結局、若手議員さんと審神者達の愉快なお話合いは、三時間の長丁場に及んだ。
おかげですっかり夕暮れ時である。少し早足気味に、門を潜る。
夕闇に染まる城下町の風景が、冬景色となった本丸の風景へと一変した。
白一面の世界の中、艶やかに色を添える寒椿が美しい。
「ただいま、本丸さん」
ひらりと舞った桜の花びらが、“おかえりなさい”を返した。
雪かき道具を放り出して、博多さんが嬉しそうに駆け寄ってくる。
「おかえりない主! お土産! お土産あっと!?」
「はいはい、ただいま戻りました。お土産は茶屋の雪見大福ですよ」
「やった! さっすが主、分かっとるたい!」
「一人一個だから、それ以上は食べないように。
乱さんと前田さんも、雪かきご苦労様です。お土産でも食べて休憩して下さいね」
「ッあ、はいっ……!」
「はい。ありがたく、拝領します」
少し離れた場所にいた二人に声を掛ける。
乱さんがぱっと頬を染めてコクコク頷き、前田さんが折り目正しく一礼した。
「骨喰さんも、護衛ご苦労様です。博多さん達と休憩してきて下さい」
「主。離れまで送る」
「……じゃあ、お願いします」
「――お帰りなさいませ、殿」
「ん。ただいま、こんさん」
どこからともなく現れたこんさんが、とん、と肩の上に乗って頬をすり寄せる。
ふわふわもふもふが気持ちいい。同じように頬を寄せ返して、こんさんを胸元に抱き直した。
あー指先ぬくいー……しあわせぇー……もふいぃー……。
「留守の間に、政府から通達が届いておりましたよ」
「通達? 何か戦況に進展でもあった?」
「来たる年末より、“連隊戦”が行われるとの事です。
これに備え、低練度の男士を対象とした演習場を解放するので各自研鑽せよ、と」
「連隊戦、ねぇ」
白い呼気が大気に霧散していくのを横目に眺めながら、言葉の意味を反芻する。
字面をそのまま受け取るなら、複数の部隊を指揮して戦闘を行う、という事になるのか。
こうも大規模な戦は、審神者になって以来、演練場の一件を除けば初めてである。
なるほど、これは進展だ。ここらで敵幹部の一人二人捕虜にするなり潰すなりできれば戦果としては上々だろう。負け戦とかほんと勘弁。
「実は、殿には特別に言伝てをお預かりしておりまして」
「……なんでしょうかね、こんさんや」
「“この機に、四部隊分編成できるようにしておきなさいね”、と」
「Oh……」
そうだね、うち人数少ないもんね……練度は最近顕現した男士達除けば最高練度まで到達してるけど、普通に主要任務達成してないのあるもんね……四部隊分だと後五人顕現しないといけないんですがね。
日課回ってるからこれで良いんじゃないかなって思うの。
じ、と無言の主張を込めて、こんさんを見下ろしてみる。
つぶらな眼差しで見返された。目を逸らす。無言のプレッシャー痛い。
だめだよなー……やらないと。こんさんのご主人には助けてもらったからなー……。
こんさん見てるし、聞かなかった事にもできないんだよなー……。
顕現だけして後は放置、でいいなら楽なんだけど、使い物になる程度には練度上げておかないとおちおち留守も任せてられないしその指揮するの私だし書類書くの私だしそもそも私で手綱握ってられる手合いなのかとか大体の性格とか相性も把握しなきゃだし場合によっては刀解も視野に入れないとだしこれ年末に間に合うようにとか、確実に普段より出陣回数も書類も増えるねお仕事まみれだね。OK理解。
「これ城下町での件と並行するのか……」
うっわめんどくさ。
城下町の件だけでも、さっさと片が付けばいいんだけど。
「城下の、とは、先だってのお呼び出しの一件ですか?」
「ん。城下町で起きてる、審神者の連続失踪事件を解決してくれ――だってさ。
こんさんはこの件について何か知ってる?」
「私の役目は審神者のサポート、並びに政府からの命令を伝達する事ですので、城下の件までは把握してませんでしたが……お受けになったのですか、殿」
難しい顔をするこんさん。
それに肩を竦めて、道なりに置かれた雪だるま達の頭を通りすがりに叩いて通る。
一、二、三、四、五、六、七、八、九……っと。また誰か増やしたな、これ。
冬が終わる頃には離れまでの道が雪だるま参道と化すんじゃなかろうか。超シュール。
「誰かはしないといけない事だし、一応メリットもあるしね。
しかし、こんさんが把握してないって事はやっぱり一部の独断専行か。
こんさん経由で割れるの、予想できそうなもんだけど」
「……いえ、それは無いでしょう。
我等“こんのすけ”に信を置き、相談役に据えている審神者は少数派ですので」
「え、そうなの?」
「政府の犬、という認識が主流なのですよ、我々は。
良くてもせいぜいマスコット扱いですし。
マスコットに、大事な相談などしないでしょう? そういう事です」
「こんさん達も苦労してるねぇ……」
戦働きはできなくても超絶頼りになるナイスフォックスだってのに。解せぬ。
慰めを込めてこんさんを撫でる。こんさんが鼻を鳴らした。
「今回の件、上に話を通しておきましょうか?
少なくとも、裏でコソコソと動き回られる事は無くなるかと」
「んー……。いや、話を通すのはこんさんの上司だけでいいかな。
“どう扱うかはお任せします”って伝えといてくれる?」
「宜しいので?」
「いいよ。こっちはこっちで色々搾り取る事で話が纏まったからね」
政府内部の勢力図情報、なんてものがこちらに少しも入ってきていない以上、馬鹿正直に筋を通すよりは、有用に使ってくれそうな味方に流しておいた方がいいだろう。
どんな組織も一枚岩ではないし、人間は三人集まれば派閥ができる生き物だ。
妬み嫉みでの足の引っ張り合いなんてものは、どんな業界でだって起こり得る出来事である。
政治の中枢ほど、それが顕著な場所もあるまい。
情報の使い道はいくらでもあるだろう。
秘密主義でも何でもいいから、さくっとこの戦争終わらせてくれると嬉しいな!
いやほんと上さえ有能ならこっちがこんな気ィ揉む必要無いよねマジで。勝って生きて帰れるんなら駒扱いだろうが肉壁扱いだろうが甘んじていいのでほんとお願い。ほんと。気がついたら敗戦で死亡とか無しで。改変された歴史と共に露と消えるエンドやめて。情報少なすぎて真剣にその可能性が頭から消えないの勘弁して。
前線に土日祝日は存在しないんです……年末くらい実家に帰省したかった……第二次世界大戦中だってクリスマスは休戦してたのに歴史修正主義者三百六十五日休みなしとかなんなのお前らほんとに日本で発生した生命体(暫定)なんです? 畜生歴史修正主義者しめやかに爆裂四散しろ。
「分かりました、お伝えしておきます」
「よろしくね。……あーあ。久しぶりにデスマの予感がするなぁ……」
また総大将押し付けられたしね!
理由? 一番名が売れてるからだよ。権威とか名声ってほんとすごいね涙出ちゃう。
お話合い纏めて他人のした事の尻拭いして責任負うだけの簡単なお仕事です。こんなんばっかだな私。
早めに顕現誰にするか決めてさっさと練度上げないと真面目に死ねそう。
自然、溜息が零れる。まったくもって、面倒な事だ。
■ ■ ■
情報を纏めれば、捜索範囲は自ずと限られてくる。
得意満面で情報担当を請け負ったミケさんの仕事振りは迅速だった。
「失踪してるのは、付け入る隙のある審神者、か……」
こんさん経由で送られてきたレポートの内容に、少し憂鬱な気分になった。
失踪した審神者達は、近侍と共に消えている。
依頼してきた議員の話では、消えた審神者に共通点は無いとの事だったが――ミケさんによれば、消えたのは“太刀以上”、または“ランクアップ未到達練度”の刀剣男士を近侍として連れていた者ばかり。
失踪事件を政府が認識したのは秋頃。以降、徐々に失踪する人数が増えていくのに対してなおも解決の糸口が掴めていない事から、現場の審神者にお鉢が回ってきたようだ。
城下町ですら安心して出歩けないとかね、うん。もうこれ泣いていい?
せめてお膝元での治安維持くらいは頑張ろうよ……信用に関わる問題だから内密に収めたいって腹もあるんだろうけど、もうこれ逆に公開して自衛呼びかけた方が良くないか……今でも刀剣男士とか審神者同士でもめたり店員とでトラブル起きたりって話聞くのに更に問題案件詰むのやめようぜジェンガじゃないんだから。
審神者によっては近侍連れてけなかったりする事もあるからね。買い物にすらいちいちボディガード連れてかないといけない時点で安全度お察しだってのに。勘弁して。
「まぁーだ仕事するつもりかい、アンタ。いい加減休んだらどうだい」
レポートが手元から消える。
酔いでほんのり頬の赤い次郎さんが、眉をひそめて見下ろしていた。
いや、それ片付けないで最終的に苦労するの私なんですがね。あとこんさん。
博多さん巻き込めば前よりはマシに……いやだめだそもそも過労死寸前のデスマ前提にするのが良くない。
とりあえず、唇をへの字に曲げて手を突き出す。
「次郎さん、私まだ読み途中」
「……仕方ないねえ」
渋面で、次郎さんが嘆息する。背中と膝裏に腕が差し込まれ、視界が回った。
私をあぐらをかいた膝の上に横抱きにした次郎さんが、レポートを目の前に差し出して鼻を鳴らす。
「これならいいだろ」
「良くない……何一つとして良くない……」
「嫌なら風呂入って寝な」
レポートを受け取って睨むが、次郎さんは涼しい顔だった。畜生。
する、と無骨な手が頬を滑って、髪を梳いていく。
言葉と裏腹に丁寧な、慈しむような手付きが心底むず痒くて居た堪れない。
こんさん早く帰ってきて……ご主人に報告済ませて早く帰ってきて……誰だ手土産まで持たせて「ゆっくりしてきていいよ」なんて言った奴はって私だよアホ! 私のアホ!!
酒精を漂わせる吐息が、耳朶にかかる。次郎さんが耳元で囁く。
「で、どうなんだい。ちゃちゃっと片付けちまいたいって言ってたろ」
「……まぁ、それはそうなんだけど」
憮然としながら、レポートに目を落とす。
事件が起きているのは、夕刻から朝方にかけての時間帯。容疑者の手掛かりはゼロ。
ミケさんのレポートは、城下町の都市伝説まで含めていくつかの推論を提示していた。どれも同じくらい信憑性があり、そして同じ程度に胡散臭い。
曰く、逢魔が時に出入りをすると、知らない場所に繋がってしまう。
曰く、城下町では丑の刻、百鬼夜行が行われている。
曰く、一人、主を訪ねて彷徨う三日月宗近が出没する。
曰く、刀剣男士を売買している店がある。
ありがちな都市伝説と笑い飛ばせないのが審神者業の怖いとこですねほんと。
しかし、よく短時間の間にここまで情報集めて纏めたなー、ミケさん。
城下で最近失踪した審神者に絞って聞き込めば、もう少し情報は集まりそうではあるけど――駄目だな。悠長にやってると年越すわこの案件。議員から搾り取った情報も併せて羅列されているが、それを見る限り被害件数も被害者の近侍の方も、練度の高い者がちらほら混じるようになってきている。
あまり気長に構えていると、もっと大事になりそうだ。
そもそも、だ。
失踪した審神者と近侍は、どうなっている?
現世であれば。これを拉致・誘拐事件として見た場合、ターゲットの生存確率は発生後二十四時間以内で70%、四十八時間以内で50%、七十二時間以内で30%。
目的が殺害であった場合の生存確率は、一時間半以内で75%、二時間以内で53%、三時間以内で44%。
アメリカでの統計結果だ。戦争中であるという現状、今まで犯人らしき人物からの要求も自己アピールも一度とて無い事、更に審神者という仕事の特殊性を考慮するなら、既に死んでいる可能性が最も高い。
これを迅速に解決する手段として、ぱっと思い付くのは囮作戦な訳だが。
間近にある顔を見上げる。「ん?」と、次郎さんが、やわらかく唇を釣り上げて目を細めた。長い睫が黄玉の瞳に影を落とし、琥珀の色味を帯びる。てろりと蕩けた双眸が、蜂蜜めいた甘さを滴らせて見返していた。
……うむ。私は何も見なかった。再度視線をレポートに落とす。
城下町に連れて行ける刀剣男士は一人。囮作戦をするなら、必然的に練度の低い男士になる。
当然、他の審神者と連携の上での作戦になるが、それでも危険な事に変わりはない。大太刀ではあるが、次郎さんは練度最上限。連れて行く、という選択肢はハナから無い。
「可能性の高いものから手分けして片付ければ、何とかなるかな?」
何でもない風にそう告げれば、次郎さんが「そりゃあ重畳だ」と機嫌よく笑った。
それに内心だけで胸を撫で下ろす。よっしゃ次郎さんのお怒り回避。
あとは大きな怪我さえしなければ誤魔化せるな。大丈夫だ問題無い。たぶん。
「……ところで次郎さん。頭抱き寄せられると、すごい動きにくいんですがね」
「いつまでも仕事してる罰さ。励みな」
慰めるように、本丸さんの桜がひらりと舞った。
誰か……誰か頼むから、この初期刀をどうにかしてくれ……。
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