歴史を修正したくなる瞬間ってありますね(白目)
やったね、仲間が増えたよ! 依存対象変更された感が半端ないです脇差怖い。
なんであいつら当然のように主って呼んでくるの……今まで眼中にないって扱いだったやん? 直接話しかけるのがマズかったんだろうか。あんだけガッツリ絡み付いてこられると恐怖しか感じないんですがね。人間にはパーソナルスペースというものがあってだな……。
「……刀剣男士は理解できない……」
さしたる関わりも無かった審神者を依存対象に選ぶとか。
普通同じ苦労を分かち合った刀剣仲間の方にいきませんかね。親身になってカウンセリングした覚えとかないぞ。あれならまだ空気扱いされてる方が精神衛生上遥かにマシだわ。
今後どう扱うか、考えるだけで頭が痛い。
……喜んで指示に従ってくれる事だけは有難いけども。
まぁいい。今は資材集めが優先だ。
短時間遠征に連続で叩き出して情報収集と資材集めに勤しんでもらってるから、顔を合わせる時間も少なく済んでるし。いけそうなら長期遠征も頼みたいんだよなー。でもあの二人、そんな練度高くないからなぁ……検非違使も怖い。今のところ遠征先でそれらしい敵とは会ってないそうだけど、単なる偶然か否か。
判断するにはまだ情報が足りていない。被害は増やしたくないから、慎重に越した事はないとは思う。あの脇差組纏めて折れてくれないかなーとか思ったりしないでもないけど、そうなると他刀剣組の反応怖いし。
「失礼します。……薬研さん、他の方達は何処へ?」
現在負傷者専用部屋と化している一室を覗いてみれば、いたのは薬研さんと愛染さんだけだった。
あいつら自分が怪我人って自覚あるのかね。ちょっとずつお手入れして少しはマシになってきてるとはいえ、未だに人間なら布団で伸びてる程度には酷い傷なんですが。
愛染さんはどうやら寝ているようだった。
薬研さんの布団の隣に座って、声を小さくして問う。
「歌仙の旦那と蜻蛉切の旦那は手合せ、山姥切の旦那は馬の世話だそうだ。
加州の旦那なら、獅子王の旦那に掃除仕込んでる最中のはずだぜ」
「……掃除、ですか?」
「ああ。他の連中は知らねえな。探そうか?」
「お気遣いありがとうございます。本丸さんに聞きますから、大丈夫ですよ」
歌仙さん達はさして意外でもなかったけど、加州さん何やってんだあの人……。
今日の演練から戻ってすぐに獅子王さんが姿消したの、もしかしなくてもそれか。
それにしても重傷状態で手合せとか、歌仙さんと蜻蛉切さん何考えていやがるんですかね。安静にしてろって言ったよね? 私全員に言ったよね? 傷悪化させたら治療放棄するぞおい。次郎さんはそこらで酒飲んで潰れてそうな気もするけど、にっかりさんも結構同じタイミングで見ないんだよなー……。最近よくつるんでるけど、何処で何やってるんだか。いつ見てもいるの薬研さんくらいじゃないですかやだー。
「……では、薬研さんと愛染さんから手入れをしていきますね。
今日は昨日より資材が手に入りましたから、もう少し状態を良くできると思いますよ」
「そりゃ嬉しいね。じゃあ、頼むぜ」
「お預かりします」
無造作に差し出された短刀を、両手で受ける。
「……あの、薬研さん?」
受け取ったはずの短刀が消え、いつの間にか両手を掴まれていた。
瞬きする間の出来事だった。あれっなんかデジャヴ。
薬研さんの表情を伺えば、それはそれは綺麗な笑顔を浮かべていた。頬が引き攣る。
なんだその見事なまでの営業スマイル思いっきり作り笑顔じゃねーか超怖い。
普段の無表情どこやった。
「なぁ、。……この小指、誰にやられた?」
両手を拘束する薬研さんの指が、バンソーコー越しに小指の噛み傷を撫でる。
深淵のような瞳の奥で、チロチロと紫紺の鬼火が揺れていた。
迂闊に返事したら脇差コンビが折られかねない――というか、今すごい明瞭にやった奴ブチ殺すって聞こえた気がするんですが。うん気のせいだよね。そんな好感度稼いだ覚えないもんね。きのせいきのせい。
「……駄目だな。駄目だぜ。
あんたは弱いんだ。ここにいる連中は、絶対的なあんたの味方って訳じゃないんだぜ?
――こんな傷を作る隙を、あんたの敵に許しちゃあいけねぇよ」
発言内容がびっくりするくらい親切だけど、声のトーンは絶対零度だ。
手元に視線を落とせば、薬研さんの手が器用に両手小指のバンソーコーを剥がしていた。
噛み傷が露わになる。薬研さんの指先が、爪が、傷をゆるゆるとなぞっていく。
「よりにもよって、手、だなんて。許せねえなぁ……」
返答を求めない、独り言めいた呟きだった。
指先が、爪が、傷口を丹念に撫でる。執拗に。何かを擦り込むように。
「この手は俺のためにあるのに。俺を握って、扱うためにあるってのに。
……ああ、爪、短くなってんじゃねぇか……また、爪、切ったんだな……俺以外で、整えたんだなぁ……」
ぎちり、と。薬研さんが、傷口に爪を立てた。
痛みはない。けれど、浅く抉ろうとするような、そんな、不穏な指使いだった。
顔を上げる勇気は持てない。どうしよう髪切り鋏行方不明になった時以来のヤバさ……!
そういえば何個かあったはずの爪切りも、最近見てないのがあったような……!
「……あ、の。……短刀で、爪は、整えないと思うんですが……」
「何言ってんだ。昔はあんなモンじゃなくて、短刀で爪を削ってたんだぜ?
主の身嗜みを整えるのも、短刀の役割だ。……ああ、でも、そうか。なんだ、はやり方知らねえんだな。使い方が分かんなけりゃ、使いようがねえなぁ。そうか、それでか」
ふと、薬研さんの声が喜色を帯びた。
「なら、今度やり方教えてやるよ。慣れるまでは俺が整えてもいい」
噛み傷をなぞっていた手が離れる。
無造作に髪へと触れる、その手付きはひどく丁寧だ。
「髪も。そろそろ整えた方がいいよな……前髪が長いの、好きじゃないんだろ?
鬱陶しそうにしてたもんな。いっぺん整えた方がいいよな。だろ?」
楽しそうに、嬉しそうに薬研さんが問う。
思いっきり観察されてるじゃないですかやだー意外と見ていらっしゃいますね超やだー……。
ていうかその話題まだ覚えてたんですね。立ち消えた訳じゃなかったんですね。髪とか爪とか切るのに何使ったっていいじゃない……なんでそこに拘りやがりますか刀剣男士意味不明すぎる怖い。
「――ま、今は指の手当てが先だな。駄目だぜ? あんな適当な手当てしてちゃあ。きちんと消毒しねぇと……な」
髪を梳いていた手が、するりと離れた。思わず胸を撫で下ろす。
助かった……けどこれ、近日中に第二ラウンドありそうな予感するなぁ……。
ちら、と薬研さんを伺う。薬箱を持ってきて、丹念というよりは執拗に小指の傷を消毒するその顔は、既にいつもの無表情だ。私の両手小指が消毒液漬けにされそうな件。
やめて傷口抉るように消毒するのほんとやめてめっちゃ痛い。
「これに懲りたら、誰かに警護させておくこった。は無防備でいけねぇ」
えっ、刀剣男士の護衛? 監視役の間違いじゃね?
そもそも無傷なメンバーの中に、そんな護衛とかしてくれるのいないよね。
獅子王さんと国広さんには出陣してもらわないといけないし、残るの見事に引きこもりと審神者嫌い組だけじゃないですかやだー。気の許せない相手と四六時中一緒とかそれなんて拷問。
「……善処しま、――ぃだだだだっ!?」
「ははっ。……なぁ、」
薬研さんが、顔を上げてこちらを見る。
形だけ笑んだ唇。鬼火の残滓が漂う双眸の奥、黒々と蠢く何かが、じぃ、と私を凝視していた。
おぞ、と一気に総毛立つ。あっこれは刺激したらあかんやつ。
「次に傷作ったら、常に俺を持ち歩かせるからな?」
「アッハイ」
頷く以外に道が無かった。
もうやだ離れに引きこもりたい。こんさん早く帰ってきて。
■ ■ ■
「……ご機嫌だな、薬研。そんなに嬉しいかよ」
「ああ、嬉しいね。ようやくが、俺を所有してくれそうなんだ……ああ、ようやくだ。
ようやくあの時みたいに、また、使ってくれるなぁ……」
「“何か”あったらあの審神者、薬研が殺すんじゃなかったのかよ」
「殺すさ。に傷を付けるのが、俺以外であっちゃあいけねぇからな」
「……随分入れ込んでるじゃん。荒事なんか、何一つ分かっちゃいなさそうな審神者だってのに」
「女主人ってのはああいうものだろう。
あのやわい手で戦働きするのは、が本当に追い詰められた時だけでいいさ」
「っなんでだよ! 薬研、前の審神者に酷い目に合わされてただろ!?
また同じ目に合うかも知れないだろ! なのに、なんでそんな、あの審神者の肩を持つんだよ!」
「同じ目に、ねぇ……」
「なんで笑ってるんだよ!?」
「いや。思ってもいない癖に、よく言えたもんだとな」
「っ」
「いいさ、責めやしねぇよ。も言ったろ?
嫌なら拒絶すりゃあいい。審神者を信じろとも言わねぇ。
恨もうが憎もうが、危害さえなけりゃ、は構いやしねぇさ」
「前田、厚。お前らもだ。好きにすりゃあいい」
「…………」
「……気付いてたんですか」
「気付いて欲しかった、の間違いじゃないのか?」
「前田はともかく、厚はな……。お前さ、ちらちら姿見えてたぞ。審神者気付いてなかったけど」
「うるせー。バレバレの寝たふりしてた奴に言われたくねぇよ」
「……」
「……」
「あの人が、積極的に僕らに関わろうとするとも思えませんが……薬研。貴方、最初からあの人に好意的でしたね。どうしてそこまで、あの人を信じられるんですか」
「どうして、なぁ。……そうだな。昔みたいに使われるのは、結構嬉しいもんだぜ?
あのやわい手で、遠慮なしに握って、無造作に。――ははっ! あの次郎太刀だって、に使われた事は無いんだぜ? そうだよな。あのデカい刀を、が振り回せるはずもないからな。便利使いするんなら、俺くらいの大きさが丁度いいもんなぁ……」
「……便利使い? 薬研を? するかぁ? あいつ」
「が選んで、最初に腰に佩いたのは俺だ。当然みたいな顔してに纏わりつきやがって。
扱えない刀の癖に。あのクソ狐と同等にすら信頼されてない癖に。
――ざまぁみやがれ」
「……薬研、次郎の事嫌いだよな……」
「違うぜ愛染。大嫌い、だ。間違えてくれるなよ?」
■ ■ ■
本日のちょっとずつお手入れ、終了! お疲れ様でしたー! でも疲れるのは変わらない。
資材多いとやっぱその分時間かかるな……もういっそ資材溜めて、一気に手入れするか? でもなー、どいつもこいつも大人しくしてやがらないしなー……。
「……政府からの資材配給もまだなし、か。後回しにされてそうだなぁ……」
今までだって、日課を常に十全にこなせていた訳でもない。
演練や万屋で見た刀剣男士と審神者の様子を思い出せば、自然、溜息が零れた。
ああした信頼で結ばれた関係が審神者と刀剣男士の標準だとしたら、私には到底無理そうだ。
包帯越しに小指を撫でて、再度、溜息をつく。遠征から戻った脇差二人は、いい加減顔色が悪かったので休むように言って元いた部屋へと押し込んできた。
まぁね、うん。それだけの作業でも一悶着ありましたよね。
「もう必要ないのか」「やだなぁ主、俺まだ働けますよ?」ってハイライト消えた目で迫られた私の危機感プライスレス。もうやだあいつら。休ませるだけでなんであんな苦労せねばならんの……。
休ませるのに成功はしたけど色々削られたわ。なんでか別れ際、小指にちゅーまでされたしな! あいつらのあの無駄なエロさは一体何なの? 性犯罪でも助長したいの? 審神者を陥れる系ハニートラップなんです? だが残念、ムラッとするよりぞわっときた。離れ戻ったら包帯巻き直そう。
欠伸を噛み殺して外を伺えば、月が高々と昇っていた。
「こんさん、早く戻ってこないかな……」
癒し的な意味でも情報的な意味でもね、ほんと切実。ぽ、と咲いた桜の花が落ちる。
ほんの数日前が既に恋しい。味方が本丸さんだけ、しかも刀剣男士に接する時間は今までの倍以上って精神的に結構クるわ。おうち(離れ)に引きこもりたい……刀剣男士相手にするより書類相手にしてた方がマシじゃないですかやだー超めんどいぃいー……。
本丸さんはアイドルだけどモフモフできないしなぁ。クッションではいかんのです。
生き物らしい温もりと柔らかな毛並みこそが私の心を癒すのです……そういや鳴狐さんの連れてる狐さんもなかなかにモフモフしてたな。また出現したりしないかな。
「モフモフしたい……こんさんのモフモフ恋しい、もふもふぅー……――あっ」
彷徨わせた視界の端を、もふっとした白っぽい何かが通り過ぎて行った。
やった、タイムリー。ちょっと触らせてもらえたりしないかな! 大丈夫優しくする!
モフモフを小走りに追いかければ、小さな白い影は襖の隙間を通り抜けて室内に消えるところだった。そろり、と襖の隙間から中を覗き込む。……よし、鳴狐さんいなさそう。いける。
「お狐やー……い?」
部屋の奥、襖の仕切りの前に佇んでいたのは狐では無かった。
黒いラインの入った白いモフモフボディーに、ぴこぴこ動く三角お耳。しなやかな尻尾を足の間に巻き込んで、じぃっとこちらを見上げている。うん。何処からどう見てもお猫様ですね!
虎らしいけど、このサイズだと猫とさして変わらないように見えるなぁ。猫可愛いよ猫。
確か、着任当初以降、出陣も遠征もしていない刀剣男士が連れている子だったはずだ。
なんか仔虎いっぱい纏わりつかせてたっけ、あの短刀の人。
「とらさん……どこ……?」
か細くて抑揚の薄い、弱々しい声が響いた。
ピクピクと、こちらを見上げていた仔虎の耳が動く。
すぃ、と反対側の襖が細く開き、ぞろぞろと仔虎達が雪崩れ込んでくる。
……よし帰ろう。よく知らない刀剣男士は地雷。知ってる。
仔虎と見つめ合いながら、じりじりと後退していく。しかし、私が廊下に出るよりも、仔虎達の主である刀剣男士が入ってくる方が早かった。見ていて転ばないか不安になってくる、おぼつかない足取りだった。仔虎達と同じ色合いの、けれども生気の感じられない瞳が私を捉え――瞬間的に、恐怖に染まる。
「…………あ、あっ…………」
がくがくと震え、血の気を無くして少年がへたり込んだ。
慌てたように仔虎達が少年に群がり、頬を摺り寄せ、顔を舐める。
大きく見開かれた瞳は、私を凝視したままだ。凝視したまま、仔虎達を守るように抱き込む。
えっちょっと待ってなにその凶悪な犯罪者に遭遇した被害者みたいなリアクション!?
どうしよう思いがけなく加害者の気持ち! 解せぬ!!
なんで凶器持ち(※刀剣)に丸腰の私が脅えられねばならんの!?
慌てて駆け寄れば、「ひっ」と悲鳴を上げて後ずさりされた。
「ごめんなさいごめんなさいぼくがいけないんですごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいとらさんはゆるしてくださいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいさにわさま、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
青を通り越した蒼白の顔色で、儚い面立ちの少年は譫言めいた謝罪を繰り返す。
支離滅裂だ。滑舌は悪く、恐怖で舌が回っていない事は明白だった。
大きな目を見開き、恐怖を湛えた渇いた瞳が罪悪感を刺激する。うわぁ胸が痛い! 私めっちゃ加害者っぽい!
ごめんなさいを繰り返す少年の前に膝を付き、出来る限りの丁寧な手付きで、そっと頭を撫でる。
触れた瞬間、傍目にも分かりやすく少年が硬直した。
がちがちと歯を鳴らして、恐怖を一層色濃くする少年に、精一杯の優しさを込めて微笑んだ。
「――だいじょうぶ、だいじょうぶ。怖い事は、なんにもないよ」
優しくやさしく、幼い子供に対するように。慎重に、壊れ物を扱うように頭を撫でながら、恐怖を助長しないよう、柔らかい口調で語りかける。だいじょうぶだよー審神者いいひとだよー無害だよー。
頭の中はフル回転だ。この子名前なんだったかな。やばい顔合わせない刀剣男士は曖昧だな。
えーっと虎関連の名前だった気がするな……!
虎、とら、とら……駄目だ白虎以外が浮かばな……あ、そうだ確か虎が五匹、で――
「だいじょうぶ。五虎退さんも、虎さん達も。ね? 痛い事も怖い事も、なぁんにもないよ。
こわーい前の審神者はもういない。勿論私も、誰だって、五虎退さんをいじめたりなんてしないよ」
恐怖に見開かれたままの、瞳が揺れる。
微笑んだまま、「だいじょうぶ」を繰り返して優しく撫でる。
ゆるゆると、身体の強張りが抜けていくのが分かった。
ぱしん、と耳元で家鳴りが弾ける。
思わず肩が跳ねた。ぞわ、と背筋を駆け抜ける悪寒。
「五虎退に触らないでっ!」
声がしたのが早いか、私がその場を離れるのが早かったか。
敵意を。否、殺意を孕んだ鋭い声がして、黒い影が私のいた場所へと飛び掛かってきた。
髪を振り乱して、悪鬼さながらの形相でこちらを睨む少女めいた少年。
乱、藤四郎――。
恐怖で喉が引き攣れた。じっとりと嫌な汗が滲む。
最悪だ。よりによって来たのがこいつかよ! やばいやばいやばい! 離れまで距離あるぞ!? モフモフに釣られるんじゃなかった! 弱々しく見えても刀剣男士は刀剣男士ですね素敵な教訓をどうもありがとう! もう二度と迂闊に近寄らない!! 猛烈に後悔する私の前で、五虎退さんを背後に庇って、乱さんが憎々しげに吐き捨てる。
「汚い手で五虎退に触らないでよ! 裏切るくせに裏切るくせに裏切るくせに!!
ボクはあなたなんか認めない、審神者なんてみんな一緒だ! あなたもあいつと同じ穴の狢だ! 澄ました顔して、何にも他意はありませんみたいな顔してさぁ……! みんなを騙して誑し込んで! みんなの、薬研達の優しさによくも付け込んでくれたよねぇ!」
ちょ、身に覚えのない罪が加算されている!?
だらだらと冷や汗を流しながら、周囲の音に耳をそばだてる。誰かが来る気配は無い。
乱さんに加勢される危険は、今のところなさそうだ。だが、早めにこの場から逃げないとまずいだろう。誰か来たら高確率で詰む。五虎退に動く気配はない。少なくとも、あっちの戦力には数えなくて良さそうだ。
どうにかして隙をつくらないといけない。なにか、なにか手は――
「は、なにそれ何も言い返さないの!? 審神者の余裕ってわけ!?
ボクよりあなたの方が上だって言いたいの!? やっぱりあなたもあいつと一緒だ!
ボクにはなんにもできないって馬鹿にして……っ!
いいよ、その余裕顔、ぐっちゃぐちゃになるまで乱してあげる――っ!」
「本丸さん、畳っ!」
眼前で畳が反転した。視界を畳が盾となって覆う。
畳越しに、何かがぶつかるような音がした。身を翻して部屋を飛び出す。バシンッ! と背後で襖が閉まる音がした。廊下から中庭へと飛び出して、離れに向かって一目散に走り抜ける。
転がり込むように駆け込んでつっかえ棒をし、へなへなとその場に崩れ落ちた。
ぜいぜいと肩で息をしながら、ごろり、とその場に仰向けで転がる。正直もう立てる気がしない。心臓が煩い。手を見れば、みっともないくらいに震えていた。ひらひらと、桜の花びらが落ちてくる。
全身に降り積もるそれらから伝わってくるのは、ただ、身を案じる感情だけだ。
「……本丸さん、助かった……あれで理解してくれてありがと……!」
間に合うかも怪しかったけど、畳、の一言で本丸さんが意図を理解してくれるかも賭けの要素が大きかった。最初に飛び掛かられた時も、本丸さんが家鳴りで知らせてくれなければ避けられなかっただろう。
引き倒されて、それで積みだった。本丸さんまじ尊い。
安堵からゆるゆると押し寄せる眠気に身を任せながら、花びらに微笑む。
目が覚めたらこんさんが帰ってきますように、と祈りながら。
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