誰の願いが潰え、誰の命が消えたとしても。
太陽が昇らない日はないし、時間は何時でも流れ続ける。
龍洞での戦いの翌日。
燦々と降り注ぐ真冬の日差しを全身で堪能しながら、鼻歌交じりに着物姿の男が瓦礫の撤去作業をしていた。
もちろん、一人では無い。森のクマさん(複数)、そして森のイノシシさん(複数)が白目剥いて泡をぶくぶく吹きながら、それこそ操られるようにしてその撤去作業を粛々と手伝っていた。
半纏に股引、あと見える所にまでびっしりとホッカイロを張った男の姿は極めて見苦しかったが、本人は気にした様子もなく、至ってご機嫌そのものだ。ほとんど申し訳程度の役にしか立っていなかったが、如何にもちゃんとやってますというノリで、男はスコップを振るい続ける。
「いっやーそれにしてもすげぇ怒涛の展開だったよなー。
つっても俺、掲示板見てただけなんだけどな! いい酒の肴になったぜーホント」
作業の合間、というよりはほとんど喋る方が主になっているが、まぁそれでもあたりを付けた場所をせっせと掘りながら、男はひたすらに埋まっている相手に向けて話し続ける。
「事情知ってる連中の右往左往も面白かったしさー?
五次の時期はどうなんのかねー、確実に原作とか起きそうにねぇけどっ☆
モノ好きな魔術師組とかはその後の探りも入れるだろうがなー。
ガチな話、大聖杯作り直すくらいは考えるんじゃね?
魔術協会もなあ。原作の方でも解体もめたし、ひょっとしたら本格的にやり直しになるかもなー。で、本来の解体メンツが参加するとも限らない、と……あ、だとしたら五次はあるかも知れねぇの、かぶふぉふっ!
ぶ、ぶひゅ、うひゃひゃひゃひゃはははっ!
まーキャ、キャス、ひゅは、キャストちげぇんだろ、ひゃはは、けどっ!っひははははっ!
キャラ厨発狂! 原作厨発狂! 救済厨も怒り狂うし乖離厨とかマジ徒労ッ!!
うっわーひゅあっはははははははははやべー想像しなくてもうッけるぅー!!」
スコップを放り投げ、ひとしきり腹を抱えて転がる男。
周囲ではクマさん達とイノシシさん達が黙々と泡を吹きながら作業を続けている。
しばし転がり、ごべしッと勢いよく瓦礫の溝に嵌って沈黙したが、やがて何事も無かったかのような平然とした様子で起き上がってスコップを拾いなおした。
ついでとばかりに溝を蹴りつけるのを忘れない。
「でもさー応援してたってのはマジよ?
俺も大概フマジメだけどよー。今回の聖杯とかさぁ、くべるのが俺らの血筋なら確実に中身の書き換えとかできたと思うワケよ。大聖杯の制約とっぱらいや確実にいけたはずだぜ? 分かるだろ同胞。ここ日本だぜ? 外の悪神降ろすよりかは此処の悪神降ろす方がやりやすいだろ。ぶっちゃけ悪性存在なら種別は問わないと思うわけでぇー」
ぴたり、と男がスコップを止めた。
「おーいお前ら、ここ撤去なー。慎重にやれよー」
スコップをぽいっと放り投げ、動物達に「そうじゃねーよ」「そうそこ優しくー」と細々注文をつける。そうして撤去作業を見守り、頻繁に口を挟みながら男はなおも喋り続ける。
「………あー、何の話だっけか?
そうそう。折角だしと思ってさ―、今朝方俺も間桐に寄ってきたんだわ。
桜チャンだっけか、未来のヒロイン兼ラスボスな子。あの子にも会ったぜー!
お前のオヤジが救いたがってた奴な。
まぁアレとかさー、転生者内部向けのアピールでしかなかったとは思うけどな?
お前のオヤジまじで鬼畜かったし。ぶっちゃけ家の修業も似たり寄ったりじゃん。
何処にでも転がっている程度の地獄ーぅ☆
魔術関係な転生にはままあるおはなしでーっす☆ キラッ!なんつって。
それにあいつ、転生者以外どうでもいいって思ってんのちょー分かりやすかった!
お前ホントご愁傷様ぁひゃひゃひゃひゃははははぶふゅはははははっ」
笑いの発作が再発したらしい。それでも今度は転がらず、ひとしきり腹を抱えて男は笑う。
瓦礫の向こうから、華奢な少女の腕が現れる。血の気を失い、白蝋じみた色合いの肌を剥き出しにしたそれを眺めながら、笑い混じりな男の口は止まらない。
「一応転生者の誼で桜は放置しといたぜー? 俺、超良い子!
そうそう。お前のオヤジ半分残ってたから貰ったわ。
あの爺、毒気で腹痛起こしてた。ふひっ! うっけるー!!
同胞でもないのに喰うからだよなー。悪食は良くないよなマジで。
ま、爺摘まんできた俺の言う台詞じゃねぇけど。ふひゃははっ」
瓦礫には押し潰されずに済んだようだ。
比較的傷の少ない、けれどもボロボロになった少女の全身が露わになる。
その息は当然ながら既に無く、虚ろな眼差しは濁り切って光を宿す事は無い。
「おまえんちもドンマイだよなー、現当主と次代当主が揃って死ぬとかマジ不憫。
大丈夫だって安心しろよ!
教会とかが面倒なチャチャ入れてくる前には全部片付けとく手筈になってるから。
マジ毛唐連中はありえねぇよなー、でもオヤツにはいいんだよなあいつら。迷うわー。
ああおまえんち?心配すんな。
みんなで掛かれば一晩とかからずに全員片付け終わるからな!」
動物達が、恭しく少女の身体を男へと差し出す。
それに男は、己の腹を撫でて笑い。
「ン百年モノの爺は腐ってたからな―。やっぱ喰うなら同じ土蜘蛛系譜が一番だな!
そんじゃまぁ、
―― い た だ き ま す 」
ばり、ごりごきん。ぐちゃり。
幾百年と研鑽し、幾百年と喰らい合い。
いずれ太陽を喰らわんと、蜘蛛の子らは今日も共喰いを続けている。
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