後手に回った自覚はある。会場では未だに混戦状況だ――が、各審神者の指揮の下、一応の系統立った反撃は見られるようになった。戦場において一番怖いのは恐慌状態からの潰走だ。
敵に背を向けて逃げ出す瞬間。戦線は崩壊し、勝者は狩人に変貌して虐殺が始まる。
「全審神者へ通達。
これより指名する練度最上位の審神者は現場の統括と指揮を行え。
東ゲート、サンナナ本丸。補佐をハチヨン本丸。
西ゲート、イチイチ本丸。補佐をニイヨン本丸。
南ゲート、ヨンサンヨン本丸。補佐をロクハチマル本丸。
北ゲート、マルゴ本丸。補佐をキュウイチハチ本丸。
各審神者は以上の審神者の指揮下へ。
ロクロク本丸は侵入した遡行軍討伐の陣頭指揮。
練度三十以下の本丸は中央ブロックまで撤退。ニイロク本丸は中央ブロックの守備を。
重傷者は中央ブロックへ下がれ。撤退した者でお守りや馬、刀装の所持があればニイロク本丸へ提供せよ。各ゲート、必要な物資があればニイロク本丸に請求を回せ。以上」
リストを片手に、モニターを睨みながら思考を働かせる。
個々に向き不向きがある。適正ガン無視での急場凌ぎ命令で悪いが、カンスト審神者というのは一種のステータスだ。カリスマと言い換えてもいい。権威の丁度いい代用品を持ち合わせている我が身の不幸を恨んで、潔く付き合ってもらうとしようじゃないか。そういう訳だから南ゲートの三白眼なおにーさん、カメラ越しにわざわざ中指立てるのやめれ。ヨンサンヨンとロクハチマルどっちか知らんが私もやりたくないっつの。
「ゲートの封鎖は可能?」
「! 急いで調べます!」
「お願い。緊急の手入れ道具とか置いてある? 資材、お守り。なんでもいい」
「演練場ですよ!? 無いに決まってるじゃないですか!」
「ならいい。政府との通信は」
「現在復旧中です!」
今会場にいる審神者の人数はざっと百二十程度。全員がフルメンバー、刀装を所持させていると仮定すれば兵力約一万四千ってとこか。刀装非所持な本丸もあるだろうし、練度三十以下の連中がどこまで通用するか分からないからリストのこっから下全部を後詰めに換算するとして――戦力として使える兵力は一万程度。その中で、この状況下でも問題無く部隊を統率できている審神者はどれだけいるか。……そこらへんは近侍次第かな。
イワシの頭も信心から。願わくば、全員が使い物になって欲しいところだけど。
「次郎太刀どの、何処へ行かれるのですか!?」
狐さんが慌てた様子で叫ぶ。
「ここだと連中が来ても暴れられないだろ。外にいるさ――いいだろ? 」
あー。そういや、この部屋の警備の事頭からすっぽ抜けてたわ。てへぺろ。
モニターを見る。こっちの方にはまだ来てない。ただ、ここは北ゲートと西ゲートの中間に位置している。特に守りを固めている訳ではない以上、侵入を許せばそれで詰む。
「ん。任せる。宗三さん、鳴狐さんも外で警備を」
「あいよ」
「やれやれ。退屈な仕事ですね……」
「かしこまりました! 蟻の子一匹たりとも侵入させませぬぞ! 鳴狐が!!」
「……行ってくる」
「大将、オレ達はどうすればいい?」
遠慮しているのか、固い声で厚さんが背後から問う。
「この部屋で待機を。――くそ、次から次へと沸いて出る……、……――?」
気のせいだろうか。先程より、会場が薄暗く思える。
でも追求しようにもここから動けないんだよな。この状況下でそんな曖昧な事調べさせる訳にもいかないし。あああああくそ、敵の兵力分からないのが心底痛い! 先が見えなさすぎて頭痛いぞこの状況!
見据えたモニターの先で、徐々に防衛線が構築されていく。
こればっかりは現場の采配を任せた審神者達の力量に依存する。
空間が限られている事だけが幸いと言えば幸いか。ち、思いの外西ゲートの動きが悪いな。
「通達する。ロクロク本丸、西ゲート付近を重点的に掃討せよ。以上」
敵の兵力が読めないのが痛いな。
どう転ぶにしろ、勝負が今日明日中に付く事だけは確実だ。審神者は生身で遡行軍は人外。
休息を必要としない相手である。対してこちらはその場しのぎで体裁を整えただけだ、長期戦になればモチベーションの維持は難しく、そして疲労と絶望は確実に審神者の心を折る。
戦略的には、こちら側の敗北は既に決定しているようなものだ。それを戦術で引っくり返す、なんてのはこの圧倒的不利な状況下では到底無理な話である。できるのは、“壊滅”を“敗北”にすべく足掻く事だけだ。
やったね、既に負け戦確定とか超絶クソゲーだよ!(ヤケ)
■ ■ ■
ゲート付近の防衛は、どうやら上手く行っているようだった。
血飛沫と共に首が落ちる。上半身が、下半身を残して崩れ落ちる。赤い花が咲く。
練度上位陣が中心となっているだけあって、その戦線は危なげない。死んだ敵の遺体は不思議と消えない。
悍ましい肉の絨毯の上で、水際の攻防が続いていた。
けれど戦況は芳しくはない。次から次へと沸いて出る遡行軍。
質より量と言わんばかりの攻勢は、微々たる負傷ではあるが着実に、刀剣男士達を削りにかかっている。
そしてもう一つ、問題なのは――
「くそ、なんで結界の回復機能があっちに機能してんだよ!」
「知るか! おい、ゲート取り返せたか!?」
「駄目です、完全に術式があっち側に掌握されてる!」
「政府との回線は繋がったか!」
「あと少しで繋がるから黙ってろ! 気が散るだろーが!」
演練における、刀剣男士の自動回復機能を乗っ取られた事だ。
速攻で折りにかからないと無傷で復活してくるとかどういう鬼畜仕様だよ。
内部に侵入した遡行軍こそ何とか討伐し終えたようだが、問題はゲート側だ。
今のところ戦線に穴が空くような事態にはなっていないが、一ヵ所でも崩れたら詰むぞこれ。
会場の床を這うように漂う黒い靄――瘴気も、少しずつその色を濃くしていっている。
さっき後方待機組な審神者の一人がありったけの塩持って行ったみたいだけど、それもどこまで効果があるやら。
……回復機能は後回しでいい。地味に痛いけど、すぐにどうこうなるものじゃない。
政府との回線も優先順位は低い。最優先はゲートをどうするか。
こっちは袋の鼠、ただし敵は侵入し放題ってのがまずい。防衛線は士気を維持するのが一番難しいのだ。
なんとか対策を立てないといけない。ゲートは四つ。援軍は?
状況が分からない今、最悪無いものと仮定した方がいい。ゲートは乗っ取り返せない。――よし。
「ゲートを新しく構築する事はできる?」
「無理ですよ! 空間繋いでるんだ、それするには道具も資材も足りなさすぎる!」
「なら、破壊する事はできる?」
「……できるぜ」
返答をしたのは政府の職員ではなく、愛染さんだった。
横目に見返して視線で問えば、真剣な表情で愛染さんが答える。
「できるぜ。あの門、ぶった斬ればいい。それであれは使えなくなる」
「おい馬鹿言うな、あのゲートは鉄製だぞ!? それに、あれ一つ作るのにどれだけ手間と予算が――ヒッ」
「少し黙っててくれねぇか。今は、うちの大将と国俊が話してんだ。口挟むのは後にしてくれよ。な?」
声を上げた職員のおじさんに、厚さんがそう言ってにぃっと破顔してみせた。
職員のおじさんは血の気の引いた顔で硬直している。頭痛い。
「厚さん」
「分かってるさ、大将。もうヤンチャしねぇよ」
名前を呼べば、厚さんは素直に短刀を仕舞った。
いや、人様に短刀突き付けるのはヤンチャって言いませんよ? 脅しですよ?
おい一瞬で静まり返ったぞどうしてくれる。恐怖政治したいんじゃないんですがね!
「……うちの男士が失礼しました。仰る事は最もだと思います。
けど――あのゲートと心中したい、という訳では無いでしょう?」
「そ、そりゃ、まあ……」
血の気の引いた顔で、脅えながら頷く職員のおじさん。
身体ごと向き直り、ざっと室内を一瞥する。全員の視線が集中する中、深々と頭を下げた。
息を呑む音が、静まり返った部屋に響く。
「命を預けるのがこんな小娘では、色々思うところもあるでしょう。
……必ず、皆さんを生きてお帰しします。
ですから、今だけは。この戦いが終わるまでは、私の指揮下で――私に、力を貸して下さい。お願いします」
沈黙が落ちる。
最初に口火を切ったのは、先程の職員のおじさんだった。
「…………あ゛ーックソ! 分かったよ! 分かりましたよ!
いいから頭上げろねぇちゃん! トップが軽々しく頭下げるもんじゃねぇ!!」
「そうよ、ちゃんはどっしり構えてて頂戴。
フォローは私達の仕事だもの。政府の職員はね、無茶振りには慣れてるのよ?」
くすくすと笑いながら、顔馴染みのお姉さんがおどけてウインクする。
ふ、と室内の空気が緩んだ。そこかしこから声が上がる。
「そうそう、鈴木先輩の言う通り!」
「だよなぁ。それに、オッサンに指揮されるより、遥かにやる気出るしな!」
「上の連中みたく、自分だけ安全圏でふんぞり返って命令してないだけマシよねー」
「僕らの命も掛かってますからね。誰がトップだろうと、よっぽどのバカじゃないなら文句は言いませんよ」
「――ありがとうございます、皆さん」
■ ■ ■
愛染さん曰く。
ゲートは確かに鉄製だが、練度の高い刀剣男士ならやってやれない事はない、との事だった。
門としての体裁が成り立たなくなってしまえば、術も機能しなくなる。
奪還するゲートも絞った。四つともではなく、一つだけでいい。
――東ゲート。一番守りの固い、敵の層が手薄な場所だ。
敵側も馬鹿ではない。四つあったゲートのうち、防衛線が脆い西ゲートを狙う事にしたようだった。
あそこだけ遡行軍の数が多い。ロクロク本丸を補佐に突っ込んだけど、それでもだいぶ押し込まれてきている。なんとか隊列が崩されていない事だけが救いか。
「北ゲート、南ゲートの審神者に通達。
ゲートを破棄する。門としての体裁を失くすまで破壊せよ。
完了後、北ゲートの審神者は西ゲートの支援を。イチイチ本丸の指揮下へ入れ。
南ゲートの審神者は東ゲートへ。サンナナ本丸の指揮下で支援を。以上」
二つゲートを残したのは保険だ。
奪還するゲートを残して全部潰してしまえば、確かに侵入は防げるだろう。
ただし、相手は四つのゲートと演練場の回復機能を乗っ取り、未だにそれを死守し続けているような手合である。奪い返してまた乗っ取られました、では笑い話にもならないし――完全に封鎖してしまうと、敵の動きが分からなくなる。演練場ブチ抜いて攻めてきたら対処できずに死ぬ自信しかないぞ。
「! ――政府との通信、回復しましたっ!」
その一報に、わっと歓声が上がる。
「俺が出る! おいねぇちゃん、援軍呼びゃいいんだよな!?」
「はい、お願いします!」
「あ、政府からもゲートに干渉させて下さい! 二方向から同時になら勝算高い!」
「任せとけ田中! 他はねぇな!」
「無いっす!」
「よしきたぁ! ――もしもし、俺だ俺!
相模演練場主任だが、演練場が乗っ取られた! すぐ援軍寄越してくれ! あ!? ああ、そうだ! そっちからもゲートに干渉してくれ、東のゲートだけでいい!! おう頼む! あ、ああ!? おいちょっと待て!」
職員のおじさんが、電話越しに遣り合いながら顔を顰める。
険しい表情で、おじさんがスピーカーに切り替えた。受話器が突き出される。
「……ねぇちゃん。あんたにだ」
あっ。すごい嫌な予感。
「…………。はい、代わりました」
『現場の指揮を行っている審神者様で、間違いございませんね?』
「ええ。……現状は、先程職員の方がお伝えした通りです。こちらの状況は厳しい。至急、援軍をお願いしたい」
『結界に関しては、こちらからも微力を尽くさせて頂きます。――ですが、援軍を送る事は不可能です』
淡々とした声が告げた。
誰かが、愕然と「どういうことだ」と呟く。
『現在、各地で演練場と、万屋を含む城下町が歴史修正主義者の攻撃を受けています。
大阪城に潜った本丸とは連絡が断絶されており、現在復旧中です。余力はありません』
は、 ?
『政府からの命令を伝えます。――演練場を死守せよ。以上です』
プツン、と通話が切れる。
……死守しろ? この演練場を? このどうしようもない負け戦を、引っくり返せ、と?
なんだそれは。なんだそれはなんだそれは!
「――言ってくれる……っ!」
受話器を壁に叩き付けた。ばぎ、と異音が響く。
死守。気軽に言ってくれる! それは文字通りの死守だ、命で時間を贖って、それで引っくり返せるかも分からないような最悪な賭けだ! 審神者の命は元より、職員だって死んだところでそう惜しくもないってか!
怒りで腸が煮えくり返るようだった。同時に、冷静な部分が戦況の悪さを悟る。
審神者が特殊な能力を必要とするからだと思っていた。考えてみればおかしな話だ。
備。戦国時代、単独での戦闘が可能な部隊の最小単位。
刀装を含めた人数を考えれば、審神者の本丸はこれにあたる。そして、この備――本来は複数を合わせ、軍として運用する。本丸間での連合が視野に入れられていていいはずなのだ。しかし、そんな教育は誰もされていない。少なくとも、私が知る審神者に軍教育を施された人間は一人もいなかった。
遡行軍への対応が、備の部隊の単位程度で問題ないから?
違う。例えそうだとしても、審神者が軍人だとするなら相応の教育をされていないとおかしいはずだ。
ただし、それは戦線に余裕のある場合の話である。
私自身、審神者になった時に思った。強引な手口だ、と。
そう。強引に審神者を徴収する必要があった。どんな国家でも一般人をそのまま戦線に突っ込むような真似はしない。それをするとしたら、余程、追い込まれている時だ。少しでもいい。時間を稼ぐための、捨石。
戦争で先に消費されるのは軍人だ。次に軍人候補。一般人にお鉢が回ってくるのはその後である。私が審神者に徴収された時点で、おそらく戦況はギリギリだった。貴重な審神者をブラック本丸に突っ込み、それで運用するしかないくらい。思わず舌打ちする。成程。検非違使の登場で持ち直したものの、戦況はまだ思わしくない、と。
政府としても必死なのだろう。各国の演練場に城下町。
遡行軍に奪われれば、奪い返すのも、新しく作り直すにも資金がかかる。
そしてたぶん、時の政府に――そんな莫大な戦費を賄えるだけの余力は、無い。
苦い声で、職員のおじさんが問う。
「……どうする。ねぇちゃんよ」
「ゲートが復旧し次第、練度の低い本丸から順次撤退します。
職員の皆さんは撤退する方の本丸へ。政府には戻らない方が無難かと」
全体から見れば、愚かな選択かもしれない。
死力を賭して、味方の死体を量産して。そうすれば、逆転の目もあるかも知れない。
――冗談じゃない。
私は職業軍人じゃない。命あっての物種だ。
遡行軍の連中が口を利けるなら、喜んで投降してやるところである。
物は取り返しがついても、命の取り返しはつかない。失われたら、それで終わりだ。
私は英雄じゃない。万に一つの可能性に賭けて、平然と死を命じられる人間にはなれない。
逃げ道があるのなら尚更に。
「……犬死にさせるのは、ごめんだ」
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