文字通り這って戻った離れに到着するや否や、震えまくる手で備え付けの端末を操作。
 政府ぅーッ! 私は審神者をやめるぞォーッ!

――はい、こちら内務省神社局、審神者業務担当課でございます』
「すいません私この審神者業辞めたいんですけど! 退職届何処で受理してもらえますか! 手続きは一般企業と同じでいいですかね!?」
『……はい? ――ああ、本丸イチマルハチの審神者様でいらっしゃいますね。何かトラブルでもございましたか?』
「あれがトラブルで済んだら警察も機動隊も自衛隊も要らないよ!? なんなのあの刀剣! ふっつーに斬殺されそうになりましたよそれで退職届様式あるなら送ってもらえますかね今すぐに!」
『…………担当の者と交代致しますので、少々お待ちください』

電話が途切れ、端末越しに気の抜けるメロディーが流れてくる。
横にいるこんのすけが、困ったように首を傾げた。

「無駄だと思いますよ、殿。審神者の適正者は少ないのです。
 ただでさえ人手が足りない現状ですので、普通の仕事と違う事を差し引いたとしても、まず退職はできないかと」
「シャラップこんさん! 言っとくけど私はやると決めたら必ずやる女だよ!」

 意外と頑固だよねって呆れられた事もあるくらいだからな!
 あと恨みは引きずるタイプだぞねちっこいぞ!
 鼻息も荒く、端末画面を睨む私。まだかーまだ出ないのかーっしゃ出たぁっ!

――は「すいません担当さんですねそれですぐ退職届寄越してくれくださいここにいたら私の明日が物理的にまっぷたつ!!」

 首か胴か脳天唐竹割りかそれとも四肢切り落とされて達磨でざくっとか!
 どれも嫌だなぁあ!?

『……落ち着いて下さい、審神者様。こちらでも事情は把握しておりますので』
「把握してたら普通ない状況ですよね!? テロリストのまっただ中に一般市民叩き込むようなもんですよ! 死ぬよ!? これ普通に死にますよ!?」
『そうでしたか……大変申し訳ございません。
 何せ、刀剣男士を降ろせるのが審神者の方々のみなものですから。当方と致しましても手探り状態で、不明瞭な点が多いのですよ。審神者様が引き継がれたのは本丸イチマルハチでございましたね?』
「いや番号とか知りませんて! それより退職届!」
『それは失礼致しました。本丸の番号は端末の裏面に記載されておりますので、参考になさって頂きたく存じます。審神者様は昨日付けで本丸イチマルハチ、及び刀剣男士二十口を引き継がれた方でいらっしゃいますね?』
「そうそうそれそれ! とりあえず荷物だけでも返送したいんですけどアパートまだ解約してないからいけるはずいやもう実家でもいい引っ越し業者ー!」
『斬り殺されそうになった、との事でしたが……事情をお聞かせ願えますか?』
「事情も何も! 前任者のせいで刀剣が手入れ拒否! 人間不信の極みっていうか挨拶がてら首落とされかけたんですけどね!? あれ確実に次はありませんよね!?」
『そうでしたか。それはまた、ご迷惑をおかけ致しました』
「いやそんな事いいから帰らしてくださいよ!?
 敵に襲われるとかはまだ契約業務と納得しても一応仮にも部下に殺されるとか聞いてない!」
『そうですか……いや、大変申し訳ございません。
 本来ならば審神者の方々には新しい本丸へ着任して頂いているのですが、お恥ずかしい話、本丸の数も不足している状態でして……審神者の方がいらっしゃっても、着任して頂けるのがそちらのような本丸しか残っていないのですよ』
「いや私退職届欲しいんですが話聞いてますかね!? っていうか似たような本丸まだあるんですか!」

 ブラックってレベル突破してるな審神者業界!
 この場合不幸なのって刀剣男子か私みたいな二代目かどっちだ!? どっちもか!

『なにぶん、こちらとはずれた位相にございますので。
 審神者同士でも、本丸間の往来は困難だとご報告を頂いております』
「荷物普通に届きましたけど!?」
『生物と無機物では難易度が大きく違うものです。
 どうしてもと仰るのであれば、審神者のいない別の本丸を斡旋させて頂きますが……』
「ここと似たような本丸なんでしょ嫌ですよ!
 そもそもなんで転任って話になるんですかね私辞めたいって言ってますよねぇえええっ!?」
『退職、でございますか。なにぶん世間には極秘の重要任務ですので、私の一存ではご返答いたしかねますね。
 ――それと。刀剣男士の方々のメンタルケアもまた、審神者業務の一環となっておりますので何卒ご理解下さい』
「メンタルケアする前にぶった斬られるわぁああああああああああああ!」

 要するにそれリアル生贄だろうが!
 斬られて憂さ晴らしになってもいいって思ってるだろ畜生!

『不幸な行き違いによる事故につきましては、政府は一切関知致しません。
 ――では、転任のご希望の際には改めてご連絡下さい』
「おっまふざけんなせめて別の審神者の援軍――もしもし!? もしもぉーしっ!?」

 慌ててコールし直すも、虚しくコール音が響くだけで反応は無い。

「救いは! 救いは無いんですか!?」
「残念ながら殿、これが現実ですので……」
「こんなのってないよ……こんなの絶対おかしいよ……!」

 こんさんの尻尾をひたすらもふりながら五体投地。
 おかしい……圧倒的におかしいだろう……現代社会においてこんな不条理がまかり通るとか……っ!
 首は痛いし政府は期待できないしほんともうまじでつらい。つらい(真顔)


 ■  ■  ■


 あーたーらしーいあーっさがっきった♪

 ――夢も希望も無い朝がな!
 生きるのめんどい。ほんともうまじ、めんどい。でもずんばらりはいやです。ぼくわるいさにわじゃないよ。審神者だからって一括りにするのね……ほんとよくないと思うんだ……みんな違ってみんないいんだよ……無害な新人審神者だよ……犯罪歴とかもまっさらなインドア審神者だよ……?

「おはようございます、殿」
「こころがおれる」

 これが現実とかつらい。
 心底気鬱になりながら、のたくらのたくらと身を起こす。首から顎、あと襟首の辺りがぱりぱりする。手で撫でると、乾いた血の固まりがぱらぱら落ちた。……あー、そういや昨日斬られかけたっけなぁ。どうりで痛い。
 昨日出したままの化粧道具の中から鏡を取り出してみれば、傷はそこまで深くないようだった。薄皮一枚、と呼ぶには切れ過ぎているが。

殿、これをお使いください。救急セットになります」
「お、ありがとこんさん」

 血を拭って消毒し、ガーゼをあてて包帯を巻く。
 首動かすと違和感あるな……しかし、やっぱスーツとワイシャツ駄目になったか。礼服じゃなくて良かった。

殿、着替えもどうぞ」
「準備いいねこんさん……」

 古式ゆかしく巫女服か。まぁ仕事内容考えると確かに妥当。
 袴が無かったら死に装束……あっいらないことに気付いてしまった感あるつらい。
 あちこちに鬱要素が転がってるとか、ほんと審神者業界怖いな!

「……あれ。こんさん、前任者って男じゃなかった? なんで巫女服あるの」
「はい。それでしたら殿にと、本丸が用意して下さいました」
「…………ごめんこんさんもっかい頼む」
「? ああ、失礼しました。この本丸は“生きて”おりますので、大体の物は取り揃えられるようになっております」
「えっなにそれこわい」

 生物なの? この本丸生きてるの? ひょっとして私って餌? 食べられる寸前?

「心配なさらなくても大丈夫ですよ、殿。“マヨヒガ”をご存じですか?」
「! それなら知ってる知ってる。遠野物語だっけ」

 確か、あったりなかったりする不思議な家の事だ。
 迷い込めども家人は無く、しかしまるで誰かが住んでいるかのように食料豊富、なおかつ高価な食器や衣類が山ほどある。その家を訪れた人間は、何か一つだけであれば持って帰る事が許されている――要するに、座敷童の類似品みたいなものだったはず。

「なれば話は早い。この“本丸”とは、審神者を主とする契約をした“マヨヒガ”を指すのです」
「審神者を主に? 契約内容はどうなってるの?」
「ここに住まい、幾ばくかの霊力を提供する。
 その対価として本丸は、審神者に自身の利用を許可し、時には便宜も図る――というものです」
「……それで、本丸が巫女服を?」
「はい。ただ、物資の補給には相応に霊力を消費しますのでご注意ください。
……きっと、本丸は新しく着任なさった殿に期待なさっているのですよ。
 こう申し上げてはなんですが……その、前任者の方は物の扱いが乱暴でしたから……」
「私も結構雑な方なんだけど……」
「昨日、割れたお茶碗やコップを見て落胆していらしたでしょう? だから、嬉しかったんじゃないでしょうか」
「どうしよう怖いとか言ってごめん……部下予定の刀剣より本丸の方がよっぽど優しい……!」

 やばいめっちゃきゅんってきた。ちょっと頑張る気力がわいてきたわ。
 こんのすけに着付け方を聞きながら、もたつきつつも巫女装束にフォルムチェンジ。
 うん、気が引き締まる。やっぱこういう制服的なものがあるとテンション上がってくるね。

「しかし霊力……実感がわかない単語だなぁ……」
「生命エネルギーだと思って頂ければいいですよ。
 簡単な目安としては、疲労度や空腹具合ですかね。ちなみに、資材や物資は外から送ってもらう事もできます」
「なるほど。ありがとこんさん、分かりやすかった」

 疲労も空腹も、過ぎると死ぬからね。その辺りの感覚は、おいおい把握していくしかないかな。
 ぱんぱん、と手を合わせて深々とお辞儀する。

「巫女服と救急キット、どうもありがとうございます。
 今後どうなるか分かりませんが、どうかよろしくお願いします!」

 言い終わると同時に、ぱらぱらと何かが降ってくる。
 濃いピンク色の、綺麗な花だった。触れる端から光の粒になって消えるそれは、多分山桜だろう。ぴんと尾を立てて、こんさんが私を見上げた。

「やはり、殿は本丸に歓迎されていらっしゃいますね」
「こんさん……本丸じゃない。本丸さんだよ……!」

 こんさんと本丸さんがいるなら、この職場でも頑張れる気がしてきたぞ!
 よし、朝ご飯食べたら作戦会議だ! あの刀剣共絶対駆逐してやるからな、乙女の柔肌に傷を付けた罪は重いぞ! 政府分も八つ当たってくれる!




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