電話の向こうで雁夜が叫ぶ。
『ぃいいいいいい! なんでお前じゃなくて師匠が来るの!
しかもなんか連れてきてるし! これ以上宇宙人とかホントいらないんだけど!?』
「……斯様に大声を出さずとも聞こえます。声を小さくなさい、煩くて叶いません」
『こ・れ・がっ! 大声出さずにいられるかっ!!』
のんびりと、けれど時計を気にして歩きながら、は携帯を耳から遠ざけた。
面倒臭さを隠そうともせず溜息をつく。
電話の向こう側の表情など見えるはずもないが、声の具合で想像はついた。
きっと半泣きでキレ気味な顔をしているだろう。器の小さい男である。
宇宙人の一人(+トラブル)くらい、広い気持ちで受け入れて欲しいものだ。
「此方も少々立て込んでおりまして。後始末が済み次第、其方へ伺います故」
『ってまた騒動起こしたのかよ!? いつだ! いつになったら片付くんだそれ!
頼むから師匠野放しにすんなマジで!』
「道理の分からぬ童では無いのですから、斯様に目くじら立てずとも良いでしょうに……」
『ガキんちょの方がまだ常識わきまえてんだよぉおおおおお! で! いつ! くる! んだ! よ!?』
「さぁ。私には何とも」
間桐、遠坂は聖杯どころではないようだが、問題なのはアインツベルンと魔術協会、そしてが事前に仕込んでおいた暗示によって、強制引き籠りを喰らわされた元・ランサー陣営だ。正直に言おう。煩くて仕方がない。
後から後からねちねちねちねちと文句をつけてくる様は、まさしく意地の悪い姑の如しであった。主に後始末を務めているのは綺礼と聖堂教会なのだが、元々仲の悪い両派。泥沼化はほぼ確実だった。物理でアインツベルンと魔術師協会を黙らせる事を本格的に検討しながら、はやる気のないエールを送る。
「早めに片付くよう努力は致します故、それまでと頑張りなさいな」
『師匠なんの役に立つの!? あの人基本歌って踊ってダベってるだけなんだけど!
今もなんかガイドブック見ながら観光マップ超ノリノリで宇宙人と作ってるんだけどぉおおおおおおお!!』
その言葉に、は思い出す。
そういえば出がけに、サキと二人でガイドブック厳選してたな、と。既に前々世と記憶の彼方なレベルE、その原作のおぼろな記憶を辿りながら、はしばし思案して。
「……そうそう、雁。
御宅の御当主が身罷られたとの事で、一度御実家に戻るようにと綺礼から言伝が」
あからさまに話題を変えた。まぁ雁夜と、それにサキ王女という不確定が揃っているが、レベルEの原作はどちらかと言えばギャグ漫画。たぶんきっと平和的に終わるだろう。ひょっとしたらバカ王子の側近とか、周囲の人間の胃に穴が空いたりはするかもしれないが。うん回復役(サキ王女)もいるしいけるいける。
『ゑ』
「”名前貸せ”と言っておりましたよ?」
きっと名前だけでは済むまい。
そんな確信を抱きながら付け加えれば、電話の向こうでブツブツと『あの妖怪が?』『嘘だろ絶対』『罠だ。罠だろ綺礼の事だし』『いや仕事では真面目だけど』『けどあのクソじじぃ』と葛藤するのが聞こえた。
「雁?」
声をかけてみるが、思考ループに嵌ったらしい。
うんうんと心底重い唸り声と一緒に耳に入ってくるのは、延々同じ所を彷徨っている独り言だけであった。
話が通じそうになくなったので、「一度切りますね」とだけ告げ、は携帯の電源から落とす。これで正気に戻ったとしても、綺礼へ問い質しにかけるしか無くなった訳である。
いつまでも愚痴に付き合ってはいられない。
携帯をポケットにしまい、インターホンを鳴らせば、騒々しい足音が聞こえてきた。
ドアから数歩離れて距離を取り、カウントを取る。
三、
義姉の叱る声。
騒々しい足音はそれでも落ち着かない。
二、
扉の向こうに気配。
靴を履くのは諦めたらしかった。扉が勢いよく開けられる。
一、
こちらの顔を見て、少年の顔がぱあっと輝く。
軽く腰を落として衝撃に備える。
ゼロ。
心の中で呟くのと、飛びついて来た甥っ子を受けとめるのは同時だった。
抱き留められた体勢のまま、にこにこしながら少年は宣言する。
「遅いぞっ! 今日はいーっぱい遊んでもらうからな!」
「ふふ。おじゃましますね、士郎」
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