「賛同いたしかねますな」

 囮作戦を提案したら、連理さんに速攻で却下された件。

「えー。いい案だと思うけどなー」
「ミケさん、気軽に言ってますがこれは大変危険な提案ですよ」
「僕も反対だな。安全性にも確実性にも欠ける」
「同感だわ。それで刀剣男士が破壊されたらどうするのよ」
「それで失敗して怪我人が出たら、“総大将”様はどう責任を取るおつもりなのかな? 
 是非とも拝聴したいねぇ」

 城下町にある料亭、その一室。
 審神者連続失踪事件の解決を依頼された審神者達。ここにいるのは議員経由で連絡を取った結果、手を組んで事件の解決に当たる事に同意した面々だ。口々に意見を述べていく審神者達の十人中七人が、以前演練場での一件で私の指揮下に入っていたのだから人の縁というのはまったくもって不思議なものである。
 まぁだからと言って私に対して好意的、って訳でも無いんだけどもね!
 一部から突き刺さる、隔意とか悪意に満ち溢れた視線がげんなりするほど鬱陶しい。
 っていうか、怪我人がどうの危険がどうのって意味分からんな。

「提案者である以上、囮は私が勤めますよ。
 それと、三日月さんにはお守りを持たせてあります。
 “万が一”があったとしても、何ら問題はありません」

 ちゃんとケチらずお守り【極】だ。
 これさえあれば破壊されても完全復活☆ できるとか、さすが刀剣男士マジ人外。
 実があるようで無い議論を我関せず、といった様子で腕組みしてだるそうに眺めていたガテン系兄貴な一虎かずとらさんが、ああ、と納得した表情でお腹に響くダミ声でひとりごちる。

「それでか。ボスにしちゃあ妙な刃選だと思ったぜ」
「ボスの護衛セレクトにしては変だと思ったー。ナットクー」

 こらそこの曲芸指揮官コンビ、お喋りするなら一言二言でいいから援護射撃くれよ。
 私の背後に黙って控える三日月さんはといえば、突き刺さる視線にものほほん、とした表情を崩さない。
 まあ、普段なら護衛で連れてるのはほぼ脇差か打刀だからね。そういえば三日月さん見た時首捻ってましたね。納得したのはいいから議論参加しようぜ。
 私の主張に、一層渋さを増した表情で連理さんが重々しい溜息をつく。

「だから賛同いたしかねるのです。
 総大将殿がそうそう気軽に囮を買って出られるのは如何なものかと。
 後方でどっしり構えて指揮を取って頂かねば困りますな」

 そうは言ってもなぁ……。
 軽く眉を顰めて、室内の面々を見回す。
 この場にいる半数以上は慎重派で、うち約二人は、何故か私に対してライバル心に満ち溢れていらっしゃるようだ。依頼はされたが、早期解決を目指そう、という気概は感じられない。
 うん。ちんたら議論重ねてる方がめんどいし無駄だわ。

「時間と共に被害者の近侍の練度は上がっています。
 相手の目的は不明でも、害意がある事ははっきりしているんです。
 早い内に手を打たないと危ないのは自明の理でしょう。それに、連隊戦も控えてる。
 多少危険を伴う手段を使ってでも、早めに解決すべきです」
「この程度の危機も乗り越えられぬ弱者など、捨て置けば宜しい。
 危機意識に欠けるような程度の低い審神者は、今後の戦局で足を引っ張るだけでしょう」

 うっわ、ざっくり切り捨てたよ今。

「その発言は、さすがに聞き捨てなりませんね」
「ちょっと、なによそれ! 被害に合ったのは自業自得とでも言いたいのかしら!?」

 神経質そうな男審神者さんが柳眉を吊り上げる。
 私を除けば唯一の女審神者さんが、連理さんに掴みかからんばかりの勢いで噛みついた。
 それを鼻でせせら笑って、連理さんは冷然と吐き捨てる。

「事実だろう。此れまで被害にあったのは、近侍の意味も理解しておらん馬鹿共よ。
 現状把握もできん無能、気に掛ける方が無為というものだ。
 まさかこの場に、その程度の事も理解できない残念な頭の審神者がいるとは思ってもみなかったがね」
「なんですって!? おかしいのはあんたの方よ!
 あんた、人の命を何だと思ってるわけ!? 自衛できなきゃ死ねっての!?!」
「可笑しいのはそちらの頭だろう。我々が審神者として、何をしているかすら分からんのか?
 まさかお主、自分は死なないとでも思っているんじゃあないだろうね。
 だとすれば随分と、」

 机を全力で殴りつけた。
 ダァン、と意外なほどによく響いた音に、ぴたりと喧騒が収まる。

――黙れ」

 口を噤んだ二人を睨む。
 机を殴った手が痛い。が、それ以上に頭が痛い。
 審神者間でも考え方に溝があるのは察していた事だ。
 まさかその分かりやすい例をここで拝む羽目になるとは思わなかったけどな!
 一つ、溜息をついて連理さんを見据える。
 完全に感情的になってる女審神者さんよりは、まだ連理さんの方が説得しやすい。

「連理さん。勝つために、一番大事な事。ご存じですよね?」

 連理さんが、無言で顎を撫で擦る。
 理解してるけど納得しかねる、って顔だな……まぁ、これで言いたい事汲み取ってくれるから話が早くて助かるんだけど。聞いてる審神者さん達は意味不明、という顔で首を捻っている。
 唯一、ミケさんだけがチェシャ猫のような顔で笑っていた。
 視線で言わないようにと釘を刺せば、にんまりしながらお口にチャック、のジェスチャー。
 うんありがとう。主義思想の相違とかね、下手に突くと血の雨が降る議題だからね。
 各々の背後で控える近侍の刀剣男士達も、私とミケさんのやりとりに沈黙した方がいい、と察してくれたようだった。ありがたい。

 確実に勝とうと思うなら、何をすればいいか。

 装備や指揮、情報だのと言った要素も確かに重要だ。
 しかし、一番大事な事は――相手より多くの兵力を揃える事。これに尽きる。
 兵数がより多ければ勝ち、少なければ負ける。子どもでも分かる理論だ。
 戦争において、少人数で大軍を打ち破る逸話が持て囃されるのは、それが“普通”でないからである。例え他で失態を犯そうと、兵力で勝っていれば勝利が揺らいだりはしない。
 まして、私達審神者が率いているのは“刀剣男士”。戦闘のプロだ。
 よほどの愚将でもない限り、本当の意味で“役立たず”とは成り得ない。

「それを踏まえて問います。
 自分で危機を乗り越えられない審神者。見捨てて良い、と仰いますか」

 連理さんが、女審神者を一瞥した。
 女審神者さんは、連理さんへ今にも殴りかからんばかりの目で睨んでいる。
 うん乱闘やめてね。絶対そうなると近侍出張るから。抜刀騒ぎは勘弁。

「……成程。失言を詫びるとしましょう」
「…………ふんっ」

 嫌そうに矛を収める連理さんに、憎々しげに女審神者さんが鼻を鳴らす。
 一触即発の空気が緩む。おいミケさんなんで今「つまんないのー」って言いやがりましたか。何一つとしてつまらなくないよ。頭痛いよ。もう帰っていいかな。

「本丸の運営方針も個々人の信条も、論争がしたいのなら余所で存分にどうぞ。
 有意義な意見が何も出ないようであれば、本日夕刻より囮作戦を執り行います。
 何か異議のある人は、この場で申し出て下さいね」
「はいはーい! ボスー、どうせなら俺も囮やりたいでーす!」
「待てミケ。やるのはオレだ」

 曲芸指揮官コンビが元気よく名乗りを上げる。
 それに、誰かが「本気でやるのか」と憂鬱そうに呟いた。まだごねるか。

――何班かに分かれた方が、効率が良いでしょうね。
 先程も言いましたが、私も囮を務めますよ。
 審神者を狙った事件なら、この中で私の首が一番価値ありますから。
 手掛かりもほとんど無い訳ですし、囮で釣った方が、効率的で良いでしょう?」

 手で首を落とすジェスチャーをしてみせ、にっこりと笑う。
 実際問題、言いだしっぺが率先しないで丸投げでは示しがつかない。
 やるならさっさとやらないとめんどくさい事になる。何せ練度低い太刀を近侍にして城下に行くの、すごい渋い顔されたからね! 歌仙かせんさんとか宗三そうざさんにこれ以上ネチネチお小言喰らわされるのは嫌でござる。
 複数連れてこれるなら良かったんだろうけど、許可下りなかったからなぁ……。
 早期解決しないと本格的に微に入り細に穿ち説教される。ほんとアレ勘弁して欲しい。
 ええやんちょっと危険に首突っ込むだけやん。
 ちゃんと保険はかけてあるからそのくらい許してくれたっていいと思うの。

 次郎さんは怪我しない限りは見逃してくれるだろうけど、連れてかなかった件に関してはお仕置きされかねないし、バレる前にこの件片付けないと私のSAN値がマッハでピンチ。
 おいこらそこ、「自意識過剰だな」って呟いたのきっちり聞こえてるからな。何でも文句付けたいお年頃か貴様。こっちだって好きで貧乏籤引いてねーぞ引かないと余計めんどい展開になるから引いてんだぞ。
 文句あるならなんか建設的な案出してどうぞ。批判だけなら小学生でもできるわ。

「まだ仰るか……」
――本人がやりたがっているんだから、やらせればいいじゃあないか」

 先程責任がどうのと言っていた男審神者さんが、うんざりした様子で口を開く。
 女審神者さんが、連理さんをぎりぎりと睨み付けながら同意した。

「お守り持たせてるんでしょ。なら、別にそこまで反対しなくていいんじゃない」

 その言葉を皮切りに、あちこちからまばらに賛成意見が上がる。
 自分達が囮役をしなくていい、と分かった途端にあっさりてのひら返してくれたな。まぁ世の中そんなもんですよね知ってる。そうだね保身は大事だね。思いやりは死んだ! もういない!!
 言いだしっぺの身としては、下手に誰かに囮任せて被害出すよりは自分で片付けた方がマシだけどさ。
 ……さっさと片付くといいんだけど。


 ■  ■  ■


 結果として、三グループに分かれて被害者達が失踪したと思われる区画で囮作戦を決行する事になった。
 一人を各グループの連絡役として残し、一人は囮、二人が獲物がかかった時の補佐。
 囮役のミケさんと一虎さんは、嬉々とした面持ちで近侍を釣り餌に交換しに行っていた。
 頼もしい限りだが、ちょっと危機感を覚えなくもないリアクションである。
 命は投げ捨てるものだと思ってませんかねあの二人。不安。

 私はと言えば、元々囮作戦をするつもりで連れてきた近侍だ。交換に戻る必要も無い。
 夕日の差しかかる城下町。人気の少ない路地をあえて選びながら連れ立って歩く。

「主、そこの露店を覗いて行かんか。綺麗な簪が置いてあったぞ」
「行きません」

「主、あそこの茶屋から良い匂いがしたぞ。休憩でも」
「行きません」

「主、あちらの通りは何故ああもぴかぴか光っておるのだ?」
「それはクリスマスが近いからです……あの、三日月さん」

 足を止めて見上げれば、振り返った三日月さんが「うん?」と小首を傾げて見せた。
 話し合いの時も緊迫した空気そっちのけ、のほほんとマイペースを崩さなかった三日月さんは、何が楽しいのか、にこにこと上機嫌に笑っている。
 夕日の照り返しを受けて赤く染まるその姿は、美しいが不似合いだ。

 天下五剣が一振り。最も美しい“刀”。
 この刀剣男士を求めて道を踏み外す審神者も多い、と伝え聞く。
 現在顕現できる中で、一番格の高い“付喪神”。

 そして、個人的な印象を付け足すのなら――戦場の似合わない、“刀剣男士”。

 血脂と土埃と、鮮血と。
 そういった諸々よりは、床の間にでも飾られている方がしっくりくる。
 名の通り、月の如く麗しい姿。瑕疵一つ見受けられない整いきった涼やかな面差し。ともすれば硬質な、触れる事を躊躇う美貌でありながらも冷たさを感じさせないのは、その表情が穏やかで柔らかなものであるからだろう。
 嬉しげに綻んだ表情は磨き抜かれた宝玉のようで、思わず見惚れるほどに美しい。美しいが、緊張感の無さにいらっとくるのは致し方ないと思うのマジで。
 何故この自称じじいが持て囃されるのか、まったくもって理解できない。
 確かに人間じゃおよそお目にかかれないどころか、まぁ人間じゃないなって確信しちゃうレベルのお綺麗さだけどさ。なんてったって太刀だし刀装も他の刀剣男士より多く率いる事が出来るし、成長すれば良い戦力になるのも確かなんだろうけどさ。太刀より大太刀の方が頼りになるんじゃね? と思うのはこれ、初期刀贔屓になるんだろうか。いや確かに大太刀の機動はアレだけどそれ補って強いし間合い広いし初期からめっちゃ頼りになるし。
 ぐりぐりと米神を抑えながら、半眼で問う。

「……。確認しますが、囮だって自覚。あります?」
「うむ、勿論だとも」

 天下五剣はどや顔だった。
 誇らしげに胸を張る姿は、ある意味微笑ましいが頭痛がする。
 おい……おい誰だ三条派がラスボスとか言い出したの……これのどこがラスボスだ……!

「だが、初めて主が供を任せてくれたのだぞ? それはそれ、これはこれだ」
「いやそれとこれ分けないで下さいよ」
「はっはっは。あいわかった、努力はしよう」
「……そうですね。お願いします」

 努力要るのか、というツッコミを飲み込んで、おざなりに頷いた。
 緊張感が無かろうが腹立つほどマイペースだろうが、“三日月宗近みかづきむねちか”が有用な刀剣男士である事に変わりはない。箔付け的な意味でも、囮、という意味でも。
 連隊戦を控え、今回私が顕現した刀剣男士は五人。

 後藤藤四郎ごとうとうしろう
 日本号にほんごう
 物吉貞宗ものよしさだむね
 浦島虎徹うらしまこてつ
 そして、三日月宗近だ。

 選択基準はいざという時、本丸の防衛を担える――という点だ。
 まぁ、三日月さんとか一部男士はそれ以外の理由もある訳なんだけど。
 顕現してからせっせと演習場でしごいているので、既に全員が特にランクアップ済みである。
 なお、日本号さんと物吉さんは御手杵おてぎねさんの強烈なプッシュによって顕現が決定された。
 彼等の手を熱く握って狂喜乱舞していた姿は記憶に新しい。
 蜻蛉切とんぼきりさんの意識を逸らしたいらしいんだけど、あの人ら何があったの? マジで。
 ご機嫌で私の前を歩く三日月さんの背中を眺めていると、ぴた、とその足が唐突に止まった。

「主。一つ訪ねたいのだが」
「今度は何です」
「刀剣男士の迷子を見つけた場合、どうすれば良いのだ?」
「……迷子?」

 迷子。刀剣男士が。
 審神者が迷子、の間違いじゃないのかそれ。
 三日月さんも、自分で言っていて釈然としないらしい。
 困惑した様子で「うむ……」と頷き、二つほど向こうの細い路地を指差す。

「先程あの角を曲がっていったな」
「見間違いとかでは無く、ですか?」
「確かに俺は夜目が効かぬが、あの後ろ姿は“俺”だったからなぁ。
 まぁ、何やら俺にしては妙な感じがしたが……」

 既に日はだいぶ傾き、空は半分以上が黒く染まっている。
 遮蔽物が多い事もあいまって、件の路地はほとんど見通しがつかない程に暗かった。
 首を捻る三日月さんに、同じように首を傾げる。
 俺、って事は迷ってるのも三日月宗近か。太刀は夜目が効かないし、それではぐれた?
 まだ練度上げしてないような分霊なら、まぁあり得なくはない……の、かな。
 ……めんどいな。でもこれ、確実に審神者の方は必死で探してるよね。

「一応、声だけ掛けてみましょうか」
「うむ。そうだな」

 入った路地は、人が三人も並べば窮屈に感じるだろう。そんな程度の幅しかなかった。
 ここにいるのが例え打刀であったとしても、動きを制限されそうな道幅だった。明かりも乏しく、頼りになるのは月明かりと、掲げられた提灯の灯りくらいである。眉根を寄せる。
 誘い込まれた。そんな考えが、頭を過ぎった。

 路地の先を歩くのは、すぐ前を歩いているのと同じ――青い狩衣姿の刀剣男士。

 その足取りは、まるで酔ってでもいるかのように覚束無い。
 前を歩く三日月さんの足取りが、極端に鈍くなる。その顔からは、既に笑みは消えていた。

 ゆぅらり、ゆらり。

 青い、狩衣が闇の中を泳ぐように揺れている。
 しぃんと静まり返った路地に、その“三日月宗近”の呟きだけが響いている。

「…………ぬしさまどこへいかれましたかぬしさまどこへおかくれになったのですかぬしさまあなたのみかづきがさがしておりますのにぬしさまかくれんぼでございますかぬしさまわたしをあんなにもおもとめであったでしょうぬしさまはずかしがらず、」

 ぐりん、と首が落ちそうな勢いで捻じ曲がった。
 前を歩く男と、まったく同じ面差し。美しい容貌。しかしその目は爛々と赤い。
 まるで真逆の空気を纏った“三日月宗近”が、にぃいいい、と笑った。
 おぞ、と全身総毛立つのが分かった。背中を冷たい汗が伝う。

 あっこいつ超やべぇ。

「主、」
「生け捕りです」
「……あいわかった」

 心情的にはさくっと破壊しちゃいたいヤバさだけど、こいつが連続失踪の下手人なら、確実に裏に誰かがいるはずだ。こんな一人発狂放送ラジオ状態なのが単独犯のはずが無い。
 とっ捕まえて、何でもいいから吐かせねば。


「嗚呼」


 恍惚と。

 ぽつり、と呟きが落とされる。
 三日月さんを素通りして――私を凝視する、“三日月宗近”。
 赤く輝く双眸が、喜悦に歪んだ。
 その手にあるのは、べっとりと血糊のついた抜き身の刃だ。


――渇く、匂いじゃ」



 三日月さんが提灯を捨てて抜刀するのと、それが躍りかかるのは同時だった。
 わぁいやったね想定内だぜ!(ヤケ)

「盾兵」

 狭い路地を埋めるようにして、刀装兵が顕現する。
 全員顕現して、路地を埋め尽くして動けなくなる愚は犯さない。刀装兵達が盾を掲げる。
 盾ごと力任せに斬り込む“三日月宗近”。しかし空いた隙間を埋める様にして控えの盾兵が顕現し、盾で以って強引に押し返す。何の事はない、事前に打ち合わせておいただけだ。

――ふうっ!」

 盾兵があえて作った間隙を縫って、三日月さんの刀身が“三日月宗近”の片腕を斬り捨てた。
 ぽぉん、と主を失った腕が孤を描いて地に転がる。
 投げ出された腕。そこに握られた刀が、乾いた音を立てた。
 “三日月宗近”が、悲鳴一つ上げずに崩れ落ちる。盾兵の囲いは解かない。
 三日月さんも、だ。刃を収めないまま、油断なく“三日月宗近”の挙動を見据えている。

「そのまま押さえておいて下さい。他の班にも連絡を入れますから」

 しっかし、思った以上に呆気なかったな。
 色々予想はしてたけど、まさか他の刀剣男士が助けに入る前に終わるとは。誰も横入り入れなかったし。というか、いるはずの他男士と審神者が全然来ないのはどうなってんだ。交戦してる、にしては静かすぎるし。
 黙ってばっくれてないよね? だとしたら流石に私もキレるぞ。
 この状況を見ているはずの他メンバーを探して、投げ捨てられた提灯を拾って来た道を伺う。

 背後で、轟音が響いた。


「っ主!」


 三日月さんが鋭く叫ぶ。提灯が地面に転がる。
 振り返って真っ先に目に入ったのは、刀を咥えて、踊りかかってくる黒い影だった。
 赤黒い刀身が、ぬらりと怪しく輝く。


 ――凄絶な絶叫が、細い路地に木霊した。




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