頭を抱えて崩れ落ちても資材は増えないし負傷者は減らない。
うんそうだねそんなもんですねこれが現実。OK理解した世の中クソだな。
「審神者、大丈夫か? まだ背中痛いのか?」
そうじゃねぇよ馬鹿野郎、という発言は舌先三寸で飲み込んだ。
返事をするだけの気力はない。おいこれどうすんの本気で資材不足洒落にならないんですけど万屋頼れないとかマジ詰んでるんですけど本気で勘弁してください手入れ地獄以前にそもそも資材が無いとかどうしろっていうの!
ぱらぱらと、励ますように、慰めるように桜の花びらが舞う。触れる傍から伝わる暖かな感情に、ふ、と呼吸が楽になったような気がした。顔を覆って息を吸い、長々と吐き出す。
「………………ありがと本丸さん。ちょっと落ち着いた」
色々不満は山とあるが、それはひとまず置いておく。
最優先事項は資材の入手だ。今ある資材では、とても負傷者全員の手入れはこなせない。
だが、この虫の息な状態をそのまま放置しておくわけにもいかない。破壊されていない以上、放置しておいて問題ないと頭では理解していても、この状態は心臓に悪すぎる。
「獅子王さん、ご心配をおかけしました。問題ありません」
「そっか、なら良かったぜ!」
にかっと笑う獅子王さんの明るさ半端ない。
でもこの人、これでも前任者の刀剣組なんだよな……表向きだけでも明るいのはありがたいけど、どうしても裏を勘ぐってしまうのは穿ちすぎか。今までそんな関わってもこなかったのにやたら好意的で怖い。好感度ってそんないきなり上がるもんでもないよね。実際審神者絶許チームは未だに好感度がマイナス値だよ? 変動してないよ?
殺そうとしたり、危害加えてこないのならなんでもいいっちゃいいんだけど……駄目だ考えるの止めよう。協力してくれるならもうそれでいいや。
「それで、これからどうするんだ」
「今ある資材で、出来る範囲の手入れを行います。
申し訳ありませんがお二方、皆さんの刀剣を手入れ部屋へ運ぶのを手伝って頂けますか?」
国広さんからの陰鬱な問いかけにそう返して、次郎さんの刀を慎重に抱え上げる。
重い……でかい……うっかり落としてトドメ刺しそうめっちゃこわぁ……これが命の重みってやつですね(白目)
「え、でも審神者ー、資材足りねーだろ?」
「完全に直す事はできませんが、状態を良くする程度なら何とかなりますので。気休めくらいにはなるかと」
「……次郎太刀を直せばいいだろう。あいつだけなら、なんとかなるはずだ」
思わず国広さんを見た。冗談を言っている様子ではない。
いや冗談言ってるの聞いたことないけど。そもそもこの人表情筋あるん?
獅子王さんですら、視界の端で「あー、そういやそうだな!」と手を打って頷いている。
おかしいな……こいつら元前任者刀剣組ですよね……もうちょっとさ、仲間の心配とかさ、そういう優しさっていうか、思いやりあっていいんじゃないの……?
なんで当然のように次郎さん直す流れになってるの……普通におかしいだろ……?
こいつらが一枚岩だとは思ってない。
もしそうだったら、私は今頃こいつらに殺されるかこいつらを叩き出すかしていただろう。
現状が成り立っているのは、内心はどうあれ、こいつらにも私と協力しようという意思があるからだ。でもそれとこれとって話が別ですよね。さして仲良くない上司と苦楽共にした同僚なら普通同僚ですよねやだもうほんと理解できねぇ刀剣男士意味不明すぎる怖い。
「…………あ、の。刀剣を運ぶの、手伝って、いただけるんでしょう、か」
そのあたりの考え方とか突っ込みたくもなかったので、目先の問題を優先する事にした。
わたしはなにもきいていない。こいつらの思考深く追求したくないです人外の思考回路なんて人間には理解不能に決まってるよねちょうこわい!
獅子王さんは心底不思議そうに首を傾げ、国広さんはやっぱり表情筋が仕事放棄していた。
「……そのぐらいなら、構わない」
「まー、手伝うくらい別にいいけどさぁ……」
「……ありがとうございます。手入れ部屋でお待ちしておりますので、どうぞ順次お連れ下さい」
深々頭を下げ、そのまま早足気味に部屋を出る。
向かう先は宣言通り、手入れ部屋だ。
背筋を這い上るようなうすら寒さを振り払うように、思考を目先の問題だけへと切り替える。
「気休め程度にでも手入れするとして、問題はその程度だよね。
第一部隊と遠征組だから計十二本か。できれば中傷くらいまでもっていきたいけど、それでも次郎さんと蜻蛉切さんが資材喰うな。今ある分は使い果たしても構わないけど、たぶんそれでも足りないよね? 本丸さん」
ぽ、と咲いた桜の花が落ちる。肯定。
「あるだけ資材掻き集めても無理かな。全部の刀装解体したら足りる?」
ぽ、と散った桜が落ちてくる。否定。
「正直あれ、折れる一歩手前くらいじゃないかと思ってるんだけど。
今ある資材全部使ったら、人間でいうところの致命傷くらいは癒せる?」
ぽ、と蕾の桜が落ちてくる。回答不可。
「そっか、本丸さんでも答えかねるか……こんさんがいれば分かったかな。
ほんとタイミング悪い……いや、このタイミングだからこそか。たぶんこれ、検非違使だよね。
後で調書取って報告書上げないと駄目だね。迅速に対応してくれれば万々歳なんだけど」
ぽぽぽ、と桜の花が落ちてきた。これは同意――いや、違うな。
落ちてくる花は不自然に、一つの方向を示している。あっちにあるのは、えーっと……。
「あ、そうか鍛刀所! 妖精さん!」
ぽ、と咲いた桜の花が落ちる。肯定。
そういやあの妖精さん達刀剣のプロだよ! 審神者の癒し要員じゃなかった!
やばいな、普段鍛刀も刀解もしないからすっかり忘れてた。でも、本邸内は行動制限かかってるからなぁ……放置してたのは不可抗力ってことで許してくれませんかね。無理か。
「……ご機嫌取りに、貢物くらいは用意しておくべきかな。とりあえずお神酒辺り持参で」
となると、いったん次郎さん手入れ部屋に置いて妖精さん呼びに行くべきか。
足早に歩む廊下は既に薄暗い。ふと外を見れば、煌々と月が昇っていた。
「……徹夜なのは確定、かな」
また書類仕事が一段と遅れますねつらい。
■ ■ ■
開口一番土下座謝罪かまして手土産献上しつつ助力を乞うた結果、妖精さん達は「仕方ねぇなあ」という顔をしながらも快諾してくれました。やったね! 資材量を身振り手振りで指揮し、手入れの監督をしてくれるのは本当にありがたいと思ってます。でも肉体言語は頂けないかな! 泣くぞ畜生。
ファンシーな見た目に反して案外荒っぽいなこの妖精さん達!
容赦なく腕を蹴り飛ばされ、打粉をしていた手を止める。
「ったぁ……! え、なに霊力また少なかった!? 違う、拭うの? これはここまで?」
睨み上げてくる眼光鋭い妖精さんが、舌打ちしそうな顔でジェスチャーする。妖精さん達は喋らない。だから、どうしたってコミュニケーションはジェスチャー頼みになってくる。意思疎通の不便さ半端ない。
手入れする刀剣が四本目に突入する頃には既に妖精さんの眼光はイライラからかヤクザみたいになっていたし、こっちも敬語が剥げ落ちていた。うん指導はほんと助かってるけども頼むから少しでもミスった瞬間に足が出るのほんと勘弁してくれませんかね。妖精さんの蹴り結構痛いのよ……だんだん容赦がなくなってきて審神者涙目。
横手からもう一人の妖精さんが差し出した拭い紙を受け取り、ロウソクの明かりを頼りに、傷に響かないよう慎重に刀身を拭っていく。
「この傷もうちょい直せない? 駄目? でもこれ折れ……いたいいたいいたいってば!
分かった! 資材足りなくなるんでしょ分かったってば!」
やめれヤクザキックすんなし!
ちょっとずつ手入れとか初めてだからこっちも要領掴めてないんだよ!!
手に持っていた刀剣(誰かは知らない)を元に戻して鞘に収める。勿論、傷に響かないように慎重に、だ。そこまでして、ようやくうっかりへし折らなかった事に安堵が零れる。
でもまだ未手入れの刀剣が三口あるんですよねー……残るは短刀二口と脇差か。
妖精さんが、ひと休憩とばかりに一升瓶をぐい呑みした。メルヘン要素とか微塵もねーなこの妖精さん達。そういや次郎さん大量鍛刀事件の時も、妖精さん達私らと一緒になってやたら呑みまくってたわ……要求されたおつまみもスルメとかそんなんばっかで、あの時はそれがやたら愉快で笑い転げてた記憶がある。
癒し要素などなかった(真顔)
ぱふりと頭に振ってきたタオルで、顎を伝い落ちる汗を拭う。汗でべたつく巫女服が気持ち悪い。
集中が途切れるたびにずっしりと重くのしかかる、疲労感が半端ない。げんなりした気分で溜息をつく。中途半端な手入れって神経削るなぁ……。普段より消耗激しい気がする。
よし、次は短刀いこう。今脇差手入れすると資材配分ミスる気がしてならない。
タオルを置いて、打粉の棒を咥えて短刀を慎重に鞘から引き抜く。うげ、よく折れてないなこれ。
柄とはばきを外していると、かたん、と背後で音がした。
刀身を拭い、打粉を優しく刀身に滑らせながら、振り向かずに声をかける。
「今処置が終わっているのはそちらにある打刀だけです。
まだ短刀と脇差は終わっていませんから、そのままにしておいて下さいね」
一升瓶をラッパ飲みしていた妖精さんが、勢いよく酒瓶を置いた。やたらと強く振られる腕。もっと強く打ち粉しろってか。首を傾げてポンポンする力をほんの少し強くすれば、容赦ない蹴りが手の甲にヒットした。
「だっ! ちょ、指示通りにしてるじゃん! 違う!? もっと強く!?」
深々頷くその横では、もう一人の妖精さんが抑えて抑えて! のジェスチャー。
「何を抑えろと! 打粉量? 霊力? え、霊力で正解!? このくらい?
違う、もうちょっと多く? 待ってこれ以上どうやって調整すんの!」
なんとなく霊力調節のやり方つかめてきたけど、私にできる限界値ってこのくらいだぞ!
泣き言を吐く私を冷然とした目で見る妖精さんは、真顔だった。真顔で顎をしゃくって「やれ」とジェスチャー。妖精さんの片割れが横で一升瓶をスイングしている。
おいいいいいい今でさえなんとなくでやってるのに微調整とか普通に無理だよ! 審神者歴三ヶ月をなんだと思ってるんだよ大概泣くぞ!? やるけどさ! 結局やるしかないんだけどさぁ! なんなの妖精さんスパルタ通り越して鬼畜いんですけど! どこのDV夫だ!!
「……審神者ぁー、そろそろ休憩したらどうだ? 顔色すっげーぞ」
「あとでします」
やめろ今集中してんだゆっるいノリで声掛けるな配分分からなくなるだろうがよ!!(怒)
横目に妖精さんを伺いながら、霊力を加減していく。
「は、また拭う? 霊力多、たっ――違う。打粉が多い? ああそっち使えばいいの、分かった」
差し出された棒を受け取り、ポンポンしようとした傍から脇腹に蹴り。
「今度は何!? 霊力か! 少し多かった!?
分かるかそんなん! ああもう分かったってやりゃいいんでしょやれば!」
くっそ私が資材貧乏なのも手入れにこんな苦労してるのも検非違使襲来もいい加減蹴られ過ぎて痛いのに慣れてきたのも重傷多いのも刀剣男士がめんどいのも前任がブラックなのも全部ぜんぶ政府のせいだぁあああああああああああ!!!!!
ちなみに手入れが終わった頃には朝だった。
その場で崩れ落ちるように寝落ちしたのは言うまでもない。ちょうつかれた。
■ ■ ■
「愛染、薬研。お前ら、そこで何してる」
「……別にいーだろ。審神者のこと、見てただけだよ。文句あんのかよ」
「いや。……ほどほどにしておけよ」
「審神者、気ぃ抜けきった顔してるなー。こんな顔もするんだなあ」
「……獅子王の旦那。女の寝顔を、そんなジロジロ見るもんじゃあねぇぜ」
「なんだよそれ。お前らだって今までめちゃくちゃ見てたんだから、俺も見たっていいだろ?」
「減るだろ。駄目だ」
「審神者って減るのか!?」
「――静かにしたらどうですか、獅子王。そのひとが起きたらどうするんです」
「おわっ! びっくりした、お前いたのか!」
「……ばっかじゃねーの。ずっといただろ、前田のやつ」
「そうなのか? わり、俺夜目効かねえんだよ」
「……意外だな。審神者嫌いのお前が、そんな事を言うのは」
「っ……」
「ははっ。別に山姥切の旦那は責めちゃいねぇよ、前田。
俺達に何かあったら、を斬ろうと思って隠れてたんだろ?」
「でも、駄目だぜ。“何か”あった時、に柄まで通すのは――俺だから、な」
「……何か、か」
「ああ。何か、だ」
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