時が経つのは早いものだ。
 一時期シャレにならない阿鼻叫喚を発生させた検非違使事件も気付けば日課に組み込まれてたし、その対応策で審神者が右往左往している間に京都の戦場が解放されて新しい刀剣男士が顕現できるようになり、そして大阪城で歴史修正主義者とのお宝(資金)争奪戦が今まさに白熱しているこの現状。
 相も変わらず、全体の戦況は窺い知れない――が、どうも検非違使という第三勢力は全体の戦況においてこちらに有利に働いているようで、最近は明るい顔で希望に満ち溢れてるかんじの新人審神者さんを見掛けるようになりましたぜ! 新しい本丸って都市伝説じゃなかったんだね……(白目)
 放置されているであろう元ブラック本丸がいくつあるのかとか考えたくないね。
 でもレイプ目審神者か死体を量産するよりはマシなんじゃいかなとも思ってみたり。
 審神者業界、闇が深すぎやしませんかね? 超怖いんですけどやだー。
 上層部も何考えてるのか分からな過ぎて怖いし。
 検非違使の皆さんに全部お任せしておければ楽でいいのにね!

 それはともあれ。

 多くの審神者が大阪城攻略に本腰入れているだけあって、演練場はいつもより閑散としていた。
 とは言っても普段に比べればの話で、やっぱりそれなりに審神者の姿は見るんだけども。
 審神者の娯楽ってそうそう無いからなあ。どうしたって他人と交流したくなりますよねっていう。
 野郎ばっかりは辛いです……女の子とキャッキャウフフなお喋りがしたいのです……!
 でも演練場だと遠巻きにされる率高いんだよね。超切ない。
 演練でも本陣で指揮してるからなぁ。多分返り血浴びてるのがいかんのだとは思うんだけども。

「え、もう最下層まで行った本丸が!?」
「そうなの。流石に練度上限まで鍛え上げてる本丸は強いわよね」

 穏やかに微笑みながら、政府職員のお姉さん(演練ゲート担当)が頷く。
 ゲートの担当者はコロコロ変わるが、このお姉さんはちょくちょく顔を合せて会話する仲だ。
 名前は知らない。政府の職員さんは基本的に偽名すら名乗ろうとしないので、追求は差し控えた次第だ。あと面布率も超絶高いです。知ってるか、面布っていうのは外界との遮断を意味していてだな……はい要するに身を守る簡易結界的なアレな! なにからみをまもっているんだろうね。とってもふしぎだね。
 政府まじ政府。お姉さんは数少ない面布無し組だけどね。
 もっと仲良くなったらその辺りの理由を聞いてみたい。

「となると――やっぱり備前とか山城とか、最古参組の何処かの?」
ちゃん、相模も最古参の一角よ?」
「いや、うちの国が呪われてるっていうの審神者業界の定説ですし」
「うふふ」

 苦笑はすれども、お姉さんは否定しなかった。
 検非違使出なさすぎて日課すらこなせないって、ちょくちょく聞く話だしなぁ……。
 担当にキツイ嫌味言われたって泣いてた子もいたぐらいだし。それだけ相模は遡行軍の勢力が強いって事なのかな、これ。そうだとすると相模が一番の激戦区って事になるんですけども。うわ、笑えねぇ。

ちゃんも頑張ってね。最下層まで到達した本丸には、政府から何か贈呈があるそうだから」
「贈呈かぁ。足の速い馬とか、資材なんかだと嬉しいけど」

 結局、検非違使の一件で出た資材の緊急配布の話もなぁなぁで流れたからな……。
 あちこちで政府にキレてる審神者見かけたけど、あれは腹立たしいっていうよりゾッとしたな。支援物資の打ち切りとか、どんだけ戦況悪いの? って話だよね。まぁ検非違使のおかげで持ち直したっぽいけども。頭のいい強制徴収組審神者の中には、不利を察して寝返ったのもいるんじゃないかと睨んでるんですが。
 情報規制してても察する奴は察するっての。政府は秘密主義を大概にするべき。

「あんまり期待しない方がいいと思うわよ。大阪城のお宝の方が価値があるかも」
「ああ、やっぱそういう……っと。こぉら、話の邪魔しないの」
「ご、ごめんなさい主様ぁ……!」

 右肩にずし、と重みがかかる。構えとばかりに身体を摺り寄せる仔虎の一匹を嗜めれば、背後で控えていた五虎退ごこたいさんが慌てたように横から掻っ攫っていった。ちら、と背後を伺えば、仔虎達にわらわらと群がられながら、私の背中で更に隠れるようにして小さくなっている。
 私の打掛を片手でぎゅうと握って小刻みに震えている姿に、心の中だけで溜息をついた。
 前任者の刀剣男士の中でも、五虎退さんは目に見えてトラウマが酷い男士だ。戦闘にこそ支障は無いものの、“人間”に対して終始脅えた様子を見せるのである。私には慣れたから、そろそろ大丈夫だろうって思ったんだけどなー……まだ演練は早かったかなぁ。反省。

「主どの、五虎退どのー! 飲み物を買って参りましたぞぉー!」

 背後から声が響いた。振り返れば、ぶいんぶいんと尻尾を振り回しながら、狐さんが猛ダッシュで駆けてくる。その後ろを遅れてついて来ていた次郎さん達が、私の視線に気付いてこちらを見た。
 なんだ、もうちょっと売店ぶらついててくれて良かったのに。
 上機嫌に手を振る次郎さんに、ひらひらと手を振り返す。



 ――ぅ わん



 脳髄に直接響く幻音。脳内で警戒音が鳴り響いた。
 薬研さんの柄に手をかけたのは咄嗟だった。照明が明滅し、薄闇が落ちる。

「あら、停電かしら……?」

 政府職員のお姉さんが困惑した様子で呟く。
 空気の質が変わる。なまぬるい風が背筋を撫で上げる。
 鼻先を掠めるのは土と砂と、――乾いた、錆と、鉄。血の臭い。嗅ぎ慣れた、戦場の気配。外部とを繋ぐ、演練場の四方に設けられた四つのゲート。視線が自然と、もっとも近い北ゲートへと吸い寄せられる。
 不規則に明滅するゲートが赤黒く染まる。


――ゲートを封鎖しろっ!!」


 審神者の誰かが、緊迫した声で叫ぶと同時に。
 背筋の凍るような咆哮を上げて、歴史修正主義者達が雪崩れ込んできた。


 ■  ■  ■


 審神者業界において、指揮系統は極めて曖昧だ。
 審神者の下に刀剣男士。そして審神者は、刀剣男士を率いて政府から課されたノルマを行う。
 要するに――緊急事態の際の対応が、個々の審神者に丸投げされているのである。
 怒号、悲鳴、絶叫、剣戟の音。騒然となる演練場内で、考え得る限り最悪な状況に思わず舌打ちが零れた。冷静な審神者がどれだけいるかは知らないが、そう多くはあるまい。審神者が命の危機にさらされる事は少ない。未だ現状を把握できていない審神者もいるだろう。駆け寄る次郎さん達を尻目に、政府職員のお姉さんの腕を掴む。

「職員さん! 全体にアナウンスできる場所に案内して!」
「は、え……え?」
「早く!」
「はいっ!? こ、こっちよっ!」

 弾かれたように駆け出す政府職員さん。
 遡行軍は、まだ内部深くまでは侵入していないようだ。
 恐慌状態の審神者や戸惑う刀剣男士達をすり抜け押しのけながら会場を走っていく。
 いつの間にやら横を並走していた愛染さんが、親指で後方を指して叫ぶ。

「審神者ぁ! あっちに加勢しなくていいのかよ!」
「たぶん四つのゲート全部から来てる! 今から行っても焼け石に水!」

 演練場は円形をしたドーム状の建造物だ。
 日々多数の審神者と刀剣男士が行き交うため、結構な広さが確保されているものの、それでも全体の見通しがつかない程では無い。私がいたのは北ゲートの近くだったが、状況を見る限りでは恐らくこの推測は当たっている。全部のゲートから侵入を許していると仮定して、動いた方がいいだろう。
 唐突な状況で、とっさに機転を利かせられるのも、対応できる人間も数少ない。
 そして全体の審神者の人数は多い。パニックは伝染する。

「ここよ!」

 関係者以外立ち入り禁止な廊下を滑るように疾走し、慌ただしく開け放たれたままの部屋へと飛び込む。気が違ったかのように泣き喚く声とヒステリックな叫び声が途端に鼓膜に突き刺さった。何人かがぎょっとした顔でこちらを――というか、一緒に入ってきた次郎さん達を見た。全員面布は付けていない。が、関わっている暇は無い。

「今すぐ全館放送入れて!」
「は!? あんたいったい何を」
「死にたくないならさっさとするっ!」
「ちょ、ぅおっ!?」
「どいて下さい田中さん邪魔です! ちゃん、放送切り替えたわ!」
「ありがと! 今演練場にいる本丸のリストとかって無い!? 練度上位陣だけでもあると助かる!」
「すぐに用意するわね! 田中さんも手伝ってください!」

 職員のお姉さんが慌ただしく去っていく。
 それを見る事無く、目の前のマイクに向き直る。私以外の審神者の姿は無い。この段になっても。
 気付いてる審神者は現場での対応で手一杯か、そこまで気が回らないか、か。

 ――今の状況の最大の問題点は、全体を纏める総指揮官の不在だ。

 船頭多くして船山に登る。全体の意思が統一されていない現状で、襲撃を凌ぎ切れるか? 運が良ければ可能だろう。これから出るだろう犠牲の数を、考慮さえしなければ。
 責任は誰しも負いたくない。従う方が楽なのだ。それが、実体の無い上位者からの命令であっても。
 ミルグラム実験が頭を過ぎる。閉鎖環境における服従実験。審神者の大半は現状、冷静さを欠いている。
 疑問を抱いたとしても、この状況下ならとりあえずで服従を選ぶだろう。
 冷静に思考できて、状況を把握している審神者ならば尚更に。
 烏合の衆ほど狩りやすい獲物は無いのだから。今の私達のような。
 必要なのは虚勢。嘘でもいい。自信に満ち溢れた、余裕たっぷりの総指揮官。
 従う事に、疑問を抱く余地の無いように。

 ふ、と次郎さんの手が肩を叩く。
 背後から覆いかぶさるようにして降りてきた唇が、耳朶へと寄せられる。

――大丈夫さ。アタシがついてる。……だろ?」
「……」

 見上げた初期刀が、蕩けるような笑みを浮かべて一つ頷く。
 自然、笑みが零れた。どうやら、思っていた以上に緊張していたようだ。
 頷き返してマイクへと向き直る。気付けば、部屋は痛いほどの静寂に支配されていた。
 す、と息を吸う。眼前には、演練場の各所をライブ中継する監視モニター。
 ……あーあ。めんどくさいな、もう!

「会場内の全審神者に通達。
 部隊の練度が六十以上の審神者は最寄りのゲートで遡行軍を迎え討て。
 ゲートを囲んで仕留めろ。同士討ち回避の為、遠戦刀装の使用は不可とする。
 練度の低い審神者は刀剣男士を引き連れて後方へ。既に侵入した遡行軍を掃討せよ」

 モニター越しに動揺の気配が伝わる。
 動き出しが鈍い。今のですぐに反応できた審神者は少ないか。

「繰り返す、全審神者に通達。
 練度六十以上の審神者は最寄りのゲートで遡行軍を討て。
 それ以下の者は侵入した遡行軍を掃討せよ。
 刀剣男士! 主死なせたくなきゃ引き摺ってでも動かせろ! 審神者! 目の前の敵だけでいい、集中しろ! お前達の刀剣男士は主一人守れない鉄クズか!? ここまで指揮してきた部下だろうが! 命預けてみせろ!」

 ばぁん! と後方で盛大な音がする。
 息を切らせて駆け込んできた職員のお姉さんが、叩き付けるように紙を突き出した。

「リス、ト! もって、きた、わっ!」

 荒く息をつきながら微笑むお姉さんに頷き、リストにざっと目を通す。カンスト組は十組だけ。
 しかしカンスト組だけあって、なるべくダブらないように東西南北と中央の各ブロックに配置されていたようだ。
 こうなってみると天の采配である。上等! これだけあれば即席で指揮系統作るのには事足りる!


「気合を入れろ――全員、生きて帰るぞ!」


 さて。大仕事の始まりだ。




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