続け様に五戦。それが終わる頃には、気付けば昼近くになっていた。
 本来出陣した場合の戦闘数を考えれば、このくらいは軽くこなせなければいけない。
 こなせなければいけない訳だが。

「ぐ、ぅえ……あ゛っ……」

 まぁそれに即時適応できてたら、世の中にPTSDとか存在しませんよねっていう事を、は演練場のトイレであさごはんリバースしながらおもいましたまる。トイレまでポーカーフェイス保てたのが奇跡のようだ。……いや違うな、刀剣男士と離れて緊張の糸切れたから吐いてるのか。そういや演練中気持ち悪いとか無かったわ納得。

 たかが演練、されど演練。

 目の前でガンガンざくざく血飛沫と肉片弾ける戦場は、精神的にかなりキた。
 ここが演練場である以上、致死レベルの傷だろうと試合が終わればすぐに回復する。
 だからこそ、同陣営同士であるにも関わらず、ああも容赦ない斬り合いができるのだろう。
 控えの間からの指揮では実感できない。――あれは、殺し合いだ。

「ぇ、ぐ、……――はぁ……」

 死より甦るたび――死を潜り抜けるたびに、魂はその位階を上げると聞いた事がある。
 刀剣男士達も、それが適用されるなら。ここは確かに練鉄の場だ。殺し合い、蘇生しながら成長する。人間ならあり得るはずのない光景だ。乱暴に口元を拭う。

「……くそ、そういう事か。胸糞悪い」

 付喪神といえど、人型をしたものが自分の指揮で死んでいく様は、気分が悪いなんてものじゃない。
 これが演練で、あれらが人外でなければ至極当然の摂理として、失われて然るべき命。致命傷を負ったまま放置しても生き長らえるのも、付喪神だからこそだ。
 戦争において優秀な指揮官とは、自分の部下を、効率的に死地へ送れる者である。
 本丸から指揮を取る審神者が許容されている訳だ。自分の指揮一つで傷付き、死ぬ男士を直視し続けながら平然と指揮を取るなど、それこそ真正のサイコパスでもなければ無理だろう。
 専門の訓練などろくに受けていない一般人なら尚更だ。

 演練の本来の目的はたぶん、刀剣男士の練度を上げる事じゃあない。
 人型をしたものを殺す事。自分の指揮で死ぬ男士達の姿に、審神者を慣らす事だ。

 致死の傷を負っても即時治癒し、再生する姿。
 それを繰り返し見ていれば、死に対する忌避感は薄れ、傷を負う事への危機感も曖昧になる。
 実際、控えの間から指揮を取る審神者達にはそれが顕著だった。
 負った傷を真摯に心配するよりも、自身の指揮について振り返って反省したり、戦績や、審神者同士の交流に比重が置かれていた。刀剣男士の健闘を称え、労う審神者達。それが敗北だろうと、勝利だろうと、だ。
 本陣から指揮する審神者にとっても、ここは“失敗の許される”場所には違いない。
 そして、演練への参加は日課に指定されている任務だ。成程、確かにこうして疑似的な命のやり取りを毎日繰り返していけば、気づかないうちにこの非日常は日常になり、刀剣男士達の傷も、動じるまでもないものとして消化しやすくなる。反吐が出る――が、一般人を指揮官に仕立て上げるには合理的なやり方だ、と納得している自分もいる。今まさに仕立て上げられている身としては不快極まりないがな。さすがきたないせいふきたない。
 刀剣男士も刀装も、人間使うよりよっぽどコスパいいしな……あいつら負傷したり死んだりしても遺族年金とかお手当出さなくていいもんね。全体的に審神者業界から漂う使い捨て感はんぱないです。
 わたしがしんでもかわりはいるのよってか。
 政府まじクソじゃないですかやだー超やだー。審神者辞めてぇ。
 行儀悪く舌打ちが零れる。戦績は清々しく全敗だった。
 うち、ギリギリまで喰らい付けたのは一戦だけ。普通に流れ弾が本陣掠めて死ぬかと思った。
 気持ち楽になった胃をさすりながら、ふと我が身を見下ろせば、べっとりと血で染まっていた。
 最初の含め、他も二回くらい本陣間近が前線になるまで隊列押し込まれたからな……。
 思い出し、顔を顰めた。あれはやばい。あれ、戦闘技能持ちの審神者でもないとあっさり死ぬぞ。

「うっそぉ! それ、マジで!?」

 個室の外。遠慮のない大きさで響き渡った高い声に、肩が跳ねた。
 呆れたようにもう一つの声が、「こんなとこで叫ぶんじゃないわよ!」と嗜める。

「ごめーん。でもさ、それってマジ?
 緊急の資材配布、あれ、タダでもらえるわけじゃないの?」
「あ・ん・た・ねぇえ……政府からの通知くらい把握しときなさいよ! 今朝来た通知見てないの!? っていうか! タダで資材もらえるならあたしだって欲しいわよ!」
「あー。そういえば、一期一振いちごひとふり狙いで資材溶かしまくってるんだっけ?」
「仕方ないでしょ、短刀のみんながお兄さんに会いたがってるんだから! っていうか、好みのタイプだからって小狐丸こぎつねまる狙いで資材ガンガン溶かしてるあんたに言われたくないわよ!」
「だあってぇ……審神者って、ろくに遊びにも出らんないじゃん?
 そのくらいの楽しみがないと、やってられないって」
「それであんた今、手入れすらできない状態なんじゃないのよ!」

閑散としていたトイレだ。耳を澄ませるまでもなく、会話は普通に筒抜けだった。
キレ気味に片方の声が叫び、対するもう一つの声が「だからゴメンってばぁ。おこんないでよー」と呑気に返す。危機感も切迫感も欠片とて無い。それでいいのか、おい。

「あんたねぇ……。出陣任務こなさないと、緊急の資材配布受けれないのよ?
 あんたんとこ、練度高い連中軒並み全滅でしょ? ほんっとーにやばいって思ってんの?」

 …………は?

「うー……だからぁ、さすがにあたしもやばいなって思ったから相談してんじゃん。
 でもさ、それマジ? なんかの間違いとかじゃないわけ?」
「マジだってば。だからあんたも、無傷の連中掻き集めてちゃんと出陣させときなさいよ。
 とりあえず回数こなせば、行先は函館でもいいみたいだからさ」
「はぁーい……」

 溜息交じりな言葉に、もう片方が気の抜けた返事をする。
 慌てて端末を取り出して確認すれば、全審神者宛てで通知が出ていた。内容は、さっき言われていた通りの事だ。思わず頭を抱える。

 緊張感があろうとなかろうと、審神者のしている事は戦争だ。
 出陣しない本丸に、資材を出したくないのは理屈としては理解できる。
 けれど、それをわざわざ通知するということは、つまりそれだけ、現在出陣している本丸が少ないと言う事だろう。今まで歴史修正主義者と戦線が拮抗していたのなら。そして、新たな勢力が敵側だというのなら?
 やんわりと資材配給を盾に、審神者に脅しをかける程度ならまだそこまで状況は逼迫していない、というのが上の判断なんだろうけども。頭を抱えて呻く。

「……最悪だ……!」

 やだもう中も外も敵だらけじゃねーか!
 内憂外患、しかも内憂は実質他人の尻拭いな上外患は外患で情報統制されてて今どうなってんのか分からないとか! なんでもっと全体の戦況通知せんのだ政府は! 仕事を! しろよ!! ど畜生めが!!!

「…………にげたい」

 死んだ目で零した呟きは、我ながらだいぶ切実だった。
 ほんと浮き世は地獄だな……。


 ■  ■  ■


「へへ。へへへへへ、えへへぇ……」
「兄弟。顔が緩んでいる」
「ははっ! だってさ、喜ばずにいられないだろ。あれが、あの人が俺達の主だ!
 あの山姥切も、獅子王も、俺達も! 等しく信用していない!
 三ヶ月! 主が来て三ヶ月もあったのに、あいつらの扱い、俺達と同列だった!」
「ああ。馬鹿ばかりで助かった」
「分かってもらわなくっちゃね。俺達はあいつらと違う。主のためなら、俺達は何だって斬れる。
 ふふ。わざわざ約束なんてしなくたって、ちゃあんと守ってあげるのに。
 一言命じてくれれば、主の敵はみーんな俺達が斬ってあげるのに。
 ――俺達は、お仲間大事なあいつらとは違うんだから」
「練度を上げなければいけないな。主の敵を殺せるように」
「だな。今の俺達じゃ、あいつらに勝てない」
「だが、遣り甲斐はある」
「あははっ! あいつらを鏖殺にするの、楽しみだな!」


 ■  ■  ■


 手の中で、演練組から回収した刀装の玉を弄びながら、本丸と外を繋ぐ門を見上げる。
 帰還早々、血塗れの私に盛大な花びらの雨を降らせて心配していた本丸さんは、未だに心配そうな感情を萎れた花びらに乗せて伝えてくる。叶う事なら、本丸さんとまったり引き籠りながらこんさんの帰りを待っていたい……でもさっさと内憂だけでも片付けてしまわないと、内応されて気付いた時には歴史修正主義者に制圧されてそうだからなぁ……。死亡フラグが雨後のタケノコばりに生えてくるんですけど超やだー。めんどい。
 残りタイムリミットってどのくらいなんです?(真顔)

「……先手、取らないとな」

 あいつらの手の内も、腹も読めない。
 ただでさえ不利なのだ、後手に回ったらその時点で詰みだ。
 だから午後から出陣するつもりでいる訳だが、問題なのは選出するメンバーである。
 着替えを理由に本邸へ演練メンバー帰らせた時、鯰尾が去り際に「出陣、楽しみにしてますね」と語尾にハートマークが付いてそうな甘ったるい声で囁いてきたのには正直背筋が凍ったね。なんたるタイムリーさ。多分偶然だろうとは思う。思いたい。色々と検証実験をする予定でいるし、今回の出陣は、誰かが破壊されることまで織り込み済みだ。それが読めているのなら、あんな台詞は出ないはずだ。
 護身方法も含め、課題も懸念も山ほどある。
 最大の問題点は、それらが分かっているのに対処を考える時間が足りない事なのだが。
 溜息と共に、わずかに残る躊躇いを散らす。

 疑念も不信も、罪悪感も。
 ぜんぶぜんぶ、飲み下してしまわないといけない。

 無言で、再度溜息をついた。ぐしゃり、と髪を掻き混ぜる。
 ひらひらと周囲をなおも舞う花びらが、頬を撫でていく。


 ――  、   !


 ふと。

 風が、哭いた。

 悪寒が首筋から背中を駆け抜ける。
 無意識に握り込んだ手の中で光が弾け、背後で鈍い音が響いた。
 振り向いた先で、演練で散々見慣れた刀装兵の上半身がずるりと傾いた。
 ゆっくりと崩れ落ちるその背中の先に佇むのは、抜刀したままの和泉守兼定。

「てめぇ、審神者――誰に手ぇ出しやがった!」

 憤怒に染まった形相は、まさしく鬼、そのものだ。
 歯噛みする。着替えを後回しにしていたのが拙かったようだ。
 弁明しようにも、こちらの話を聞き入れはしないだろう。頭に血が上っている。
 気付けば後退していた足が、とん、と門扉にぶつかり止まる。
 ガタ、と頭上で音が鳴る。狙うように。否、事実狙っての事だろう。門扉から瓦が滑り落ちながら、刀を振りかぶった和泉守に殺到する。舌打ちした和泉守が、飛びすさって瓦を斬り捨て、弾く。
 顕現したままの刀装兵の一人が、こちらを見てこくりと頷き、顎をしゃくる。
 それに頷き返し、走り出そうとして――

 歩兵の腕が、私の身体を引き寄せた。
 勢いよく開かれる扉。視界を塞いだそれを裂いて、翻ったのは鴇色の衣。
 傷を負ってなお美しい、魔王の刀が優艶に。けれど殺意に爛と瞳を輝かせ、微笑んだ。

「……嘘吐きな小鳥は、舌を斬り落としてしまうとしましょう」

 逃げられない。

 ざ、と血の気が引くのが分かった。
 乾いた音が響き、割れ、斬られた瓦の残骸が地に転がる。
 私の身体を押すようにして前へ出る歩兵。冷たい銀色が一閃し、手鞠が、首が跳ねて転がる。
 手の中でぱきん、と玉の一つが割れる音がした。離れは無理だ。逃げきれない。
 本邸は? 同様。叫べば? 全力で叫べば声は届く。刀装はまだある。助けがくるまでなら持ちこたえられるかも知れない。そうだ、誰か。誰でもいい。誰かが助けて――




 誰、が?




――っ待ちやがれ!」
「待ちなさい!」

 扉の片方無くなった門へと手をかけた。
 向こう側へと身を躍らせれば、視界がぐにゃりと歪む。土埃と、鉄と、血の臭いが色濃くなる。爪先から髪の末端まで、全身くまなく撫でまわしていくのは粘着質な不快感。悍ましさに鳥肌が立った。
 落下にも似た浮遊感の中、引き止めるように、縋るように、泣くように桜吹雪が舞う。

 ……ごめんね。本丸さん。


――――っ!」


 急速に遠ざかる怒号の中で。
 誰かの絶叫が、やけに耳に残った。




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