まで鈍ってるなら、当分内番オンリーの出陣禁止令出すとこだよ。
 悩みとか考え事あるとなー。その他への集中力とか思考力欠くからなー。休めるなら休むのが大事だよね!
 「なにそれ」と憮然とする加州さんに、「なんでしょうねー?」とへらりと笑ってみせる。うんうん、調子が戻ってきたようで何より。

 本丸への帰り道。
 ぽつり、ぽつりと加州さんと会話をしながら歩いていく。

「ねえ、主。あのヒト達さ、元気になる……よね」
「そうですねえ。ゆっくり療養できれば、多分」

「審神者、続けられると思う?」
「さあ。現状考えれば、続けさせられそうではありますけど」

「……俺達のこと、愛せるかな」
「んー。そればっかりは、本人達次第でしょうね」

 質問ラインナップが絶妙にエグい件について。
 ……今後見舞い時の護衛、加州さんもだけど前任顕現組は止めた方がいいかも知れない。
 見舞い相手が相手だけに、加州さんには廊下で待ってもらっていた。それでも漏れ聞こえただろう声は、過去の傷を思い出させるものだったようだ。配慮の足りない自分に、胸の辺りがずんと重くなる。この見舞い、けっこう審神者業のダークサイド感あるからな……。いや感じってレベルじゃなくガチもんのダークサイドか。ほんと元ブラック本丸って不幸しか量産しないね。そういえば現行法ではブラック本丸取り締まれないんだよね心底クソ。自浄システムが刀剣男士謀反かーらーのーDEATH一択なのやめよ? 選択肢設けて?

「主は、俺達のこと……」

 言いかけて、加州さんはそれを口に出して良いのか迷ったようだった。
 躊躇うように問いを呑み込み、ふ、と哀しそうに、自嘲するように笑って息をつく。

「……俺、川の下の子だし。わりと他の連中よりか色々詳しいから。
 だから、さ。……主は細かい事なんて気にせず、もっといっぱい使ってよね?」
――

 まるで。まるで無力な人の子のようだ、と。ふと、そんな感想が頭を過ぎった。
 他愛ない感想についてきたのは、憐みと、申し訳なさと、罪悪感。洗いたてのシーツを泥水に放り込んでしまったような、尊いものを俗悪なものに堕としてしまったような。そんな、ひどく胸が痛くなるくせに、仄暗い愉悦を伴った、うそ寒い情愛。嗜虐感と入り混じった、吐き気のするような愛おしさ。

 担い手を求めるのは刀の性、か。

 度し難い事だ。
 どうしようもなく、虚しい話だ。

「……ありがとうございますね、加州さん」

 うまく笑えている自信は無かった。
 それでも加州さんは表情を柔らかくしていたから、たぶん成功はしていたんだろう。
 そうであって欲しいと思うし、そうでなければいけなかった。私が、審神者である以上は。

 ――本当に。誰も彼も、救えない。




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