前任者の刀剣と和解……いや違うな、和平協定だわあれ。を、してしまえば後はとんとん拍子だった。
 中途半端だった本丸さんの掃除も終了し、リアル廃墟秒読みホラー状態から脱出。すっきり綺麗な本丸さんが戻ってきた。本丸さんは盛大に桜を散らせて喜んでくれた。よきかなよきかな。手伝ってくれた次郎さんズと金髪白布男の国広くにひろさん、筋肉もりもり蜻蛉切とんぼきりさんは桜吹雪状態に大層ビビっていた。本丸さんの存在に驚いたのかと思えば、本丸さんに明確な意思があったことに驚いたそうだ。
 ひょっとして頻繁にコミュニケーションしてるのが原因だったりしますかね。
 前任者の部屋? 色々ピンクな代物が出てきたのでね。全部燃やしたよ。あとアル中だったみたいでお酒がいっぱい出てきた。次郎さん達に呑む? って聞いたけど嫌そうにしてたからこっちも燃やした。のんべえにさえも拒絶される前任者のお酒かわいそう。でも燃やす。ひゃっはー汚物は消毒だー! 未処理の報告書と政府からのお手紙も積んであった。知ってるか、この辺り整理して聞き取りして再提出するの私の仕事なんだぜ……?
 デスマーチに全私が泣いた。前任者の負の遺産多すぎワロタ。
 馬小屋に馬がいたのはありがたかったけど。週単位で放置されてただろうに生きてる時点で、まぁ普通の馬じゃないよねっていう。なんだろうねあの馬。妖怪の一種? わりと友好的ではあるから、警戒はしなくて良さそうだけど。
 壁に叩き付けられたこんさんの方も無事で、何処も折れたり痛めたりはなかった。

「これでも化生のはしくれです。あの程度で壊れるほど、やわにできてはおりませんよ」

 それでも大事を取って、しばらく本丸さんとタッグを組んで絶対安静を申し付けた私は正しかったと思う。こんさんと本丸さん、どっちが欠けても私の審神者業は立ち行かないぞ! そんな展開になったら年齢弁えずに泣いて転がる自信がある。私の首の傷も順調に塞がって、今となっては痕すら残っていない。良かった。
 そうして慌ただしく日々が過ぎる中で、気付けば審神者になって一ヶ月が経とうとしていた。
 今やすっかり馴染んだ離れの部屋で、報告書片手に庭を眺めてぼんやり呟く。

「平和だー……」
殿、現実を見ましょう」
「もう報告書は嫌だ!」

 叫んでこんさんのもふもふ目掛けて突っ伏す。もふもふ! もっふもふ!
 こんさんを抱き締めてすりすりしまくってみるが、ストレスゲージは目減りしない。つらい。

「いいじゃん……ちゃんと出陣してるじゃん……ノルマ果たしてるんだから現状報告そんな頻繁にいらないじゃん……前任者の時はもっと緩かったじゃん……なんでこんな精神状態についてのレポート上げねばならんの……あ、本丸さんお茶ありがと」

 そっと本丸さんがお茶を二人分出してくれた。
 本丸さんの気遣い力がとどまるところを知らない!
 ヨモツヘグイの心配も無くなったし、お茶を飲んで一息つく。
 マヨヒガは異界と現世どちらでもありどちらでもないという特異な性質を具えているので、私や本丸さんが調理して消費する分には問題ないらしい。ただ、刀剣が調理したのはやめた方がいいようだ。次郎さんの下げてるお酒とかもね。関与が強いと属性が異界に偏るとかなんとか。しかし前任者の積み上げていった書類が終わったと思ったらまた新たな書類が発生しているとか、これなんてループ?

「ノルマの量を減らす為に、刀剣男士の方々の精神状態を引き合いに出しましたからね……。
 今後のためにもサンプルが欲しいのでしょう」
「ならせめて専門書送るか講習でもしようよ……カウンセリングとか素人が手を出していい分野と違うよ……そもそもどうして引継ぎしただけのド素人に前任と同じ仕事量課すの……」
「それがお役所というものです。しかし、付喪神の精神状態を人間同様に考えるのは危険では?」
「刀剣の考える事は分からない……」
「あ、殿。また刀剣男士の“士”の字が“子”になっておりますよ」
「畜生紛らわしい!」

 仕方ないんだよ! ずっと刀剣男子だと思ってたんだよ!
 男子でも男士でもそう変わらないよ!!
 こんさんをモフモフしながら畳の上に転がって、考えるのは要メンタルケアな刀剣達の事だ。
 人間と似ているようで違うからなぁ……食事とかお風呂が娯楽に含まれるってどうなってるの本当。霊力供給さえあればリアルに休憩無しで二十四時間働けるらしいし。審神者はこうして道を踏み外す訳ですね! ブラック本丸が生まれる理由の一端を見た気分。これだから人外は。
 ちなみに現在、彼等の娯楽は“人間同様の生活を送る事”である。
 要するに仕事(戦闘)してご飯食べて風呂入って寝る的な。
 何処の本丸でも大体まずこれが流行るとはこんさん談。あいつら本当分からんな。
 ぐでーんと畳の上に転がってモフモフを堪能していると、廊下からドタドタと騒々しい足音が響いてきた。

、畑仕事終わったよぉ!」
「…………」

 入ってきたのは次郎太刀だった。うん、予想はしてた。
 この離れに何の用もなく入り浸る刀剣は、次郎さんくらいなものだ。あと出入りしているのは、部隊編成とか諸々の打ち合わせで国広さん、歌仙さん、にっかりさん、薬研さん辺りが主なメンバーになる。勿論その時々で打ち合わせに来る顔ぶれは違うし、そもそも前任者の刀剣組の半数くらいは離れに近寄ろうともしない。でも次郎さんはごはん時になると、そういうのでも容赦なく引き摺ってごはん食べに襲撃してきたりする。
 食事くらいのんびり食べさせて下さい頼むから。なんの拷問だ。
 こんさんを膝の上に置いたまま、のっそり起き上がって書類に向き直る。さて続きをしよう。

、終わったってばぁ~」
「…………」
「まぁーだ怒ってんのかい? もう、いい加減機嫌直しとくれよぉー」
「怒ってません。なので何も言う事もないです」
「そんな眉間にしわ寄せて、怒ってないってぇのは無理があるよ。
 ね、アタシが悪かったからさぁ、機嫌直して一緒にぱぁっと呑もうじゃないかい。お酌するよ!」
「呑みません」
「次郎太刀様、殿は仕事中でいらっしゃいます」
「つれないねぇ、もう!」

 唇尖らせて拗ねても駄目なもんは駄目だっつの!
 背中からしなだれかかってくる次郎さんは無視して、書類と睨めっこする。
 あれは思い出すも忌々しい三日前の事だった。前任者の書類が終わって久しぶりにテンションハイ、こんさんと本丸さんと一緒にお祝い気分でお酒を呑んだ私はこう思ったのだ。
 ――そうだ、鍛刀しよう、と。
 次郎さんには兄弟太刀がいる、という情報を小耳に挟んだのが原因だったんだとは思う。
 テンション高いままで鍛刀所に突撃、ノリノリで資材をぶち込み鍛刀。
 そして目覚めた翌日の朝、いらっしゃっていたのはなんとびっくり次郎太刀×二。あの時のコレジャナイ感は異常だった。これ以上次郎さんは要らないよ! なんで次郎さんばっかくるの!? 頭を抱える私、ひょっこりやってくるツイン次郎さん(顕現済み)。じゃあ錬結しちまえばいいじゃないかい! と笑顔で促され、二日酔いのローテンションで頭もろくに回らないままにホイホイ錬結。思えばあれがフラグだった。
 そうしてふと我に返った頃にはツイン次郎さん(+未顕現二口)は一人の次郎さんになっていたのです……おいどういう事だ。つまりそういう事です。畜生やりやがった!

「堪忍しとくれよ。アタシが二人ってぇのも面白かったけど、どうにも落ち着かなくってねぇ。
 でも、普通にお願いしても渋るだろう?」
「……それは、まぁ。二人いてもらえた方が助かりましたし」

 刀剣男士をなんとか引き継ぎできたとはいえ、不安はたくさんある訳でして。
 うん今のところ平和にやってるけどいまいち信用ならないし。審神者憎しが突き抜ければ、私をざっくりするのとか余裕なゆっるい契約内容だからなぁ……おかげさまで刀剣との交流の度にめちゃくちゃ神経削れてく。特に薬研さんと国広さんな。片や前任最大の被害者、片や前任者の初期刀。よく顔を合わせるだけに地雷臭はんぱないです。いつか爆発しそうで怖い。どっちも溜め込むタイプっぽいし。

「アイツらと分かり合うのは、アンタのためにもなる。
 ……だからそんな不安そうな顔するもんじゃないよ。大丈夫さ、危なくなったらちゃあんと助ける。約束したろ」
「……」

 次郎さんが苦笑しながら、優しい手付きで髪を梳く。
 ごつくて固い、大きな手だ。次郎さんの優美な外見とはミスマッチで、撫でられるたびになんとも不思議な気分になる。次郎さん何気にスキンシップ多いよな……しかし私、そこまで分かりやすい顔してたのか。ちょっとショック。

――殿、出陣していた部隊が戻ったようです。
 薬研藤四郎様が玄関先までおいでですよ」
「え。もうそんな時間? じゃあちょっと出迎えしてくる。次郎さんは……」
「いってらっしゃーい」
「…………行ってきます」

 ついて来てはくれないらしい。
 いいもん……本丸さんとこんさんいるからいいもん……。


 ■  ■  ■


「次郎太刀様。殿は臆病な方でいらっしゃる。
 他の刀剣男士に肩入れするのは結構ですが、今少し気遣われてはいかがですか」
「心外だねぇ、十分気遣ってるじゃあないかい。
 アイツ等の心象が良くなりゃ、も安心して過ごせるってぇもんだろう?」
殿がそれで倒れられては元も子もございますまい。お労しい、心労ですっかりやつれてしまわれて……」
「原因が解消されりゃ問題ないさ。にゃアタシがついてんだ、支障あるまいに」
「心労の一端は次郎太刀様でいらっしゃいますよ。
 過日の錬結、少なくとも今すべきであったとは到底思えませんが」
「そうかい? アタシはいい頃合いだったと思うがねぇ」
「判断なさるのは殿でいらっしゃいます。次郎太刀様のなさる事ではございません」
「……だから、黙って使われてろってかい?」
「それが『刀剣』というものでございましょう」


「こんさーん? どうしたのー行くよー?」


「あまり、殿の信用を損なわれませんよう。――では」

「……目障りな狐だねぇ、全く」


 ■  ■  ■


「こんさん遅かったね。どうかしたの?」
「申し訳ございません。書類を無用に触らぬよう、次郎太刀様にお伝えすべきかと思いまして」
「あー……あれは嫌な、事件だったねぇ……」

 前に歌仙かせんさんが書類仕事の手伝いを申し出てくれた事があるんだけども、うん。……まぁ仕方ないよね。
 戦国時代が主活動時期な刀剣だもんね……ジェネレーションギャップあるよね……。
 つまりそういう事です。結局手間が増えただけだった。デスマーチ中だっていうのに仕事加算で過酷さ増量。あの時はこんさんと一緒になって床ドンしながら嘆きを叫んだ覚えしかない。
 だがまだ書類は山とある訳でして。うわぁ思い出すとつらい!

「ほんと、こんさんだけが頼みの綱だよ……」
「お任せください、殿」

 こんさんは尻尾を揺らしながら、力強く請け負ってくれた。こんさんまじイケメン!
 連れ立って戸口をくぐれば、すぐ外で薬研さんが待っていた。今日も奈落のようなお目々でいらっしゃいますね。お姉さんは君と顔を合わせるたびに胃が重いですお願いなるべくこっち見ないでくれるかな! 君の目はあんまり直視したくない部類の目だよ! ごめん怖い。言えないけど。

「ごめんなさい薬研さん、お待たせしました」
「いや、構わねぇ」

 無表情に答えて前を歩く薬研さんから少し距離を取って、こんさんと並んでついていく。
 薬研さんはどうもクールな性格らしく、あまり言葉を口にしないし、表情にも変化は無い。
 ……まぁ、あのふんわりしてる割にやたら怖気の走る笑顔よりかは数十倍マシなんですがね! 無言でてくてく出陣組が帰還しているだろう正門に向かって歩きながら、薬研さんの背中を眺める。一番審神者に当たりが強くても良さそうなものなのに、その割にはちょくちょく離れに顔出すんだよなぁ……対応だけなら温厚だし、いきなりキレるって事は無いかな。思い切って聞いてみよう。

「……あの、薬研さん。薬研さんは……審神者を、どう思っていらっしゃるんですか?」
「…………」

 あっミスった思った以上に空気重い。
 やばいやばいせめて別の聞き方すべきだった切り口間違えたっぽい!
 でも後の祭りですよねー! いやまだワンチャンある! まだ弁明は可能なはず!!

「いえあの、答えたくないようでしたら結構です! 不躾に申し訳ありません!」

 私が全面的に悪いです! そうだね嫌いだよね審神者なんて予想余裕でした当然の回答ですよね何聞いてんだって話ですよね本当申し訳ない! 分かり切ったことだったよ切り口確実にミスったわはい私が馬鹿でしたー! だからこのまま流れろ流れろ流れろ話題! 何か! 何かこの空気を払拭できる別の話題なにかないか!

――あんたは、思い切りはいいくせに逃げ腰だな」
「え、」

 何の話だ。

 思わず足が止まる。
 至極自然な動作で、空いていた距離を詰めて薬研さんが顔を覗き込んできた。
 するり、と白い手が伸びてきた。
 撫でるような、確かめるような柔らかい手付きで――わたしの、くび、を、なでて。

「髪。……鋏で整えたんだってな」

 くび。

 わたしのくび。

 や、え、さわって、くび、てが、


 いき、くび、いき、あ、



「……なぁ。次は、俺を使ってくれよ」



 や、わたし、くび、あ、たすけ、



「約束。いいだろ……?」
「ぅ、あ゛…………は、「恐れながら薬研藤四郎様。次に整えるのは当分先の事でございますゆえ、その『お約束』、また後日になさった方がよろしいのでは?」


 ふれた、たいおんが、はなれた。


――そうだな」

 瞬間、感覚が戻ってきた。どっと全身から脂汗が噴き出す。
 震える指先でおそるおそる触れた首は、きちんと胴体に繋がっているけど、びっしりと鳥肌が立っている。血の気の引いた顔をしている自覚があった。薬研さんが、ゆるりと口元をやわらかに歪めた。黒々と蠢く何かを飼っている双眸が、じぃ、と私を凝視していた。

「けど、覚えておいてくれ。……あんたの髪を切るのは、俺だけでいい」

 薬研さんが踵を返す。
 その背中を見送りながら、今更ながらに息を止めていた事に気付いた。
 なんでそれに執着してるんだとかひょっとして髪あいつで切った時点で意識あったりしたのかとか色々気になることはあるけど、それ聞くとやばい情報がもっと出てくる気がするよ……。
 詰めていた息を吐き出して、ふと、浮かんだ疑問が口から零れる。

「……ね、こんさん」
「はい」
「……私が髪切るのに使ったハサミ、どこやったっけ……」
「…………………………」

 分かりやすく、自分の声は震えていた。
 こんさんは明後日の方向を見ている。待ってその態度確実にろくな回答じゃない系。

「………………………………あれの、メンタルケア……?」

 おい。おい……分かりやすく反骨心満ち溢れる連中だけでも面倒なのに、思ってた以上にあのショタっ子からヤバい雰囲気感じるんですけど……! 迂闊に踏み込むと二度と戻ってこれないぞあれ! 審神者って心底めんどくさい! おいあれのメンタルケアとかどうしろっていうの!? めんどくさい! あれの相手するのめんどくさいよ! あっめんどくさいと審神者を合わせてめんどく審神者んー。かっこわらいかっことじ。
 なんつって。ウフフ。

 ――やばい、つまんない上に寒いわ。微塵も笑えん。

「平和が遠いなぁ……」

 ため息交じりに見上げた空は、忌々しいくらいに澄み渡っていた。
 いやもう、ほんと実家帰らせてください頼むから。

 まったくもって、めんどくさい。




BACK / TOP / 弐・めんどく審神者んとギスギス本丸