父親はクズ。母親はアバズレ。
 そんな両親の下に産まれて、まっとうに育つはずがない。
 転がり落ちるのなんて息をするより簡単だ。あとはお定まりの底辺人生。
 小さな弟の手だけは、絶対に離さないよう握り締めて。

 にいちゃん、どこにいくの。

 あのクソッタレ共がいないとこだ。心配すんな、にいちゃんが守ってやる。

 ガリガリに痩せた身体。大きな目だけが異様に目立つ。
 笑ってふわふわの頭を撫でてやれば、安心しきった顔で身を寄せてくる。
 大人なんて頼れない。誰もかれもが見て見ぬふり。
 何も知らない、俺の大事な可愛い弟。お前はそうやって、馬鹿みたいに呑気な顔で笑ってればいい。
 それだけで俺は、生きてていいんだって思えるから。

 ――餓鬼の癖に、いい目をしてるじゃないか。

 うるせぇ。死ねよクソが。

 出会ったのはなんてことない、俺がヘマ踏んでとっ掴まっただけの話。
 胸糞悪い笑みを浮かべる、お綺麗な顔に吐き捨てた。

 にいちゃんをいじめるな!

 ばかやろう、くるな!

 弟の身体が吹っ飛ぶ。叩き付けられて転がる。

 てめぇ! そいつに手ぇ出したらぶっころしてやる!

 ん? そこは命乞いするところだろう。ごめんなさい、助けて下さいって言ってみろ。
 そしたらソレだけでも助けてやらんでもないぞ。

 嘘だ。底辺で生きてきた、親父以上のクズは何人だって知っている。
 頭を下げたら次の要求。骨までしゃぶりつくされて、嬲り者にされるだけだ。
 強い奴は気紛れに、弱い奴から奪っていく。ふざけんな。俺の弟。あいつだけは奪わせない。
 奪われるくらいなら、一緒に死んだ方がまだマシだ。

 なんだ、ただの馬鹿でもないようだな。

 意外そうに男が首を傾げる。
 傾げて、愉快だと言わんばかりの顔で弟の首根っこを掴む。その汚ねぇ手をどけろ。男が笑う。
 這い蹲って、それだけ悪態がつければ上等だ。そう言って破顔する。

 感謝しろ。俺がお前達を拾ってやろう。
 何もできないクソガキ、お前に力をくれてやる。せいぜい俺に尽くすんだな。

 クソが。いつか吠え面かかせてやる。

 中指おったてて告げても男は笑うだけ。
 分かってる、俺は負け犬だ。吠えたてるだけじゃ意味がない。俺は弱い。
 だからその手を取るしかなかった。世の中なんてそんなもんだ。

 にいちゃん、こわいよ。

 大丈夫だ、にいちゃんが守ってやる。

 弟の手だけはしっかり握って、クソ野郎の後を追う。地獄への道を下りていく。
 外道でも鬼でもなんでもいい。大事なものを手放さないで済むのなら、道徳なんて必要ない。
 選んだのは俺。決めたのは俺。従うなんて反吐が出る。
 でもいいさ。あんたの飼い犬になってやる。
 どんなクズでも、手を差し伸べてくれたのはあんただけだったから。

 男が笑う。(うぐいすまる、)
          弟が笑う。(……あきた?)

 幸せになりたかった。
 大事な奴らと、ずっと一緒にいたかった。

 それだけが、俺の――


(ああ、)

(そうか。)

(……ひとりじゃ、ないんだ)


 ■  ■  ■


 目が覚めたら離れでした。
 そして絶対安静なう。いえーい身動きするだけでめっちゃ痛いぜー。

「無茶するからですよ」
「いや、あの状況で無茶しなくていつするの……」

 厳しい口調でお怒り気味のこんさんに、呆れ混じりにそう突っ込む。
 どうも、三日三晩生死の境を彷徨いましたです。生きてるって素晴らしい。
 両手重傷左腕貫通肋骨骨折、全身筋肉痛で打ち身切り傷だらけという有様だけどもな。
 次郎さんは目覚めてからというもの、私を膝の上に乗せて背後から肩口に顔を埋めたままの姿勢で微動だにしない。ずっと無言だ。どけるのはもう諦めた。次郎さんも重傷なのにね。傷に触らないんでしょうかね。不安。
 でもまぁ、さんざ当り散らした挙句に一緒に死んでねとか言っておいて、舌の根も乾かないうちに盛大に裏切りかましましたしおすし。はい一番の嘘吐きは私です。羅列するとすごい悪女じゃないですかやだー超やだー。思い出すと黒歴史なので厳重に封印して重しつけて沈めたい。
 正直あの時の私は頭のネジまとめてブッ飛んでたとしか思えんわ。
 なんだよ一緒に死んでくれない癖にって。人間誰しも死ぬ時は一人だよ甘えんなよやだもう死ねる。

「まったく……一時はどうなる事かと思いました。
 戻ってきた時の本丸の有様にはこのこんのすけ、正直肝が冷えましたが」
「あ、これ死んだなと思ったよ私は……。というか、結局あの呪詛ってなんだったの?」

 背後からの拘束が強くなる。傷に触れない範囲だ。なんていうか、うん。安心感あるんだけど居心地の悪さも半端ない。やめてください私が悪かったです愛玩動物でいいです。お願いだからそのすごく丁寧な触れ方やめて恥ずかしさで死ねるからいつもの雑さ何処置いてきたの次郎さん!?

「そうですね……殿は、何処まで分かっていらっしゃいますか?」
「……。憶測交じりになるけどいい?」
「はい」

 次郎さんを意図的に意識から除外して、目の前のこんさんに集中する。
 やめて耳元で擦れ声で「」って呼ぶのやめてその声エロい死にたくなるやめて。

「呪詛は刀剣男士と前任者両方のもの。そしてそれは生き残ってた刀剣男士にも、結構影響をもらたしてた。本人達も恨んでいたのはあったんだろうけど。たぶん、彼等も呪いの一部だったんじゃないかな?
 で、それを抑え込んでいたのが本丸さんと鶯丸さん」

 本丸さんは“マヨヒガ”だ。
 妖怪は、そのテリトリーの範囲内でなら絶対的な力を持つ。
 だからこそ、あの一室に呪詛を押し込めておけた。折れた刀剣や前任者の死体が、全部あの一室に詰め込んであったのはそのすべてが呪いを担っていたからだ。出す訳にはいかなかった。本丸さんとしては全部放り出してしまいたかっただろうけど、本丸内には生きた刀剣男士もいたから。放り出しても戻ってくるだけだ。
 戻って来て手に負えないモノを相手にするよりは、封じておく方が得策だと思ったんだろう。
 ただ、そこで鶯丸さんと意見の相違があった。

「本丸さんは、本邸ごと呪詛を消し去るつもりでいた。
 火で焼いてしまうつもりだったんじゃないかな? でも、鶯丸さんは違った。
 前任者の首を奪って、秋田藤四郎を要に、呪詛をあそこに括りつけて沈静化を図った。たぶん、浄霊しようとしてたんだと思う。……上手くいかなったみたいだけど。そんな感じでモタモタしてる間に、とうとう呪詛が本丸さんの手にも負えなくなって――それで、溢れてあの地獄絵図かな」
「はい、おおむね間違っておりません」
「おおむねかー。じゃあこんのすけ先生、正解どうぞ」
「では僭越ながら。まず当初、この本丸の呪詛は本丸さんが余裕で封印していられる範囲内で、そこまで強力なものではありませんでした。自分達の恨みの対象である前任者殿が死んで、折れた男士達の恨みも落ち着いておりましたからね。新しい審神者が来れば、本丸は十分に清められます。
 時間さえあれば、自然に浄化されていくと踏んでいたのですが」
「が?」
「着任当初を覚えていらっしゃるでしょう。生き残りである刀剣男士様方の、審神者に対する反発を。
 沈静化していたから見過ごしておりましたが……彼等もまた、呪詛の一部。呼応して折れた男士の方々の怨念が燻り始め、それを喰らって前任者殿の呪詛が増大致しまして」
「うわぁ嫌な連鎖反応」
「怨念が怨念を呼び、呪詛が呪詛を喰らって更に強大になる、という状態になっていたようです。
 出口の無い一室に押し込められていたのも悪かったのでしょう」
「そして気付けば蠱毒の坩堝か……。の、割には好意的な男士もいたんだけど」
「前任者殿が呪っていたのは、刀剣男士と政府でしたので。
 互いに喰らい合った呪詛です、おそらく双方が混ざり合ってしまっていたのでしょう。少しでも殿に好感を抱けば、それがそのまま、殿に反抗的な刀剣男士への憎悪に転換されていたのではありませんか? 呪いに影響を受けた結果の視野狭窄。身に覚えがおありでしょう」
「……ああ、うん……まぁ、ねぇ……」

 ここしばらくのアレコレが脳裏を過ぎる。目が死んだ。
 というか、そこまで把握してて何も言わずに静観してたんかい。こんさんマジ外道。
 ジト目で見れば、こんさんはこてん、と小首を傾げてみせた。

「そのような目で見られるとは。こんのすけ、極めて遺憾でございます」
「いざとなったら本邸ごと、刀剣男士破棄する気だったこんさんに言われても」

 絶対こんさんプランでしょ。分からいでか。

「でも、殿はお怒りになりませんでしょう?」
「あざとい……この狐ほんとあざと黒い……!」
「そう言いながら、結局許して下さる癖に」
「分かってらっしゃる! でも次に私に関係する事隠蔽してたら怒るから。
 死ぬほどまずいお稲荷さん延々作って食べさせてやるから」
「申し訳ございません主に誓って二度と致しませんのでそれだけはお許しを!」

スライディング土下座初めて見たよ。狐だけど。
しかしそこまで嫌か。思いの外胃袋掴んでたんだな私……。

「まぁいいよ、今回は目を瞑るから。だけどこんさん、そこまで分かっててどうして早々に始末つけなかったの?
 こんさんが留守にする前だったら、私、確実に気付かないままだったよ?」
「……鶯丸様が、秋田藤四郎様を要に封印を施したせいでございます。
 本来あの隠し部屋は、審神者に何かあった時のための最後の砦。外からの干渉は難しくなっております。
 そこに封印を加えた結果、本丸さんの干渉すら困難になり……。
 火による浄化では確実性を欠きかねず、手をこまねいておりました」
「“主君のために”、かぁ……」

 苦笑が零れる。成程、あれが緊急時のための隠し部屋なら、彼等が近侍部屋の辺りで立て籠もっていたのも納得できる。そこが、一番呪いに近い場所だったからだ。
 結果として後始末を押し付けられて酷い目にあった訳だが、怒りはわいてこなかった。
 仕方ないな、という思いが強い。あの二人にとって、あくまでも主は前任者だけだったろうから。
 鶯丸さんに限って言えば、仲間に対する配慮もあったんだろうけど。
 へにゃ、とこんさんの耳が申し訳なさそうに垂れる。

「……殿が生きていらして、本当に安心いたしました」
「次郎さんと薬研さんのおかげだよ。おかげで生きて戻ってこれた」

 あの時、唐突に苦悶しながら裂けた前任者。
 鶯丸さんの隠し持っていた首。それを、鶯丸さんごと始末したのは次郎さんだろう。外部からできる、精一杯の助太刀。枕元に置かれたままの短刀を見やる。こんさんが、戸惑ったように首を傾げた。

「次郎太刀様はともかく……薬研様、でございますか?」
「うん、薬研さん」

 使え、と。

 あの時、薬研さんが手元にいたのは偶然なんかじゃないんだろう。
 私が、傷を作ったら。あの約束が私を助けた。目覚めて以降も、薬研さんは顕現を解いたままで沈黙を続けている。私が眠っている時も、ずっとあの状態だったそうだ。

『ああ、でも。これで俺を持ち歩いてもらえるなぁ……』

 まぁ、うん。つまり。そういう事、なんだろう。
 呪詛による視野狭窄。思考誘導があったとしても、結局あれが嘘偽り無い、薬研さんの願いだったという事だ。
 刀剣男士としてではなく、刀剣として。もはや苦笑しか浮かばない。
 恩人ならぬ恩刃の願い。無碍にできるはずもなかった。
 あれだけ辛い思いをしてきたのだから、刀解でも良かったろうに。
 しかも選んだ主が私。まったく、物好きにも程がある。

「それで、あの部屋の死体とかはどうしたの?」
「前任者殿の御遺体は、ご家族の方の元へお送りしました。
 折れた刀剣の残骸ですが、鍛刀妖精の方々に資材として溶かし直して頂き、清める意味も込めて刀装部屋にお供えしてあります。掃除は刀剣男士の皆様にお願い致しました」
「そっか、ありがと。……掃除に関してはちょっと不安が残るけど」
「本丸さん監督の下です、問題無いでしょう」

 ひらりと桜の花びらが舞う。
 伝わってくる、大丈夫! という力強い肯定に、自然と笑みが浮かんだ。
 カタン、と障子の外で音が鳴る。視線を向ければ、小柄な影が映り込んでいた。平野さんだ。

「ご歓談中、失礼致します。審神者様。ご下命通り刀剣男士一同、支度が整いました。本邸へお越し下さい」
「分かりました、今から向かいます。次郎さん。そういう事だか、らっ!?」

 無言で次郎さんが、私を抱え上げた。
 慌てて腕を首に回す。片腕だというのに、安定感がものすごい。
 腰にわずかな重みが加わる。ぎょっとして見れば、薬研さんが自分で佩刀されていた。
 わぁ便利――……じゃなくってだな! 待って重傷自重して!

「次郎さん、歩けるから! 私、自分で歩くから、ね、降ろして!?」
殿、貴方絶対安静だって分かっていらっしゃいます?」
「大丈夫だって歩くだけだし! っていうかそこまで体調悪くないし!」
「……

 次郎さんが足を止めた。視線が合う。黄玉の瞳が、つぅいと細められた。
 背中を駆け抜ける警戒信号。獲物を狙う肉食獣。そんなイメージが脳裏を過ぎる。
 鼻先が触れ合う。濡れた吐息がかかる。瞳の奥で燻るのは、今にも噛みつかんばかりの餓えだ。
 あれっ次郎さんいつの間に刀剣から肉食獣に種族変更したの?

「黙って運ばれるか、その口塞がれるか選びな」
「喜んで黙らせて頂きます!」

 うちの初期刀超怖い。


 ■  ■  ■


 大広間には平野さんにお願いした通り、全刀剣男士が揃っていた。
 時間的には久しぶり、主観的にはつい昨日顔を会わせたばかりの彼等が、私の姿を認めると同時に、一斉に場に平伏する。うわぁ胃が痛い。

 誰もかれもが重傷だ。それでも身綺麗に、手当てだけはされているのを見て胸を撫で下ろす。
 空気は完全にお通夜である。けれどそこに、いつも付き纏っていた暗い影は無い。
 憑きものが落ちたよう、とでもいえばいいのか。
 次郎さんが私を上座に据えて、その横にどっかりと座り込んだ。
 いつでも大太刀を抜き放てる姿勢。鋭い眼光が、平伏する男士達を睥睨する。
 ……ちょっと殺気立ちすぎてやいませんかね?
 頬を引き攣らせる私の膝の上に、ちょこん、とこんさんが乗る。
 馴染みのモフモフ加減を堪能しながら、改めて男士達を見渡した。
 意外と言えば意外な事だが、前任者と逝った秋田と鶯丸さん以外、欠けた男士は一人もいない。
 こほん、と咳払いをして、口を開く。

「頭を上げてください。さて、今回の一連の騒動ですが……処罰をする気はありません」

 ほぼ全員の驚愕の視線が私を射抜いた。
 こんさんや本丸さん、次郎さんに動揺は無い。構わずに続ける。

「以後は本来の契約に基づき、大いにその本分を振るって頂きます。
 私の下で働けないのなら、この場で申し出なさい。理由如何によっては、刀解を認めます」

――では、僕を刀解して頂けますでしょうか」

 真っ先に口火を切ったのは、平野藤四郎だった。
 短刀達から上がりかけた声を一瞥で制して、迷いの無い目で私を見る。

「鬼畜外道の類であれど、僕の主君はあの男だけ。二君に仕える気はありません」

 相変わらず、平野さんからは審神者に対する嫌悪の情が伺える。
 ほんの少しもブレない態度。それを不快に思わないのは、それでもなお、助けてくれようとした事を知っているからだろう。たとえそれが、仲間――彼を匿っていただろう、鶯丸さんのためだとしても。

「主に殉じる、と?」
「アレに甘い二人だけが供では、心許無いですから」

 成程、違いない。
 しれっとした顔でのたまう平野さんに、堪え切れずに思わず吹き出す。
 込み上げる笑いに口元を抑えながら、了承を込めて頷いた。

「分かりました。では、後で鍛刀所へ」
「ありがとうございます。……御縁があれば、次は貴方にお仕えしたく存じます」
「ふふ。その時はよろしく。――さようなら、平野藤四郎」

 深々と額づいて、平野さんは一足先に部屋を退出していった。
 静かに動揺している男士達の中、次に口を開いたのは宗三左文字だった。

「……貴方、正気ですか? 僕らは謀反人ですよ。折るべきでしょう」

 いつぞやの歌仙さんと似たような発言だった。
 刀剣男士のほとんどは、宗三左文字と同意見らしい。複雑な表情で頷いている。
 まぁ、それも考えなかった訳じゃないけども。

「そうですね。私も、次を許す気はありません」

 前任者のもたらした地獄。
 あれを追体験し、前任者の記憶を覗き見して。
 それでもなお、彼等を責める気には到底なれないんだから仕方が無い。
 今でも、彼等にされた事を腹立たしいと思う。信頼できないとも思う。
 ――でも。許してしまったんだから、どうしようもない。

「ならいいだろ。今だろうが次だろうが、さして変わりゃしねぇよ。
 俺達はあんたの顔に泥を塗った。粛清されんのが当然だ」
「……」

 憮然とした様子で、それでも毅然と背を伸ばして言い切る和泉守兼定。
 その通りだと言わんばかりに、鳴狐が深々と頷いた。
 私を伺う、いくつもの視線。そのすべてに、微かに残った笑みを消す。

――黙りなさい」

 異論は聞かない。

 私が許すと決めた。許して、受け入れた。
 前任者の残したものを、まるまる背負う覚悟を決めた。
 強制でもなく、惰性でもなく。他の誰でもない、私の意思で。

「呪詛で頭がやられた連中の謀反如き、いちいち裁いてやる気はありません。
 泥を塗ったというのなら、貴方達自身の手で雪ぎなさい。見合う戦果を上げなさい。
 その程度もできないなどとは言わせませんよ」

 意図せずとも、厳しい声音が出る。
 まぁ要約すると逃げずにキリキリ働けって事なんですがね!
 うん許すけどそれとこれとは話が別だよねっていう。傲慢だって? 知ってる。
 自分達のしたことに少しでも罪悪感を抱いているなら上等だ。使い倒すのに躊躇いが無くて済む。汚名返上という名目の下、しっかりきっちり働いていってもらおうじゃないか。
 刀解してはいさよなら、なんて楽は許さん。
 私だってこんだけ怪我してんのに病院にすら行けないんだぞ。
 手入れで治る刀剣でもないのにこの状態でも仕事が待っているんだぞマジふざけんな。
 にっこり笑ってみせれば、気圧されたように誰しもが口を噤んだ。こんさんがぼそっと「なんと豪胆な……」と感心したように呟く。うん、褒め言葉に聞こえない。乙女に豪胆はないだろ豪胆は。

「……俺は、」

 押し黙る刀剣男士達の中。
 沈痛な面持ちで、山姥切国広が重たげに口を開いた。

「俺は、前の主であった男を殺した。本丸に敵を招き入れた。あんたの旗下に、俺は必要ないだろう」
「だから刀解しろ、と。寝言は寝てから言ってくださいね」

 山姥切国広。

 どれほど否定しようとも、かつてこの本丸で、彼こそが刀剣達の精神的支柱であったのは疑いようもない。折れて逝った男士達の誰一人として、前任を憎んではいても、彼を憎んではいなかった。あの地獄で、意図して生かされてきた薬研さんと違い、容赦なく酷使されてきた国広さん。敵と内通していた訳ではない。
 そうでないことは、垣間見てきた地獄の記憶で知っている。そんな器用な男でもない。

 あったとすれば、それは初期刀としての義務感か。
 間違い、転げ落ちていく主に対しての――せめてもの忠心。

「以前にも言ったはずです。貴方は、間違いなく私の刀剣男士だと」

 それを罪だと思うなら、彼こそが生きて償うべきだ。
 刀解されたいのならば誇るべきだった。胸を張るべきだった。
 最後まで殉じた秋田のように。
 仲間と主、両方を救おうと足掻いていた鶯丸さんのように。
 悪態をつきながらも、あの男だけが主だと言いきってみせた平野さんのように。
 俺は初期刀として、主を止めてみせたのだと。

「還る事は許しません。……私のこと、守ってくれるんでしょう?」
――誓おう。俺の銘を賭して、必ず……!」

 震える声で宣言して、国広さんが深々と額づく。
 それを合図とするように、ざ、と全員がそれに倣った。
 その光景に、瞑目する。かつて彼等の主であった、前任者を思う。

 彼が命を失ったように、私は永遠に、無垢を失くしたんだろう。
 死を以ってして、彼はこの戦場から解放された。
 生きて戻るか死んで戻るか。それはきっと、今後の私の采配次第。
 誰かの命を背負うだなんて、まったくもってめんどくさい。

 けど、背負うと決めたのだ。そうである以上、足掻いていくしかないだろう。
 この戦いの終結まで――全身全霊をかけて、ちっぽけな誇りを支えに。人間として。




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もしかして:コミュ力底辺本丸。

◎死亡者リスト
前任者:鬼畜外道のろくでなし。大事なもの以外全部ゴミ。執着心半端ない。
鶯丸さん:茶とかオオカネヒラーとか鳴いてられない苦労人。前任の恩人似(見た目だけ)
秋田さん:ダークホース。忠臣っていうか佞臣。殉じた。前任の弟似(中身含む)
平野さん:残虐な暗君だろうと、我が忠心に揺らぎなし。ツンドラのツンデレ。