負けた。
 が、生き残った。

 一騎打ちで大将を討ち取ったのが決定打になったようで、遡行軍は演練場から綺麗さっぱり兵を退いた。整然とした、そして迅速な撤退振りに顔が引き攣ったのは言うまでも無い。
 追撃? させる余裕なんてなかったよ。それやるとただの玉砕特攻にしかならないよ。
 士気は高くてもこっちの軍はズタボロだ。手綱握っててくれた審神者組には感謝しかない。

 ……しかし、撤退を選択、か。いけなくはない戦況だったはずだ。
 実質、負けていたのはこっちである。大将首を討ち取ったといえど兵力はあちらの方が上回っていたし、指揮を引き継いだ将は軍を崩す事無く退却できるだけの力量があった。
 頭を潰したはずなのにこれとか、やだもう遡行軍怖すぎるんですけど。こちらが演練場を撤退するのは見越せたはずだ、そのまま軍を駐留させておくだけで演練場は手に入ったはず。演練場の確保を捨てて、士気を維持する事を選んだ? ……他で攻め落とせそうなところに兵力を裂くために撤収、ってのが一番ありそうな線だけど……結局、何を判断するにしても情報が足りないんだよなぁ……。どうにも目溢しされたっていうか、一騎打ちで勝ったご褒美にお情けかけてもらった感が半端ないんですがね。余所もどのくらい損害被ってるんだか、考えると頭が痛い。
 けれど総大将を務めた以上、敗戦処理の現場指揮までが私の仕事だった。
 もうゴールしたいけどゴールが遠い。まぁ敗軍の将なんてそんなもんですよねー……。
 現場までで終われる辺りだけが、せめてもの救いか。

「高くついたなぁ……」

 事実上の戦力外として真っ先に撤退させた練度の低い本丸、そして初期に戦線を支えていた中で出た重傷者はいい。彼等は撤退が間に合った。けれど、中盤から最後まで。戦線を支えた者達の実に四割近くが黄泉路を下った。
 刀装兵と騎馬の消耗率は全体の七割。グウの音も出ない完敗だ。
 重・中傷者も含めるとするなら、被害人数は全体のほぼ八割にもなる。軽傷、無傷で済んだ者の方が珍しいくらいだ。特に西ゲート右翼を担っていた者達など、辛うじて動けるのが刀剣男士一隊半、というレベルにまで討ち減らされている。将を担ったロクロク本丸も、逝った者達と同様に、冥府の門を潜って逝った。
 最後まで総崩れにならなかった事が奇跡のようだ。

「主様、これを……」
「ああ。ありがとう、五虎退さん」
「はい……!」

 馬印代わりに使っていた、黒い長羽織を羽織る。
 これも激戦でもまれてヨレヨレになっていたが、あちこち裂けて血塗れになっている巫女服だけでいるよりはマシだろう。向かい合うのは、整然と並べられた審神者の遺体と幾ばくかの鋼の山。
 刀剣男士も刀装兵も、死して残すのはその残骸だけだ。騎馬に至っては、その存在した証すらも残さない。

 騎馬四百十二騎、刀装兵七千二百名、刀剣男士百九十七名、審神者三十一名。

 いま把握できているだけでも、これだけの数が――私の指揮で、死んでいった。
 そして、その中には私の刀剣男士も含まれる。

 厚藤四郎。

 愛染国俊。

 鳴狐。

 刀装兵は全滅。お守りは持たせていたけれど、あれだけの無茶な突撃を行ったのだ。
 敵大将の前に辿り着くそれ以前の段階で、全滅してしまう可能性も当然あった。
 これだけの被害で済んだ。――これだけの、被害を出した。
 ……彼等の練度をカンストさせていれば、まだ彼等は、ここに居ただろうか。

 頭を過ぎった考えに、自嘲が零れる。

 IF、なんて無い。時間は戻らない。仮定は無駄だ。
 もっと早くに突撃を行っていれば。あそこでああしていれば。
 そんな後悔はいくらだって湧いてくる。数え上げればキリが無い。
 私でなかったら、もっとうまくやれたんじゃないかと――もっと多くを生かせたんじゃないかと。
 そんな事は、今更思ったってどうしようもないのだ。
 できる限りの手を打った。やれる限りで足掻いた。
 それでも死んだ。そうして逝った。私の指揮で。命令で。

 命を繋ぐために。
 生きて、帰るために。

「わっ!」
「っ」
「おっと」

 ひょい、と脈絡なく顔を出した白い塊に、反射的に薬研さんの柄に手をかける。
 鞘走る薬研さん。その手を後ろから掴んだのは、背後に控えていた次郎さんだった。
 宥めるように抱き留めて、私を抱え込んだままで白い塊を睨む。

「ちょいとアンタ、アタシの審神者は怖がりなんだよ。
 驚かせないでおくれでないかい。ぶっすりいかれても自業自得だよ?」
「あっははは! いや、すまんすまん。
 ただ、そうだな……少しばかり確認したくて、な。驚かせてすまなかったな、総大将殿」
「……構いませんよ。ただ、皆さんまだピリピリしてますから。相手は選んだ方がいいですよ」

 溜息をついて、薬研さんを鞘に収める。
 誰のところのかは知らないが、白いのもとい鶴丸国永は、興味深いと言わんばかりの目で私をじろじろと眺めている。私を抱え込んだ次郎さんの腕を、軽く叩いて解放してもらう。
 少し乱れた髪を、背後から次郎さんが手櫛で整えてくるのに甘んじながら、問いかける。

「……それで、鶴丸国永さん? 確認したい事というのは何でしょうか」
「ああ、うん、それか」

 困ったように、言葉を選ぶようにして、鶴丸国永はしばし視線を彷徨わせる。
 いや、声かけてきたのそっちじゃん。なんなの一体。
 それで五虎退さんや、君はどうして白いのの背後を取っているのかな。
 何故そんなきりっとした顔で頷く。そして何故に柄に手をかける。
 斬り捨てスタンバイとかほんと止めれ。何がどうしてそこへ行き着いた。
 おい宗三さん微笑ましげに見てないで止めろよアレ。白いの遡行軍じゃないよ? 味方だよ?

――総大将殿は、泣かないのかと思って、な」
「…………」

 背後に気付いているのかいないのか。
 デリケートな部分をダイレクトに抉ってくる質問に、無言で目を細めた。
 いや、処さなくていいから五虎退さん。やめろこれ以上怪我人増やすなめんどいから。

「……どうして、泣く必要があるんですか?」

 目線で五虎退さんを制して、溜息をつく。

「彼等は勇敢に戦いました。最後まで、立派に。
 それを誇り、讃えれども――その死を悼んで泣くのは、私がすべき事じゃない」

 私が指揮した。

 私が、死なせた。

 そうである以上、どうして私がその死を悼める。そんな資格はない。
 私に許されるのは胸を張る事だけだ。彼等の死を誇り、讃え、賛辞する事だけだ。
 彼等と共に戦い、指揮する事を許された自分を、栄誉に思う事だけだ。
 彼等は英雄だった。死んでいった者はみな等しく区別無く。

「君の刀剣男士は、幸運だなぁ……」

 まぶしいものを見るように、目を細めて。
 鶴丸国永が、泣き笑いのような表情を浮かべて吐息を零す。

「不運でしょう。私より有能な人間は、いくらだっている」

 私が生き残ったのは、折れて逝った厚さんや愛染さん、鳴狐さんの挺身あってこその事だ。
 運も良かったのだろう。一生分を使い果たした気がしてならないが。
 もう一回同じことをやれって言われたら、次は死ねる自信があるな。ヤな自信だわ。

「もういいですよね? まだ仕事が残ってるので失礼します。……行こ」
「はいはーい」
「……では、ご機嫌よう」
「あ、あのっ……失礼しますねっ!」

 被害状況の把握は大体終わっていても、怪我人の収容、演練場の被害調査、先に退避した者達の各本丸への移動、襲撃されたという各地の戦況把握、政府への報告。
 私が取り仕切るべき仕事は山ほどある。重傷を負った審神者の治療も必要だ。
 刀剣男士と違って、審神者は人間である。早い内に適切な治療をしなければ障害が残るし、最悪、命に関わるのだ――政府の反応は蝸牛の歩みが如しだが。
 ニイヨン本丸とマルゴ本丸の審神者なんて、あまりの遅さに揃ってマジギレ状態だった。
 気持ちは分かるから放っておいたけど。ここじゃあ応急手当しかできないのが辛いな。
 再度の襲撃も視野に入れて、一応南ゲート潰して、西ゲートも警備を置いてはいるけれど、来たとしても一目散に逃げるくらいしかやれる事なんて無いしなぁ……。

「……めんどくさ」

 これから先の事を考えれば、悪態の一つも出るのは仕方ないだろう。
 生きていればこその苦労ではあるんだけど。


 ――後に“相模演練場の死闘”と呼ばれる激戦は、こうして、幕を下ろしたのだった。




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敗北を食い止めるのは、兵卒の血と指揮官の度胸。

◎死亡者リスト
厚さん:他分霊よりちょっぴりやんちゃな鎧通し。
愛染さん:他分霊より口が悪くて冷めた性格の祭り好き。
鳴狐さん:他分霊より無口で、それを補うようにお供は大層よく喋った。
その他戦死者の皆様:彼等には彼等のドラマがあった。死して英雄、死して英霊。