「あるじあるじぃー! 俺の活躍見ててね! 誉とってくるから!」

 わぁ、満面の笑みですね。お花とんでいらっしゃいますね。
 そんな邪気の無い笑顔初めて見たぞ加州清光かしゅうきよみつ。ていうかね、うん。笑えるのね。
 審神者さん「はいはい期待してるー」ってすごい雑なあしらいしてますけどもええのん?


「……やれやれ、僕を訓練相手に見せびらかそうっていうんですか? いけない人だ」

 発言と表情が一致してねーぞ宗三左文字そうざさもんじ。なんだその誘い顔。
 ご自分の審神者を色香で血迷わせようって魂胆なんです?
 ほらお宅の審神者崩れ落ちて「俺は正常俺は正常」って自分に言い聞かせてるぞ。
 おい周囲笑ってないで助けてやれ。道踏み外したらあとは転げ落ちるだけだぞ。


「ったく、主がそんな不安そうにしてんじゃねぇよ。どーんと構えて待ってろ、いいな?」

 なんだあの紳士的かつ頼り甲斐のありそうな和泉守兼定いずみのかみかねさだ別人じゃねーか。
 ぴるぴるしてた審神者がふにゃっと笑顔になりましたよやだあの子くそかわ。
 でも何処からどう見ても未成年……政府あんな子供も召集してんのか絶許。呪われろ。いいなーあの子の頭私も撫でたい……すりすりぎゅっぎゅしたい……あれっいま鳴狐さんと狐同時に喋ってなかった? 幻聴?


「はっはっはっはっは、よきかなよきかな」

 何処の審神者もちらちら気にしてるけど、あれ、有名な刀剣なんだろうか。
 思いっきりあそこの審神者さんに襟首掴まれてるけど。「徘徊しないでくださいねー」って釘さしてる声の温度が絶対零度。え、ていうか徘徊? 迷子じゃなくて?


「ねぇ主、そろそろ離してくれないかな? 俺、今日の隊長だよ? 訓練行けないんだけど?」

 そして短刀らしきショタをおひざ抱っこしてる審神者。
 すごいデレッデレの顔してますけどそれ犯罪臭しかしないからな。
 現世なら通報だからな。YESロリショタNOタッチだからな。
 ショタ気にしてないっぽいし他の刀剣苦笑いしてるだけだから前任みたいなヤバい案件ではないんだろうけど。


 さて、ドッペルゲンガー率半端ない演練場にやってきた訳ですがね。


 ……どうしようか、演練場の居心地の悪さが半端ない。
 余所様の刀剣男士さんの「この世は地獄です……」ってアンニュイな呟きに全力で同意したくなるんですがね。いやぁ先輩審神者の皆様、刀剣と随分仲良しでいらっしゃいますわー……きゃっきゃと慣れ合っていらっしゃいますわー……獅子王さんすら意味深に「へー」って呟いたっきり黙り込んで余所様見てるし国広さんは国広さんだし。なんだこの圧倒的お通夜感。しかし、何処の審神者も刀剣男士に囲まれてるなぁ……話しかける隙が無い。
 横目に二人を伺う。国広さんと目が合った。

「……えっと。国広さんは、演練の経験はありますか?」
「いや。……あいつは、演練に出る事は無かったからな。これが初めてだ」
「そう、でしたか。……あの、…………一度、本丸に戻りますか?」

 国広さんは何も言わなかった。
 薬研さんとは違う、けれども同じ奈落の眼差しが私を見下ろす。
 奈落に獣を飼っているのが薬研さんなら、そこに何もないのが国広さんだ。
 ただひたすらに深くて昏い、底無しの沼。目を見ていると、何故かその奥底へ引きずり込まれていくような気がして――ひどく居心地が悪くなる。

「……その、どうやら六人揃えて参加するのが普通みたいですし。
 演練とはいえ、二人というのは国広さんも獅子王さんも負担が大きいんじゃないかって、思うんです、けど……」
「別にいいと思うぜ? 勝つのが目的じゃないしなー」

 余所の本丸を眺めながら、獅子王さんが口を挟んだ。
 こちらには視線を向けない。ただ、仲の良さそうな他の審神者と刀剣を見るその横顔は、明らかに理解できないと語っていた。視線を辿れば、そこには別の獅子王さんもいる。
 五体投地で何か嘆いている男審神者の肩を叩き、大口を開けて笑っていた。
 加州さんとかほどじゃないけど、獅子王さんもやっぱりなーんか違う、よなぁ……。
 あ、あそこ国広さんもいる――……

「見るな」
「……国広さん?」

 縋るようにして落とされた小さな呻きは、平坦なのに、泣き出しそうで。
 眉根を寄せて名前を呼べば、弾かれるようにして視界を遮っていた手が離れていった。
 先程よりも距離をあけて佇む国広さんが、いつも被っている布で表情を覆い隠す。

「あの、」
「俺達は」

 強い口調だった。
 開きかけた口を閉じる。

――俺は。あんたに、従うだけだ」

 ……。

 …………?

「……ありがとう、ございます……?」

 え、ええっと……これ、つまりは指示聞くから人数とかそんな気にするなって事?
 あれ、励まされたって思っていいの? いいんだよね? 駄目だ普段無口だしそんな会話もないから国広さんが何考えてるのかさっぱり理解できない……!

 結局その後、演練が始まるまで誰も何も言わなかった。
 うん。余所様の審神者が加州清光に押し倒されて蹴り飛ばす光景を見たような気がしなくもないけど、わたしはなにもみていないしきいてない。ないったらない。


 ■  ■  ■


「妙なもんだなー、審神者とうまくやってる自分を見るっての」
「…………」
「国広も同意見――じゃ、足りないか。折ってやりたいって目ぇしてたもんな」
「……あんたは、何も思わないのか」
「ん? あっちの俺は運がいいなーとは思ったぜ?
 まー、なんで審神者とああも仲良くしてんのかは理解できないけどさ。俺ら道具だろ? あんな遠慮なしに接するのは、道具の範疇超えてるんじゃないかとは思うけど、別に折りたいとまでは思わないなー」
「……そうか」
「そうそう。それに、今の審神者はいい奴だしな! 礼儀正しいし、手入れしてくれるし、疲れたら休ませてくれるし。最初っからあの審神者だったら良かったのになー」
「…………」
「……国広さあ、まだあのこと気にしてんのか?
 そんな深刻にならなくていいと思うぜ。誰も国広を責めたりしないし、口も割らない。
 審神者だって何も言わないんだ。俺らは黙って使われてりゃいいだけだろ」
「……あの人に、俺みたいなのは相応しくないだろう」
「国広ってよく分かんねーこと気にするな……」


 ■  ■  ■


 戦績は全敗だった。うん、なんとなく予感はしてた。
 やっぱ戦争は数ですね……あと刀装ってめっちゃ重要なんですね……いやぁ学ぶことの多い演練だった。特に刀装。今まで有用性理解してなかったってすごい痛感した。まぁどのみち資材足りないから作る以前の問題だけどな! 資材貧乏まじ辛いです……演練任務こなした分の資材手に入ったけど、全員分にはならないからな……!

「冷却水は余ってるからいいけど……さて、どう手入れしていくかだなぁ……。
 資材の数からいくと、やっぱ短刀からが妥当か……」

 本邸の厨に立って、考えを巡らせるのは手入れの事だ。
 こんさんが今不在で、次郎さんが動けない状態なのがどうにも一部の刀剣を完治させる事を躊躇わせる。
 短刀だと、薬研さんは……まぁ不発弾みたいな薄気味悪さはあるけど一応は無害だからいいとしても、愛染さんと厚さんとかな。

 頭が冷えると、嫌でも刀剣への不信感が拭い去れない自分に気付かされる。
 思わず溜息を零した。協力的な相手にもそうだが、結局は次郎さんに対してすら、疑心が捨てきれていないのだ。なんでここまで刀剣男士信用できないのかな私……赴任したての頃よりはまだ状況改善してるはずなんだが。
 次郎さんだって、ちゃんと助けてくれたはずなんだけど。おかしいな。
 雑炊の鍋(刀剣男士用)をかき混ぜながら考え、気付いた事実に納得した。

「……“私死んでもいいわ”、か。至言だわ」

 好感度と信頼が直結してるよ私。苦笑する。
 信頼とは裏切られた時に「まぁこいつ相手なら仕方ないか」と諦められるかどうかなのです。
 現状裏切りが私の死亡とイコールだもんな。刀剣男士相手に貴方になら殺されてもいいって思わないし思えないから、当然っちゃ当然だわ。こんさんと本丸さんになら命を預けてもいいもん。

 次郎さんもなー。嫌いじゃないけど、殺されてもいいとは思えないからなぁ。
 顕現させた時に薬研さん勝手に出した件とか前任の話題になった時の死ぬかと思った威圧感とか、あと最近だと審神者嫌いメンバー夕食に引き摺ってきた件とか忘れてない。
 命の恩人、のはずなんだけどな……いや、日頃の積み重ねだけじゃないな。なんか私に黙ってやってるっぽいし、次郎さんが私にする扱い、人間っていうより愛玩動物にする扱いに近いし。
 なんとなくだけど、個人としてみられてる気がしないんだよな。……斜に構えすぎか?

「ん、こんなもんかな。本丸さん、味はどう?」

 雑炊の味を見て、本丸さんの分も小皿に取り分ける。
 ひらひらと桜の花びらが落ちる。うん、反応を見るに及第点ってとこか。上出来。
 カタン、と背後で音がした。後ろを見れば、無表情の愛染さんが佇んでいる。

「……何やってんだ、あんた」
「? いえ、誰も食事の用意をしていないようでしたので、一応作っておこうかと……」

 無事なメンバーがどうにも料理できるイメージなかったし。
 余計なお世話だったか、これ。愛染さんの顔を見て、雑炊の鍋を見て、愛染さんを見る。
 ……いや、こいつらそもそも私の作ったごはん食べるのか?
 刀剣人数分は一応作ったけど、食べそうにないのいますよね。どうしたものかな。

「えっと……愛染さんは、どのくらい召し上がりますか?」
「……食っていいのか?」
「ええ、まぁ。そのために作りましたし……」
「ふーん……」

 ……いや。食べるの? 食べないの? どっち?
 よく分からないリアクションに首を捻りながら、怪我人分と国広さん、獅子王さん分だけお椀とレンゲをお盆に乗せる。机の上には残る刀剣人数分だけお椀を用意し、「ご自由にお召し上がり下さい」と書いた紙を置いておく。
 こうしておけば、誰かしらは食べるだろう。……多分だけど。
 居残り組分を別の鍋に移し替え、よいしょと怪我組分の鍋を持ち上げる。
 うわ、量あるから案外重――あれ、鍋どこいった。

「俺が運ぶ」
「え、あの、愛染さん? 怪我に響くでしょう、私運びますよ?」
「いい。運ぶ」
「いえあの……」

 私の困惑を余所に、愛染さんはすたすたと鍋を持って厨から出て行った。
 なんなんだ一体。いやそもそも怪我重傷だよね。鍋重いけど、大丈夫なのかあれ……?

「……お腹減ってたのかな」

 なんとなく零した呟きに、返ってきたのは本丸さんの蕾だけだった。




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