【速報】本丸正門が最前線救護テント状態
にっかりさんに放り出された先の状態に、喉まで込み上げたすっぱいものを辛うじて胃へとリターンさせた。ここ三ヶ月で怪我して帰ってくるのには大概慣れたと自負していたんだが、どうやらそれは甘かったようだ。
はい端的に言って地獄絵図です……ズタボロってレベルじゃねーぞ!? ここ引き継いだ時の方がまだマシな怪我だったよどういう事だ!
むせ返るような血と鉄の臭いにはまだ耐えられるけど、それよりも酷いのは傷の状態だ。
やめてなんでこんなスプラッタなのここまで傷負ってまだ生きてるとか嘘でしょ呼吸してるの破壊されてないの嘘でしょ生き地獄なんですけど動けるようには到底見えないよく戻ってこれましたよねぇええええええ!?
! こんな驚きは!! すごく!!! いらなかった!!!!
「……じ、じろ、さん……」
次郎さんは、塀にもたれ掛るようにして転がっていた。
出陣前の華やかな装いとは打って変わって、服はボロボロだし、あちこち泥と血で汚れてる。
あらぬ方向へ捻じれた次郎さんの右腕に、これは確実に折れているなぁ、と頭の中の妙に冷えた部分が呟いた。青褪めた次郎さんの頬に手を伸ばして、触れる。指先は、馬鹿みたいに震えていた。
伝わってくる温度は、見た目通りにひどく冷たい。
ぬるりとした真新しい血の感触が、とても気持ちが悪かった。
「、彼等を頼んだよ! 僕は薬研達を連れ戻してくる、山姥切、すまないが後を任せた!」
「――え、」
「、……分かった。あいつらを頼む」
待って、え、薬研さん? 連れ戻す? なに、どういう事?
険しい顔のにっかりさんが、慌ただしく正門を潜り抜けて出陣していく。
――薬研さん、は。いや。今日の遠征組は、何処だ。
今日の第一部隊はここにいる。傷だらけで。半死半生で。
遠征には第二部隊が。歌仙さんを隊長に、にっかりさんを副隊長にして出していたはずだ。
隊員は短刀三口。にっかりさんは今、出て行った。じゃあ歌仙さんたち、は?
「……どういう、こと、ですか」
「第一部隊の重傷が腹に据えかねたらしい。入れ替わりで出陣して行った」
応える、国広さんの声は常と変らない陰鬱さだった。
全てを俯瞰しているような、何処か遠い、淡々とした、乖離しきったような声音。
たぶん、この人は、いつもと変わらない目をしているんだろう。
それが怖くて、見るのが嫌で、次郎さんへと視線を戻す。
酷い傷だ。特に酷いのは、胸から腹へ横断する傷跡と、太ももにあいた大穴か。
これは死体じゃないんだろうか。そんな疑問がふと浮かぶ。頬に触れていた手を、おそるおそる、胸元にあてがう。とくん、とくん、と鼓動を刻む感覚が伝わってきて、思わず安堵の息が零れた。視界が滲む。
良かった。まだ、生きてる。
ひんやりした手が、頬に触れた。
顔を上げれば次郎さんが、青褪めた顔で、それでも、優しい目で微笑んでいる。
ぽ、と唇が開く。擦れ切って、力の無い声は音にならない。
「 」
「――はい。おかえりなさい、次郎さん」
頬に触れた手に、手を重ねて。
できる限りの笑顔で返せば、次郎さんが嬉しそうに笑ってくれた。
引き攣り笑いになってる気もする。だけど、次郎さんが嬉しそうだからなんだっていい。
次郎さんの手から、力が抜ける。間を置かずに聞こえてくるのは、規則正しい呼吸音。
そうっと次郎さんの手を離して、足に力を入れて立ち上がる。
「国広さん。申し訳ありませんが、本邸から誰でもいいので人手を連れてきてください」
「……分かった」
応える声。足音が遠ざかっていく。
水分過多になった目元を乱暴に擦って、息をついて気合を入れた。
「……よし。がんばろう」
応援するように、桜の花びらが周囲をひらひらと舞う。
まずは第一部隊を本邸に運び込もう。手入れをするのは、それからだ。
■ ■ ■
国広さんが連れてきた人手は、獅子王さんだけだった。
他に人手は無かったのかと思って記憶を浚ってみるも、後はそもそもまともに顔合わせすらしていない刀剣ばかりだった。せいぜい遠征出陣の見送りか、手入れ部屋で会う程度。
心の中でレイプ目組と呼んでいる、生きる気力からして不足していそうな面々が大半だ。
一人でするよりはマシか、と諦める事にした。あと今まで会話した事なかったけど、獅子王さんは結構好意的かつ明るい性格の御仁だった。色んな意味で助かった。ありがたい。
しかし、本邸の刀剣達が布団を使ってないとは思ってもみなかった……二人そろって「使っていいのか」ってやたらしつこく確認される羽目になるとは私も予想外だったよ……次郎さん寝泊り本邸だよね? 何やってたの? 酔いどれだからそこらで爆睡してたかんじなの? 風邪ひきたいの? 馬鹿なの?
まさかこんなくだらない押し問答で三十分も消費するとは思っていなかった。
いいんだよ血で汚れても使うために用意してあるんだよ別に怒ったりしないよそもそもこの大量の布団をなんだと思ってたんだよ! 審神者一人でどんだけ使うと思ってるの刀剣は馬鹿なの!?
押し問答の果てになんとか全体的に虫の息な第一部隊を布団に放り込み、手入れの為に資材数をチェックする。
「……やっぱ足りない」
打刀はいい。しかし、太刀を手入れできるほどの資材は無い。特に問題なのは大太刀の次郎さんと、槍の蜻蛉切さんだ。この二人、手入れのために消費する資材数が洒落にならない。気持ちとしては次郎さんと、友好的な蜻蛉切さんから手入れしていきたいが、それをすると次郎さんで資材が尽きるのが目に見えている。
また万屋に行くしかない、か。
ああもう今月の収入がどうあがいても赤字! 資材が小判でも買えればいいのに!
国広さんと獅子王さんに第一部隊の世話を頼み、離れに置きっぱなしの端末(支払い機能付き)を引っ掴んで万屋に駆け込む。万屋の中は人でごったがえしの状態だった。ここまで多いのは初めてだ。
店員と、誰かの刀剣だか審神者だかの怒号と悲鳴が上がっている。状況はつかめないが嫌な予感しかしない。近くにいた、審神者だろう女性の腕を捉えて声をかける。
「ごめんなさい! 少しよろしいですか!?」
「きゃっ!」
「主! 女、主に対する狼藉は許さんぞ!」
速攻で近くにいた男に手を叩き落とされた。
男が審神者らしい女性を背後に庇って、ものすごい目でこっちを睨んでくる。
わぁい狂犬臭がするよこいつ! だが残念、この、殺気にはちょっとばかし耐性があるぞ!! でも既に鯉口切ってるのはいただけないかな!
「収めなさい長谷部! 少しよろけただけだわ、大丈夫よ」
「っ……主命とあらば」
発言と表情が全然一致してないよね。睨まれたままなのはまぁいいとしても、いつでも抜刀できる状態ですよねソレ。思いっきり何かしたら斬り捨てる気でいますよねこの刀剣。
そういやこの長谷部って人、刀帳に乗ってたな……実際にはいないから、前任者に壊された刀剣男士の一人か。なるほど、こういう狂犬タイプだったのね……前任が気に入らなくて謀反起こした系ですね分かります、来たのが次郎さんでほんと良かった。来たのがこいつだったら絶対裏切り待った無しだったよ怖い。
今後うちの本丸に来る事があったら顕現させるの絶対止めよう。狂犬怖い。
「ねぇ、貴方近侍はどうしたの? 姿が見えないようだけど」
狂犬長谷部の後ろから顔を覗かせて、審神者の女性が心配そうに首を傾げる。
近侍……あっそういえば普通は刀剣男士、誰か護衛で連れてくるものなんだっけ。
次郎さん出てる時は大抵一人で来てるからうっかりしてた。
女性の視線がとても辛い。やだ……この善意の眼差し痛い……さっさと答えろみたいな狂犬の目も痛い……。
「……慌てて出てきたので、置いて来てしまったようです」
「やだ、こんな時に!? 不用心にもほどがあるわ! ねぇ貴方、本丸の番号は? 送っていくわ!」
「い、いえ大丈夫です! 資材を買いに来ただけですので! すぐに戻りますし、本当、一人で大丈夫ですので!」
「ほう。貴様、主の御好意を踏み躙る、と……?」
「長谷部うるさい! 主命だから少し黙ってなさい!」
「……拝命致しましょう……」
ものすっごい不満そうだけど、狂犬は一応引き下がった。
すごいなこの審神者さん。トップブリーダーなの? 狂犬の扱いには慣れてる系なの?
ぜひともご教授願いたい――ってそれどころじゃないな。
「あの、これは一体なんの騒ぎなんでしょうか?」
「……ああ、そうね。ね、貴方も資材を買いに来たのよね?
だとしたら諦めた方がいいわ。遠征で掻き集めた方がきっと早いから」
狂犬を押しのけて身を乗り出してきた審神者さんは、苦々しく顔を歪めた。
深々と溜息をつくその横では、狂犬がものすっごい何か言いたそうに口をもごもごさせている。なんだこいつ。でもこっちちらちら見ながら柄に手をかけたままな辺り本気でやめてくれないかなって思うよ怖いよ狂犬マジ狂犬。
「貴方も白刃隊が被害にあったクチでしょう?
ここに来てるのは、みんなそんな審神者ばかりよ。手入れのための資材を買い付けに来たの」
「この人数が、ですか?」
「政府からの通知が回った時点からって考えた方がいいわ。もう資材の在庫、無いそうだから」
「」
冗談。
……じゃ、ないね! 資材がどうのって聞こえてくるもんね!
おい今入荷未定って聞こえたぞどういう事だ!!
「お集まりの審神者の皆様に申し上げます! 検非違使被害による資材不足回避のため、大変申し訳ございませんが、万屋で資材をお売りする事はできません! 資材の申請は、全て政府へとお願い致します!」
「ざっけんな! ンなもん確実に時間かかるだろうが! 今すぐ俺は資材欲しいんだよ!」
「うちの子達が苦しんでるんだけど!? そんな悠長な事してられないよ!」
あちこちからブーイングの嵐だった。気持ちは分かる。店内の雰囲気は最悪だ。
見切りをつけたのか、苛立った様子で店を出ていく審神者と近侍の姿もちらほらと見掛ける。
店員も固い顔だ。「お売りできないものはお売りできません!」と必死な顔で声を張り上げている。視線を横にいる審神者の女性に戻せば、彼女も渋面だった。
「……ほら、ね。遠征で何とかするか、政府から届くのを待った方がいいわ」
「……そうですね。ここで騒いでいるより、その方が建設的ですね」
頷き合って、万屋を出る。
資材どうしよう……遠征部隊だけ出していけば何とか……手入れのためならもうちょっとは協力的になるだろうし……霊力で本丸さんの資材サポート強化できるかな……いやでも手入れで使う霊力も馬鹿にならないし……あっこれ死亡フラグしか見えないつらい。
「それで貴方、本丸の番号は? 送るわよ?」
「いや本当お気持ちだけで結構ですから」
襲撃よりそこの狂犬の方が怖いわ。
■ ■ ■
本丸へと戻って最初に出くわしたのは、険しい形相の獅子王さんだった。
獲物を見る目で狙い定められて、思わず硬直する。何事。
「――見つけたぁっ!」
吼えるが早いか本日二度目の俵担ぎ。
わぁい早業。抵抗する間も無かったぞおい。
そのまま猛ダッシュで廊下を走りながら、獅子王さんが憤慨する。
「どこ行ってたんだよ審神者! すっげぇ探したんだぞ!?」
万屋だけど頼むからスピード! スピード落として!? すっごい揺れてる! この状況で喋れるか!!
抗議する余裕もなく、ようやく止まったかと思えば畳の上に放り出される。
「――――――っ!!」
「あっ。わりぃ審神者! へーきか?」
「へ、……へいき、ですっ」
したたか打って痛む背中を押さえながら、よたよたと身を起こす。思いっきり背中から落とされた……おいこいつほんとに悪意ないの? わざとじゃないの? 素なの!?
心の中だけで思いっきり毒づきながら見回せば、第一部隊を纏めて放り込んだ部屋だった。
だがしかし。
何故、人数が増えている。
「……出ていた連中が戻った。こいつらも怪我をしていたから、布団に押し込んでおいたが、良かったか」
「……………………ありがとうございます………………」
そうですね。おもいっきり薬研さんとかにっかりさんとか歌仙さんとか厚さんとか愛染さんとかいらっしゃいますね。まごうことなく出撃していったのと、止めに行った保護者様でいらっしゃいますね。
無傷で戻って欲しかったかな! これはひどいね!!
……救いはないのか。
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