「なるほど。成り行きは分かった」
額を押さえ、頭が痛いと言わんばかりの表情でタイガーが唸る。
お祭り騒ぎと呼んで差し支えない熱気が未だ冷めやらぬ中、魚人街の人々は先程までの大乱闘について健闘を讃え、今回の敗北に気炎を吐き、あるいは噂に違わぬ“リトル・モンスター”の強さを、怖れと共に囁き交わす。
その一方で、コトロを筆頭とした医療部隊のメンバーは怪我を治療するついでとばかりに住民達の健康診断と診察を開始し、手隙であれば問答無用、とばかりに看護要員として使役していた。先程までの熱気と勢いも手伝って、“健康体”と太鼓判をもらった魚人達は、首を捻りながらも流されるままに働いている。
タイガー自身、この魚人街の出身だ。魚人という種族全体の“人間”に対する憎しみを掃き集めて煮凝らせたような、排他的な空気は身に染みている。だからこそ、旭海賊団の面々――を筆頭とした、ジャブラやコトロ、リプラを許容する空気もなんとなく感じていた。
それを嬉しく思う気持ちは確かにある。しかし、締めるところは締めねば組織というのは成り立たないのだ。
意識的に表情を険しく引き締め、タイガーは腕を組んでを見据える。
「おれが戻るまで、大人しくしていろと言ったろう」
「……」
「……まあ、なんだ。その……すまん。そうだな、随分加減したよな」
「ん。」
視線の圧に負けたタイガーが眉尻を下げ、がこっくりと頷いた。心なしか満足気に見えなくもないの様子に、タイガーの口元が自覚無く緩む。のうっかりで通話不能にされてしまった電伝虫(元)を抱え、船員達は肩を竦めて苦笑を交わした。
「タイのアニキ速攻で折れたな」
「ま、そりゃなぁ……。あのひとが頭領を叱れた試しがあったか?」
「頭領叱るなんざ、ニョン婆でもなきゃ無理だろ」
「アニキは頭領に大甘じゃからのう」
しっかり聞こえていたのだろう。「煩いぞ、そこ」と渋面でじとりと睨み付けるタイガーに、リプラが「そーそー。そんなの今更でちー」と混ぜっ返す。
ぴこぴこと兎耳を揺らしながら、唇に人差し指を押し当てて難しい顔になる。
「それより、問題は竜宮城訪問でちねぇ。……頭領、ほんとにいいんでち?
シャボンティ諸島の件控えてるのに暴れるのはあんま良くないですしー、白ひげと全面戦争とか、あたちすっごいイヤでちー。頭領、我慢できますー……?」
一度“敵”と見做せば、に容赦の二文字は無い。
そして、の戦闘能力は極めて規格外だ。この場にいる全員が、たとえ殺す気でかかったとしても足止めくらいにしかならないだろう。正直リプラは、頭領なら一人でも国ひとつくらい余裕で滅ぼせると思っているし、それは彼女に限った話ではない。旭海賊団に属している面々にとって、“リトル・モンスター”はその程度は軽くやってのける“ばけもの”だった。
「コトロは治療があるからここに残りますぬ!
ああああーっ! そこのタコさん駄目ぬそのお酒は消毒に使うぬー! 医者の前で医療道具消費するとは良い度胸なアルコール制限でそのあからさまなアル中改善してやるだなぁあああああ!!!」
ばたばたと忙しく右往左往しながらも、しっかり会話には耳を傾けていたようだ。
ドップラー効果をつけて走り去っていくコトロを無言で見送り、タイガーは改めて周囲の仲間達を見回した。途端にざっと顔を背けたり下を向いたり、あるいは口笛をふいて誤魔化す船員達。
ジンベエが、苦笑いしながらタイガーの肩を優しく叩いた。
「タイのアニキ……ワシも行くから、そう悲壮な顔をせんでくれ」
「…………がんばる。ね?」
「そうだな、がんばってくれ……」
やや沈黙多目ながらも譲歩を見せたに、タイガーは遠い目をして頷く。
「しかし、竜宮城訪問か……。タイのアニキ、幹部格は全員連れて行った方が良いと思うんじゃが」
「んー。でもコトロちゃん、あれ終わるまで動かないと思いますよー?」
ほら、とリプラが指差した先では、コトロが風の速度で患者と医療部隊の部下達の間を駆け抜けながら、要治療な患者の処置に回っている。“医療に境界無し”――それがコトロの信条だ。
信念を貫いた末に身売りするまでに追い込まれた過去があって尚、彼はその信念を掲げているし、その異常なまでの献身と情熱は、誰もが認めるところでもある。医療に関してばかりは、譲るという事をしないコトロだ。何時間かかるかも分からない医療行為が終わるまで待つ訳にもいかないし、力づくで引き摺っていくのも、郷里の者達を無償で診察してもらっている身としては抵抗がある。
街の体裁をとってこそいるが、そもそも、この魚人街はいわゆるスラム街だ。
一応、王族の福祉政策によって飢えて死ぬような事だけは無い。だが、本島出身者に対して心理的な壁があるのは確かである。荒くれものが多い事も相俟って、この魚人街にはそもそもまっとうな医者が少なかった。
だからこそ、余計に中断させ辛い。タイガーは額を押さえて、「……コトロは除外するか」と呟く。
「ふむ、となるとあとはアーロンとジャブラじゃな。まぁ五人おれば――」
「ジンベエ」
が言葉を遮った。
目線で示してみせた先では、「何処行きやがったあのクソガキ共ォ!」と般若の形相でアーロンが吼えている。よく見れば何人か、アーロンと仲の良いタコの魚人やエイの魚人等といった船員達が一緒になって誰かを探し回っていた。治療を終え、湿布だらけにされたジャブラが首を傾げながら四人の所へと寄ってくる。
「おっ、お帰りなさいやし副長。難しい顔してどうしたんすか」
「ジャブラか。……いや、アーロン達は誰を探してるのかと思ってな」
「あー……アレなー……」
渋い顔をしながら、ジャブラはを横目に伺った。
「……アーロンに譲った」
「あ、ハイそっすね」
ジャブラが、姿勢を正して神妙に頷く。
「やっぱ忘れてなかったでちねー」とリプラがケラケラ笑い、ジンベエが額を押さえた。
「すまんタイのアニキ、アーロンはあのままにしておいてくれ。それが一番丸く収まる」
「ところで頭領ぉ。アーロンちゃんがあの子達、お説教できなかったらどうするんでち?」
リプラの問いに、はちらりとタイガーを見やり。
「腕か足」
「……なァジンベエ隊長。腕か足なら別に良くねェか」
ジンベエは無言で、ジャブラの頭に拳を落とした。
会話の流れでおおよその事を察し、タイガーはの頭をぽんぽん、と叩く。
「そのまま譲ってやっておいてくれ」
「ん。」
「できれば、あと何人か手が欲しいところじゃが……」
「いや勘弁して下さいジンベエ隊長、俺らも命は惜しいです」
ジンベエと偶然目のあった船員が、ぶんぶんと千切れそうな勢いで首を横に振った。
王や王妃の人柄を慕い、敬う気持ちはある。
しかし旭に所属して長い彼等にとって、頭領はそれを上回る敬慕と、畏怖の対象だ。頭領の邪魔をするなど、国が滅ぶことになってもごめんだというのが正直なところだった。わざわざ見える地雷を踏みになどいきたいはずもない。一時帰省とはいえ、せっかくの里帰りなのだ。海賊だって平和を満喫したい時はある。
結局、竜宮城へはとタイガー、リプラ、ジャブラとジンベエの五人で赴く事になった。
「くっそてめぇアーロン、楽な方に回りやがって……」
「いつまでもウダウダうるせぇなジャブラ。
おれァあのバカ共に話つけなきゃならねぇんだよ、文句あるならてめぇも残りやがれ」
「バカ野郎、頭領の制止役これ以上減らすと戦争になるだろうが!!!!」
「おめェ何気に良識人だよな」
くわっと目を剥いて怒鳴るジャブラに、船員の一人が呆れ混じりにしみじみ呟く。
ぎゃあぎゃあと騒ぐジャブラとは対照的に、兎耳をしょんぼりと萎れさせて、リプラが「骨は拾ってほしいでちー……」と遺言染みたことをのたまった。哀愁漂うその背を代わる代わるに叩きながら、船員達が「まぁまぁリプラ隊長元気出して」「宴会用意して待ってますから」「生きて戻れますよって!」と励ます。
「しかし、電伝虫が壊れて連絡がとれんようになったのは問題じゃな」
「大丈夫っすよジンベエ隊長、この程度なら半日もありゃ直せますから」
「ふむ。まあ、そうそう必要になるとも思えんが……定時連絡までには頼む。
時間に遅れると、本船に戻った後が怖いからな」
「ははは、確かに方々からねちねち文句言われそうっすよねー。
任せといて下さい副長、それまでには間に合わせてみせますんで!」
船員と住人達、そしてコトロの「怪我人出さずに帰ってくるぬー!」というある意味切実な見送りを背に受けて、一行が魚人街を離れ、本島へと出港する。遠ざかる船に一抹の不安を抱きながらも踵を返したアーロンの裾を、誰かが遠慮がちに引いた。
振り返れば、そこにいたのは水晶玉を抱えた妙齢の人魚だった。
フードを目深にかぶってはいるものの、その面差しは何処か神秘的な美しさを備えている。
数年ぶりの再会。しかし、元々さして仲の良い兄妹だった訳でも無い。それでも、何処か思いつめたような表情を見せる異母妹に、アーロンは彼にしては珍しい、穏やかな声音で問う。
「どうかしたか、シャーリー」
「……兄さん。あの船長さん、大丈夫よ、ね……?」
「? 何が心配か知らねェが、大丈夫に決まってんだろ」
不安げな妹にそう断言してみせれば、憂いの残る表情で、それでもシャーリーはほっとしたように破顔した。
素直に頷いてみせる妹の頭を軽く撫で、仲間の下へと向かう。
旭の仲間達と軽口を叩き合う兄の背中を見やりながら、彼女は水晶玉を抱え直して呟いた。
「……そうよね、よく知ってる兄さんが言うんだもの。外れるわよ、ね」
■ ■ ■
魚人街を冬の海に例えるなら、魚人島の本島は南国の海だろう。
陽樹イヴから差し込む光を受ける、サンゴ礁の岩場と海水の道、幾重にもかかった虹、そして異国情緒溢れる建物。それら全ての要素が色鮮やかに調和した街並みは、見る者の感嘆を誘う美しさだ。雑多で無秩序な、薄暗い魚人街とは全く違う。しかし普段であれば目を奪い、感動の声を上げさせたであろう美しい道のりは、残念ながら意識される事すら無かった。
それは竜宮城の、壮麗な佇まいもまた同じこと。
――“覇王色の覇気”には、使い手の特色が現れる。
王の資質。カリスマ。そうとも呼べるこの覇気は、敵対の意思を以って発現すれば、他者を威圧し、場の空気を掌握する事を可能とする。そしてこの“覇王色の覇気”、誰にでも扱えるものではないからこそ、担い手の資質が色濃く反映されていた。
首筋に。頸動脈にひたりと、死神の鎌をあてがわれているような心地がして、リプラは両手で喉元を押さえる。足元から背筋に這い上がる冷気は錯覚だろうか。彼女達は対象外のはずだというのに、余波だけでも生命の危機を感じさせるには十分すぎた。ぼわり、と我知らず尻尾が膨らみ、全身が総毛立つ。
“旭海賊団”頭領、――その“王の資質”を表すとすれば、誰もが口を揃えて“死の王”と評するだろう。色濃く凝固した、濃密な死の気配。立ち塞がるものすべての命を狩り尽くす、支配者のあぎと。
生者を、呼吸を、鼓動を許容する事の無い。骸を積み上げる虚ろの王。
非公式の会見。だからこそ、人材は厳選したのだろう。
限られた者だけが入る事を許された謁見の間に、白目を剥いた兵士達が一斉に倒れ伏す。
虚しく武器が床と擦れ合う音の響く中、蒼白になりながらもネプチューン王が妻を背に庇って前に出て見せたのは見事と言うより他無かった。愛の力でちねぇ、と半分意識を飛ばしながらリプラは遠い目になる。
当然というべきか、の行動へ真っ先に苦情をつけたのはタイガーだった。
「! 大人しくしていてくれと言ったろう!?」
「……ちょっと、おどかしただけ」
「いや頭領、結構本気で威圧したろ今!」
心臓を押さえながらジャブラが横合いから鋭い突っ込みを入れる。
余波だけで死を意識するだけの覇気。それが“ちょっと”などという可愛らしいものであるはずもない。覇気が収められ、心なしか美味しく感じる呼吸を全力で堪能しながらリプラはこくこくと頷く。
「今のはおもいっきしケンカ売ってまちたぁー……。
ごめんなさいでちー。副長から聞いてるかもですけど、うちの頭領とにかく王様とか貴族とか大っ嫌いなんでちよー! 人格性別年齢種族問わずでそういう相手容赦なく殺す悪癖があるだけでぇ、特に含むところはないから許してあげてほしいでちぃいー!」
「リプラ頼むからお前さんも黙っとってくれ! 余計に話がややこしくなる!!」
「がぴょーん! 心外ですジンベエちゃん、あたちフォローしてまちたよ!?」
「恐怖しか煽らん発言じゃったわ阿呆! 申し訳ない国王、オトヒメ王妃……!
日頃荒くればかり相手にしておるのもあって、頭領はちいと加減を知らんだけなんじゃ! 決して、敵対しようなぞという気がある訳では無くての……! 無作法、許してやってもらえんか!」
「そうそう、ジンベエの言う通り!
あんたらと戦争する気はねェんだ、非公式な場での無礼ってな事で水に流しちゃくれねェか!?」
「謝って済む問題ではないと思うが、本当にすまない……!」
上司の無法を必死で弁明して謝り倒す部下達を尻目に、やらかした当のは知らんぷりしている。
普段通りの無機質な無表情。しかし何故か、今だけは「わたしなんにも悪くないもん」という無言の主張だけはきっちりと四人に伝わっていた。反省の色がまるで無い。
威圧しても殺しにかかっていない辺り、としては破格の対応と言えなくもない。だがしかし、そんな理屈が初対面の相手に通用するはずもなく。タイガー達の謝罪に耳を傾けながらも、戦闘態勢を崩さないネプチューン王。実力差を肌で感じているのだろう。いざとなれば、せめて妻だけでも――。そんな悲痛な覚悟さえ伺える面持ちで鋭くを見据える夫を押さえ、色を失った顔で、それでも気丈に背筋を伸ばしたオトヒメ王妃が前へと出た。
「! オトヒメ、下がっているのじゃもん!」
「いいえ、あなた。タイガーに無理を言って、彼女達を竜宮城へお招きしたのはこちらですもの。
こうして応じて下さったのに、怖い顔で睨み合っているのは良くありませんわ」
「王妃……!」
「ごめんなさいね、タイガー。船長さんが王族嫌いだから、こうして会わせるのを躊躇っていたのでしょう?
配慮や、覚悟が足りなかったのはこちらの方だわ」
血の気の無い顔で、それでも微笑んでみせた王妃がの前に立つ。
硝子玉から底無し沼へ。無機質な眼差しが、泥土そのままにでろりと溶けて澱みを湛える。青磁色の瞳の中で、くろぐろと渦巻きながら燻るのはまじりけない嫌悪だ。舌打ちのひとつも零しそうな、ともすれば、目線だけで魂を絡め取って深みに沈めるような、そんなぞっとする眼差しだった。覇気こそ纏わないが、空気で拒絶を示すの目を真正面から見据えて、オトヒメ王妃は眉尻を下げる。
「ごめんなさい。こんなふうにお呼びたてすること自体、あなたにとっては不快な事なのでしょう。
それでも――タイガーの顔を立て、嫌々であってもこうして足を運んでくださった事。
その点について、この国の“王妃”ではなくタイガーの古い友人の妻として。“オトヒメ”個人として、まずお礼申し上げますわ。……来て下さって、ありがとう」
「王妃……!」
過ぎる程に寛容な言葉に、ジンベエが顔をぐしゃりと歪めて唇を噛む。
強張った顔のまま、はっとしたようにタイガーはを抱き寄せて、オトヒメ王妃に向かって頭を下げる。
「ご厚情、言葉も無い。……非礼をお詫び申し上げます、オトヒメ王妃」
「どうか謝らないで、タイガー。あなたがいるからこそ、船長さんはこうして会いにきて下さったのだもの」
動くな、と言わんばかりにがっちり肩を抱かれ、半ばコートに埋もれる形になったは微動だにしない。
どろどろと濁った瞳は既にオトヒメ王妃を見ていなかったが、産まれついて鋭い“見聞色の覇気”を備えたオトヒメ王妃は、の意識が彼女から逸れてはいない事を読み取っていた。
の撒き散らした、濃厚な“死”の気配。
戦う者ではないオトヒメ王妃にとって、それは正しく恐怖の対象だ。当然だろう、誰だって死にたくはない。
それでも恐怖を捻じ伏せて、オトヒメ王妃は誇り高く背筋を伸ばして胸を張る。奴隷解放の英雄に――誰もが目を背けてきた間違いに、真っ向から否を唱えて抗い続ける“人間”の前で、無様な姿を晒さないように。
躊躇いなく深々と頭を下げてみせた王妃に、ぎょっとしたようにネプチューン王が「オトヒメ!?」と叫ぶ。固唾を飲んで成り行きを見守っていたリプラとジャブラが目を点にした。
夫に返事をする事無く、オトヒメ王妃はそのままに向かって続ける。
「そして――この国に住み、この国を愛する住民のひとりとして、感謝を。
……不当な扱いに傷付いていたかれらを助け、庇護して下さってありがとうございます」
「顔を上げてください、オトヒメ王妃……!」
困り果てた様子のタイガーとは対照的に、「いや、オトヒメの言う通りじゃもん」とネプチューン王が重々しく頷く。
「天竜人にケンカを売って彼等を助け出す事など、わしらには到底できぬ事じゃった。
考えてみれば、世界にケンカを売った者がわしらのような権力者に好意的でないのは当然の事じゃもん。
呼び付けた非礼を詫びよう。そしてオトヒメと同じく、この国に住む住人のひとりとして。王ではなく“ネプチューン”個人として、おぬしに礼を言おう。皆を、助けてくれてありがとう」
オトヒメ同様、深々と礼をする王の姿に「やめてくれ!!!」とタイガーが半分泣きの入った悲鳴を上げる。
信条ゆえに気軽に城下へ降りていく王妃とは違い、ネプチューン王はその地位の重みをよく理解している。若い頃はともかく、フットワークの軽い王妃のぶんまで王家の威厳を担っているネプチューン王が頭を下げるなど、早々あって良い事ではない。元々この国の民であり、王宮に仕える兵士でもあったジンベエなどは、もはや両手で顔を覆って身動きもしない。「しっかり! しっかりするでちよジンベエちゃん!? 正気に戻るですー!!」と叫びながらリプロがジンベエを揺する。
ジャブラがあーうーと唸りながら、後ろからこっそりとを小突いた。
「頼んます頭領、もうなんでもいいから場ァ収めて下さいよ……!」
「……。」
ちろ、と一瞬だけの目線がジャブラの方を見る。
「……いい。タイガーたち、困ってる」
そこはかとなく嫌そうな雰囲気を漂わせながら、が口を開く。
タイガーの予想通り、そこには愛想のあの字もなかったが、それでもオトヒメとネプチューンが頭を上げる。
正気付けとばかりに往復ビンタするリプラに「ええ加減にせんか!」と怒鳴るジンベエ、胸を撫で下ろすジャブラ。そして、タイガーに肩を抱かれてコートに半分埋まったを見て、オトヒメは口元に両手をあてて、嬉しそうにふふふと笑う。
「みなさん、仲がよろしいのね」
「…………。」
「あなた方の関係は、私にとって理想そのものですわ。どうかこれからも、皆をよろしくお願いしますね」
「……わたしの船員だもの。言われるまでも、無い」
「ふふ。そうですわね、ごめんなさい。――でも、本当にありがとうございます」
向けられた慈愛の眼差しに、が無言でタイガーのコートの中へもぐりこんだ。
「…………もどる」
「あ、あー……待て分かった。分かったからコートから出ろ。待て腰にしがみつくのはやめろ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎながらもを強引に引きはがそうとはしないタイガーの様子に、オトヒメ王妃とネプチューン王は顔を見合わせて微笑む。リプラがジャブラに向けてぐ! と親指を立てた。一転して緩んだ空気に、ジンベエがじんじんする頬をさすりながら胸を撫で下ろす。
「!」
「?」
ふと。
が、弾かれるようにしてコートから顔を出した。
「失礼します!」と挨拶もそこそこに、兵士らしき魚人が転がるように入室し、入れ替わりに影が走った。
弾丸のように飛び出して行った頭領の後を追って、リプラとジャブラが同時に駆け出す。
「っすまんジンベエ、任せる!」
「分かっておる!」
先を行った三人を、少し遅れてタイガーが追う。
もし、を止めようとするのなら、それができるのはタイガーをおいて他にはいない。
「何事じゃもん!」と王に鋭く問い質され、兵士は床に這ったまま、喘ぐようにして答えた。
「海軍の軍艦が、入り口を強引に突破して――何の間違いでしょうか……て、天竜人がいます……!!」
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