もうゴールしてもいいよね。

「うわぁあああああああきもいよぉおおおおおおおおおお!」

 本丸さんの掃除のため、私がすべき任務は敵の死体を放り出して場を清める事だ。事だ……事なんだけど一週間以上放置された死体つらい! だから私は一般人だっつの死体とか早々お目にかからんし普通に触りたくないよ! 人外なら人外らしく負けた瞬間エフェクトにでもなって消えるべきだろうオカルト的な意味でも! なんで実体あるの! あああああああなんか胃にくる臭いするし蛆わいてるよぉおおおおおおお! つらいつらいかえりたい! ばらばら死体こわい! スプラッタが許容されるのは二次元までだよ!
 死体運びするために本丸さんが台車出してくれたけどね!
 台車に上げるまでは私の仕事だからね!

「もうやだほんとやだまじかんべんしてどんだけ転がってるのコレ」

 刀剣男子が酒塗れで転がっている部屋から始めて廊下に続き部屋、土間と台車を転がして回る。せっかくの巫女服が名状し難い液体塗れでテンション下がる……まだ三分の一も回り切ってないぞ私……。
 脳内に広げた屋敷の見取り図に、渋い顔をしながらも手と足は止めない。廊下を渡ってすぐある大広間の縁側、そこからそいやと死体を放り出す。その先には天を突くような激しさで燃えるキャンプファイヤー。ちなみに燃料は死体とアルコールである。使ったお神酒の度数が高かったのか、それとも死体がよく燃えるのか。
 最初はちゃんと燃えるか不安だったけど、この調子なら骨まですっきり炭化しそうだ。
 しかし、肉体労働しているせいか疲労感と空腹がやばい。
 霊力消耗以前に体力消耗してるよ私……もっと人手がいるといいんだけどなぁ。
 溜息をつきながら、ぐるぐる交互に肩を回す。と、土間の方から不穏な音がした。慌てて台車を置いたままで駆け込めば、火にかけておいた塩水が沸騰して吹き零れていた。

「もう二人……いや、あと一人でもいいから人手が欲しい……!」

 ぼやきながら塩水を火から下ろしてバケツにあける。
 空いた大鍋に水と塩を突っ込んで、再度火にかけた。分業できれば楽なんだけども。
 思わず溜息が出る。畜生肉体労働つらい。こちとらインドアに定評のある文系だっての。静かにした方がいいんだろうなぁとは思うけど、愚痴でも吐き出してないとやってられない。清めの作業が沸騰した塩水撒くだけでいいっていうのが救いだ。これでなんやかや儀式が必要だったら、一部屋も終わらなかったかも知れない。
 バケツに柄杓を突っ込んで、小走りに刀剣男子達が転がる部屋を突っ切っていき――カタン、と背後から物音が響いた。後ろを振り向く。
 酒を髪から滴らせながら、刀を支えに金髪の男が身を起こそうとしていた。視線がかち合う。
 あれ、刀剣男子寝てたよね。あれからどのくらい経ってるんだっけ。
 ふ、と外を見れば轟々と燃え盛る炎の柱の向こうには、既に月がかかっていた。

――あ「うわ起きたぁああああああああああああッ!!」

 やべぇええええええ時間経過すっかり頭からすっぽ抜けてたぁああああああ!
 今更気付いた現状にどばっと全身から脂汗が噴き出した。
 金髪白布男に向かってバケツを投げつけ廊下へ向かってダッシュをかける。
 途中でよたよたでっけぇ刀(×2)を引きずるこんさんに出くわしたのですれ違い様に拾い上げ、キャンプファイヤーの横を通って畑を横断、そのまま離れに駆け込みつっかえ棒。ぴたっと扉に耳をあてて外を伺ってみるが、聞こえてくるのは虫の鳴き声オンリーだ。……どうやら、追っては来なかったらしい。全身から力が抜けた。
 今更膝が笑ってきて、立っていられずに玄関で崩れ落ちる。

「ぅあー…………こんさんわたしまだいきてるぅー……?」
「お疲れ様でございます、殿」
「おつかれー……掃除は終わってないけどおつかれー……ごめんね本丸さぁーん……」

 ぱら、ぱら、と萎びた桜の花びらが落ちてきた。
 それをぼんやり眺めながら、急速にやってきた睡魔に身を任せて目を閉じる。
 ……あれっ。ひょっとして、本丸さんとのコミュニケーションでも霊力って消費してる?


 ■  ■  ■


 目が覚めたのが翌日の夜とかそんな馬鹿な。

「よほど消耗しておいでだったのでしょう。無理はなさらないのが一番ですよ」
「あー……ひょっとして疲れでナチュラルハイだったかな」
「恐らくは。鍛刀の頃には顔色も悪く、少しお疲れのご様子でしたからね」
「緊張とか、気疲れなんかもあったのかもね。
 しかし、玄関先で寝たせいか身体痛いな……こんさんバスタオルちょうだーい」

 空腹感はあるものの、頭も軽く気分は上々。
 穢れに触れたという事で服は処分、私も水垢離とかいう頭から氷水を被る鬼畜禊ぎをする羽目にはなったものの、一番頭の痛い問題だった手入れと味方の鍛刀が済んで気分がいい。いや、本丸さんの掃除が終わってないのは悲しいんだけどもね。でも事態が進展するとなんか嬉しい。あと短刀一口借りパクしてしまった事に気付いてしまったんだがどうしようか。

「本体ここにあるってまずいよね?」
「そうですね。何せ刀剣男士の本体はこちらですので、その気になればこの本体を辿って今すぐ此処へ姿を現すことも可能かと」
「わぁい命の危機がマッハ」

 爆睡してた間よく無事だったな、私。
 身体を拭いて新しい巫女服に着替えながら、微妙な気分でしめ縄の囲いに放り込んだ短刀を眺める。

「しっかしこんさん、ほんとにあんなんで行動制限できるの?」
「ええ、ご安心ください殿。
 境界線を区切り、なおかつしめ縄で“括って”ありますので、あれはあそこから出る事はできませんよ」
「意味を重ねてる訳ね。まぁ、神様括るんなら確かにあれが妥当か」

 そもそも、しめ縄は常世と現世の端境や結界を表す役目がある。
 穢れを封じ込めたり、禁足地を区切るにもご利用できる優れものだ。
 アマテラス様がまた入れないようにって、天岩戸もあれで封鎖してたような記憶がある。
 天津神にも効果があるなら刀剣くらいは余裕だろう。まぁぱっと見はどうしたって不安になるけど。

「ごめんよ短刀さん、うっかり連れてきちゃって。なるべく早くあちらに返すね」

 口に出してみて、なんとも誠意の足りない台詞だなぁと苦笑が零れた。
 まぁ、実際そこまで悪いなと思っている訳でもない。何せ付喪神でさえ誰が誰だかも分からないのに、刀剣状態とかもはやただの短刀以外の何物にも見えないっていうね。何となく使い勝手良かったからって腰に差したのがまずかったな。一応使わせてもらった訳だし、返す時にはなんかお礼につけて返そう。

「こんさん、この短刀ってなんて銘なの?」
「薬研藤四郎でしょう。前任者が特に気に入りでしたので、よく見掛けた記憶があります」

 前任者の所有リストに載ってたね、その名前。
 しかし藤四郎と付く短刀の多いこと多いこと……何なの短刀の名付けって。それが流行った時期でもあったん?

「……変態に気に入られるわ、今回うっかりでお持ち帰りされるわか……。ひょっとしてこの短刀、運悪い?」
「さて。そこまでは私の知る事ではございませんが」
「こんさんったら通常運転で刀剣にドライ……」

 ちょっと可哀想になってきたな、後でお神酒と塩供えてあげよう。本丸さんのついでだけど。
 何はともあれ気力は十分。短刀の薬研さん回収に怒り狂った刀剣が夜襲かけてこないとも限らないし、今のうちに仲間を召還しておくとしよう。
 ぱしんと軽く頬を叩いて気合を注入。机にででんと並べられた、二本の刀と向かい合う。
 どちらもやたらと大きくて、刃渡りだけで私の背丈を上回る。拵えも一緒だ。よくまぁこんなクソ重いの抱えて走れたな私。

「よし。それじゃあ降ろすといたしますか!
 これ、両方とも手を合わせてお願いすればいいんだっけ?」
「その通りでございます。契約の下地は出来上がっておりますゆえ、後は殿が言葉を掛け、願うのみで刀剣男士が顕現いたします」
「りょうかーい」

 呼び出すのは引き継いだ連中と違って友好的だそうだし、是非とも頼りになる人だとありがたい。数回深呼吸して、気持ちを落ち着かせる。

――刀剣さん刀剣さん、聞こえましたら仕事のお手伝いを頂きたいので御出で下さい」


 桜が舞った。


 本丸さんが出すのとは違う、清廉な印象のある桜の花びら。
 ひらり、ひらりと舞い落ちて、室内を埋め尽くす幻影の中、二人の人物が顕現する。
 見上げるような背丈に長く艶やかな黒髪、華やかで艶やかな花魁姿。整った顔立ちに、目尻に刷いた朱がなんとも色っぽい。双子のように似通った――というか格好まで同じ二人の女性がにっこりと笑う。

「「こんにちは! 綺麗な次郎じろうで~す! ……って、あれ?」」


 なにがどうなってるんですかねぇ……(震え声)




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