謎空間から脱出したら遡行軍だらけだった訴訟。
 全員ズタボロ仲良く中傷重傷パーティだってのにこの仕打ち。窮地を抜けてまた窮地ってクソゲーにも程がありますね!!! 連理さんがお迎え寄越してくれなきゃ何人か折れてたんじゃないかと思うの。ほんとギリギリで生きてる……難易度ルナティックじゃねーかおい。しかもあの謎空間と現実の時間の進みが浦島太郎方式っていうね。
 体感で三十分も経ってないのにもう新年とか、ほんと色んな意味でシャレにならない。
 気軽に時間の流れが違う系の空間生成するとかこれだから人外は。
 その上、私がいない間に遡行軍うじゃうじゃ湧いて出てたらしいし。そんな状況だったってのに、皆、ずっと戻って来るの待っててくれたみたいだし。何やってんの? ほんとなにやってんの? 自殺願望でもあるの?
 面倒事に巻き込んだ自覚はあるから、普通に撤退してるかなーって思ってたんだけど。
 まったく、揃いも揃って物好きな事である。

 なお、現在は政府の人間は把握できる範囲で避難させ終わっており、あとは適度に遡行軍を引っ掻き回しながら、不利にならないよう戦況を維持している状態だそうだ。損傷の酷い刀剣男士については、悲しい居残りを課せられた警備の術者さん達と一纏めにされているそうなので、追加で守り要員に唯織さん(気絶中)とその刀剣男士達(+榊原ジュニア)を加えておいた。護衛は大事だね!

 で、そこまでは良かったんだけど。

「ばるすー」

 某名作映画の破壊の呪文を唱えながら、指令書を手動シュレッダーで破棄する。
 よれよれな警備の術者さん達がぎょっと目を剥き、一虎さんはツボったらしく大爆笑。ミケさんはともかく連理さんまで笑いを堪え切れていないのは、たぶん連戦ぶっ続けのストレスで笑いのハードルが下がっているのだろう。
 ウッソだろオイみたいな顔をして遠巻きにする術者さん達、笑っている審神者達と見守る近侍の刀剣男士というちょっとしたカオス空間が発生する中、指令書を持って来た黒い管狐(政府専用バージョン)がムンクみたいな顔で「あ゛あ゛あ゛あ゛ーっ!」と悲痛に叫ぶ。すごいな……狐ってこんな顔できるんだ……。

「何をなさるのですか雛鴉様! これは正式な指令書なのですよ!? どうしてそのような御無体を!!」
「雛鴉じゃないしですし。あと無体は政府ですよねこれ……援軍無しでこのまま掃討続行、しかも被害状況確認まで丸投げとかここまで粘りに粘ったけなげな私らに対して無体すぎるのでは? 人権って単語覚えるところから出直して?」

 襲撃から実質二日半経過してるのに、ようやく反応あったと思ったらこれかよ。
 げらげら笑い声の響く中、「そんなことワタクシに申されましても!」と伝言板が半泣きで抗議する。そうだねどうしようもないね。知ってる。

「じゃあ伝言でいいですよ。せめて支援物資であれだ、兵糧丸? 寄越せって言っといて下さい」
「それワタクシがお伝えするのですか!?」
「それが仕事ですよね? 支援物資か援軍か。こっちも手探りでやってるんで、政府から官僚で誰かこういう場面での処理について理解してる人も寄越して欲しいですね。術者さん方はそこら辺職務外でよく分からないらしいですから。それで不備があって後から文句言われたくないですし。
 今日の日没……十七時までにこちらの要望がひとつも通らないなら、全員撤退しますからそのつもりでどーぞ」
「躊躇いも悪気も無いぃ……! お上からの指令を何だと……!!!」

 崩れ落ちて地面をべちべち肉球で叩く黒い管狐。
 小動物なので嘆こうが怒りに震えていようが刺激される罪悪感は無いしほんわかする。かわいいは正義。
 しかし上の命令には絶対服従! な軍人系擦り込み教育受けた訳でもない雇われしたっぱ審神者に、一体何を期待してるのかこの狐は。政府に対して刀剣男士ばりの忠誠心でも見せろって? ははは無い袖は振れんぞ。

「あらやだ、なぁに? なんだかとても楽しそうね」
「皆の笑いツボが浅くなってるだけですよー」

 戻ってきた鈴さんに、ひらひらと手を振って返事をする。黒い管狐はびょいんと跳び上がって、「ではワタクシめはこれにてッ!!」となにやら切羽詰った声で叫ぶが早いかそそくさと姿を消した。……なんだ今のリアクション。
 未だに笑いの発作が治まらない主人に向かって「ばるす」と一虎さんちの同田貫さんがぼそりと呟く。あっ連理さん噴き出した。箸が転がっても笑いそうなノリの男連中をなまぬるい目で眺めていると、鈴さんに連れられて戻ってきた三日月さんが、袖で口元を覆い隠してよよよと崩れ落ちる。

「主、酷いではないか。俺を一人置き去りにするばかりか、見知らぬ者達に好き放題させるなど……!」
「いや診察してもらっただけですし、そもそも青江さん一緒に置いていきましたよね?」
「気にする必要は無いよ。彼、拗ねているだけだから」
「幼児か」

 ひょこっと三日月さんの後ろから顔を出した青江さんが、いつも通りの薄い笑みを浮かべながら目を細めた。
 思わず呆れた目で見てしまったが、三日月さんは「酷い、酷い」と泣き真似を継続している。愛染さんがけらけら笑いながら「総大将の姐さん、あんま三日月苛めてやんなよー」と便乗し、ミケさんも乗っかって「いーけないんだっいっけないんだー、せーんせーに言ってやろー」と囃し立て、ついに術者さん達まで噴き出した。小学生かな。
 例外は嫌そうな顔で主人から距離を取った大倶利伽羅さんと、陰鬱な無表情がデフォなうちの国広さんくらいか。

「……鈴さん、三日月さんの傷痕の見立てはどうなりました?」

 愉快な男連中を意図的に見ないようにしながら気分を切り替え、鈴さんに問い掛ける。
 鈴さんに三日月さんを預けたのは、身体に傷痕が残っていたからだ。
 同田貫さんのように顕現当初からあったならともかく、刀剣男士に、傷痕など本来残るはずは無い。だが実際に、月を写した美しい瞳は左目が完全に白濁しており、その左瞼から額にかけてには爛れたような醜い痕が刻まれている。爛れたような傷痕はうなじ、そして右肩から左脇腹にかけてもあった。本人達曰く、あの“三日月宗近”を仕留めた傷、だそうだ。塞がってるけど痕は残っているとか不穏過ぎですよねやだー!
 くすくす笑っていた鈴さんが、こほん、と咳払いして真面目な表情を取り繕う。

「彼の傷痕だけれど、呪詛が魂にまで及んでいたんでしょうね。人間と違って、刀剣男士の肉体が霊体に近いからこそ、なんだけれど……ああ、呪詛自体はもう心配ないから安心して頂戴」
「あ、良かった。そっちはもう心配ないんですか」

 安心させるように微笑んで太鼓判を押してくれた鈴さんに、ほっと胸を撫で下ろす。
 じわじわ侵食されてって狂い死ぬとか三日月さんも最終的に謎肉的なナニカと化すんじゃないかとか、そこら辺のマイナス予想がただの杞憂に終わってくれるみたいで嬉しい。

「ちなみにこの傷痕、手入れでもどうにもならなかったりします?」
「お守りの発動で消えていないのなら、手入れでも無理でしょうね。他の術者の子達にも見てもらって、同じ分霊を大量に錬結すれば、魂の欠損が補填されると共に痕も消えるだろうって結論で一致はしたのだけれど……」
「あー……三日月さんの分霊、出現率ひっくいもんなぁ……」

 審神者になってもうすぐ一年経過するけど、三日月さんまだ二振しか見た事ないんだよな……。
 一本目? 秋頃に来たよ。顕現する気無かったから刀解したけど、後でめっちゃこんさんに怒られた。
 それ以降、顕現しなくても本丸にいない刀はとりあえず一振ストックするようにしている。
 ごめんて……使わないなら解かしてええやんって思ったんだよ……そうだね戦力強化の際に選択肢があるのは大事だね浅はかでしたごめん。
 今後どうしたもんかなぁと首を捻っていると、三日月さんからやたら突き刺さる視線を感じた。泣き真似は止めたらしい。いつの間にか真面目な顔になっていた三日月さんは、目が合うと眉尻をへにゃりと下げて、さながら雨にうたれた捨て犬のような表情になった。どうした。

「……うん、なんだ。短い間だが、世話になったな」
「えっなんで去る前提で物言ってんです?」
「……? 主、俺の傷痕は容易く癒えんのだろう」
「そうらしいですね?」
「傷持ちの俺より、別の俺を呼んだ方が良くはないか?」
「? いやその傷、別に戦うのには支障ないんですよね?」

 あれ、私の思い違い? 実は戦闘不能レベル? 何気に痛かったりする? 鈴さんにアイコンタクトを取るも、鈴さんも困り顔で首を振るだけだった。そうだね痛みは申告されないと分かんないよね!
 「……ふむ」と何かに納得したかのように一つ頷き、三日月さんが真剣な顔で私を見据えた。ひとつきりになってしまった月の眼差しを見返しながら、夜空をそのまま閉じ込めたみたいだな、と今更な感想を抱く。

「主は、この傷をどう思う?」

 …………あー。

「私の誇り、ですよ。これからも、働きに期待してます」
「ふ――あっははは! そうかそうか! では、今後とも励むとしよう」

 傷痕があっても、三日月さんの輝かんばかりの美貌には些かの曇りもないらしい。
 天下五剣のうちでもっとも美しい刀。その評価に誰もが得心するような、そんな、煌めく笑顔だった。
 笑いの余韻を引き摺りながら、連理さんが意地の悪い顔をする。

「ふ、くくっ。総大将殿におかれましては、以前より口が達者になられたようだ」
「正直な気持ちですよ。連理さんが口先だけの感謝がお望みなら、好きなだけ言ってあげますけど?」
「いや、遠慮しておきましょう。しかし、良かったのですかな? 撤退を明言してしまって。
 政府の尻の重さを思えば、議論だけでこちらの指定時刻を超過しそうではありますが」
「いいでしょう、別に。いい加減休憩挟まないとやってらんないですよ?
 それに政府でも下の方の人達はともかく、上の人がこっちの言い分をどの程度飲んでくれるのか、どこまで真剣に受け止めるかってのは常々気になってた事ですから。使えるか使えないか見るにはいい機会だと思いますよ」

 そもそも、本来ここらへんの調整するのは政府の仕事じゃないのかと思うんだよね!
 なんで主に私とか現場が一から十まで取り仕切ってんだよ。おかしいだろ。
 もし撤退にだけは妨害入れてくるなら、その時はその時だ。こちとら疲れてんだよ、殴り倒してでも押し通るぞ。

「では当初の予定通りに順次離脱、と」
「援軍が到着し次第、ですけどね。司令塔失くして右往左往するだけの残党狩りに、さして数はいらないですし。
 私や刀剣男士はともかく、連理さん達はいい加減辛いでしょう?」
「……ふ。そうですな。流石に連日の徹夜は身に堪える」

 そう言って無精ヒゲの生えた顎を撫でる連理さんの顔は、どことなくやつれていた。
 二日半は辛いよなぁ……。いや、本当お疲れ様です。早いとこ本格的に休ませて然るべき。

――殿、ただいま戻りました……おや、ご歓談中でしたか。これは失礼」

 何処から現れたのか。管狐は神出鬼没だ。
 謝意を込めて頭を下げたこんさんに、連理さんは「いや、構わん」と肩を鳴らしながら返した。こんさんを抱き上げる。あーもっふもふボディ癒される……でも毛並み荒れてる切ない……この件終わったらケアしような……。

「お帰り、こんさん。烈水れっすいさん達はなんて?」
「はい。烈水様と結良ゆら様は準備が整い次第伺う、と。司馬しば様はゲートが繋がり次第おいでになるそうです。
 えん様からは自分では足手まといになるだけだ、と断られてしまいましたが、こんのすけ経由で支援物資を送って来て下さるそうで、兵糧丸もですが刀装がどれほど入用か知らせて欲しいとの事でした」
「炎め。また腑抜けた事を……」

 連理さんが、苦虫を噛み潰したような顔で低く唸る。
 烈水さん。結良さん。司馬さん。そして炎さん。彼等も演練場の一件でお世話になって以降、なんだかんだと縁の続いている元現場指揮官組審神者達である。あー烈水さんと司馬さん辺り、最初っから声かけなかった事について文句言いそうだなー……。どうしよ、言い訳考えるの超めんどい……まぁいいや、箝口令まだ入ってないし全部喋っちゃおう。

「兵站は大事ですよ、頼りになる補給担当じゃないですか。
 司馬さんとか、勢いに任せてロクに刀装も付けずに来そうですし……」
「うふふ、司馬の坊やならやりそうねぇ」
「なになに補給ぅー? 炎ぽんこっち来ないのー?」
「あ゛―……笑い死ぬかと思ったぜ……。……んあ? なんだ、あいつらも来るのか?
 おい鈴、これ正式な援軍じゃねーんだろ。遡行軍が漏れると拙いって、アホ共避難させ終わった時点でゲート封鎖になってたじゃねぇか。そこんとこどうなってんだ」
「何だ鈴、話していなかったのか?」
「……あら? 変ね、ミケちゃんと一緒に説明したような気がしていたのだけれど」
「それ、一虎が白目向いて寝てたせいだとおもうー。
 ちなみにゲートならねー、相模の演練場から非公式だけど繋げるように手筈整ったらしいよー?」
「起こせよミケェエエ!!」
「自覚なしで意識飛んでるってヤバくないですかそれ……。っていうか一虎さん、撤退の話の方は覚えてます?」

 一虎さんがばつの悪そうな顔になった。あっダメだこれ。
 近侍の同田貫正国が、一虎さんに問われるより先にとばかり「わりぃな主、俺も聞いてなかった」と清々しく言い切る。うむ、潔い。一虎さんがっくりしてるけどな! ミケさんと鈴さんが二人掛かりで一虎さんに再度説明するのを横目に見ながら、連理さんと目線を交わして頷き合う。

「撤退順は、一虎からが良さそうですなぁ」
「まぁ、一番負傷者多いですし妥当なとこですね。
 こんさん、烈水さんと結良さんには夜間・閉所に対応できる部隊編成で来るよう伝えておいて下さい。
 物資は……んー、兵糧丸十五は最低値として、そっから援軍が来るまでで――

 そういや唯織さん、まだ気絶してるのかな。
 後で様子見に行ってこよ。


 ■  ■  ■


 刀剣破壊寸前、あるいは一歩手前な男士達で野戦病院さながらの中。
 探していた人物は、その片隅で大和守安定だけをお供に、ぼんやりと空を見上げて黄昏ていた。
 私が近付いてくるのに気付いた安定さんがぺこりと頭を下げて唯織さんに知らせる。振り返った唯織さんは、あからさまに嫌そうな顔をしていた。あっちょっと傷付く。

「目が覚めたみたいで何よりです。体調どうですか、唯織さん。無理してません?」
「……煩いわね、見て分からないのかしら。平気に決まってるでしょ」
「主……なんで素直に心配しなくても大丈夫って言えないのさ……」
「いいのよ。この女、私が使えるかどうかの確認がしたいだけだもの」

 つん、と顔を背ける唯織さんに、思わず苦笑いを零した。よく分かっていらっしゃる。
 とても気まずそうな顔でおろおろしている安定さんに、苦労してるなぁとちょっぴり遠い目になりながらも、指摘通りなのでとりあえず謝っておく事にした。

「ごめんなさい、思った以上に人手が足りなくて。だから唯織さんにいてもらえると嬉しいんですけど……それで取り返しのつかない事になったら、元も子もありませんから」
「なにそれ。余計な気を回して、バッカじゃないかしら」
「主。……気遣ってくれてありがとう。
 消耗はしてるけどもう元気だから、気にせず使ってくれて構わないって主は言いたいだけなんだ」
「うるさいわよバカ定」
「ありがとうございます、助かります。
 ……今後の予定なんですが、援軍が順次到着し次第、負傷した男士の多い審神者から撤退する手はずになってます。唯織さんにはこのまま負傷者や術者陣の護りをお任せしたいので、申し訳ないんですが退却は最後の方の予定になっているんですが――気分が悪くなったり、調子を崩すようなら言って下さい。できるだけ対処しますから」
「いらないお世話よ」
「主―……」

 ふん、と鼻を鳴らす唯織さん、額を押さえる安定さん。
 まぁ頼まれてはくれるみたいなので有難い。口は悪いけど唯織さんって何気に律儀で人が良いよね! 口は悪いけど。長居しても安定さんの心労がマッハになるだけだろう。お礼を言って踵を返せば、背中から深い溜息が聞こえた。「ちょっと!」と声を掛けられて振り向けば、唯織さんが睨むようにして私を見ていた。なんですかね。

「……。あんた、私が敵側だとは思わないわけ? 私を連れてきたの、裏切り者だったのよ?」
「いや、穢れにあてられて棺桶に片足突っ込みかけてた人に言われても……」
「うっっさいわね! 私だってあんなになると思ってなかったわよ!!」

 カッと顔を真っ赤にして唯織さんが怒鳴る。えっ予想してなかったの? マジで?
 思わず首を傾げれば、怒鳴り声に反応したのか何処からともなく「ゆるして、ゆるしてしてくれぇええええ……!」という鶏を絞めたような聞き苦しい絶叫が響いてきた。まだやってたのか。
 ジュニアそろそろ正気に戻ってるかなって思ってたんだけど、あれじゃまだまだ時間かかりそうだなぁ……。
 丸まってガタガタ震えているジュニアを一瞥し、眉根を寄せる。……あー。話戻すか。

「……唯織さんが敵側っていうのは無いでしょう。
 まぁ、審神者一人始末できない腰抜けってなら話は別ですけどね!」

 改めて今思い返してみると、唯織さんってば結構私ら殺せる機会が何度かあったな! やだウケる。
 殊更爽やかにそう言い切って、ぐ! と親指を立ててウインクしてみせるも、唯織さんと安定さんから返ってきたのはドン引きしたと言わんばかりの表情だけだった。
 あれっ笑えない? そんな馬鹿な。ミケさんとか一虎さん辺りなら絶対笑うぞ。
 そっと斜め後ろに立つ護衛の国広さんを振り返ってみる。
 そうだね君にリアクションを求める私が間違っていたね。ごめんて。

「……あんたもそうだけど、あんたとつるんでる連中も大概頭がおかしいわよね。
 なんでそういう事、笑って当然の事みたいに話せるのかしら」
「深刻な顔しててどうにかなる訳でもないですし……。あとさっきのは軽いジョークですジョーク」
「そういう冗談平気で言う人、私嫌いだわ」
「えっごめん」

 思いの外ガチトーンだった。とてもつらい。
 ふ、としかめっ面だった唯織さんの眉間から、少しだけ力が抜ける。

「嘘。……怖いのよ、あんた達」
「怖い、ですか?」

 首を傾げた。え、怖いか……? 確かに一虎さんはゴツイし連理さんどっかのヤクザの親分みたいな見た目してるけど、どっちも怖いのはぱっと見だけだしなぁ。ミケさんなんてとっつきやすさEXだし、私に至っては人畜無害そのものである。鈴さん? 癒し要素の塊だよね。
 そもそも唯織さん自身、怖いっていう割には怯えてたようには全然見えなかったけど。空耳かな。

「可笑しな話よね。軽蔑してるのに、まだあのバカの方が理解できるのよ。だから余計に腹が立つんだけど」

 疑問符を浮かべる私に構わず、唯織さんは何処か暗い口調で続ける。
 あのバカ、と言って視線をやったのは、言わずがなも絶賛発狂中な榊原ジュニアだった。えー……?

「……演練場に遡行軍が攻めてきた時もあのバカ、近侍に引き摺られながら司馬君に怒鳴られて泣き喚いてたのよね。あいつがもっとしっかりしてれば。ちゃんと指揮を取ってくれてたならって、ずっと考えてた」

 そういえば、顔合わせた時の会議でそんな話していた覚えがある。
 しかし、担当が西ゲートだったとは知らなかった。ちょうど、ジュニアと司馬さんに指揮を任せた所である。
 おかしな縁もあったものだ。あの時点で、人格や能力を精査している間は無かった。司馬さんが粘ってくれたおかげというのもあって、むしろ上手く行った方だと思っているが――任せた身としては、耳が痛い話である。

「馬鹿よね。私だって、動けなかったのよ。
 清光きよみつ達が戦ってくれてる中で、情けなく震えてるだけしかできなかったのに」

 唯織さんの声に、悔恨が滲む。

 そうか。
 ……あの時、折れたのか。

「……違うと思ったのよ。私だって、できるはずだって思ったの。
 笑いなさいよ。強引に首突っ込んだ癖に、ほとんど何にもできなかったんだから」

 俯いた唯織さんの、表情は伺えない。
 ただ、分かりやすい程に震える肩が、その心情を雄弁に語っていた。

 落ちた沈黙を縫うように、ざぁ、と風が吹く。
 何処からか届く烏の声に混じって、ジュニアの赦しを求める繰り言が流れていく。
 ……少なくとも。彼は主として、悪い人間では無かったのだろう。ジュニアの鶴丸さんが、遠慮なく気絶した彼を引き摺っていたのを思い出す。決して置き去りにはしなかった。そういう付き合いのできる程度には、それが許されると信じられるくらいには、彼等は友好的な関係だった。化け物になって尚、求め続ける者がいる程。

 赦してくれ、赦してくれと男が慟哭している。
 震えながら哀願している。あれが倒されてから、ずっと。そればかりを。
 彼は生き残った。生き残れた。死んでしまった、五木さんと違って。唯織さんの刀剣男士と違って。

 なんだか無性に、次郎さんの顔が見たい気分だった。
 小さくかぶりを振る。慰めは、侮辱になるだけだ。私が言っても嫌味にしか聞こえないだろう。
 心の中だけで溜息をついた。なんでもないような調子を装い、口を開く。

――できる事をすればいいじゃないですか、行方不明の審神者達の救出とか。
にっちもさっちもいかない状況になってるでしょうし、首突っ込むのもいいんじゃないですか?」
「……どうしろってのよ。私はこんな体質だし、うちの男士達、悔しいけどそんなに強くないわよ?」
「んー。どの本丸が怪しいかの調査とか書類作るのとか、あとは保護した審神者の対処とか。
 人手は多いに越した事は無いですし、サポートだって立派な仕事だと思いますけど」

 緊急性を要するヤバい方は片付いたけど、行方不明の審神者達に関しては、未だに解決していない。
 と言うか、五木さんがいなくなったので実質担当者不在の状態である。そもそも今回の一件を斡旋してきたのがアレなので、ぶっちゃけどうなってるか考えたくも無いですねやばい。
 唯織さんが顔を上げた。きょとん、とした様子で見開かれていた目が半眼になり、呆れ顔へと変化する。

「……あなた、ひょっとして自分も関わる気でいるの? 呆れた。一度は他人に丸投げしたじゃない」
「私の場合、関わる気でいるっていうより関わらざるを得ないって状況なんですけどね」

 この件について関わってるって噂がわりと広まってるし、確実に窓口扱いにされる。
 それにこれ、結構えげつない案件だからなぁ。被害者(遺骨)のたんまりある本丸跡も扱いどうなるか分からないけど、その後の審神者救出とか調査とか下手すると遡行軍との癒着まで出てくる可能性あるから下手な審神者に割り振れないと思う。なんで過去の私は情報集まるように保険なんぞかけてしまったのか……ここまで複雑化してからリリースされるとまで予想してなかったしあわよくば五木さんに半分押し付けられると思ってたからだよ!!!! 
 過去の自分が巡り巡って自分の仕事を増やすとか、まったくもってふざけてるね。超めんどい。

「唯織さんも、ここまで関わってる時点でそもそも選択権ないと思いますよ。あんま表沙汰にできない話ですしね、上は箝口令敷きがてら関わった人間抱き込んで管理下に置いた方がいいって判断するでしょうし。
 ――と、いう訳で。今後ともよろしくお願いしますね、唯織さん」

 いやあ、ひとりじゃない(推定)っていいね!
 にっこり笑った私の言葉に、唯織さんの表情があからさまに渋くなる。
 げんなりとした様子で、唯織さんはぼそりと呻いた。

「……私、あなたのそういうところ嫌いだわ」
「私は唯織さんのこと、結構好きですよ」




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俺達の戦いはこれからだ!(盛大なフラグ)

◎死亡者リスト
議員さん:スパイの末路って悲惨だね。なお秘書は姿を消した模様。
五木さん:権力大好きなよくいる太鼓持ちス●夫。別に死ぬほど悪い事はしてない。かわいそうに。
三日月型小狐丸さん:どの程度外部からの介入があったかは定かではない。安らかに眠れ。
浚われた審神者達:約六割ほどが生死不明。救出が待たれる。
食べられ男士組:審神者いないわ穢れだらけだわロクに抵抗できない負傷っぷり系本丸っていい餌じゃね?
政府所属な犠牲者の皆様:見捨てられたのがどれだけいるかを考えてはいけない。

◎番外リスト
榊原ジュニア:心が遠い所に旅立った。戻ってこれるといいね。