旭海賊団頭領“リトル・モンスター”のペット、クイックは獰猛だ。
自身のテリトリーを犯す者に容赦は無く、クイック単独で沈めた海賊船、海軍船の数はもはや両手両足の指の数よりも多い。最近ではついに賞金首になるに至った。掛けられた懸賞金の額は三千万ベリー。ただのペットに掛ける額としては破格極まりないが、船員達は「クイックだしなぁ」と納得と共に頷き合ったものである。
「運が悪かったのう、若いの」
なので、不運にもクイックのテリトリーを犯してしまった小型の戦艦が沈められたのも、その持ち主兼乗務員の青年が頭領の手で救出されたのも、旭の船員達にとってはまぁ、珍しくはない光景だった。
「むしろ運が良かったのではないかしら?」
「そうね。頭領が一緒にいなかったら、今頃クイックの胃袋の中だもの」
同情気味なジンベエの言葉に、サンダーソニアとマリーゴールドの姉妹がケラケラと笑い合う。
診察を終えた医療部隊のアラディンが、感心したように腕を組む。
「五体満足、傷らしいのもかすり傷のみ。随分と悪運強いものだ」
「餌と玩具に関しては譲らないものね、クイック」
「マクロなんて、賞金稼ぎの首の取り合いで危うく腕をもがれるところだったわよね!」
「あらソニア姉様、それアーロン副隊長じゃなかった?」
「違うわよマリー、頭領がお姫様抱っこで助け出してたから良く覚えてるもの」
「それは忘れてやってくれんか……」
衆人環視の真っ只中、自分より遥かにガタイの良い男をお姫様抱っこで甲板に降り立ったの勇姿は女性陣に大ウケだった。男連中にとっては主に笑い話の種となったが。なお、身内にさんざいじり倒されからかい尽くされたマクロはしばらく引き籠った。合掌。
「なんであんなスーパーにヤベェもんペットにしてんだ?」
診察を受けていた青年が、渋面で心底不可解そうに問う。
それに姉妹とジンベエ、アラディンは顔を見合わせて、「さぁ? 知らないわ」「頭領だからじゃないかしら」「戦力である事は否定できんしのう……」「なんだかんだで最古参だからな」とそれぞれに答えを返す。
「オイオイ、そんな曖昧でいいのかよこの海賊団」
「うふふ、失礼ねぇ。いいのよ、頭領には従順だもの」
「毎日互いの上下関係を叩き込んでるからなぁ」
「スーパーだな!?」
驚く青年の言葉に同意するように、汽笛の音が高らかに響く。
それを聞きつけた船員達が歓声を上げ、我先にと船の縁へと走り、押し合いながら身を乗り出した。
勢い余って船員が何人か海に落ち、どっと笑い声が上がる。
その様子を見守りながら、ジンベエが走り去る海列車の姿に目を細めた。
「何度見ても壮観じゃのう」
「もう! じゃんけんで負けなきゃ一回くらいは乗れたのに!」
「仕方ないさ。また次に来た時にでも乗ればいい」
頬を膨らませるサンダーソニアに、アラディンが苦笑いして肩を竦める。
未知の技術、未知の乗り物。このウォーターセブンに到着してからというもの、海列車が旭の船員達の話題に上らない日は無かった。一度乗ってみたい! と興奮しきりな船員達の間で行われたじゃんけん合戦、それによる海列車乗車券の奪い合いはそれはそれは苛烈なものだったのだ。海列車のためだけに、滞在期間の延長を頭領に懇願する姿まで見られたほどである。
「おっ! ひょっとしてアンタら、海列車目当てで来たのか!?」
「メインは船の改修よ。まあ、みんな大盛り上がりなのは確かなんだけど」
「へーほーふーん! そうかそうか! そうかァ!」
「? ずいぶん嬉しそうだな」
「あったりまえだ! 海列車はうちの会社――トムズ・ワーカーズが作ったんだからな!!」
自慢げに、誇らしげに青年、フランキーが満面の笑みを浮かべる。
一瞬の沈黙。甲板に、驚きの絶叫が木霊した。
■ ■ ■
そしてその頃、頭領のはというと。
「たっは!!! !!!…… !!!…… !!!……
うちの連中全員まとめて欲しいたぁ、“旭海賊団”の船長殿は剛毅だ!!!」
「笑いすぎだよトムさん、何がツボに入ったんだい」
ウォーターセブン“橋の下倉庫”、トムズワーカーズ本社にて。
大爆笑するトムに、秘書のココロが苦笑いする。
今や押しも押されぬ大海賊、天下に悪名轟く“旭海賊団”を前にしての通常運転っぷりに顔を引き攣らせるアイスバーグを余所に、ちょこん、とお人形のように座ったはこて、と小首を傾げて一言。
「だめ?」
こちらも当たり前のように通常運転だった。
隆々と逞しい太腰に四本の手をあて、“旭海賊団”の船大工及び技術者達を束ねる隊長のロートは、グロスでてらてらと艶めかしい唇をつん、と尖せて可愛らしく(?)怒りを見せる。
「もぉおー。ちょっとミスタ・トム、アナタってば笑いすぎよぉ!
うちの頭領自ら勧誘なんて、滅多に無いんだから! 待遇はバッチリ、みんな大事にするわよぉ!?
今ならうちの隊トップの座もつけちゃうんだからぁ!!!」
鼻息荒くまくし立てるロートの言葉に、ぎょっとしたのは同席していたタイガーだった。
広大なグランドラインを彷徨うような、あてどない航海。その漂泊の旅路をこれまで切り抜けてきた自負があるからだろう。旭の船大工達はトップのロートを筆頭に、己の腕前にそれぞれ誇りを持っている。いくらロートの推薦といえど、ぽっと出の新人を隊長に据えようものなら大荒れは必至だ。
「待てロート、勝手に何を言い出すんだお前は!?」
「だまらっしゃい副長! 世界一周した海賊王の船、オーロ・ジャクソン号を作った船大工よぉ!
そのくらいの待遇でお迎えするのが礼儀ってものだわ!! 船大工なら全員納得するってものよ!?
ね、いいでしょ頭領!! 他の隊長連中はアタシが黙らせるから、ね!!!」
玩具をねだる幼児のような勢いだった。
至近距離で暑苦しいほどの熱意を込めて説くロートに、はちらり、と凪いだ視線を向け。
「ん。」
「ほら頭領のお墨付きー! さすが頭領気前が良いわぁ!! ね、ね!!
だから是非来て頂戴すぐ来て頂戴荷物纏めたりやりかけのお仕事あるなら手はウチの連中からいくらだって貸し出すからぁ~!!!!」
簡潔な許容の言葉に、今度は縋り付かんばかりの勢いでトムに迫り始めた。
「ンマー……すごい食い付きだな」
「うちのが申し訳ない」
「ココロさん特製ココアのお代わりはいるかい?」
「ん。」
いっそ恐怖すら覚えるロートの姿にドン引きを隠さないアイスバーグ、両手で顔を覆って暗雲を背負うフィッシャー・タイガー。は気にする様子も無く、ココロにココアのお代わりをついでもらい、カップを大事そうに両手で抱えてちびちびと飲んでいた。同情気味に、アイスバーグがそっとタイガーの肩を叩く。
「たっはっは!! せっかく誘ってもらっとるのにスマンが、ワシらはまだ海列車の線路を引く一大事業の真っ最中でな! 乗るわけにはいかんな!」
「やぁんあの海列車ミスタの作品なの!? 素敵! ワンダホー!! 浚っちゃいたい!!!!」
「ロート、め。」
「ごめんなさい頭領ぅうううンッ!!」
舌なめずりして危険な台詞を吐くロートを、が嗜める。
二つの手で両頬を抑え、残り二本の腕で自身の肩を掻き抱いて床をくねり転がるその奇行にうなだれながら、「うちのが、本当に、申し訳ない」とタイガーがげっそりした様子で謝罪した。
つい、と上げられた凪ひとつ無い湖面の瞳が、トムを見据える。
「仕事」
「ん?」
「終わったら、乗る?」
居心地悪そうに視線を逸らし、トムが困ったように頬を掻く。
「うーん……ワシもそう若くないからなァ。それに、ワシはウォーターセブンが好きでな!
せっかくのお誘いだが、遠慮しておくよ」
「そう」
「なーに、うちには可愛くて優秀な弟子が二人ばかりいるからね!
忘れてなけりゃ、海列車の線路を引き終わる二年後にでも口説きにきてやっとくれ!」
「ココロさん!?」
カラカラと笑いながらウインクしてみせたココロに、アイスバーグが目を見開く。
二年後。それはトムが言い渡された、“海列車”の開発期限だ。
確かに二年後であれば線路は引き終わっているだろう。トムが問われている“海賊王の船製造”の罪、その“免罪”を賭けての“海列車”開発。もしも達がまた来るとすれば、その頃には結果も出ているはずだ。アイスバーグ達の心配も解消されているだろう。だが、だからといって何故それを喋ってしまうのか。思わず恨みがましい目で睨むも、当のココロは涼しい顔だ。「二年」とが反芻するように呟く。
「考えておいて。ね」
「……~っンマー! 考えるだけだからな! 断っても文句付けるなよ!?」
上目使いに見詰めてくる可憐な姿から目をそらし、アイスバーグがやけっぱちのように叫ぶ。
その様子を生温かい目で見守りながら、タイガーとロートは賢く口を噤んでおいた。見た目詐欺の現実など、勧誘予定の若者にあえて聞かせる事もないな、と思ったので。
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