“リトル・モンスター”、聖地マリージョア強襲。

 この一報が海軍に到達したのは、既に聖地に火の手が回りきった時分の事であった。
 対応が後手に回ったのは、無論主犯である少女の仕込みによる部分が大きい。
 襲撃した当人に生への執着は無かったが、敵である天竜人を弄り殺したいという程度の願望はあったのだ。
 早々に海軍に来てもらっては困る彼女が、まず警護担当者の詰め所を地盤ごと沈めて圧殺して連絡網の切断を行ったのは、当然といえば当然の成り行きだろう。そもそも襲撃の一報が届いた時点では、犯人がかの“リトル・モンスター”であるという情報どころか、概要すら不明という有様であった。
 事態の委細が判明するのは被害者の収容や聴取時点での出来事である。
 ともあれ、その時点では襲撃の報しか伝達されておらず、とりあえずは慌てて現場へ急行した海軍が目にしたのは、炎上するマリージョアとまさに脱出せんとする巨大なガレオン船だった。
 天竜人の船かと思いきや、甲板にあるのは奴隷らしき姿ばかり。

 海軍に油断は無かった。だが、強行軍であったがゆえに万全では無かった。

 敵である事を理解した時には駆けつけた第一陣はことごとく沈められ、しかし重軽症者は数多くとも、死者は全体の約二割。これは“リトル・モンスター”が戦闘でなく逃亡に主を置いた結果であり、事実、マリージョアに駐留していた世界政府直下の警護兵はその七割強が黄泉路を辿っている。
 それは天竜人にも言えることであり、大半が襲撃のどさくさに紛れで奴隷から暴行を受けて重体、もしくは死亡。
 まったくの無傷と呼べる者はほんの一握りだけであった。
 いくら世界政府といえどもこれだけの大失態を隠し通す事は難しく、また、人心地ついて復讐心を燃えたぎらせた天竜人を抑える事が不可能であった事も相まって、“リトル・モンスター”は初頭手配の時と同様、世界を大きく震撼させるのだが、それはまだ少し後の話である。


 さて、一方まんまと天竜人及び海軍から逃げ切った奴隷達である。
 必死の逃亡劇の末、噛み締めた解放の喜びが過ぎ去ってみれば、よぎるのは今後に対する不安であった。
 それは仕方のない事だろう。奴隷生活から抜け出したとはいえ、奴隷であったという事実は一生涯ついて回る。
 刻印さえ隠し通せばいいという話ではないのだ。
 例えば故郷に戻ったとしても、今までどうしていたのかと問われでもしたらどうすればいい?天竜人の奴隷だったけど逃げ出してきたと? 答えられるはずもない。奴隷の逃亡は罪となる。
 それが世界貴族、悪名高い天竜人の持ち物となれば、一族郎党、悪くすれば村までも類は及ぶ。
 そもそも、奴隷には元海賊といった犯罪者や、身内に売られてきた口減らしの部類の子供も存在する。
 行き場のない者は多かった。平穏な暮らしなど、望めるはずもない。
 奴隷達が暗い将来への展望に陰鬱な空気すら漂わせ始めた頃、彼らにとっての解放者である“リトル・モンスター”は、極めて明快かつ簡潔に、解決策を提示してみせた。

「なら、海賊になればいい」

 原作の模倣である。

 だが現実問題として、それが最善の手であった。
 これだけの大人数をまっとうな手法で食わせていくのは難しい。
 “リトル・モンスター”にとって彼等の今後を世話する事は自身の為した行為に対する後始末である。
 そもそも彼女にはやりたい事など最早ない。自身の価値となると宣言してみせたフィッシャー・タイガーが実質的に奴隷のまとめ役のような立ち位置になっている以上、見捨てるという選択肢は存在しなかった。
 追われる人生であるのは今生においてのデフォルトである、敵が増えて強くなる程度気にするはずもない。
 それに、利点はまだある。海賊の象徴である刻印だ。
 こちらも原作の模倣だが、戦闘員非戦闘員の区別なく、船員すべてに奴隷の烙印を覆い隠す“タイヨウの刻印”を刻み込む事で誰が奴隷であったかをわからなくできる。
 現状で船員はすべて奴隷出身であるが、海賊として名を上げていけばいずれ一味への加入希望者も出るだろう。
 そういった者たちを受け入れていけば、いずれ元奴隷が誰かがは判別できなくなる。
 場合によっては遭遇する者すべてに手当たり次第で焼印を入れる事も辞さない構えであった。
 無論、その辺りまでは口に出さなかったが。

 彼女の提案は多少の議論はあれど、おおむね受け入れられた。
 特に焼印に関しては、誰もが賛成を表明した。忌まわしい記憶しかない奴隷の烙印など、さっさと塗りつぶしてしまいたいというのが全員の総意である。まっとうな感性と言えよう。
 海賊になる事についても、元一般人から不安の声が漏れたが、基本的に追手の海軍や遭遇するだろう賞金稼ぎ、海賊から略奪し、普通の町からはできる限り強奪しない、という方針で落ち着いた。
 基本としては、原作の流れをなぞった展開である。

 けれど、すべてがそのままではない。

 解放者が違う。被害が違う。なにより、逃げ出した奴隷達は離散する事がなかった。
 戦える者も弱い者も、人間も魚人も小人も巨人も手長族もありとあらゆるすべての者が等しく平等に区別なく、“リトル・モンスター”の庇護下となった。
 そして、奴隷解放の主導者である少女は、海賊団の名をあえて原作とは違ったものにした。
 それはいずれ“タイヨウの海賊団”が離散する運命にあると知るからこその、規定された道筋に対する反抗心だったのかも知れない。刻んだ“タイヨウ”が二度と沈まぬようにと、少女は自分達の海賊団に名をつけた。

 旭海賊団。

 世界でも数少ない、多種族混成の海賊団。
 数多の海賊達の中でも異彩を放つ、いずれ遍くその名を轟かせる一味の誕生だった。



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