“リトル・モンスター”に対する世界の評価は、おおよそ二分されている。

 大半は天竜人への反逆者、生まれながらの犯罪人、無法者を率いる大悪党。
 しかし他方、逆境にある者たちにとっては奴隷解放の英雄、弱者にとっての救世主、自由のために戦う革命者。
 忌まれ、恐れられるその一方で、彼女は熱狂的に支持され、待ち望まれている。
 破竹の快進撃を続ける旭海賊団が名を挙げるたび、一団を率いるリトル・モンスターの名も影響力も、運だけの小娘と侮っていた者達の思惑を遥かに上回って膨れ上がっていた。世界政府が危機感を抱くほどに。

 だからこそ、男が送り込まれる事になったのだが。

「なんだ、また劣等種の新入り候補かよ」

 初対面、開口一番で吐き捨てられたのは容赦ない侮蔑だった。
 あからさまに見下した発言に、乗船希望の男達がにわかに殺気立ち、彼の額にも青筋が浮く。
 しかし、生来気が長いとは呼べない彼の怒りが爆発するよりも、暴言を吐いた魚人と共にいた老人が動く方が早かった。ごぃん、と硬質の打撃音が港に響き、魚人が痛みに頭を抱えてのたうちまわる。

「相手の種を理由に軽んじるな。身を滅ぼすぞ、馬鹿者め」

 見るからに重たげなライフルを軽やかに一転させ、老人は涼しい顔でそれを背へと戻した。
 猛禽を連想させる鋭い眼差しが、彼を含めた男達を観察するように一巡する。男達が気押された様子で後ずさるのを感じたが、そもそもがゴロツキの寄せ集めである。
 知らぬ仲という訳でもないが、彼がそれに歩調を合わせる理由があるはずもない。

「あ゛? なんだ、やんのか?」

 挑発的に睨み返せば、老人が意外そうに片眉を跳ね上げる。

「……ふん。またコレと同類の軽薄なチンピラばかりかと思ったが、悪くないのもいるな」
「ちょ、テール爺さんひでぇっすよ!」

 多少感心した風のコメントに、男達の先導をしてきた青年が涙目でくってかかった。
 彼にとって、先導役は旭海賊団に潜入するため、何ヶ月も駆けずり回ってようやく得た伝手である。神妙に沈黙を守ったが、内心では老人の意見に心から同感だった。
 なにせこの先導役、ここしばらくの苦労があほらしく感じられるほどに扱いやすかったので。
 ぎゃんぎゃんと抗議する先導役に一瞥すらくれることなく、老人は愉快そうに彼の顔を覗き込んだ。

「肉壁要員なぞ要らんが、お前は見所があるようだ」
「へぇ。そりゃ嬉しいね」

 相手の実力を測れない程度には鈍感に、しかしただのゴロツキとは一線を画す程度にはふてぶてしく強かに。
 掴みは悪くないようだ。確かな手ごたえを感じながら、にやりと悪どく笑ってみせる。

「おれそんな軽薄じゃないぜ!? これでもけっこう考えてるし、地元じゃブイブイ言わせて、」
「喧しい」

 ごぃん、と再度打撃音が響き、先導の青年も地に沈む。
 のたうち回る約二名を呆れた様子で突きながら、小人族の男が老人に問う。

「で、どうするぬ」
「これなら構わんだろう、己れが乗船許可を出す」

 その一言に、共に青年について来たチンピラ達がにわかに沸き立つ。
 この会話の流れで何故、自分達が乗船できると思えるのか。先導役同様、随分と軽薄な頭をしているらしい。
 当然ながら老人の意図を正確に汲んだ小人族の男は、少しばかり感心した様子で彼の顔をしげしげと眺める。

「へー、テール爺さんのお眼鏡に適うのはレアだぬぅ。でも全員、じゃあないんだぬ?」
「当然だ。おい、お前」
「なんだ、ジジィ」

 必要とあれば相応の所作も行えるように仕込まれてはいるが、彼に今回求められているのはあくまでも“海賊団の名高さに惹かれてやってきた、海賊志望のゴロツキ”だ。
 ある程度の腕っぷし、肝の太さは今後旭で成り上がっていくには必要不可欠であるが、あまり強すぎれば無用な警戒を呼びかねず、かと言ってあまり実力を隠しすぎれば成り上がるのに支障が出る。
 何事もさじ加減が重要だと、彼はよく理解していた。
 とある同僚などには面と向かって「意外と頭が回るチャパー」とか言われたものである。

「ふん。口の利き方がなっとらんが、まぁ良いいだろう。着いて来い、頭領と副長に面通しさせてやる」

 何処となく満足そうに鼻を鳴らして、老人が踵を返す。
 他の男達など眼中にないと明確に示す背に、さすがに自分達が“不可”の烙印を押された事に気付いたのだろう。
 怒りにか屈辱にか、顔を真っ赤にして男達がくってかかる。

「おい、待てよジジィ!」
「俺達はわざわざ旭に加入しに来てやったんだぞ!」
「仕切ってんじゃねぇぞオラ!」
「ジジィなんぞお呼びじゃねぇんだよ!」

 この状況で待てと言われて待つはずがないし、会話を聞いていればこの場で決定権をもっているのが老人だという事くらいは推察できそうなものなのだが。そもそも、男達には自分が査定される立場であるという認識自体薄いらしい。まぁ、いくらグランドラインとはいってもそれなりに平和な国だ。この手のゴロツキはどこにでもいる。

「……っるせェな、頭に響くだろうがよ」

 側頭部を擦りながら、のっそりと起き上がった魚人の男が手近にいた男の頭をわし掴んだ。
 状況を理解していない男達を気遣うことなく、そのまま容赦のない動きで顔面から地へと叩きつける。
 盛大に鼻血と折れた歯を撒き散らしながら倒れ伏した男に、ゴロツキ達が奇声に近い叫びを上げながら殴りかかっていく。手慣れた様子で先導役を蹴り起こしながら、老人が嬉々として暴れる魚人の方へ顎をしゃくった。

「丁度いい。お前もあいつらをのして来い」
「あん?」

 力量差は歴然だ。自分が手を出すまでもなく片付くのは目に見えている。
 意図を測りかねて首を傾げれば、返って来たのは小馬鹿にしたような冷笑だった。

「何だ。出来んとでも言うつもりか?」
「はっ! 上等じゃねぇか!」

 発言は挑発だったが、目は観察する者のそれである。
 成程、どの程度動けるかの小手調べか。潜入する上での設定を考えても乗っておくべきだろう。
 ふてぶてしく、余裕すら漂う表情で笑って見せて、彼は乱闘の現場へと突入した。

「このジャブラ様の実力、目ぇかっぽじって見とけよジジィ!」



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