かっぽーん。
ししおどしが鳴る。
本丸の色鮮やかな庭とはまた趣の違う、枯れ山水の庭。
いかにもな高級店の風格を感じながら机を囲むのは、この光景が似合いすぎる着流し姿の強面こと連理さんと、完全に浮いている茶金頭のにこにこ笑顔なお兄さんことミケさん。
どちらも演練場での一件以降、事後処理と後対応を通じて誼を結ぶことになった審神者である。はいめっちゃこき使った現場指揮官審神者組ですよほんとその節はお世話になりまくりましたぜうふふ。
空いた上座の座布団をぽふぽふ叩いて、ミケさんが手招きする。
「ボスー、なに飲むー? 日本酒? ワイン? ビール? カクテルもあるみたいだよー」
「いやこれ政府からの呼び出しですよね。なんで既に呑んでるの……」
近くに転がる瓶と空ジョッキの数に突っ込んでいいかね。
おい私が来るまで何杯飲んだ。顔色真っ赤なんですけどどういう事なの?
ミケさんの近侍の大倶利伽羅と視線が合う。目礼されたので、軽く会釈を返しておいた。
とりあえず勧められるままに、上座に腰を下ろす。わぁいこの空間お酒臭い。
「久しぶりでございますな、総大将殿。一献如何ですかな?」
「遠慮しときます。――お久しぶりです、連理さん。今日の近侍は明石国行なんですね」
「蛍は身辺警護には向きませぬからなぁ。総大将殿は、骨喰藤四郎をお連れでしたか」
「脇差っていえばさぁ、最近新刀剣実装されたよねー。
玉集め面白かったなー! 後藤でもすれば良かったのに。次やるの、ちょう楽しみぃー」
「ふむ、“禍々しい敵”だったか。いやはや、あれは難敵でしたな」
「ああ、アレは難敵でしたね。
……実戦で相対する事になったらと思うと、まったくもってぞっとしない」
負傷を持ちこさない、“秘宝の里”限定の敵であったからこそ笑い話で済んでいるが、あれが実戦で相対する敵であったら、と思うと恐怖しか沸かない。プレオープン時よりは与し易くなっていたけれど、それはつまり、その気になれば攻守共にチート、という“どうあがいても絶望”な状態にだってできるという訳で。これは詰んでいる。
そもそも、あの“秘宝の里”。謎が多すぎるのだ。
多分、隠れ里なんだろうとは思う。しかしそれは推論でしかない。
政府との関係も、この戦いにおけるスタンスも明確ではないのだ。味方にはカウントしないのが無難だろう。
その点を考慮に入れたとしても、敵の姿が歴史修正主義者を模していた事や、敵札に、何故か脇差だけが存在しなかった事。集めさせられた玉の行方。審神者に明かされていない情報多すぎやしませんかね。泣くぞおい。
個人的に衝撃的だったのは毒矢の存在か。
あいつらに効く毒が存在するとかね。真顔になるしかなかったね。まじでか。
叶うなら製造方法知りたいところだったけど、そんなものホイホイ転がっているはずも無く。遠征鳩とかどうでもいいから。あの毒矢の方が重要だから!
刀剣男士一撃で戦線離脱させる毒矢があればどれだけ戦略の幅が! 広がると!!
「ボスはコーヒー嫌いだっけー? ジュースと紅茶とお茶どれがいい?
心配しなくても、費用は全部政府持ちだよ!」
「……じゃあこの煎茶セットで。骨喰さんも何か飲みます?」
差し出されたメニュー表を覗き込んで、後ろに控える骨喰さんを振り返る。
ほんの少し口の端を持ち上げて、骨喰さんは首を横に振った。
「構わない。気遣いは不要だ」
「欲しくなったら言ってくださいね」
「店員さーん。煎茶セットとー、カシスソーダ追加ねー!」
「桜肉の刺身一つ。酒も同じものを追加で頼む」
じゃんじゃか頼むなこの二人。
と、言うかどれだけ前からいるんだろ。もう既に結構飲み食いしてるっぽいけど。
「二人とも、いつからここにいるんです?」
「己は三時間ほど前より居りますな」
「んーっとねぇ。俺は一時間半くらい前かなー。
ほんとは連理のじーちゃんとは別の部屋だったんだけどねー、勝手に合流したー」
「政府の者と少しばかり話をいたしましてなぁ。
我らが呼ばれたのは同じ理由である様子であったので、なれば総大将殿とご一緒させて頂こうかと」
やだ連理さん悪い顔。
明らかに穏便じゃないお話ですよねソレ。少しってレベルじゃないよね?
「他にも何人か、お呼ばれしてたみたいだよー?」
「……うわ、ロクな話じゃなさそう」
まぁ、予想はしてた事だけど。
しかし何だろ。“秘宝の里”はとうに過ぎた、こないだの大阪城攻略も終わった。
演練場の一件は現場対応が終わった時点で政府預かりの案件になったし、その後について問い合わせても「貴方に権限はありません」とかで一蹴され倒してるからなぁ。ここまで秘密主義だと呆れ通して感心するレベル。
……新しく実装予定な刀剣男士の通知来てたし、ひょっとしてあれ関係だったりする?
「呼び出されたのは、次の戦場関連のトラブルで――かな」
「池田屋の記憶は陽動でありましたからなぁ。
偽情報に踊らされるとは、まったくもって不甲斐ない話だ」
「次の戦場は、鎌倉辺りでしょうかね。実装の予定が予定ですし」
髭切と、膝丸だったか。
この戦いに、新たに参戦する刀剣男士として政府から通知があったのは記憶にも新しい。
鎌倉幕府を立ち上げた源氏の宝刀だっていう話だし、彼等に縁のある土地が新たな戦場になってくる可能性もあるだろう。敵の狙いが歴史改変って以外、どこの何を改変したいのかさえさっぱり分かってないから憶測でしか無い訳だけども。結局は政府の通達待ちとか超歯痒い。ふええ信じて任せておきたいけど疑念しかない……つら……めんどい……ここらへん考えるの私らの仕事じゃないんですけどやだー超やだー。
「んー、見習い絡みの話じゃないかなー。
最近多いらしいよー? 見習いの本丸乗っ取りって。
俺のとこもこないだ来たしぃ。まぁ、見習いぶりっこした遡行軍のやつだったんだけどー」
「見習い? ……ああ、そういえば最近研修制度の試運転やってるんだっけ」
審神者業務を一通り体験して、刀剣男士と触れあってみよう! みたいなやつだった覚えがある。
新品の本丸をもらう審神者よりは、本丸引き継ぎ予定の審神者を対象にしたものだ。引き継ぎ審神者の生存率UPのためにも、絶対本格導入に持ちこんで見せると演練場の主任が息巻いていたのは記憶にも新しい。
あれ、そんな問題になってるのか。初耳。
「見習いか。あの案件、そうも問題になっておるのか?」
「いーっぱい悪い噂とびかってるよー。ブラック本丸の問題と合わせて、二大内憂みたいなレベル。呪具とか使って、好意を奪ったり、契約乗っ取ったり、洗脳したりするらしいけどー、いっちばん問題になってるの、身内のコネで圧力かけて本丸乗っ取り、ってやつかな?」
「? 分からんな。友軍だろう。
他人の軍事基地なぞ乗っ取ったところで何の旨味があるのだ」
連理さんが、顎を撫でながら首を傾げる。
届いた煎茶を啜りながら、同じように首を捻った。
たとえ本丸がブラックになっていても、基本、政府は関知しない。
“戦争を継続できる状態であれば、何がどうなっていようと一向に構わない”――少なくとも、私の知る政府のスタンスはそんなものだ。それを、わざわざ圧力をかけて取り上げる?
しかも、審神者のさの字も分かっていないだろう人間が引き継ぐとか。
「どう考えても戦力低下しか招かないなぁ……」
デメリットしかない。
どういう手段で乗っ取ったか、はこの際問わないにしろ、正規の引き継ぎではない訳だ。
まず、この時点でその前任者の友人知人である審神者から後ろ指を指される。出陣任務に関しても、古参ならばどこに出陣してもほぼ、検非違使が出現するようなマップだろう。
日々の差配に慣れた審神者でも、怪我人を出さないでおくのは不可能だ。
新人なら尚更だろう。練度が高い刀剣が怪我を負う、手入れで資材が溶ける、日課と資材のためにまた出陣する。出陣に慣れる頃には完全に資材貧乏になっていそうだ。かと言って出陣させない審神者なんて政府的にはただの金喰い虫でしかないし、戦力となるだろう本丸の枠を一つ潰すだけの行為でしかない訳で。
また、正規の契約でないなら刀剣男士にも警戒が必要だ。友好的でも、契約で縛っていない刀剣男士に全幅の信頼を置くのは自殺行為でしかない。知ってる。
そして、乗っ取りされた審神者だ。
確実に刀剣男士への不信感が残るだろう。それを許容する政府に対しても。
それまでと同様の本丸運営は難しい。本丸は閉鎖空間だ。その気になれば、日課などいくらでも手を抜ける。
そして業務が滞るという事は、戦線維持に支障を来たすという事だ。
最悪、敵にその不信を付け込まれる可能性もある。
潜在敵を抱えるとか敗戦まっしぐらじゃないですかやだー超やだー……。
連理さんの心底不可解そうな問いに、しかしミケさんは特に興味も無さそうな調子で「さー?」と肩を竦めて答えた。カシスソーダのグラスを揺らしながら、へらりと笑って軽い口調で続ける。
「でも刀剣男士って見目いいからさぁ、イケメンはべらしたーいとか、そんなミーハーな理由じゃないかなぁ?」
「いやそれは無い」
「仮にも戦場だぞ、そんな阿呆はおらんだろう」
あっけらとしたミケさんの発言に、私と連理さんの突っ込みが入った。
実際問題、圧力をかけられるような権力者ならこの戦いについてもうちょっと情報も手に入るだろう。
死の危険と隣り合わせの戦場に、可愛い我が子を放り込みたいと思う馬鹿親はいまい。刀剣男士なんて結構ホイホイ集まってくるものだ。本気でイケメン侍らしたいとかトチ狂うにしても、新規本丸で財力にモノ言わせた方が安全性は遥かに高い。わざわざ危険度上げていくとかばかなのしぬの? 我が子を始末しておきたい系なの?
「ホントなのにー。ネット、そういう話で持ちきりだよ?」
「ふん。尚更嘘か誠かも分からんな。そんなもの、真に受けるのは馬鹿だけだ」
「個人的にはネット環境繋がるのが衝撃的なんですが。
でも、そういう話が噂でも飛び交ってるなら政府の評価ってだいぶ低いんじゃ?」
「せーかい! あっちこっちでさんざ叩かれてるー」
「さっすがボス、分かってるー!」とけらけら笑いながら手を叩くミケさん。
いや笑い事じゃねーよ。連理さん見なよ。苦虫噛み潰したような顔してるから。無能は死ねって顔だからあれ。
……上層部に関しての悪い噂が吹聴されてて、しかもそれが当然のように受け入れられてる訳か。
上に対して不満が集まるのは何処でも変わらないけど、これが敵が意図的に流してるような類の噂なら、相当やばくないか? 内部にどんだけ敵がいるか怖くて考えたくないです……情報操作されてそう……やだ、ひょっとしてこっちの情報筒抜けだったりする……?
思わず米神を抑えた。頭痛い。
「――失礼致します。政府のお役人様がお見えになりました」
■ ■ ■
「お待たせして申し訳ない。予定が立て込んでいてね」
現れたのは、四十代くらいだろう。
オーダーメイドだろうダークスーツに身を包んだ、長身でがっちりした体格の男だった。
胸には菊の意匠が掘り込まれた金バッジ。
政府のお役人はお役人でも政府の議員、か。にしては若いな。
爽やかにそう言って入室した男は、机を囲む私達を見て、次いで一番下座にあたる席だけが空けられているのを見て、私を見た。うん、お客様で呼ばれた訳じゃないって事かな。
その視線の動きを見て取ったのだろう、骨喰さんがわずかに殺気を帯びる。
「ほーんと、待たせすぎだよねー。
呼び付けたんだからさぁ、時間通りに来るのがマナーだよー?」
「止せ止せ、文句を言っても始まらん。何か頼み事があっての呼び出しなのだろう。
立ったままでは話に差し支えよう。座られたら如何か」
連理さんが穏やかな口調で、下座に座るよう促す。
男の顔がわずかに強張った。煎茶を啜る。おいしい。
移動はしない。政府からの公式な命令であるなら、こんさんを通じれば事足りる。
つまり、こうして呼び立てられたのはこの男、ないしは一部の人間の意図があっての事なのだろう。どんな話が飛び出すにせよ、そうである以上選択権はこちらにあるし、譲る気も無い。
なんでか私が一番上の席順に座ってるしね! 私が譲ると、必然的に連理さんとミケさんが譲らざるを得なくなる。そうである以上、下座に移ってやる道理もない。
しばしの沈黙の後、男は荒い仕草で下座に腰を下ろした。
「ちぇ。帰れば良かったのにー」
小さな声で、ミケさんがにこにこ毒を吐いた。
うん。それは否定しないけどちょっと本音は慎んでおこうぜ。
「ミケさん」
「はーい、わかってまぁーっす」
「――では、お話を伺いましょうか」
話を切り出せば、はっとしたように男が咳払いした。
「ン、ンンッ。あー……。
ここしばらく、この城下町で起きている審神者の連続失踪事件はご存じかな?」
切り出された言葉に、連理さん、ミケさんと目配せを交わし合う。初耳なんですがその事件。連理さん知ってる? あ、知らない。ミケさんは。思い当たるフシがある? OKどうぞ。任せる。
「それってさー、城下町に入った人数と、出ていった人数が釣り合わないって噂のやつ?
ありがちな都市伝説ネタだと思ってたんだけどなー」
「おそらくそれだろうね、君。
安全であるべき城下で、審神者が消えるなどありえていい話では無い」
「でも、それは実際に起きている――と」
「ああ。こちらでも調査は進めているが、どうにも手がかりが掴めなくてね……。
そこで、優秀な君達に白羽の矢が立った、という訳だよ」
うっさんくっせー。
うん、骨喰さん。ドヤ顔やめようか。
明らかにリップサービスだよ。面倒事丸投げされそうになってるんだよ?
そこ褒められたって喜ぶところじゃないから。
つらつらと水のように流れるうすっぺらい賛辞を適当に聞き流しながら、セットの季節の和菓子をつつく。
……失踪。失踪ねぇ。
わざわざ首を突っ込む必要は無い話だ。
他にも頼まれた審神者がいるなら、尚更に。
だが、気になるのも確かだ。
城下町がいくら平和だろうと、今は戦争中である。敵の影を疑って然るべきだろう。
政府に任せてばかりでは、大事な情報など何一つとしてこちらには入って来ない。演練場の職員さん達は良くしてくれるが、彼等も末端だ。握っている情報の重要度はさして高くない。
どうしようもなく手遅れになってから巻き込まれるよりは、まだマシだ。
「総大将殿、如何なさいますかな?」
白けた表情で、連理さんが小声で問う。
煎茶を飲む。ミケさんが、横目にこちらを伺っていた。湯呑みを置く。
「……情報源は、いくつあってもいいですよね?」
「成程。道理ですな」
「了解でーす」
連理さんが笑う。ミケさんも笑う。
二人そろって、とてつもなく悪い笑顔だった。やだ政府のひとかわいそう(棒読み)
「分かりました。その一件、お受けさせて頂きます」
「ああ、引き受けてもらえるか! いやいや、これは有難い事だ。
では、詳しい事は秘書を控えさせてありますのでそちらに確認を――」
「おや、これは異な事を。話は終わっていないだろう?」
「そうそ! 任せて丸投げはいけないよー」
大倶利伽羅がミケさんの目配せを受け、襖の前にどっかりと座って本体の打刀をちらつかせる。
そそくさと中座しようとした議員の肩を、面倒そうに明石国行が叩いた。
「こっから長いでぇ。ま、堪忍な」
さーて、楽しいお話タイムと洒落込もうじゃないか。
そんなに青い顔しなくても、ただの話し合いだよ――ただの、ね?
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