皆様御機嫌よう、何度となく発生する調書イベントループからようやく逃れたかと思えば今度は査問会にお呼び出しを頂きましたです。いつだって楽しくない予想ばっかり的中しますね世の中クソだな。
想像して欲しい。神妙な顔でずらっと居並ぶお偉い様方に囲まれ注視されながら、小難しいお話の合間に挟まれる自分の処遇を聞き漏らさないように拝聴する、という吊し上げな光景を。
休憩ちょいちょい差し挟んではいるけど、まぁ普通に苦行だよね! かえっちゃ駄目かな。
「君が意図的に審神者名“五木”及び菊池議員を見殺しにしたのでは、という疑義が提出されていたが、本件に関しては不幸な事故であったと調査結果が出た」
名も知らないお偉い様の一人が、手元のぺらい書類に目線を落としたまま朗々と響く声で告げる。
さわさわと、室内のあちらこちらで囁き交わされる言葉がどういった類のものかはあんまり考えたくはないよねアッハッハ。うん。ね、イジメとかよくないと思うんだ。そりゃパーフェクト事実無根とは言えないけどその件に関しては冤罪です。っていうかそこ私の所為にされても。
まぁ、見逃してはもらえないよなーとは思ってはいたけどさ。わりとやらかした自覚はある。
勝手にゲート動かしてもらって? 予定にない増援呼んで? 掃討は完全には行わず? 生き残り捜索もろくろくせずに打ち切って? さっさか尻尾巻いて帰還しましたけどもね?
でもせっかく拾った命をドブにボッシュートする趣味ないですしおすし。
あと損害増やす趣味もないですそもそも文句あるなら誰か代わりに指揮取る人間寄越してどうぞ。
私が仕切ってたの権限あるからじゃないんだぞ。完っ全に“流れでなんとなく”状態でなあなあでやってんだぞその時点で可笑しいだろしかもこれ去年夏以来! 二回目!!
審神者って公務員なおしごとのはずなんですけどね。こんだけ死ぬ目にあって特別ボーナスも危険手当も寸志も見舞金すら出ないんだよね。政府ブラック過ぎでは? 多少のおやんちゃくらい見逃すべきだと思うの。
「度重なる命令違反、及び立ち入り禁止区域への侵入幇助については、現場の警備の者達から証言が寄せられている。複数名の上位者からの実現困難な指令に加え、審神者及び術者各位の著しい疲労。更に部隊の損耗状態を鑑みれば、あれ以上の駐留は全滅の危機すら招いた、と」
そもそも、だ。
この仕事に関しては常々疑問が多かったんだけど――審神者、軍人じゃなかった。あと警察関係でもない。
審神者の基本的な仕事は“刀剣男士を励起・顕現し、時間犯罪者たる時間遡行軍を追伐して歴史を守る”事である。お仕事内容をざっくり大別すれば社会の治安維持なので、審神者はタイムパトロール的なやつなのかと思えばさにあらず。警察権、つまり治安維持の為に必要とされる権利は審神者に与えられていない。
で、それなら自衛官の一種かと言えばそうでもない。審神者の所属は、防衛省ではなく内務省神社局。
結局どういう事なのかって?
審神者は公的には“歴史観測しながら刀処理するだけのおしごと”って扱いって事だよ☆(白目)
あんだけドンパチやらかして! 死ぬ思いして! 危険と隣合わせでも! それが実際の仕事であったとしても!! 法関係も権利罰則規律規則その他諸々一般ピープルとなんの変わりもございません私らのおしごと書類上はそこらのお役所で働いてる皆様方と同じレベルの取り扱い!!! 違いはちょっと特殊技能必須な専門職って程度とか! そうだねオカルト要素視野に入れなきゃ遡行軍殲滅もただの刀剣専門廃棄業者なおしごとですもんねぇええー! なんの冗談だこれ。
なので、うん。年末らへんでやった囮作戦、実は全力アウトでしたてへぺろ。
はい違法施設とはいえ客引き恫喝して建物踏み込んで営業妨害して器物損壊して店員鎮圧・拘束やらかしました普通にしょっ引かれて文句言えませんどうもありがとうございます。こっちの思い違いもあったけど、そういやあのスパイな議員さんも細かな権限については全部口頭許可オンリーでいらっしゃいましたねド畜生が。
調書で判明した今更な事実がひたすら胃にヘビー級。
まぁなんでかその辺り、調書の時さらっと流された上査問会で突っ込まれる気配も皆無なんで見逃されてる感あるけども。後々不意打ちの材料にされそうで怖いからそういうのやめよ? 全部解消してこ? こわすぎか。
「多少の横紙破りがあった事は確かだが、犯罪行為と呼べるほどの問題行動は認められない」
っていうかね。審神者関連のルール整備がマジでヤバい。
ウッソだーって言いたくなるレベルで曖昧ゆるゆるふわっふわしてる。内務省と現政府の実質ゴリ押しと、法の隙間を縫っていく絶妙なバランス感覚で審神者職が成立してる。しかもこの情報自体、しっかり書面で纏まってる訳じゃなかった。神社局に問い合わせてものらくら出し渋られたから、演練場の職員さん達にこんさん、ついでに年末年始にお知り合いになった術者さん達に調書で顔合わせてた人達まで万遍なくちまちま話と書類掻き集めてようやく判明したという有様である。
ここまででも十分顔を覆いたくなる惨状なんだけども、審神者の立場や権限について調べる過程で更にクソみたいな事実に行き当たってしまったので、正直今すぐでも荷物纏めて辞表叩きつけて何もかも忘れて実家に帰りたいですはい。やめてそういう実働で馬車馬みたいに働く人間に危ない橋渡らせて責任丸投げなの。しごとして。
まあ正直、警察沙汰でなくて完全に身内で固めての査問会って時点でやばさEXだと思うけどね!!!!!
この査問会の存在自体からしてまっくろくろすけ疑惑あるのほんとなんなの……っていうか時代違いの人間って法的にどういう扱いになるんだ……そういう反則バグ技的なので色々辻褄合わせるのほんとやめてほしい……不始末のツケ払うの現場なんだぞ……こんなんで遡行軍に勝てるのか不安で仕方ない……。
「審神者名“雛鴉”。以上を以て、本査問会は君に対する懲戒処分の申請を棄却する」
「ご高配、感謝致します」
内心ではこの場でついでに色々物申したい事が露店で叩き売りできるレベルで山積みされているが、とりあえず神妙な顔を取り繕ったままに頭を下げる。年末年始でお知り合いになった術者さん曰く、なんか私、知らないうちに上層部のあちこちに不興を買ってるらしいので、査問会の席では表面上だけでも真面目かつ忠実そうに取り繕っておいた方がいいとかなんとか。わぁい取り繕わなかったら具体的に不幸が降りかかるフラグですね超やべえ。
さて、思う所しかないけどこれで晴れて自由の身。
後は腰を据えて、年越し課題である行方不明審神者達の救出に取り掛かるだけだ。
……法律に引っ掛からないようによくよく気をつけながらだけどね! いやほんっとおかしいなぁ!?
■ ■ ■
重要な議題ほど、審議の場に出る頃には予め結論が決まっているものである。
談合、密談、癒着、裏取引。呼び方は様々あるが、どれも意味合いとしては似たような揶揄を含んでいる。白昼堂々、正面から意見を戦わせ、すり合わせて妥協点を探り合う。それが議論のあるべき姿ではあるが、残念ながらと言うべきか、この国では議論の中身より事前の根回しこそが重要であった。
その良し悪し、理非については今更問うまい。古来、歴史を振り返れば自明な通り、人間の行いも如何な政治形態も、完璧無比であった事など一度たりとてありはしないのだから。
「大方の予想通り、情勢は順調に悪化しつつありますな」
「仕方あるまい。夏の一件でもそうだが、秋のアレで審神者を相当数失ったからな……」
「だが、人員補充の目途は立っている。
練兵に時間は要するだろうが、防衛線の拡大に伴い多少は情勢も改善するのでは?」
「はい。“石見”、“伯耆”、“越中”、“肥後”、“加賀”。
新たに構築予定のどの陣地でも、最低防衛数は問題無く確保できる見通しが立っています」
「しかし、審神者就任年齢の引き下げ率が大きすぎはしないかい」
「四歳から、だったか。……児童福祉団体が騒ぎそうだな。真剣を玩具にするには早い年齢だとは思うが」
「年越しの一件。あれで審神者就任年齢の引き下げが、碌々議論も尽くされず通ったが不運よ」
もっとも年嵩の老婆が、溜息を隠しもせずにそう嘯く。その声音は、何処までも苦々しく諦観に満ちている。
それも当然だろう。審神者の就任年齢引き下げは、前々から議論されていた事だ。ただ、最低下限年齢については激しい議論の的になる事が予想されており、それ故に叩き台として提示された数字でしかなかった。
まさかそのまま通るなど、関わった者達は誰しもが想像してすらいなかったのだ。
建前上はともかく、実質戦地と大差ないような場所へ子ども、それも幼子を送り込むなど、いくら戦況が悪かろうとも有り得てはならない事態だった。
「まがりなりにも意思を持った動く刀だ。あれらに指揮権を丸投げしている審神者も少なくは無いと聞く。
まぁ、無駄飯食らい共よりは使い物になると期待しよう」
「そうだな。むしろ、下手な大人を宛がうよりも子どもの方が相性は良いやも知れん」
「襲撃の件もあるし、過去から徴収した審神者なら書類上の年齢はどうにでもなる。世論は抑えが効くだろう。
それよりも審神者関連法案の成立を早急な課題とすべきだな。今回の件で骨身に沁みた」
「ああ、査問会ですか」
「……全く。ネームドの連中はどいつもこいつも、何を仕出かすか分かったものではありませんな」
ネームド。
それは審神者名を褒章として与えられた、傑出した働きを為した審神者を指す言葉だ。
審神者間で共有可能な巨大ネットサーバーの構築、城下町への出店を皮切りとした市場の開拓、審神者同士の相互扶助会の成立、科学と霊術や呪術の融合による新技術の確立に、術者まで巻き込んでの大規模な怪異征伐と、ネームド達がたった一年の間に引き起こした変化や革新は多岐に渡る。
どれもこれも、多くの人間を巻き込んでの行為。為した行為は良くも悪くも周囲に大きな影響を及ぼすものばかりであり、中心核となったネームド連中自身にさえ、最早制御は不可能だ。
今回査問会にかけられた審神者もまた同じ事。彼女は他のネームドと比べればまだ大人しい部類だが、既に自治組織――自警団とも呼ぶべきものを独自に形成しつつある。審神者の職務内容から考えればその資質は喜ばしいものではあるのだが、扱いを誤れば現代の二・二六事件を引き起こしかねないとして、危険度ではネームドの中でもトップスリーに入る。
要するに、政府上層部にとって“ネームド”とは取扱い危険物識別タグ以外の何物でもない、という事だ。
「警備の見直しと強化もしなければいけませんね」
「それもだが、いい加減どうにかネームド連中の動きは掣肘せねばなるまい。連中、またぞろ何をやらかすか分かったものでは無いぞ」
「しかし、功績に目を見張るものがあるのは確かだ。有用な人材は貴重だぞ……コントロールはできんがな」
「ランキング制度を導入してみてはどうでしょうか。
ネームドは概して、戦績優秀とは言い難い傾向にあります。目に見える評価が低ければ、ネームド周辺の関係もまた違うものになるのでは? ネームドが何か仕出かしても、影響力を削いでしまえばさほど問題にはならないかと」
優秀な技術者、有能な指揮官は必ずしも有用な兵士では無い。
政府が求めるのは勤勉な兵士だ。規定された以上の遡行軍討伐に血道を上げる、仕事熱心な殲滅者。
そういう意味では、時に政府からの任務さえ放り出してまで余計な事をやらかすネームド達とは正反対の人材と言えよう。“戦績優秀”。素晴らしいレッテルだ。使い道が複数あるのが特に良い。
何時の時代であろうとも、人間は何らかの物差しで彼我の優劣を量りたがるものなのだから。
「ふむ、ランキング制か。
……討伐数を可視化し、上位陣にそれなりの褒章を用意して競わせれば戦況にも好影響を期待できるか」
「それもいいのですが、優先順位で言えば不在本丸をどうにかするのが先ではありませんかね」
不在本丸。審神者にとっては元ブラック本丸、と呼称した方が通りは良いだろう。
かつて審神者が存在し、そうして今は審神者に敵意あるいは隔意を抱くようになってしまった刀剣男士の溜まり場。通常の“本丸”としては、到底運用できない不良債権。それは審神者達の“不幸な事故”も相俟って、その数を増すばかりであった。
何処か覇気に欠ける垂れ目の男が挙げた議題に、「あれか。術者連中に処理させているのでは無かったか?」と他の者から話を振られ、恰幅の良い髭面の男は苛立ちを誤魔化すように、葉巻を灰皿へ押し付ける。
「到底追い付かん。特に荒御魂堕ちした練度の高い付喪神など、それこそ熟練の術者を何人も使い潰さねば強制退去もままならんのだぞ。ただでさえ希少な術者をそんな事で浪費できるものか」
「ならば審神者に任せてはどうでしょうか。審神者のした事は審神者が片を付ける、というのが筋でしょう」
「そう簡単に事が運ぶなら苦労は無い。それで放り込んだ新人が何人犠牲になったと思っている」
成功例もあるにはある。
しかし、それで立て直しに成功した本丸など、全体から見れば四分の一にすら満たない。
付け加えるならその成功例の中には、刀剣男士だけはハッピーエンド、という審神者にとってのブラック本丸案件が含まれている。純粋に費用対効果の点で評価しても十人中十人が愚策と言い切る有様だが、さりとて荒神となった連中をそのまま放置しておく訳にもいかず、ずるずると新人審神者が消費されているのが現状である。
「新人ではなく、熟練の審神者複数名にチームを組んで当たらせたらどうだ?」
「そうだな、幸い審神者の数はこの一年で大幅に増えた。
今後補充される当ても出来た事だ、ここらで大掃除にかかるのも悪くはないか」
「ふむ。そのプランを実行に移すなら、いくらか権限を与える必要があるな」
「特別予算も組むか。今ならまだ審神者用の予算として、審議に捻じ込めなくもない」
「だが、三月から審神者の数が大幅に増えるのだぞ? 費用を捻出するだけの余裕があるのか」
「そうだな。短期間で済むような問題でも無し、あまり出費を増やすのは……」
「ならば試験運用、という体裁を取るのは如何か。実施する国も数を絞れば、さして負担も大きくはなりますまい」
「試験運用なれば相模が適当か。あの国は不在本丸が最多ゆえ」
「相模か……問題は、誰に任すかだが」
その一言に、ぱたりと会話が止まった。そうして、互いの思惑を探るように目線を交わし合う。
正式な政府のプロジェクトともなれば、成功はそのまま自身の派閥に有利となる。優秀な審神者を子飼いとして抱えているのだと実績で以って示して見せれば、自派閥内での立場を更に増強する事もできるだろう。
前職も鑑みれば、政府に従順かつ優秀な審神者はそれこそ何人も存在するのである。
場を整えてやれば機会に恵まれなかっただけの審神者は頭角を現すに違いなく、新たな人材の確保にも繋がる。枠が多いに越したことは無い。
そうして生まれた沈黙の中、真っ先に口を開いたのは髭面の男だった。
新しい葉巻を取り出しながら、苦々しげに吐き捨てる。
「“雛鴉”でも使えば良かろう。あれなら失敗しても惜しくは無い」
「反対だな。ただでさえ従順とは言い難いあの審神者に、下手に予算と権限を与えて増長されても困る」
「ですけどね、実績と実力は疑いようもありませんよ。
試験運用を任せるなら、相応に結果を出す人材を登用すべきでは?」
「ふん、アレより有用な審神者は何人でも居るさ」
大方の意見が同じである事を見て取ったようで、垂れ目の男は肩を竦めて口を噤む。
髭面の男もまた、不機嫌そうではあったがそれ以上口を開こうとはしなかった。
彼等が口を閉じるのと入れ替わりのように、各々がそれぞれに有用だと思う審神者の名を口にし、議論が再開される。約束された利権の前に、成功率の議論など些細な問題。要するにまぁ、そういう事だった。
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