最近一番気楽なのが演練タイムになってきましたです。
いやだって手入れ要らないし刀装補充の必要も無いし戦術色々試せるし気心知れた審神者だとこっちの思い付き戦闘にも付きあってくれるし難易度くっそイージーでは? むしろボーナスタイムでは?
相手方も刀剣男士だからね、本陣の審神者の首ガチで狩りには来ないからね。失敗しても特に命が消える事が無いとか大変喜ばしいですね! 遠戦はたまーに巻き込み事故しそうではあるけど、そこだけ気にしてれば何とかなるし。演練のえげつなさにドン引きしつつトイレと仲良ししてた頃が遠い昔の出来事のようだ。
「んー。やっぱ防衛・遅延にはいいけど、斬り合いメインになってくると邪魔だなあれ……」
荒野に展開される戦線。眼前の光景に、片手を庇代わりにしながら戦況の推移に目を眇める。
審神者の視界。特に、演練においてのソレは奇妙なものだ。相手方の練度を。兵が展開されれば刀装の種類を。質を。数を。戦に関わる諸要素を、まるでゲームのようにご丁寧に開示してくれるのだ。戦場でもある程度は“視”れるものだが、何にせよ、予想や分析をするまでもなく、各ユニットの戦力を天気の把握でもするかのように意識を向けるだけで理解できる、というのは中々にうすら寒いものだ。
演練場の本陣、補助輪的に何か仕込まれてるんじゃないかなーとは思っている。まぁね。演練でこの視界に馴染んじゃえば、戦場での戦闘も同じ要領で敵部隊把握して思考のリソース別部分に割けるからね。だが大抵の審神者は本陣までわざわざ来て指揮取ったりはしないのであった。慣れといて損は無いんだけどなぁ。
それはともかく演練である。
ぐちゃり、どさり。刀装兵が落馬する。首が弾けて転がり落ちる。
こちらは今回騎兵メイン。対する相手側は重歩兵をメインとした編成だ。戦端が交わるその先で、馬が落ち転がった肉片を踏み潰して踏み拉き、敗者を物言わぬオブジェへと変える。
部隊の構成人数が少ないだけに、その趨勢が決するのも早い。それが刀剣男士の“戦”だ。
通常の戦争と違い、審神者の戦いにおいて一度に動員できる兵数は一部隊が基本単位となってくる。
仮に全員を打刀と仮定し、軽騎兵を配備したとする。部隊の総数は刀剣男士含めても七十八。そうだね中隊規模ですね。当然ながら大人数を動員する戦争とは、やり方も違ってくる訳で。
刀剣男士任せにしておいた方が良い部分と、審神者が指揮した方が良い部分。取捨選択の困難さもまた、審神者の戦術・戦略教育が碌々されない理由の一端を担っているのではないかと睨んでいる。
刀剣男士と遡行軍の戦いにおいて、下手に人間同士での戦争観や物差しはあってもさして意味を成さないと上は考えているのかも知れない。逼迫した戦況、審神者の才ある人間しか兵力として運用できない状況下、現代の戦争に比すれば逆行と乖離を感じる戦場に、殺し合いに特化した人ならざるモノ達。
ズブの素人が防衛線足り得てしかも知識不足や経験不足が死に直結しないとなれば、そりゃまあ現場で経験積ませながら即戦力に、の自転車操業クソブラック発想にもなろうというもんである。そして最低限のセーフティラインがそのまま通常運行で定着してアップデートも改善もされないとかもマジでよくある話ですね。そこまで無能じゃないと信じたいところ!
「あっはっはァ! 振り回しときゃ当たぁーる!」
「うわぁ」
特別オプションの馬防柵を、次郎さんが力任せに叩き斬る。なんという力技。
相手方の山伏国広が、凶器の速度で盛大に飛散する木片を叩き落として回避しながら距離を取る。真っ当な反応だ。けれど、現状でそれは悪手だった。無理矢理抉じ開けられた突破口から、次郎さん率いる重騎兵が雪崩れ込む。速度は遅くとも固いし重い。真っ向から鍔競り合いをするのは面倒な手合である。
山伏国広が率いているのは重歩兵。例え磨り潰されるだけであったとしても開けられた間合いに滑り込み、盾代わりになる程度はこなしてみせる。時間にしてせいぜい数分。
流れの早い戦場では、稼がれるその数分が値千金の価値ともなるのだが――。
でも、残念。時間切れだ。
「勝負あり!!」
無機質なアナウンスが、試合の終了を告げる。
勝利判定はC。戦線は押し込んでいたらどっちにしろ判定勝ちは得られたかも知れないが、なんにせよ快勝とはほど遠い。しかし、次郎さんの最後の追い込み含みでもこれかあ。……意見交流は捗りそうだなーっと。
■ ■ ■
対戦相手の一虎さんが、しみじみした口調で唸る。
「まさか馬防柵叩っ斬るたあなぁ……」
「刀剣男士ならできなくはなさそう、とは思ってましたけどねー……」
予想はしてても、実際に目にしてみると中々に衝撃的だった。
なにせ私の腕よりぶっとい木で組まれた柵なのである。普通に斧とかでも何回かブチ込まないといけなさそうなやつだった。それが一撃。筋力もやばいけど大太刀でそれをやっちゃう神経もやばい。
「いやぁ悪いね、なーんか楽しくなってきちゃってさ!」
「それでセルフ軽傷負うの勘弁して欲しいんですが」
「軽傷で済むってのも大概だな」
複雑な顔をする私と一虎さんとは対照的に、あっけらかんとした次郎さんは悪びれない。
いや、まあいいけどさ。色々検証がしたいから演練で試してる訳だし。何処までやれるか把握しておきたいのだから、逆に手を抜かれる方が困る。刀剣男士ができる事は大抵敵方もできるものだ。
大丈夫だと思って馬防柵使ったら柵と一緒にざっくり斬られてご臨終、とかは御免こうむる。
「しっかし、大太刀相手じゃちょいとばかりの足止めでしかねえとはな。
短刀相手も、足止めにはならないんだったか?」
「そうなんですよ。元々機動が早いから、馬捨ててもさして痛手には成り得なくって。柵も、あの程度は一足飛びで乗り越えていっちゃえるんですよね。まあ流石に刀装兵は置き去りになるんですけど。
布陣と編成次第では防衛策が自分の足を引っ張るって事、嫌ってほど叩き込まれましたよ」
遠戦でボコられて立て直してる間も無く短刀達が首狩りに来ちゃってる恐怖、プライスレス。
いやー最近稀なレベルで一方的に蹂躙され尽くしたよね! ちょっとは粘れると思ったんだけどなあ。
「そもそも騎兵の足止めが馬防柵の意義だろ。どういう編成でやったんだそれ」
「攻守逆の歩兵刀装にしただけで、面子は今回と一緒ですよ。ただし相手方は短打編成の連理さん指揮」
「えげつねぇしそれやる意味あったか?
馬防柵使うなら打刀で統一か、重量系の刀剣同士で編成組んで試行した方が実りは多いだろ」
「うーん。それはそうなんですけど、刀種毎の動きは一通り見ておきたいじゃないですか」
「ま、そりゃそうだが。岩融、お前動きが鈍かったな。どう感じた?」
「うむ、大層邪魔くさいな、あれは! 俺も叩っ斬ってしまえば良かったわ!」
ガッハッハッハ! と呵々大笑する、一虎さんちの岩融さん。
えー……薙刀もいけるのか……いけるかぁ? うちにいないから良く分からん。でも刃の厚みとか一撃の重み考えると、ちょっときついんじゃないかと思うんだけど。どうだろ。
一虎さんも同じ事を思ったらしい。難しい顔をしている。否定しきれないのは、“岩融”の由来があるからか。岩でも貫くほどよく斬れる薙刀なら、確かに馬防柵くらいはいける気がしなくもない。しかも普通の薙刀ではなく、逸話が形を成した“刀剣男士”だ。考えれば考えるほどいけそうな気がしてくる不思議。
「なあボス。次郎太刀のやったアレ、いけると思うか」
「やってみない事には何とも。ただ、うちの本丸薙刀いないんですよね。検証お願いできます?」
「いいぜ、ただし次はオレが攻める側な。守るのはどうにも性に合わねぇ」
「あ、それなら次回は遠戦有りでいきましょうか」
「いいねぇ、攻め難くなりそうじゃねぇか! 岩融もそれでいいな?」
「無論よ! なんならあの邪魔くさい柵ごと、敵を叩っ斬ってくれるわ!」
「ふむ……なあ主や、見事斬った暁には、一虎殿の岩融は馬防融とでも呼んだ方が良いものかな」
「ブハッ」
「あっはっはっは! じゃあアタシも今日から馬防切太刀だねえ!」
「こらそこ追撃を入れるんじゃない」
三日月さんのボケに乗っかった次郎さんの発言に、更なる笑いの発作で腹を抱える一虎さん。
ツボったらしく、他にも何人かが肩を震わせて笑っている。「馬防切太刀。うーん、あまり語感は良くないねぇ」とほやーんとした顔で首を捻る一虎さんちの髭切さんに、ぼそりと「馬防切次郎」と顔だけ神妙に取り繕った日本号さんが呟いた。だからやめーや。
「……何してるんだ、あんたら」
呆れたような、ひどく疲れたような声が会話に割って入った。ぴたりと笑い声が止まる。
声を掛けてきたのは、少年とも青年ともつかない微妙な年頃の審神者だった。
凛々しい顔立ちに涼やかな目元。詰襟の学生服の上から暗色の羽織を引っ掛けた立ち姿。刀剣男士に混ざっていてもさして違和感のない綺麗な顔立ちは、同性異性問わず、悪意と好意を同じ程度には盛大に買いそうだった。色濃い疲労の影がそのまま色気に変換されてる辺り、変質者引っ掛けやしないかと他人事ながら心配になる。
「演練の反省会ですよ、司馬さん。
最近顔合わせてませんでしたね、お久しぶりです。ちゃんと休んでます?」
「よぉ司馬、久々だな。しっかり三食メシ食って寝てっか? 目の下の隈やべぇぞ」
「別に……。心配されるまでもない」
そっけない物言いながらも何やら酷く気まずい様子で、司馬さんが口ごもる。
言い出し辛そうに視線を床に落とす様子に、思わず眉を顰めた。これは悪いお知らせの予感。
無言で司馬さんを見ていると、やがて腹が決まったらしい。決然とした表情で顔を上げた。
「……――もう通知が行っているかも知れないが、不在本丸対策の為に正式にチームがつくられる事になった。
それに伴って、あんた達に今まで許可されていた立ち入り許可が取り消される事になっている」
……………………。
そっと横目に一虎さんを見やる。
予想通りに般若がいた。やだこわい。
「知ってました?」
「初耳だなァ」
でっすよねー。まぁキレそうな時点で察しはついた。しかし、て事は後で通知来るよなこれ。
それにしても不在本丸対策、ねぇ。ようやく何とかする気になったのはいいとしても、政府がそうくるとは思わなんだ。不覚。あれーひょっとしてこれ、私が上層部に不興買ってるらしいからっていうのあったりしますかね。そういう現場にしわ寄せしまくる方針止めよ?
「成程。つまり私達は用済み、ただし司馬さん除くって訳ですか」
「…………そういう事だ」
「ハ。要はお偉い連中に尻尾振る事にしまちたーって宣言しにきたのか。――いい度胸してんなあ餓鬼ィ……!」
大声で怒鳴り散らしはしない。それでも歯を剥き出しに嗤う一虎さんは、地獄の悪鬼みたいな凶悪さだった。
刀剣男士にも劣らぬ、苛烈な怒気が肌を焼く。隣で立っているだけでも雰囲気の急速悪化にげんなりしてくるのだから、それを真っ向から受け止める司馬さんはさぞ居心地悪い事だろう。
視界の端、小首を傾げて拳をグーにしてみせる次郎さんを片手で制し、心の中で溜息をついた。
ラブアンドピース。暴力反対。でもこの場を収めるのは私なんだよふしぎだね。ひとはなぜあらそうのか……。
「まあまあ、あんまり苛めないで上げてくださいよ一虎さん。
司馬さんにだって立場ってものがあるでしょう。長いものには巻かれろって言いますしね」
「っあんたはなんでそう呑気してんだ!?
この餓鬼、オレ等がどれだけ苦労してたか分かっていながら――!!」
「一虎さん」
「……チッ!」
うんうん。一虎さんの存外物わかりの良いとこ、とても素晴らしいと思っております。
まぁ、腹が立つのも分からなくはないのだ。私達が行方不明の審神者達捜索の為、不在本丸に手を付け始めてから既に一ヶ月が経っている。その間、不在本丸の問題は嫌と言う程触れてきた。勿論、今まで政府が不在本丸に有効策を講じられていなかったのも把握済みだ。本腰入れて動き始めた事自体は、手放しで歓迎できる。
問題は、私達の扱いだ。
不在本丸と、その刀剣男士達。確かに私達は行方不明の審神者捜索をメインとしていたけど、捜索する上で、どうしたって関わる事になる。放置してはおけるはずもなかった。
だから権限の許す範囲で、反応の鈍い政府をつつき倒しながら立ち回ってきたのである。
で、ここまでさんざ頑張ってようやく返ってきたのが「きみらもう要らないから」という戦力外通知。
しかもこっち側だと思ってた司馬さんの引き抜きオプション付きだ。いつの段階で引き抜かれたかは知らないけど、こっちでコツコツ作ってた各不在本丸のデータも向こうにある程度は渡っていると見ていいだろう。一虎さんでなくとも、裏切られた気持ちになろうというもんである。だから最近あんま遭遇しなかったんだろうなぁ。
更に言うならある日突然の「今日からもう関わっちゃ駄目です」宣言とか、まぁ色々やってたアレソレ引き継ぐ間もないし引き継ぐ積もりすら無さそうですね。これ誰も幸せになれないやつでは?
「司馬さん。確認しておきたいんですが、こちらからの協力は一切無用、という事で良いんですね?」
「……そういう話になってる」
「そうですか。行方不明になっている審神者の捜索も、そちらが?」
「ああ」
「不在本丸は全部、分け隔てなく対処を?」
「全部だ、と聞いてる」
「それはまた。期間も定められてたりしますか、ひょっとして」
「…………二月二十八日までに、だ」
地獄かな?
「そうですか。ありがとうございます、司馬さん。
ただ、配慮してくれるのは嬉しいですけど、近侍と別行動は取らない事をお勧めしますよ」
「……分かってる」
色々言いたい事はあるのだろう。けれど、司馬さんはそれを口にはしなかった。
何とも形容しがたい表情で、ぎゅっと唇を真一文字に引き結んで踵を返す。奇妙に静まり返っていた場に、喧騒が戻って来る。何気に遠巻きにされていた事実がちょっぴり悲しい。注目の的じゃないですかやだー!
「いいのかよ、ボス」
一虎さんが唸るようにして問う。
うーむ、あのえぐい条件横で聞いてても腹の虫が収まり付かないかぁ。
「んー。爆弾処理って、一度破裂させちゃった方が圧倒的に楽ですよね」
本音としてはあのくそやば本丸地雷原はぜひ完全撤去しておいて頂きたいのだが、一虎さんの心情を考えてお口にチャック。個人的には事後処理まで担って欲しいけど、言った奴をICUに直行させたくなるあの条件考えると普通に駄目そう。それに、だ。どういうメンバーで不在本丸の対処を担うかは知らないが、わりと気の短い方な司馬さんが近侍を足止めに回してまで会わそうとしなかったという事実。
能力はどうあれ、いろんな意味で面倒くさい人達なんだろうなぁと察しがついてしまうよね! 強く生きて。
当然、心配は山ほどある。
ほとんど判明していない、行方不明になっている審神者達の安否は、とか。お手紙で交渉してた本丸どうなるんだろ、とか。わりと友好的だったとこの男士大丈夫かな、とか。下手に踏み込むとガチで首輪つけて飼い殺されかねないとこあったよなぁ、とか。そもそも何人審神者動員してるんだろ人足りるのかな、とか。
数え出せばきりがない。けれど、結局は権限が無い。立ち入り許可も取り消されてしまっては、どうにも動きようがない。上の命令を無視する選択肢もあるにはあるが、具体的なペナルティとして何を課されるか分かったものではないのだ。査問会の件もある、どうしたって立ち回りは慎重にならざるを得ない。
保身、と言えばそれまでだ。だが、一時の感情に身を任せて、どうにかなる状況でもない訳で。溜息をつく。
どれだけそれが遣る瀬無かろうと、気が重かろうと。今できるのは、関係者の幸運を祈るくらいだった。
せめて、少しでも事態が好転してくれればいいんだけどなあ。
「……まぁ、協力し合えるのが一番ですけど無理そうですし。
司馬さんには悪いですけど、結果が出るまで静観でいいでしょう。どうせ他にもやるべき事はありますから」
「城下町巡回の件か」
「そういう事です」
三月からは審神者の就任年齢が大幅に下がる。
低年齢の新人が多く流入して来る前に、せめて治安維持の為の土台くらいは作っておきたい。
今ですら、誰それが揉めただのどこそこでケンカがあった、という話が珍しくもないのだ。審神者同士の揉め事に刀剣男士まで混ざった結果、演練外で抜刀騒ぎが起きた、なんてのも聞く。
人間だけで争いを収められるようにしておくに越したことはない。確かに助けてくれる協力者を集めて声掛けボランティア的な巡回活動も初めてるけど、今までは不在本丸探索に時間と人手を取られていて片手間にならざるを得なかった。演練場や、失踪事件の事もある。いざという時の事まで念頭に置いて、情報を共有し、動けるような自助組織作りはしておくべきだ。いやほんとこれ政府ちゃんのすべきお仕事では? しごとして?
「何かあってからじゃ遅いですしね。せいぜい今のうちに、出来る事をしておくとしましょう」
ひとつ仕事が去ったとしても、やるべき仕事は山のよう。
ああ全く。本当に、面倒臭い事だ。
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