「ありゃりゃ、アンタもアタシかい?」
「そういうアンタもアタシじゃあないかい」
「自分同士で顔突き合せるってのも不思議な気分だねぇ」
「そうさねぇ、まさか自分同士で一緒に出てくる事になるとは思わなかったよ」
何度見ても同じ顔が二つある。声も一緒だ。
どっちがどっちだ……っていうか女の人じゃないのね……めっちゃ声低いわ……同性のお仲間キタコレ! って一瞬でも喜んだ私の馬鹿。それにしてもやたらと大きいなこの刀剣の人……顔を見るのに首が直角になるレベルとか、身長的な意味でもどういう事なのだよ……。
「こんさんや。これはいったいどういう事でしょうかね」
「鍛刀で出たのが、二口とも次郎太刀でございましたので。よくある事でございます」
「なにそれこわい」
じゃあ全部の刀剣が同一付喪神オンリーな事態も有り得ると。
世の先達審神者達はこんなSAN値削られる光景が日常なのか……そういえばクトゥルフ神話のニャルラトホテプも化身複数使って「残念、全部俺だ……!」的な一人遊びしてましたね……リアル「私が死んでも、代わりはいるもの」状態ですね分かります。畜生分かりたくないつらい。これだから人外は。
私の顔を見上げながら、こんさんがこてん、と小首を傾げる。
「人手は多い方が宜しいのでしょう?
お気に召さないのであればどちらかを刀解なさるか、錬結でお使いになる、という手もございますが」
「こんさんそれ本人目の前で言う台詞じゃないと思うな!」
慌ててこんさんの口を塞ぐ。その手があったなって確かに思ったけども! でもそれ言っちゃうのはアウトだよ! 私が鍛刀したのは味方を呼ぶためであって、敵を増やすためじゃないんですけどねぇ!?
けれど本人はさして気にしたふうもなく、「「あっはっはっはっは!」」と大口を開け、声を揃えて笑っていた。綺麗な見た目の割に豪快だなぁ……。
「いーさいーさ、構いやぁしないよ! 陰でコソコソされるよりよっぽどいい!」
「それで主様はどうするんだい? 錬結? 刀解?」
「おかしいこのひとらちょうかるい」
そんな定食メニュー選ぶようなノリで言っちゃう話なのかコレ!
おかしいな、このひとらってあっちの刀剣連中の同類だよね……え、普通は好感度高いって要するにこういう事なの? 分霊の処遇好きに決めていい的な方針なの? 物理的に危害加えない縛りを受け入れてくれる程度の初対面友好度って事じゃないの? それとも性格? 性格的なものなの? あいつらも深く考えずに刀解して良かった感じなの? やばい頭がこんがらがってきた。
「あー……えーっと。審神者のです。
お応え頂きありがとうございます……錬結も刀解もする予定は無いです、どうぞよろしく……?」
「「おう、今後ともよ~ろしくぅ!」」
左右から同じ音声同じトーン同じ調子で挨拶が返る。わぁいどっちがどっちだ!?(錯乱)
「……ごめんなさい、ちょっと待っててもらえますか」
友好的にメンタル削りに来ておるでこの刀剣男子……男子なの? 確かに声とか男だし、刀剣の霊的性質を考えれば“女”であるはずはないんだけど、見た目女っぽいし、身体は男でも心は女なニューカマー的な第三性別分類でいいん? でも初対面で聞く訳にもいかない……何が地雷か分かんないし。
下手に怒り買って、あいつらの側に付かれても困る。
前任者のケースを考えれば、直接的には無理でも間接的になら危害を加えられるっていうね。結局問題山積みな現状にあんま変化が無いとかなにそれつらい。審神者業界まじブラック。
こんさんを畳の上に下ろして、積んだままの段ボールを漁る。えーっと、手近なものから突っ込んでったっぽいから多分あるとしたらこの箱……あったビンゴ。当面はこれでいいか。
「次郎太刀さん方。ちょっとそのままだと区別が付きませんので、こちらを付けて頂けませんか」
昔衝動買いしたのがこんなところで役に立つとは、世の中分からないものだ。
付ける機会も無く見て楽しむだけの代物と化していたが、やっぱこういうのは使ってこそだと、摘み細工の花髪飾りを手渡す。ちなみにモチーフは椿とカトレア。どっちも赤いから、付けてても違和感なく馴染むはず。
「おや、貰っちゃっていいのかい?」
「構わないですよ、見分けがつかない方が困りますので。できるだけ外さないで頂けると嬉しいです」
「じゃ、アタシはこっちにしようかな。付けておくれよ主様」
「じゃ、アタシはこっちだね。アタシも付けてくれるかい?」
「はぁ……それじゃ、ちょっと座って頂けますか?」
なんでこの人達自分で付けないんですかね。そんな複雑な造りはしてないはずだけど。
並んで座った同じ顔に、それぞれの選んだ花髪飾りを付ける。
顔立ちが華やかだからか、予想以上にしっくりきた。
「できましたよ。――では今後は便宜上、こちらの次郎太刀さんを椿の次郎さん、そちらの次郎太刀さんをカトレアの次郎さんとお呼びさせて頂きますね。それと、私の事は主様ではなく審神者もしくはと呼んで頂ければ結構です」
「あいよ、だね」
「じゃ、アタシは審神者ちゃんって呼ぶとしよう。そうすれば分かりやすいだろ?」
「そうですね。ご配慮頂き、ありがとうございます」
椿の次郎さんがで、カトレアの次郎さんが審神者ちゃんか。よし覚えとこ。
座って軽く頭を下げ、こんさんを膝に抱き上げる。もふもふ気持ちいい……落ち着くぅ……あっ落ち着いたらお腹すいてきた。そういえばまともに食べてないわ最近。意識したら余計にお腹が空いてきた。携帯食料、は次郎太刀さんズがいるしちょっと申し訳ないか。仕方ない、なにか作るとしよう。
「今から食事の準備をしますので、失礼ながら席を外させて頂きますね。
次郎さん方は何か召し上がりたい物などはありますか?」
「んー。食事とか初めての経験だからねぇ、審神者ちゃんに任せるよ」
「あ、でも食べるんなら酒のツマミになるもんがいいな!」
椿の次郎さんがにこにこしながら甕を掲げてウインクする。
あー、あれお酒ですかー。……なんで刀剣が酒持ってるん? あれ装備扱いなの? 刀で言うとどの部位になるの? あっちにいる刀剣男子もだけど、色々疑問が多いなぁ……。
「分かりました、お酒のおつまみになるものですね。では、失礼します。――こんさん行こっか」
「はい、殿」
■ ■ ■
食事するにあたって、私には一つ懸念があった。ヨモツヘグイだ。
異界の食べ物を口にする行為というのは、代表的な危険行為の一つである。国生みの女神イザナミ様は、死者の国の食べ物を口にした事が原因で、地上に帰る事ができなくなった。ギリシャ・ローマ神話の春の女神コレーはわずか数粒の柘榴を口にした事で、一年の内の数か月、必ず冥府で過ごさなければならなくなった。神様でも破る事のできないこのルール、人間如きが当然破れるはずもない。なのでここに来てからこの方、私が食事を携帯食で済ませていたのは食事を作るだけの気力が無かったのもあるけど、その辺りを気にしての事だった。
飲み物も、あっちから持ち込んだ飲料水以外は口にしていない。あって良かった防災セット。現世のお母さんどうも本当にありがとう、おかげさまで貴方の娘は危険物に手を出さないでいられております。
「食料頼んどいてくれてありがとね、こんさん」
「お気になさらず、殿。審神者となった方のサポートをするのが私の仕事ですので」
「こんさんがイケメンすぎてつらい……まぁ、本丸さんにはちょっと悪かったと思うけど」
ちら、と視線を向けた先には美味しそうな手鞠寿司。本丸さん謹製だ。
お腹すいたなーって呟いたら、なんと一瞬で用意してくれました。さすが本丸さんやでぇ……。
料理しながら小腹を満たせるように、と思ってのチョイスだったんだろう。
うんほんとごめんね。でも帰還不能は勘弁して頂きたい。
「それにしても、殿は慎重でいらっしゃいますね。お食事にまで気を張っておられるとは」
「まぁ、私が分かる範囲でだけどね。人間は人間の領分にいるのが一番だよ」
タブーについて少しでも知識を持っている以上、できる限りは回避しておきたい。
異界に囚われるとかね、人間止めるのと同義語だよ。家族も友達もあっちにいるってのに、二度と会えないとか冗談じゃない。……ああもう、自分の知識の浅さが不安になるなぁ。
こんさんもアドバイスはしてくれるけど、能動的にタブーを教える事はできないそうで、しょんもりしながら謝ってくれた。どうもその辺り、政府側から行動制限が設けられているらしい。
こんさんのご主人的にはそうとう不本意みたいだけど。しかし、政府が審神者を実質上贄扱いしてるだろうなって予想を裏付ける情報ばっか出るな……あれか、任務達成に命どころか魂かけろってか。ははは、これで死んだら審神者勧誘全力で祟って妨害してやるから覚悟しとけよ役人共。
ただ、マヨヒガでの食事は問題ない可能性もある。
少なくとも小泉八雲の話に出てくるマヨヒガで食事した人達は、特に問題なく戻って来れた。
問題なのは情報の真偽だ。食べた後で実は誤情報でしたってなるのが一番怖い。
「うっかり口にしちゃう可能性ってあるからね……データってどのくらいで出るかな?」
「政府の目を掻い潜っての確認ですので、最長で一週間、最短でも三日程度はかかりますね」
「解禁に期待しとこう。できれば本丸さんの作ってくれるご飯も食べてみたいし」
ふわふわと、料理の邪魔にならない程度に桜の花びらが舞った。ほんと可愛いなぁ本丸さん。
小皿にスープを取り分けて味を確認する。――うん、いい具合に鶏肉の出汁が出てる。ピラフは……まだ炊けないか。あとはおつまみ用におくらの梅和えと、ささみの湯引きでも作っておこう。そういや、アパートに置いてあった食材とか冷凍しておいたアレとかソレとか使いかけの調味料って段ボールに入ってるんだろうか……とりあえずまだ異臭はしてないけど、たぶんもう腐り始めてるよね……あっ冷凍庫にアイス入れといた気がするわやばい。
「そういえば、こんさんって食べ物食べられる? 本丸さんも」
「一応は可能でございますね」
ぱ、と咲いた桜が落ちてきた。本丸さんも大丈夫そうだ。
小皿を二つ出して、スープをよそう。
「はいどうぞ。そんな大層なものじゃないけど、味見してみてくれないかな。
舌に合うようなら一緒に食べたい。本丸さんは……そうだね。味見して、もっと食べたいようなら咲いた桜で」
「……私も頂いてよろしいのですか?」
「うん。次郎さん達はあっちで呑んでるみたいだし、おつまみ適当に並べておけばいいでしょ。
私達はこっちで食べちゃおう」
ぽぽぽ、と咲いた桜が落ちてくる。良かった、気に入ってくれたみたいだ。
「次郎太刀様方と食べずともよろしいので?」
「久しぶりのまともなご飯だからね、酔っぱらいの相手しながらは嫌かな」
酒甕持って降臨とか、確実にのんべえか酒乱の予感。
……酒癖、悪くないといいなぁ……。
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