やったね、死亡フラグ(特大)だよ!
――あったら嫌だな最悪の未来☆ の考え得る限り底辺層に近い方な展開になってるとかどうなってるんですかねこの世はくそかよ。くそだな知ってた。遡行軍は歴史の修正だけに血道を上げてどうぞ。
そりゃ敵の戦力削ぐのも内部から引っ掻き回すのも定番中の定番だし付け入る隙があるなりゃ当然付け入りますよねダメージ与えられそうならそっからより効果的にダメージ与える方法模索するよね私でもそうするよ敵の方が勤勉じゃないですかやだぁああああー!
何より問題なのは、何処に話をつければ一番被害が少なく済むのか把握できてる訳じゃない事で。
なんでしたっぱ審神者がこんなとこで頭捻らなきゃいけないんですかねぇ……。
「襲撃かけるなら連隊戦真っ只中ですかね。もう時間が無い」
「そうね。……連隊戦の開始がずれ込んだのは、これを見越しての工作かしら」
「かも知れないですね。どこの審神者も変化に飢えてますし、これだけ大規模な作戦は過去に類を見ませんから。
初日から最短でも二、三日は誰も彼も連隊戦にかかりっきりになるでしょうよ」
当初、通達されていた連隊戦の開始日は二十六日辺りだったか。
ずれ込んだ時には上で何かしらごたついてるのかとも思ったけど、審神者が連続失踪してた一件もひょっとしたら絡んでいたのかも知れない。まぁなんにせよ後始末(生存確認)でいくらか人手裂かれてるだろうけど。
「……危機訴えて、素直に対処してくれると思います?」
「話を通して議題に上らせてる間にタイムオーバー、じゃないかしら」
「デスヨネー」
廃墟本丸から即座に取って返し、演練場の通路を鈴さんと並んで早足に進む。
なお、唯織さんは安定さんに抱えられて自本丸へと引き上げた。胃の内容物全力リバースするだけならまだ動けただろうけど、安定さんの支え無しで立てないレベルでげっそりしてたからなぁ。どうも瘴気に弱いタイプだったらしい。元ブラックとか放り込まれたら秒で死ぬ体質ですね分かります。くそつら。
おとーさんおかーさん頑丈に産んでくれてありがとう。できれば審神者能力もゼロが良かったかな!
「失礼します! 主任さんいます!?」
職員以外立ち入り禁止の通路を近侍連れで歩いていて咎められないのは、隣の鈴さん効果もあるだろうが過日の一件で顔が売れている結果でもある。事務室のドアをバァアアアアン! と勢いよく開ければ、驚いたらしく目的の人物が大袈裟なくらいに肩を震わせて顔を上げた。よっしゃ目標人物確保!
「――っ、んだ。大将ちゃんに鈴木じゃねぇの。連れ立ってどうした、なんかトラブったか?」
「流石主任、よく分かってらっしゃるわ! 少しお力添え願いたいのだけど、いいわよね?」
「今後の戦況に大きく関わる問題が発生しまして。結構切迫してるので、誰でもいいから主任さんの知る限り一番話の分かりそうで権限もある人に繋いで欲しいんですが」
「他ならぬ大将ちゃんの頼みだ、そりゃ構わねぇが……俺よりいい伝手があるんじゃないのか?」
「私の知る中で一番頼りになって話の通じる有力者、主任さんがナンバーワンですよ。
そうじゃなきゃ真っ先にここ来ませんって」
こんさんのご主人も頼れるけど、どのくらいの地位なのかさっぱりぽんだもんよ。
あと、どうしてもこんさん越しになるからやりとりにタイムラグできるし。現在わりと一分一秒が惜しいですはい。
唸りながらガシガシと頭を掻くと、主任さんは困ったような照れたような顔で「……仕方ねぇな」と言いながら固定電話に手を伸ばした。ありがたい。
演練場の職員さんは大抵顔見知りだ。それもあって、緊迫感を漂わせながら主任さんの電話状況を見守る私達の様子に、仕事の手を止めて不安げだったり心配そうな顔でこちらの成り行きを見詰めている。
そうだね物騒なワード出しまくってるからね。大丈夫、今回は多分演練場は無事だから。たぶん。
「……これで話も通らなかったら、どうしましょうね?」
「そうですねー……件の元審神者さんに、ちょっと突撃かましますか」
仮にも元審神者、あの人食い狐の元主だ。
何かしら思うところがあるから引き籠ってるんだろうし、そこ揺さぶれば耳を貸す気にもなるだろう。
成り行き次第では拉致にも手を染める事になりそうなので、出来れば正攻法でなんとかなって欲しい所である。
私と鈴さん、あと職員さん達の視線の集まる中、主任さんが盛大にデスクへ突っ伏した。
長々と吐き出される息は、電話時間の短さの割に驚くほど疲労感に満ちている。これはひょっとして突撃かまさないといけない系ですかね。問題はゲートか……こんさん買収して頼み込むか、それとも誰かに頼むか……いやでもあんま巻き込むと処分がどうなるかだよなぁ。いっそ脅されたていで繋いでもらうべきか……?
「誰か、たいしょーちゃん連れてってやれ……。
繋ぎ先、政府ゲートのゼロゼロゼロヨンな……そっからは秘書が引き継ぐってよぉ……」
「え、話聞いてもらえるんです?」
「おお、話はな……」
「……耳を傾けてもらえるだけでも有難いですよ。ありがとうございます、助かりました」
「いいからはよ行け……気ィつけてけよぉ……」
主任さんの疲労具合に一抹の不安を覚えなくもなかったが、そんな事を言っている場合でも無い。
鈴さんの先導で踵を返せば「許可下りたの、大将ちゃんだけだぞ」と無慈悲な声が背にかかる。なん……だと……?
「…………ゲートで待ってる、わね……?」
「……うん」
青江さんの弁舌には期待……しない方がいいよね、はい。審神者同士ならともかく、これはあくまでも人間同士の折衝だ。そうである以上、口挟ませるのはやばそうな気がする。ああああーミケさんーミケさんヘルプ欲しいーミケさんのあの相手を調子付かせて乗り気にさせる弁舌ーもしくは連理さんの静かなプレッシャーで相手を屈服させる心へし折り技術めっちゃほしいぃいいー。
ブルーを通り越してブラック一色な内心を置き去りに、時間は止まらず足を止める間すら無い。
職員専用通路を通り、鈴さんの見送りを受けて普段使っているものとは違う、SF風味なゲートを潜る。無機質なコンクリートの床が、リノリウムの、けれど塵一つ見当たらないほどよく磨かれたそれへと変わった。
思えば、政府の施設に足を踏み入れるのは初めての体験だ。しかしそれに感慨を覚える暇があるはずもなく、待機していた秘書さんの案内を受けて、誰もいない廊下を歩く。
「お付きの刀剣男士様は、こちらでお待ちを。お会いするのは審神者様のみ、との事でございます」
「分かりました。青江さん、薬研さんと待ってて下さいね」
帯に差していた薬研さんを差し出せば、青江さんが珍しく非難を込めた口振りで「主」と呼ぶ。
初めての場所、それも初対面の相手と対峙するのに丸腰で一人っていうのはまあ、確かに刀剣男士としては思うところもあるだろう。薬研さんまでもが微妙にバイブレーションしだす始末。すまんね。
「お願いする立場ですからね、不義理な真似はしたくないんですよ。待っててくれますね?」
「……それで、主が無事で戻るのなら……ね」
「いい子」
憂い顔ではあったが、青江さんはとりあえず了承してくれた。聞き分けてくれて助かる。
青江さんの手に収まってもまだバイブレーションモードな薬研さんの鞘を、宥める意味を込めてひと撫でする。しかし、薬研さんの自己主張とかほんといつ以来だろうな……? 首を傾げつつ、秘書さんの先導でドアをくぐる。
生活感のある雑多な印象のオフィスは、思いの外手狭に感じられた。
人工灯の白っぽい明かりの下、ソファにゆったりと体を預けていた人物が顔を上げる。
年の頃は、老境に差しかかったばかりだろう。枯れ木を連想させる肉付きに反して、座っていても分かる程にひょろりと長い手足。大きな鷲鼻が特徴的な顔の上で、ドングリみたいな小さな目が楽しそうにきらきらと輝いて私を見詰めていた。
「政務官。審神者様をお連れ致しました」
「ふくく、ご苦労」
秘書さんの言葉に、政務官、と呼ばれた初老の男が楽しそうに笑みを深めた。
貴族的、と言う単語が頭を過ぎる。執事とかメイドとか、そういう人物を後ろに配置したくなるような御仁だ。
身に纏っているダークスーツが、絵画のようにしっくり馴染む。っていうか、政務官? ごめんどこの省庁? いやそれより政務官ってわりと上の方の役職だったような気がするんですがどういうことなの主任……。
背後で、秘書が一礼してドアを閉める。ふ、と無意識に詰めていた息をこっそり吐き出して頭を下げた。
「初めまして。審神者の――雛鴉、と申します。
この度は急なお話にも関わらず、こうしてお時間を設けて頂きありがとうございます」
一応非公式とはいえお偉いさんの前である。
そうである以上、名乗るのは政府から貰ったこっちの名前の方がいいだろう。
まさか使う機会が巡ってくるとは。びっくり。
「なぁに、構わんよ。君には是非一度、会ってみたいと思っていた」
「ふくく」と独特の、籠るような笑い声が室内に漂う。
会ってみたかったは社交辞令としても何、私ってば知らないところでお偉いさんの話題になってたの? やだ怖い……いったいぜんたいどんな話題だというの……こわい……ある日唐突に無茶振りかまされるか巻き込み事故喰らいそう……。内心戦慄しながら「恐れ入ります」と無難に返事をすれば、「まあ、座りたまえよ」と着席を促された。勧められるままに一礼して腰掛ければ、更に「ふくく」と笑う声。笑い上戸かな?
「私の事は、そうだね。君達審神者に倣って“葦名おじさん”と呼んでくれれば嬉しいな。
さてさて。叶うならばゆっくり茶会と洒落込みたいところだが、残念ながら火急の用件と聞いているよ。
君の言う“火急”とは、果たしてどの程度の内容のものなのかな?」
ともすれば嫌味にも思えるが、その煌めく双眸は純然たる好奇心だけを伝えてくる。それに確信した。これは面白がっている。もしやミケさんの同類ですか。騒動トラブル大好き系統の御仁ですか。有難いような頭が痛いような。
まぁ、なんにせよ好意的な態度なのは嬉しい誤算だ。針の筵で相手を説き伏せる羽目になる覚悟してたしNE!
「では、単刀直入に。
――人食いに堕ちた刀剣男士が、遡行軍と手を組んで政府を襲撃する算段の様子です。
早急に警備の強化、あるいは刀剣男士の動員を。今後の戦況に関わります」
「おお。それはまた、大きく出たものだ!」
わぁ、お目々のきらきらがごわりましー。
「然し不思議なものだな。そのような重大事件が起きているというのに、私にとっても寝耳に水の出来事だ。
是非とも、そのような結論に至る迄の経緯を説いてはくれまいかね?」
「はい、勿論」
そういや今更なんだけどさ、状況証拠と推論で確たる物証は無しな言いくるめトライとか、やる事が詐欺師とか誇大妄想狂とさして変わりませんねやだー。いやまぁ証人は複数用意できますが。でもここで説得できないとこの案件解決難易度がルナティックになるし被害もシャレにならん訳で。やめて腹芸苦手。
「事の発端は、審神者の連続失踪事件です。……こちらに関してはご存知ですか?」
「無論だとも。大層痛ましい事件だ、あれは。審神者としての才を持つ人材は有限だと言うのに、何故ああも惜しみなく使い捨てるのか……いやはや、まったくもって嘆かわしい」
いやあの、その意見には同感なんですが審神者にも人権はありましてね?
なんだろう……この、いう事はさして間違ってないのにどうにもモノ扱い感が拭えない感じ……いや主義主張思想はどうあれそれが結果的にこっちの得になるのなら文句言うつもりは無いけど論点そこじゃないと思うの。時の政府って伏魔殿の別名だったりしますかね。きたないさすがせいふきたない。つらい。
「……件の店を摘発した際、不可解な点がありました。
特に気になったのは違法な売買にも関わらず、刀剣が見付けやすい場所にあった事。そして、少し漁った程度で顧客名簿も発見できた事です。摘発されるのを予想して、証拠を準備しておいたような印象を受けました」
「愚者とは時に、際限なく愚かしくなるものだ。
普通の人間なら、当然するであろう保身すらも怠る程にね。そんな手合いとは思わなかったのかな?」
「ご指摘通り、その可能性も考えました。
ただ、本物の馬鹿にしろ、潮時と見て切り捨てられたにしろ、引っ掛かりを覚えたのは確かです。それが一つ目」
葦名さんが、気持ち身を乗り出しながらふんふんと頷く。
うーん、喰い付きだけはいいんだけどなぁ。……娯楽扱いされてる気はしてる。とても。
「実は摘発の日、別口でも引っ掛かった獲物がいました。それが先だって触れました、人喰いです」
「人喰い、か。一人や二人……という訳でも無さそうだ」
「そうですね。その男士が元々所属していた本丸跡に、複数人分の遺体が」
思い出すのは、完全に水の干上がった池の有様だ。
散らばった人骨が剥き出しになった池底を白く染めていて、いったい何人犠牲にしたのか考えたくないレベルだった。
あれは少なくとも二ケタいってますね! なんで審神者すぐ死んでしまうん……?
「交戦時の発言と、その後の追跡調査から元の本丸を割り出すに至りましたが、訪れた時にはその男士の姿は無く、代わりに遡行軍の襲撃を受けました。主無しの刀剣男士が本丸から一人、彷徨い出る事はあり得ません。
あっても夢を介して対象人物に接触する程度。遡行軍の関与に関しては疑いようも無いでしょう」
本丸と主。この二つの要素あってこそ、刀剣男士は男士として肉の器を維持できる。
これが本霊なら話は違ってくるのだろうが、あの人喰いはあくまでも分霊。そして、霊力うんぬんの話をさて置いたとしても――あの本丸は引き継ぎが保護されて以降は閉鎖されており、少なくとも公式には“誰も訪れてはいない”。そうである以上、城下町に行けるはずが無いのだ。誰かが手引きしない限りは。
「違いない」と相槌を打ちながら、葦名さんは感心したように目を細めてみせた。
「しかし、よくまあ元の本丸を割り出せたものだ。その手腕、以前は探偵でもしていたのかな?」
「友人達とこんのすけの協力あっての事です。私の功績ではありません」
うん、鈴さんとこんさんいなかったらこの短期間でここまで絶対辿り着けてないです。
ミケさんも何気に補強材料になる情報あれこれお知らせしてくれたしね! 探偵でやってけるんじゃなかろうか。
「友人か。友人、ね。ふくくくく。それはまた、有能で忠誠心ある友人をお持ちのようだ」
「……そうですね。私には勿体無い、情に厚い親切な友人達ですよ」
うん。忠誠心とかね、嫌味かな?
……いやまぁ本気でただの親切だとか、情に厚い性格だとかは思ってないけどさ。
こほん、と咳払いして話を戻す。私の愉快な同僚達(笑)の事はともあれ。
「人喰い男士、そして遡行軍の関与。これが二つ目の引っ掛かりでした。
同じ日に引っ掛けただけで、完全な別件という線も考えましたが――ここで気になったのが、件の男士が毎夜訪ねているという元主と、明日に控えている連隊戦の存在でした」
元主が死亡済みで、なおかつ本丸跡で遡行軍に遭遇していなかったら、多分この考えには至らなかっただろう。
人喰いとは言ったが、行動制限のかかった範囲内での人喰いとは即ち審神者喰いだ。審神者憎しで復讐に走った、と考えれば十分に辻褄の合う行動だし、ただ遡行軍が関与していた事が判明したとしても、こちらの戦力を削る為の工作か、くらいにしか思わなかった可能性が高い。
「ふぅうん? その元主、まだ生きているのか」
「生きてますよ。どういう経緯で、現在どういう精神状態なのかまでは把握していませんけど。
元主が生存していて、件の男士はその主を求めて通い詰めている。それだけなら彼等の問題ですが……連隊戦に、摘発されるのを予想していたかのような店の存在。どうしたって人手は取られてしまいますよね?」
「……おや、おやおやおや。もしやかの元主殿、政府内部にいるのかな?」
「榊原議員でしたか、そう仰る方の秘書をなさっているそうですよ。
――不思議な事に、就任以来一歩も外へ出ようとしないらしいですけど」
「なるほど、それは不思議な話だねえ?」
「不思議ですよねー」
にこにこにっこり。
葦名さんと目線を交わし、ふくくあははと笑い合う。
薄くなる人手。政府内部にいる元主に、その主を追い求める人喰い男士と、関与している遡行軍の存在。
穿ちすぎ、考え過ぎという可能性だって当然ある。けれど、そう楽観するには少しばかり出来過ぎだ。三日月の顔にめっちゃ執着してたのは、たぶん元難民なんじゃないかなって思うけど。本来の姿捨ててまで求められるとか元主さんめっちゃ愛されまくりですね。あれ完全に病んでますよねヤンデレですねやだー。
葦名さんが得心したように「なるほどなるほど」と呟きながら顎を撫で擦る。
「君の言い分は了解した。が――元主殿を放り出す、という選択肢を提示しなかったのは何故かな?」
「こんな策で攻めてくる以上、誰かしらが内通してるのは自明の理ですから。
思惑通りに事が動いているとなれば、油断を誘いやすいでしょう? こちらとしても、元主という目印を押さえておく事で相手の動きが予想しやすくなりますし」
「ふくくく、結構。いやはや、実に結構!」
上機嫌に、まるで気に入りの演者に拍手を送るかのように両手を叩くと葦名さんは満面の笑みで立ち上がった。
話の内容とは、まったくもってそぐわない反応だった。完全に娯楽だと思ってる感満載な反応ですねどうもありがとうございます。だれかシリアスさん呼んで。これはだめかもしれんね。
「物証と呼べるものが無いのは頂けないが、それを考慮しても耳を傾けるに値する話だったよ、雛鴉嬢。
君の要望通り、警備の強化と審神者の手配をするとしよう」
「……………、……恐れ入ります」
しかし半分以上諦めモードだった内心を余所に、葦名さんから返った言葉はこちらの望み通りのものだった。
え、これ現実? 嘘じゃない? 幻聴でもない? ほんとに? 途中から都合のいい幻覚見てたりしない?
わりと真剣に目の前の現状を疑ってみるものの、友好的な笑顔も差し出された手も、ちゃんと温度があるし触覚もある。えっまじでこの話通ったの……ぶっちゃけ責任がどうの権限がどうので心折れるレベルにねっちねっち嬲られるかなって思ってたのに……意外すぎる……。
実は葦名さんが敵のスパイとかだったり……する可能性は無くもないけどもうこれ以上知らんぞ私。今でさえわりといち審神者の仕事じゃねーなって思ってるから。そこまで面倒みれないから。
ともあれ、これでこの案件は政府預かり。私の仕事もこれで――
「ああ、そうそう。審神者だが、私の捻じ込めるのはせいぜい四、五人程度だろう。
人員の選出は君に一任するから、明日までに根回しを済ませておく事をお勧めするよ」
終わらない……だと……?
■ ■ ■
何処か冷たい、しらじらと輝く人工灯の光。
その光を総身に浴びながら、初老の男。自称“葦名おじさん”は、身体をほぐすように大きく伸びをした。
の姿は、既に室内には無い。先程までの会話を反芻しながら、葦名は堪え切れないと言わんばかりに、「ふくく」と笑みを零す。上機嫌な様子の葦名に、秘書は呆れと諦めの入り混じった溜息をついて問いかけた。
「政務官、宜しかったのですか?」
「ん? ああ。ふくく、不満そうだね、秘書君」
「……あんな確証の薄い話に、便宜を図る必要は無かったかと」
「ふくくくっ、君はそう思うかね」
確証の薄い話。秘書の言葉は事実だ。弁舌を振るっていた審神者当人ですら、葦名の快諾に意外だ、と言わんばかりの顔を隠せなかったのだからさもありなん。だが、葦名にとっては違ったようだった。未熟な生徒を教え導く教師のように、葦名は楽しげに明朗に、秘書へ向かって講釈を垂れる。
「事態の渦中にいなければ見えない事柄もあるのだよ。そして、彼女には実績もある――“雛鴉”の名を賜る程度にはね。雛の、鴉。ふくくく。実に、実に。体を表した名だとは思わないかな。いや、名付け主の願望か? なんにせよ、恩を売っておくに越した事はないさ。手懐けられればもっといい! だが当面は、わが世の春を謳歌する内務省や宮内庁の連中が、屈辱に顔を歪める様が見れれば上首尾さ」
「この度の一件に、それだけの価値があるとお思いなのですか?」
「無くても結構だとも。我らが大臣殿はどうやら最近、随分神社局と密であられるようだからねぇ?」
意味あり気な葦名の流し目。その意図に気付かぬ秘書では無い。
師によく似た笑みを浮かべ、「では、そのように」と深々と一礼して、足取りも軽く退出していく。
その後ろ姿を微笑ましげに見送りながら、葦名は誰にともなく呟いた。
「雛のまま死んでいくか。或いは――。ふくく。老い先の楽しみは、やはり多いに限るな」
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