カームベルトに勢いで飛び出してから、体感予測で約三年半。
時に必死でオールを同時操作してその場を逃げ伸び、明確な死を幻視する事も数え切れないほど。
そんな中でミニが得たのは多くの経験と、海王類は確かに“王”と呼ぶに値する生物であるっていう実感。
最初はその大きさこそが王と呼ばれる所以だと思ってたけど、実はでかいだけじゃなかったみたい。
人間と一緒で海王類にも個人差があって、カームベルトを進めば進むほど、その戦いや狩りは、巨体でありながらも巧妙なものになったから。たぶんグランドラインに出没するような海王類って、このカームベルトにあっての弱者なんじゃないのかな? あと純粋にでかいは強いのです。アリではゾウに勝てないのです。戦闘力インフレな世界でも、ミニはまだインフレできないのです……サンタさんチートくれないかな。
だって、一昼夜戦い続けて、なおも勝負のつかない奴がいた。
気付けば気配もなく片腕食いちぎっていった奴だっていた。
マンガで誰だったかが、逃げ傷は恥だと言っていたがミニはそうは思わない。
だって、ミニは自分の弱さを知っている。絶望的に、圧倒的に、力が足りないと知っている。
逃げなければ死ぬ、そんな状況下で戦うなんて愚の骨頂。死んだら終わり。
蛮勇は勇気じゃない。少なくともミニの人生の中、逃亡は恥じゃなくって選択肢で、ミニを笑いながら踏み躙れる奴らに膝を屈さずに済む、最良で最高の一手だった。
最初に乗っていた船が、寄ってたかって破壊しつくされた時には泣きたくなったけど。
出航して半年での出来事だった、統率された海王類に初めて出会ったあの一夜、彼らの縄張りを抜け出すまで執拗に追いかけられた恐怖は今も忘れてないのです。慣れたけど。
おかげさまで海中の気配を探るのが大変に巧くなりました、どうもありがとうございます。
カームベルトの所々に島がなかったら、ミニは一年で死んでたと思う。
ぜんぶ猛獣ワールドだったけど。斬れないし打撃も効かない圧殺不能な森の主がいたりとかね、ほんとこの世界って理不尽だよね。咆哮で衝撃波が起きるとか、もうコメントしようがないの。
逃げて逃げて戦って、窮地に追いやられて死にそうになって。だけどそんな日々の中、海中からの敵、地上での敵、両方に対する戦い方も逃げ方も、どんなタイプが美味しくてどんなタイプが毒持ちで、どんな特徴を持っているのかだっていつしか理屈でなく分かるようになっていった。
実戦に勝る修行はない。退路が無い中での修業、生死を明確に意識する日々は、ミニを確かに高みへ押し上げている、んだと思う。比較対象とか無いから分かんないけど。
最近は死にかけないし航海も楽になってるし、たぶんミニは強くなってる。おそらくきっと。
昔は夢物語だった空中を走る! みたいなのも出来るようになったし。
覚えてみると便利です。海上戦ではたいへん重宝するスキルです、よく生きてるよねミニ。
「……よく生きているっていえば、クイックとの戦いにもよく生き残ってるよね?」
しみじみ呟いてみるけど、船と並走するクイックは無言。
まぁ、クイックに返答するほどの愛想は元々期待してないけど。
思えばこの海王類との付き合いも長い。
他の海王類に比べればはるかに小さいけど、どの海王類より速いからミニはこいつをクイックと呼んでいる。
二年前に出会った時には、縄張りさえ抜ければ追ってこないだろうなぁという予想したのに、何故かどこまでもどこまでもしつこく追ってくるクイックとの戦闘回数は、三ケタを超えた辺りで数えるのを止めた。
最近だと、生死をかけて戦うのはクイック相手だけになっている。
死にかけた事もあった。海に引き摺りこまれそうになった事もあった。共闘する事もあった。一緒に逃げる事もあった。殺そうとした事もあった。行動を共にしても慣れ合いはない、今でもクイックはミニが隙を見せれば襲ってくる。
仲間とは呼べない。油断もできない。
だけど。この同行者と離れる予定も、ない。
「ん、」
船底越しに伝わる違和感に、クイックから海へと視線を移す。……あれ、波がいつもより高い?
カームベルトではあり得ない光景に目を眇めれば、遠くに何処のものとも知れない船影が見えた。風を孕んで膨らむ帆。そよ風すら吹かないカームベルトではまずあり得ないから、たぶん北の海に辿り付けたんだと思うけど。
「長かったなー……」
うん、我ながらテンション低いね!
でも人間相手にする事考えると今から鬱だし、仕方ないと思うんだ。
町に入る前に、変装道具とかまともな服拝借しないとね。
……あーあ。ほんと、賞金取り消しになってたりしないかなぁ。
【 10.同行者ができました。ただし魚類。なんのフラグだこれ。】
カームベルトを出てしまえば、最寄りの島に行き着くのは拍子抜けするくらい簡単だった。
風が吹いてて魚がふつーだと、それだけでこうも順調かつ平和的に進めるものなんだね。ミニびっくり。
羅針盤よりはログポースの方が見やすいんだけどなー、でも楽にも程があるねこっちの海。緊張感抜けるなぁ。
こっそり船泊めてそこらで服とお金いくらか拝借する、そんな一連の動作に気付く人さえいないという現状!
いや見咎めらると困るけど。れっきとした犯罪行為だもん、お尋ね者の身の上だっていうのに海軍の世話にはなりたくないし。大監獄一直線とか嫌すぎる。
でも、防犯意識は緩い、なぁ……。ヴィラだと物資は奪い合いの有様だったし、ミニより年下でも武器ふつーに扱ってたから無手の、しかも戦闘の心得すらなさそうな人がいっぱいいるとかヘンな気分。
大海賊時代で犯罪者てんこもりなんだから、もうちょっと平均レベル高くてもいいんじゃないかと思うんだけど。
逆に考えるならば、馬鹿が軒並みグランドラインに突入してるから逆に平和、という可能性もあるのか。
海軍でも強いのはグランドラインとか新世界に投入されてるみたいだったしね、マンガ思い出す限りじゃ。
となると、ミニの手に負えない賞金稼ぎに見つかっちゃったりしなくても済む、かな?
「あ。」
役場か何からしい立派な建物の壁に、いくつも張られた賞金首のポスター。
新旧と取り交ぜて啓示されるその中に、昔一度だけ見た事のあるミニの手配書も混じってた。思わず足を止める。
確か奴隷として捕まって、競売行く前に撮られたんだっけ。
んー……日に褪せて茶色っぽく変色してるけど、淀んだ目だなぁこの時のミニってば。
幼児なのにろりぷにじゃなくてモヤシだよ。この写真、明らかに手配当初から更新されてないね。
派手に暴れたりとかしてないし、何気に海軍とは遭遇しないしねぇ、ミニってば。意図的に避けてるのもあるけど。
ニット帽から零れる髪を指に絡めて、手配書と見比べてみる。
長さは違うし、写真が劣化してるから微妙に違って見えるけど、この程度の差なら誤差の範囲だろう。
なんといっても当人だしね。でもそれより注目すべきポイントなのは。
「このファンタジー色だよねぇ……」
鉄色でなんとも不思議カラーだよ? 鉱物色って元の世界的な常識鑑みるとおかしいんだけど、あっちこっちで青とかピンクとかな色を見るからそこらへんマヒしてきたミニがいます。こうして人は諦めてゆくのね。
それにしても、やっぱ賞金は取り消されてないかぁ。
派手な行動してないし、死亡説も流れてるだろうからちょっと期待したんだけど、やっぱり無理だったみたいだね。
おじさん達も何十年とリトルガーデンでケンカに明け暮れてるのに、賞金取り消しになってなかったもん。仕方ないかな。
踵を返して、何食わぬ顔で雑踏の中へと紛れ込む。
海軍に遭遇してないから当然なんだけども、手配書の写真が四歳の頃から変動していないのはありがたい。
ミニ自身、日にちを数えたりしてないから正確なところは分からないけど、あれから確実に五年以上は過ぎている。
大きくなれば面立ちも変化するものだし、髪色を変えるだけでも海軍や賞金稼ぎの目は簡単に欺けるはず。
不思議と軽い足取りで必要なものを買い込みながら、お母さんにあったらやりたい事を指折り数える。
まずはお母さんにたくさん撫でてもらって、それからお母さんのご飯を食べて、一緒にお風呂に入って、久しぶりに一緒に寝よう。お母さんと新しい服も買いに行きたいし、いろんなところに遊びに行きたい。
ああでも、先に引っ越しの相談した方がいいよね。お母さん一人くらいなら守りきれる自信あるし、引っ越し先にするなら是非ともリトルガーデンがいいな。
「ぁあ? 何だテメェ」
「おぉっと!おじょうちゃん、ココ通るのならおにーさん達に通行料払ってかなきゃダメでちゅよー」
「めんどくせぇなぁ……こんなガキじゃあそうそう金にもなりゃしねぇだろ」
「オイ餓鬼、痛い目見たくなかったらさっさとぉ、お!?」
あそこなら、いざとなったらおじさん達も手を貸してくれるだろうし、うん。きっと楽しい生活になる。
とりあえず、髪を染めるのはお母さんに会った後にしよう。
恐竜さん達元気にしてるかなー?
「は、あ?」
「ギャハハハハッ! だッせー!! 空振りするとかマジでダッセェー!!」
「おいおい、お前そんなガキ相手に何やってんだ」
「うるせぇよ! オラ餓鬼、手前ェもいつまでもシカトしてんじゃねぇ、よッ!」
変なの、なんだかふわふわした気分。早く会いたくなってきたや。
故郷は無くなってからそんなに年数経ってないから、ちょっと古い海図にならちゃーんと場所も乗ってたし。
フフフ、ミニってば今でもきちんといた町の名前覚えてたんだよ!
しかもラッキーな事に、今いる町からそんなに離れてない港町だったんだ。
「うっわー二回連続で避けられるとかマジ情けねぇ」
「……おい。何かよぉ、このガキおかしくねぇか……?」
こんなに運がいいの、ロギア系な悪魔の実を引き当てた時とかおじさん達が海王類の腹から出してくれた時以来な気がするよ。小出しにしない主義にしても、せめてもうちょっとラッキーあってもいいんじゃないかと思うよミニの幸運さん。もっとサービスしてくれたっていいのよ、全体的に平穏無事に生きられるかんじで!
でもさっきの本屋さんで、『嘘つきノーランド』の絵本買ったのはやっちゃった感が否めない。
内容は一応知ってるし真相も知ってるんだけど、なんていうか一読者だった頃のこと思い出したら止まらなかった。カっとなってやった、今はちょっと後悔してる。
絵本どうしようかなぁと首を捻りながら、振り下ろされたナイフを指先で挟んで止めた。
「な……っ!」
「「「ッ?!」」」
ナイフを簡単に止めて見せたのが衝撃だったのか、目の前の男の顔色がとっても青い。
まぁ止めなくてもミニのドロドロぼでぃーに効く訳も無いんだけど。
せっかくおニューの服なのに早々に破るのもどうかと。
目線だけでナイフの人の向こうを伺ってみれば、馬鹿みたいに口を開けている男が四人くらい棒立ちしてた。
あといかにも暴行後な子供がプラスいちで転がってます。生きてるのかなあの子。
うーん、それはともあれ。
「邪魔」
ナイフへし折って足払いかけて頭を鷲掴みにしてその後ろの連中めがけてぶん投げる。
命中だった。バタバタ倒れた。誰一人起き上がらない。なんと貧弱な。
通り抜けついでに、仰向けで横たわっている子供を一瞥する。
青あざだらけだけど意識はしっかりしてるみたいで、結構強い視線でミニを見返してきた。
うむ。生きてはいるし、ちょっと顎から流血してるけど元気そうだし別にいっか。
ミニ、さすがに死にかけの子供をシカトしていくほど非道じゃないよ!
でもここの治安良いしね。普通に歩いてて銃弾が飛んでくるような場所でも無いもん。
医者に放り込んであとはトンズラすればいいとかすっごく楽でいいよね。
「まて、よ……っ!」
……ん?
スル―した後ろを振り返ってみると、さっきまで転がってた子がよろよろしながら起き上がる所だった。
助けてくれてありがとう! っていう雰囲気じゃないね。少なくとも、恩人見る目じゃないよあれ。
むしろ親の仇を見る目だよ。ミニこの子になんかしたっけ。病院に運んだ方が良かったのかな。
めちゃくちゃ足元がふらついている少年を見ながら、何の用だとばかりに見返してみる。話すのめんどいし早く帰りたい。タイムロスが惜しい気分なんだけど、今のミニ。
「おま、え………っ! 名前、は!」
……えー。
ケンカ腰で名前聞かれたよ。何がしたいのこの子。
別に名前くらい答えてもいい気はするけど、普通に教えるのもなんか癪だなぁ。
そもそもミニって今の呼び名すら本名じゃないしね。せっかくの帰郷が近い上、お母さんとの感動の再会も近いっていうのに余計な手間も時間もかけたくないんだけどなー。
まぁ食い下がられてもヤだし、通称教えとけばいっか。
あれも名前といえば名前だと思うの。海軍とか賞金稼ぎ専用のね!
「“リトル・モンスター”」
あ、気絶した。
めんどくさそうだし、今のうちに逃げちゃえ。
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