「睡眠ガスぶち込んだら、あいつら大人しくならないかな」
朝食(カロリーメイト)をさくさく食べながら、説得という選択肢をドブに捨てた提案をしてみた。
話し合いは命の保証がある場合だけの結論なのです……まだ死にたくないから無茶はしないよ……石橋は叩いてから渡りたい派ですがなにか。
もういっそ手入れじゃなくて刀解してやりたいっていうのが本音なんだけど、そっちはそっちで祟りが怖い。
神様の崇りはシャレになりませんぜ……知ってるか、あいつら無関係の人間でも容赦なく崇り殺すんだぜ……? 仮に刀解したとして、新しく鍛刀したのが普通に記憶共有とかフィードバック的にアレしてた日には対面して即斬殺だよ。試す気にもならんね。分霊って話だからね審神者のところに来るの。現世へ現れるのは神にとっては己が影の一つでしかないって誰か言ってた。出典覚えてないけど。
そもそもあいつら本体が現世で現役張ってたりするからね。こういう問題案件ってあっちにも影響ありそうだよね。だから政府も出来る限り生贄捧げて怒りを鎮める方針なのかもね……わぁい生贄つらい。
なんで審神者すぐ死亡フラグたってしまうん……?
「無理だと思いますよ。前任者の方が刀剣男士の皆様に薬を使おうとなさった事があるのですが、その時はまったくの無駄に終わっていましたし」
「そっかー」
どうせ爛れた理由だろうから突っ込んでは聞かないでおこう。
大体予想がついてしまう自分を悲しむべきか、予想できてしまう前任者の欲望まっしぐらっぷりに引けばいいのか。でも尻拭いは私っていうね。めんどい……つらい……いいじゃん前任者見捨てて解放されたんじゃん……過去は水に流して前向きに生きて行こうよ……。
しかしガスはダメか。なんにせよ、あいつらをどう無力化するのかって所がネックになるなぁ…………あ。
「八塩折之酒って使えないかな」
日本神話で、スサノヲ様がヤマタノオロチを退治する時に使ったお酒だ。
酒好きのヤマタノオロチは、罠として樽で置いておかれた八塩折之酒にべろんべろんになって、あまつさえ、首を落とされている事に気付かないレベルで酔い潰れたと言う。これならあいつらにも効果があるはずだ。山水の荒神であるヤマタノオロチを酔い潰せたお酒なら、刀剣男子だって酔い潰せるに違いない。
「効果はあると思いますが……どうやって飲ませるおつもりで?」
「日本語って面白いよね。“浴びるように飲む”ってさ、泥酔するまで飲むって意味になるでしょ? ――実際に浴びせたら、それなりに効果は期待できるんじゃないかな」
名付けてフレイザー式類似の法則効果作戦、またの名を言霊パワー頼み作戦。
「なるほど……試してみる価値はありそうですね」
「でしょ? 他の本丸に連絡取って検証実験してみたいかな。どのくらい寝ててくれるかのデータ欲しい。鍛刀して一人でいいから協力してくれる刀剣男子欲しいし、寝てる間に全員手入れしちゃえるなら楽でいいし。あと本丸さん掃除してあげたい」
言うと、はらはらと桜の花びらが落ちてきた。嬉しいっぽい。
やっぱ嫌だよね、あのホラー状態のままは。
個人的には本丸さんの掃除を一番優先したいなぁ……本丸さんかわいいよ本丸さん。優しくて可愛いとかなんなの? 殺伐とした審神者業界のアイドル? アイドルなの? お掃除張り切っちゃうよ? やる気ゲージMAXだよ? 本丸さんのかわいさにときめきが止まらない。
「でしたら、まずは政府へ連絡ですね。
審神者で協力して下さる方を探す必要がありますし、お酒の調達もしないといけませんから」
「スサノヲ様にならって、一人頭一樽ずつ欲しいんだけど……効果あったら経費で落としてくれるかなー」
「あまり期待はなさらない方が良いかと」
「ですよねー。……本丸さんの掃除道具以外にも、襖とか畳とか、新しいの買わないといけないよね。
うわ、お金足りるかな」
「ご心配には及びませんよ、殿。マヨヒガは“生きている”と申し上げましたでしょう?
敵の死体を片付けて場を清めさえすれば、あとは本丸さんが何とかします。……ただ、殿にはその分ご負担を強いる事になるかとは思いますが……」
「ああ、霊力消費するのか。いいよ別に、本丸さんのためだもん」
途端に舞った桜の花びらが、ぶわっと視界を覆い尽くした。相当嬉しいっぽい。
前任者の扱いどんだけ酷かったん?
そういや鍛刀とか手入れもする予定だわ。やばいな、霊力足りるかな。こればっかりは目に見えないからなぁ……ドーピングとか、貯めとく方法とかないのかな。あんまりあの状態のままで放っとくのも可哀想だし、できれば早く何とかしてあげたいところ。
「そういえば、あいつら重傷なのもいるんだよね? アレって放っといても大丈夫なの?」
刀剣だから放っといても平気な気がしてたけど、人間だったら重傷放置してたらまぁ普通に死ぬよね。
こんさんが、少し考えるように尻尾を揺らした。
「通常であれば、放置しておいても悪化する事はありませんね。……ただ、彼等は分霊。本体である“刀剣”の維持にも霊力は消耗されます。殿と契約をしていない彼等を維持しているのは、前任者の方の残存霊力。それが無くなれば、本体の状態も維持できなくなる可能性があります」
「……それ、やばくない?」
「さて。私も、彼等の状態を把握してはおりませんので」
こんさんの口調は淡々としている。
おかしいな……一応こんさん、私よりあいつらとの方が付き合い長いよね……?
ひょっとして主人関係でなんか因縁でもあるのかな。考えると深みに嵌る気がしてならない。だからなんで審神者業ってあちこちにヤバげなフラグあるの? いたいけな新人ちゃんにもっと優しくしてこ?
「ただ、前任者の方から精を受けていた者に関しては、残存霊力は多いかと」
「あー……」
そういや体液って一番手っ取り早い力の媒介物でしたねー性魔術とかあるもんねー……仲間が壊れて短刀発狂、私巻き添え喰らって死亡の流れまでがワンセットですね分かります。なんと面倒な。
前任者がほんとろくな置き土産してなさすぎてつらい。
「じゃあ、あんまり時間かけてもいられないかぁ。
こんさん。時間切れで壊れる奴が出るまでの残り時間って予想できない?」
「そうですね……前任者の方が亡くなって既に一週間以上経過しておりますので、ここ数日中かと」
「」
それを先に言ってくれ。
■ ■ ■
時間が無いのでぶっつけ本番で行く事にした。
政府? やっぱり酒代出しやがりませんでしたよ畜生。刀剣男子全員分で計二十樽、昼過ぎまでに揃えて送ってきた手腕だけは褒めてもいいけども。だが支払いは私持ち。畜生つらい。
巫女服の上からタスキをかけ、懐にパワーバー(携帯食料)を仕込んで準備万全!
「よし。じゃあ作戦通り――本丸さん、お願いします!」
ぱちん。
弾けるみたいな音がして、積み上げられた酒樽が消える。
宛先は刀剣男子の籠城先。耳を澄ませて聞いていると、何やら奥から重たいものが落ちる音やら水音が聞こえてきた。あとは無音。そおっと、耳を襖に押し当ててみる。開けたりはしない。扉っていうのは境界線だから、開けさえしなければただでさえ力の弱まっている現状、契約もしていない審神者の存在を感知したりできはしないってこんさんが太鼓判を押してくれた。プロが言うと安心感が違うね! こんさんまじイケメン。
「……本丸さん本丸さん、どうだった? 効果はあった?」
問いかけてみると、ぱ、と桜が一輪現れる。
桜が散っていたら失敗、よく分からないなら蕾、成功なら咲いたもの、と取り決めておいたのだが……。
「――どうやら、成功のようですね」
「っしゃ! ありがとうございますスサノヲ様! そしてありがとう本丸さん!」
あとでお礼にお供え物しておこう!
時間は有限、見取り図は頭に叩き込んであるしサクサク行くぞ!
勢いよく襖を開ける。ぶわり、と今までに無く濃い血と酒の臭いが鼻をついた。
室内を見渡せばあちこちに酒を被って倒れた、血塗れの刀剣男子(多分)が転がっている。
開けた襖の横では、昨日私を脅した男貞子が青白い顔で横たわっていた。野戦病院のような惨状に、自然と顔が歪む。あんまり気持ちのいい光景じゃない。袂で口と鼻を覆って、一先ずそこらの扉をひたすら開けて回っていきながら人数を確認する。よし二十人そろってる、まだ誰も死んで無い。
重傷なのは……おいおい、十三人って半分以上じゃないですかヤダー!
「どうしよこんさん、手伝い札十枚しかない!」
「落ち着いて下さい殿。……短刀と脇差は比較的手入れ時間が短いので、薬研藤四郎に鯰尾藤四郎、骨喰藤四郎の三口は後回しでも良いかと」
「いや名前で言われても誰が誰だか!」
「三口とも黒服で重傷の子供でございますよ」
「心情的には子供を優先したいけどね……まぁ時間かけてて起きられる方が厄介か。
本体の刀持ってけばいいんだっけ」
「はい。彼等の本体はそちらですので」
「よっし! ぱぱっと直しますか!」
刀を回収して手伝い札使いながら手入れ手入れ手入れー!
すごいな手伝い札便利だな手伝い札! あっという間に直ってくよ! やばい超使えるわ!
でもどれが誰のか分かんないから纏めておいておこう、いちいち戻すのも面倒だし。後で各自、自分の持って行ってくれるよね。手入れした、刀剣だろう一人の顔を覗き込む。おーすごい、傷が綺麗に消えてるわ……服までもか。刀剣のどの部分が服になるんだろコレ。
しかしこの人、なんで狐と一緒なんだろう……いやそれより日本刀だよね? なんで髪白いの? ちらほら紫とか金も見えるんだけどもどうなってるんだろ。まぁ疑問は後回しでいいか。
「問題は残りの重傷三口と、ちょっとやばそうなの二口か」
あとは比較的軽傷っぽいし、放っといても大丈夫かな。できれば治療してあげたいけど。
だがちょっとやばそうでも男貞子は後回しにしたいのが本音です。
あいつ私の首さっくり逝こうとしおったぞ。あいつだけ刀解してやろうかな。
今後の算段をしながら後回しにした三口を回収、手入れ作業再開。うおおおおおお! 唸れ私の手入れテク! って言っても手入れとかまだよく分かってないけど! うわぁもたつくから余計手間かかるつらい! 手伝い札のありがたみが身に染みる! 手伝い札欲しい手伝い札! あんなにも使えるとは思ってなかった!
「こんさーん! 手伝い札今すぐ手に入れる方法ってない!?
正直この重傷三口でタイムリミット来るんじゃないかなって戦々恐々してるんだけど!」
この調子でいくと、確実に掃除と鍛刀する余裕が無くなる!
「政府に連絡すれば、何枚かは融通してもらえるかと思いますが……」
「この忙しい時にあの性悪共と交渉とかしてらんないよ時間が惜しい! ――そうだ、本丸さん!」
丁度手入れが終了したばかりの短刀を片方掴み、ポニーテールにしていた髪をばっさりと斬る。
「殿、何を!?」
「これ! これ対価に手伝い札って出せない!?」
ぽ、と咲いた桜が落ちてきた。
手の中から斬ったばかりの髪の束が消え、手伝い札が出現する。
えーっとひのふのみの……っしゃ五枚で残り手入れ分ちょうどジャスト!
短刀を手早く腰に差し込み、手伝い札片手に刀を再々回収してお手入れ。やっぱ手伝い札あると早い!
「よし手入れコンプ! こんさん次鍛刀所行くよ!」
「……、はい、殿」
鍛刀所に駆け込むと、ミニマム二頭身のちまい生き物がお出迎えしてくれた。
あっ癒し発見――じゃなくて!
「妖精さん初めまして新しく着任した審神者ですよろしくね! とりあえず鍛刀! 至急でお願い!」
「殿、配合はどうなさいますか?」
「あーそれあるんだっけ! えーっと……ええいめんどくさい! こんさんなんか四つ数字言って!」
「は、で、では六、八、五、三で」
「よしありがと! じゃあ妖精さん木炭六百玉鋼八百冷却材五百砥石三百で! 時間余裕あったらもう一回同じ配合でお願い!」
「殿、どちらへ――」
「今のうちに掃除してくる! こんさんここで見てて! あいつら起き出すようならできた刀持って離れに集合ね!」
あっくそもうおなかすいてきた!
懐にあったパワーバーをさくさく消費しながら、ふと思いついてUターン。さっき斬った残りの髪を、腰に差してあった短刀で更に削る。後ろだけベリーショートになったけど大丈夫だ問題ない。
「妖精さん鍛刀の時にこの髪くべといて! 供物!」
頼りになる味方が来てくれるといいな!
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