出来上がったばかりなおくらの梅和えとささみの湯引き、本丸さんの出してくれた手鞠寿司をお盆に乗せる。一先ずこれを出しておこう。次郎さん達は既に出来上がっているのか、何やら居間でやたらと騒がしい。
自分同士で何故そこまで盛り上がれるのか……確かにノリは合うんだろうけど。
自分がもう一人いたらどうなるだろうかと想像してみる。
あっ二人でだるだるしながら本読んでるかゲームしてるかくらいしか浮かばないわ。
仕事をどっちがするかの押し付け合いとか超ありそう。終始ローテンションに怠けまくる姿しか思い浮かばないなぁ……少なくともあそこまで盛り上がれる自信は無いな。短刀さん用なお神酒と塩、ついでにのんべえ二人用で、熱燗した徳利二本もお盆に乗せて居間に入る。
「失礼します。おつまみをお持ちしまし、た……?」
「おっ出来たのかい」
「待ってたよぉ!」
こちらを向いて笑顔で手招く次郎さんズ。
――が。間に挟まれてる黒髪ショタは、どちら様でいらっしゃいますかねぇ……(震え声)
「……薬研藤四郎、でございますね」
肩に乗せたこんさんが囁く。
ごはん作ってる間にしめ縄の囲いが解かれていたとかそんな馬鹿な。
ああうん、そういえばこの人達にまだ状況説明してないね! 早速裏切られたよやったね! 信頼できるのこんさんと本丸さんだけじゃないですかヤダー(白目)
おい離れまで占拠されると本格的に詰むんですがねどうしろと。
じり、とくぐったばかりの扉の方へとすり足で後退する。さり気なく扉に手をかけ、退路を確保しておくのは忘れない。ん? ときょとん顔で首を傾げる次郎さんズはスルーして、薬研さんの様子を伺う。
感情の読めない無表情。こちらを見てはいるものの、何を思っているのかまでは読み取れない。ただ、ひどく仄暗い目をしていた。やだ……この短刀の人怖い……点火して爆発秒読み、ただし残りカウント数不明的な……これ突如として襲い掛かってきても不思議じゃないよねあっつらい逃げたい引きこもりたい。
「どうしたってんだい、薬研がどうかしたのかい?」
「審神者ちゃん、こいつ貰ってくよー。おや、お神酒まで用意してくれたのかい!」
「こりゃ旨そうだねぇ、さっそく頂くとしようじゃないか」
おい空気読めドッペル付喪神。
「――失礼ながら次郎太刀様方。
何故彼の囲いをお解きになったのか、お聞かせ願えませんでしょうか?」
硬直している私に代わって、こんさんが突っ込んで聞いてくれた。
やだ……こんさんってばほんとイケメン……! 惚れてまうやろ! 惚れてまうやろ!
ご主人さんどうか私にこんさん下さい大事にします!
おつまみを食べながら、次郎さん達はそろって首を傾げて答える。
「んー? だって飲むなら、人数多い方が楽しいだろう」
「ま、随分とノリが悪い子みたいだけどねぇ。
が降ろした刀剣でも無いみたいだし、一体どういう事情だい?」
軽い口調だが、こちらを見る視線は鋭い。
やっぱ刀剣男子は敵なんや……鍛刀で来る刀剣が味方とか嘘やったんや……刀剣と審神者なら刀剣の味方なんや……あっ裏切りフラグしか見えないつらい。
一気に食欲が消え失せる。誤魔化しは許さないと語る二対の眼差しに、顔が強張っているのが自分でも分かった。癒しを求めて彷徨った指先が、こんさんを自然とモフる。こんさんが慰めるように手を舐めた。もうやだこの職場おうちかえる。でも逃げられない訳で。おい政府これで死んだら本気で祟るからな覚えてろ。
目を合わせないように三人の動向を伺いながら、言葉を選んで口を開く。
「……ご説明が後回しになっておりましたね、申し訳ありません。
端的に申し上げれば、この本丸において、私は二人目の審神者なのです」
「へぇ。前に誰か居たって事かい」
「先頃着任したのですが、前任者は刀剣の方々と折り合いが悪かったようで……お恥ずかしながら、引き継ぎにも支障を来す有様となっております」
「折り合いが、ねぇ。その一言で片付く内容なのかい?」
「かなり酷い扱いをしていたようです。私も概要しか存じ上げません。
私から申し上げるのは憚られる内容ですので、委細は前任者の刀剣の方々にお尋ね下さい」
空気重い空気重い逃げたい逃げたい逃げたいなんで前任者のせいで私まで責められる空気になってんのつらいつらいつらい! 畜生前任者地獄に堕ちろ! だから同じ審神者だからって一緒にしないで頼むから! なんでたかが会話で綱渡りせんといかんのですか鍛刀するんじゃなかった! 救いは! 救いはないんですか!
零れたため息は、果たしてどちらのものだったのか。ため息つきたいの私なんですけど。
「あぁー……やだやだ。なーんか醒めちゃうよねぇ、せっかく美味しいつまみがあるってぇのにさ」
「まったくだ。飲み直しといこうかね。――ほら薬研、アンタも飲みな!」
ふ、と空気が緩んだ。次郎太刀二人の声から険が消える。
助かった……正直プレッシャーだけで死ぬかと思った刀剣男子マジ怖い。
前任者なんでこんな怖い連中ばりもぐむしゃぁできたん……あっでも大きい連中はそっちの意味では使ってなかったんだっけ。でもこういうのの同類酷使してたのか。どういう神経してたんだろ、ダイヤモンド製ですかそれともオリハルコン製ですか? 何処行ったらそれ買えるの? も装備したい。刀剣男子怖い。
深々と頭を下げて、そっと土間へ戻って襖を閉める。勿論ぴっちりと。仕切り大事。
見下ろした手は、カタカタと細かく震えていた。
へたり込んでこんさんを抱き締め、長々と息を吐き出す。
「――……あれの、どこが、味方だって……?」
「……申し訳ございません、殿」
「いい。こんさんは悪くない」
鍛刀で来たのは味方だと、そう思ったのが間違いだったという事だ。
少なくとも、直接的に危害を加えてくる事だけは無い。それだけが救いだ。ぽ、ぽ、ぽ、と周囲に桜の花びらが舞う。頭に、肩に、手に下りてくる桜から伝わってくるのは、私の事を心配するような暖かさ。
「本丸さんも、ありがとね……」
その後しばらくの間、舞い落ちる桜は止まず、こんさんは無言でモフられてくれていた。
本丸さんとこんさんが愛おしすぎて息もできない。つらい。
■ ■ ■
ツイン次郎太刀が来てしまっている以上、いつまでも籠っている訳にもいられない。
あれらをこの離れに置いておくのが危険だと分かっただけでも収穫だ。結界というのは外からは入れずとも、中からは容易に破れるものである。次郎太刀に私を害する事はできなくても、前任者の刀剣男子はそうではないのだ。招き入れる事はできるしね! この居住スペースの安全だけでも確保しておかないと、そろそろ真剣に私の命がマッハ。
未だに血が滲み続ける首筋を包帯越しに撫でながら、追加で山芋とキュウリの酢の物を仕上げる。少しだけ迷ってから、薬研藤四郎用に、炊き上がったピラフとスープを用意した。
口にするとは思えないが、まぁ、ツイン次郎太刀の手前、用意しないのもまずいだろう。
なんで審神者すぐ死亡フラグ立ってしまうん……。
襖の前で、たっぷり数十秒かけて気合を入れ直す。大丈夫。まだ、あの二人は完全に敵に回った訳じゃない。
こんさん曰く、次郎太刀は神宮で奉られていた期間が長い神剣でもあるので、そこまで短慮は起こさないだろう、との事だ。だが不安しかない。
刀剣男子は敵なのです。政府にはそれが分からんのです……。
そっと襖を開けて、「失礼します」と声を掛ける。開ける前から分かっていた事だが、先程から騒いでいるのはもっぱらツイン次郎太刀で、薬研藤四郎は一言たりとも喋ってはいない。無口キャラか。
「おっ、追加のつまみだね。待ってたよ!」
「簡単な物で恐縮です。――薬研藤四郎さんも、宜しければこちらをどうぞ」
「審神者ちゃん、こいつは何だい?」
「ピラフとスープです。おつまみとしては不適当かと思い、お持ちしなかったのですが。
次郎さん方もお召し上がりになりますか?」
「それじゃ、アタシももらおうか。いやぁ、料理ってのは旨いもんだねぇ」
「なぁ。
こっちとこっちで味付け方が違う気がするんだけどさぁ、こっちの料理、誰か別の奴が作ったかい?」
…………。なんで分かるの?
椿の次郎太刀が指したのは、本丸さんが用意した手鞠寿司だった。私が出したのはささみの湯引きとオクラの梅和え。手間のかからないおつまみであるだけに、誰が作ってもさして大きな違いは出ない。
これで味付けの差異を指摘されるとは思わなかった。しかも相手は、ついちょっと前まで刀剣だった奴である。え、なに。ひょっとしてそこまで差があるの? 手鞠寿司はともかく、一応味見したけど普通の味だったよ?
「……そうですね。そちらは出来合いのものになります。
そちらがお気に召したのでしたら、まだあるのでお出ししますが」
少し迷って、本丸さんについては伏せておく事にした。
まだ敵ではなくとも、味方という訳でもない。付喪神達がこのマヨヒガをどう認識しているのかは知らないけど、少なくとも本丸さんは、こいつらじゃなくて私の味方だ。あまり情報を与えたくない。
「いや、いいよ。アタシはこっちの方が好きだ」
椿の次郎太刀が、にっと笑ってささみの湯引きを大口開けて放り込む。五つあった手鞠寿司は、二つほど残っている。いや、そんな簡単お手軽おつまみの方が好きってあんた。
「ぴらふとすぅぷ、だっけ。アタシにももらえるかい」
「……畏まりました。少々お待ちくださいね」
分からない……こいつらの味覚が分からない……。
しっくりこない気持ちになりながら土間に引っ込み、ツイン次郎太刀の分を用意する。本丸さんとこんさんの分は取り分け済みだ。しかしほんと良かった、大目に作っておいて。まぁ明日の分はなくなったけどね!
「こんさん、本丸さんって料理下手なの?」
「分かりません。前任者の方がいらした時期、食事は本丸さんが用意しておりましたが……少なくとも前任者の方は、美味しそうに召し上がっておいででした」
「だよねぇ。私だったら手鞠寿司を選ぶけどなぁ……」
見た目からして美味しそうだったもんね、あの手鞠寿司。
ヨモツヘグイの件さえ無かったら私が食べるのに。
首を傾げながら料理を出して、空になった徳利や器を回収していく。
「おー、やっぱ旨そうだ」
「なぁ審神者ちゃん、アンタも呑もうよ。アタシがお酌してやるからさぁ」
「いえ。私は明日の仕込みもありますので、ご遠慮させて頂きます」
「なんだい、つれないねぇ」
はははこやつめ、唇尖らせて拗ねても付き合う気はないぞ。
食器を下げて土間に戻り、宣言通り、明日の仕込みの準備をする。とりあえず、私の分は胃に優しいメニューにしよう……卵のおかゆ美味しいよね。あれ好き。あのツイン次郎太刀はどうしようか……どう丸め込んで放り出すべきかな。なにか上手い理由は無いか。
「あー……こんさんと本丸さん、先に食べちゃって」
「あの、殿もお召し上がりになるのでは? 私どもの分しか見当たりませんが……」
「私? もういいよスープの汁だけで。食欲ないもん」
主にツイン次郎太刀のせいでな!
あんな連中従えて仕事してるとか、世の先達審神者を心から尊敬するよ。一人でも十分怖い。
みんな根性あるなぁ……中には私同様の境遇の審神者もいるはずなんだよね……懐柔するコツとか聞ければいいのに。誰かいませんかいやマジで。
あいつらと付き合うの心底めんどい……パトラッシュ、ぼくもうつかれたよ……。
「……では、殿が召し上がらないのであれば、私も頂きません」
ぽ、ぽ、とこんさんの周囲に咲いた桜の花が出た。え、なに。本丸さんも同意見なの?
「私は管狐でございます。食事をせずとも影響はございません。本丸さんも同様です。ですが、殿は人間。そのような事では、お倒れになってしまいます……せっかく一緒に食べようと仰ってくださったのです。
共に食卓を囲んではくださいませんか」
「こんさん……本丸さんも……」
不覚にもうるっときた……やだイケメン……こんさんも本丸さんも愛してる……!
「……うん、そうだね。それじゃ、ちょっともらおうかな」
「はい。一緒に食事致しましょう」
二人の食器から取り分けて、一緒にもぐもぐお食事タイム。
本丸さん分の食事がちょっとずつ消えていく様はある意味ホラーだったけど、なんかすごくほんわかした。時々桜が舞うのがもうね。ほんと可愛くて辛いよね。なんなのこの子私を萌え殺す気なの?
「ね、こんさん。あの二人どうしよっか」
「そうですね……薬研藤四郎を送り返すのに、あの二口をお使いになってはいかがでしょう。
運が良ければ前任者の刀剣男士ともめて、相打ちになってくれるやも知れません」
「成程。戻ってきても、こっちから開けなければ入れないもんね」
そして、できれば二度と上げたくない。
離れがね、占拠されたらね……私、本格的に詰むからね……!
いい加減、現世に戻れない事も視野に入れるべきかも知れない。あいつらに殺されてやる気はないけど、現世に戻っても政府が逃がしてはくれないだろう。うん諦めたらそこで試合終了ですよね。頑張る。
「……問題は、二人も送迎にいるのかって聞かれると反論できないところかな……」
なんとか二人そろって放り出す理由を作らねば。
うーん理由……いい理由……なんとかツイン次郎太刀を納得させる理由……あ。
「そうだ。手土産もたせればいいじゃん」
決まってしまえば後は早い。
急ぎでお米をたくさん炊いて、色々な具を詰めて握る。梅に昆布に佃煮ついでにシーチキンマヨネーズ。二十人分ともなると流石に多い。まぁ食べないと思うけどね。その場で叩き落とされるんじゃね? 審神者の作った料理なぞ食えるか的なノリで。もったいないオバケに祟られるがよい。
なんとか準備を終えた頃には、すっかりツイン次郎太刀は出来上がっていた。わぁいやっぱ酔っぱらい!
あ、薬研藤四郎の分無くなってる。……ツインのどっちかでも食べたかね。
「次郎太刀さん方。申し訳ありませんが、薬研藤四郎さんを送って行っては頂けませんか? あちらの本邸から無断でお連れしてしまったので、多分皆様心配なさっていらっしゃるでしょうから」
「おう、構わないよー」
軽い口調で了承の返事があった。
ご機嫌なカトレアの次郎太刀に、軽く頭を下げる。
「ありがとうございます。こちら、手土産になりますので一緒にお持ちください」
「りょうかーい。おや、お酒もあるじゃないか!」
「刀剣同士、積もる話もございましょう。
次郎太刀さん方も、あちらで旧交を温めていらして下さい」
「そりゃ嬉しいが、いいのかい? アンタ一人になっちまうよ?」
「大丈夫ですよ、そうそう危ない事などありませんから。私の事はお気になさらず」
むしろ貴方がいる方が不安ですんで。
にっこり本音を隠して笑顔で言い切れば、ツイン次郎太刀は顔を見合わせ、「じゃ、お言葉に甘えようかねぇ」「そうだね。あっちの連中からも色々聞きたいからねぇ」と頷き合った。っしゃ追い出し成功。
離れを襲いに来る刀剣男子もいないようで、静まり返った玄関先から三人を見送る。
「では、お願いします」
「アタシ達に任せな。じゃ、行ってくるねぇ」
「ほーら、アンタもシャキッとしなよ。ちょっと呑んだくらいで情けないなぁ」
……大丈夫なのかね、あの不幸属性ショタ。顔真っ赤なんですけど。あのツインズ一体どれだけ呑ませたん?
一抹の不安を覚えながら見ていれば、ぱちりと視線がかち合った。
ぼんやりとこちらを見つめるその目は、やっぱりどこか仄暗い。
「……メシ、うまかった。ありがとな」
………………
……………………
……………………えっ。
■ ■ ■
「失礼しちゃうよねぇ。あんな警戒しなくたって、何もしないってぇのにさ」
「まったくだよ。狐とのあの態度の違いにゃ、さすがのアタシもちょいとばかり落ち込むってもんだ」
「『頼りになる味方』になってあげようと思って来たってのに、ちっとも寄って来やしない」
「ま、あれはあれで可愛いけどねぇ。毛ぇ逆立てた猫みたいで」
「料理も旨いし、気立ても悪く無さそうだ。アンタはそう思わないかい? 薬研」
「俺、は…………」
「……ま、いいさ。何があったのかってぇのは、あっちの連中と纏めて聞こうじゃないか」
「そうだねぇ。――アタシの審神者に何をしたかってぇのも含めて、ね」
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