久しぶりにお風呂入ってお布団敷いて就寝。
そんな翌日、目が覚めたのは既に日も高く昇った頃だった。でもまだ眠い。もう今日はお休みにしようぜ……働きたくないでござる身体重い。もう何もかも明日でいいじゃないだるい。
刀剣男子? その単語は聞きたくないな! 大丈夫大丈夫、襲撃かけてきたとしても離れさえ出なきゃ安全だしね! ――と、思っていた時期が私にもありました。
「呪われてますね」
「やっぱり」
沈痛な面持ちで告げるこんさんに、苦い気分で呟いた。
手鏡で首筋の傷を確認すれば、皮膚を割ってかすかに肉が覗いている。そろそろ塞がるか乾くかくらいしていて良いはずなのに、いつまで経っても血が滲むからおかしいとは思ってた。最初は違和感程度だったのに、今では傷を意識せずにはいられない程度には痛い。なんかこう、じくじくする感じ。
痛いだけで済むといいな。……いいよなぁ(遠い目)
ガーゼを換え、再度包帯を巻き直す。手入れの時、あの男貞子だけでも刀解しとくべきだったかも知れない。でも呪詛って術者死んでも残るケースありますよね……分霊潰してどうにかなるのかな……だからなんで審神者すぐ死亡フラグ立ってしまうん……!
「撫で物でどうにかならない? これ」
「難しいですね。仮にも相手は霊刀。その呪詛となると、何度かに分けて流さないといけないでしょうが……最大の問題は、傷を付けた当人であるにっかり青江の分霊が目と鼻の先にいる事です」
「にっかりアロエ?」
「いえ、にっかり青江です」
「まぁにっかり青江でもうっかりアロエでもどっちでもいいけど……」
あの首切り男貞子、そんな愉快な銘だったのか。
至近距離でこちらを覗き込む、悍ましくぬらぬらと輝いていた金と赤の双眸を思い出して顔を顰めた。首筋を撫でる。ご挨拶程度で既にコレか……私の逃げ場が順調に消えててもう笑うしかないよね。つらい。
「手っ取り早い解決策は――別の本丸に移る事、かな」
崇りも呪いも、物理的距離を置けばいくらか緩和されるものだ。
まぁ霊格高い相手だとあんま関係ないんだろうけど、あいつら刀剣の付喪神だしいけるはず。
でもそれやると本丸さんとはお別れなんだよね……あと他の本丸もブラック前任者がヒャッハーしたとこしか空きが無いっていうね。知りたくも無かったわ、そんな審神者業界事情。
真綿で首を絞めるとはまさにこのこと。ため息が出る。頭重い。
「ま、いよいよとなったらもっかい八塩折之酒いっとこう。あいつら纏めて叩き出す」
そしてもう鍛刀しなければ、刀剣男子など来ないのです。そうすれば安全なのです。本丸さんとこんさんがいればいいじゃない。は学んだのです……でもまだ異界の住人になる踏ん切りがつかないどうしよ。
結局、一番それが確実に命の保証のある結論なんだよね……わぁい袋小路。こんなの絶対おかしいよ。
「交渉の余地さえあればなぁ……これじゃあ身動きとれやしない」
「ええ。……薬研藤四郎は、意外にも敵意が薄いようではございましたが」
「それは私も思った。全員がああいう良心的な対応をしてくれるのなら、まだ何とか道はありそうなんだけど……」
期待と楽観って裏切られるためにあるようなもんですよねっていう。
アロエの対応があいつらの総意、くらいな認識でいた方がいいかなやっぱ。荒事になったら確実に負ける自信があるよ! やったね首が跳ぶよ!
まぁ普通に考えて一般人のバリバリ文系インドア派が、凶器持ってる殺人慣れした人外に勝てるはずがありませんよねー。誰か鬼島津系審神者連れてきて。なんかチートなバリバリ神職系審神者でもいい。纏めてあいつら引き取ってくれませんかねいや本当に。今なら資材も全部付けるぞ。
「なんで審神者は一つの本丸に一人しかいられないのかなー……」
「本丸の数も審神者の数も、敵の数に比べて圧倒的に不足しておりますから……。一つの本丸に何人も指揮者がいては刀剣男士の混乱を招きかねませんし、何より霊力で場を整え、マヨヒガと契約する都合上の問題もありますので」
「問題? なんか危ない事でもあるの?」
「歴史修正主義者達に発見される危険が、洒落にならないくらいに上がるのです」
「……ちなみに、具体的に言うと」
「大体自殺行為のレベルでございます」
「そこまで!?」
高っ! 思った以上に危険度高っ!
「相手も、審神者の存在は知っておりますから。血眼になって探しているのですよ」
「もっと無能でいいのよ……!」
もういい歴史修正主義者、おまえらはよくやった。だから休め存分に。
いや本当お願いします私が審神者やめるまでくらいでいいんで。頑張りすぎはよくないと思うんだ。
こんさんを抱き寄せて、畳にごろりと転がる。ふかふかボディに顔を押し付ければ、干したてのお布団みたいな匂いがした。おひさまのかおりー。モフモフー。
「……殿、眠いのですか?」
「んー……うん。結構寝たはずなんだけどなぁ……」
「疲れが溜まっているのでございましょう。今暫しお休みになっては?」
「でも崇りの件もあるし……あいつらの動向読めないけど、あんまり後手には回りたくないし……」
「良いのです、殿……ご心配なさる事はありません。本丸さんとこんのすけめが付いております。みすみす状況を悪化させるような真似は許しませぬゆえ」
「…………ありがと、二人とも」
こんさんの尻尾に顔を埋める。ふわ、と頬に落ちる花びらの感触。
気持ちいー……もう何も考えたくないわー……。
■ ■ ■
「――殿でしたら、お休み中でいらっしゃいますよ。
ご用件があるのでしたら私からお伝え致しますが? 次郎太刀様」
「……それには及ばないよ。アタシが自分の口で伝えるさ」
「左様でございますか」
「ああ。起きるまで待ってるさ」
「では次郎太刀様、出来る限りお静かにお願い致します。
ずっと張り詰めておいでで、随分とご無理をなさっていらしたものですから」
「随分と入れ込んでるねぇ。
前任の時には、それこそ滅多に審神者の傍にいなかったってぇ話だったのに」
「あの方は私を必要とはなさりませんでしたので。
私の仕事は、あくまでも審神者となった方の補佐を務める事にございます」
「だから、刀剣がどうなろうが知ったこっちゃあないってかい?」
「刀剣男士の方々をどう扱うかは、審神者となった方に一任されております。
それが如何な扱いであろうと、私が口を挟む事ではございません」
「……外道狐が。審神者ちゃんも、なんでこんなのを信頼してるのかねぇ……」
「殿の味方だから、でございますよ。平和な時代を生きてきた分だけ殺意に耐性の無い、臆病な方です。空気の澱みにも敏感でいらっしゃる……怨の気漂うこの空間は、さぞや消耗なさる事でございましょう」
「それをアンタが言うのかい? 原因の一端を担ったアンタが」
「何か不都合でも? 私は貴方様方と違い、審神者を裏切るような真似は致しません。そうである以上、殿にとってそれは些末事となりましょう」
「――ちっ。せいぜい背後に気を付けるこった」
「それはどうも」
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