身体にかかっていた重力が消えて。 目の前が暗くなったのは一瞬。 視界に写る漆黒がぐらぐらと激しく揺れ、全てが高速で歪んでいくような感覚。 頭が芯から痛みを訴える。 脳髄を形容しがたい程の不快がぎしぎし引っ掻く。 胃がひっくり返って強烈な吐き気が押し寄せる。 猛烈な其れは喉の奥で突っかかって出てきたりはしない。 代わりに涙が出た。吐きたい。 回しすぎた回転遊具に乗るとこんな気分か。いや確かあたしは三半規管発達してたハズだが。 それら、諸々の感覚と不快と考えが交錯する一瞬の後。 いきなり明るくなった世界は、何処までも続く蒼一色だった。 聴覚を支配するのは激しい風切り音。 未だに収まらない不快感と吐き気と頭痛の隅で、ぼんやり思う。 ・・・・・・テレポートって、意外に辛いのな。 【 霊界直行便!? 】 青い空、白い雲。 強制イベント突入は勘弁して欲しいと思う、今日この頃。 「あー・・・・今なんかの顔が見えた・・・・・・・・・・・・・」 何か色んな思い出が一瞬で脳裏を横切ったよ。 人が言う所の走馬燈ってヤツだなうん。 ああ、友よ元気にしているかい? あたし?あたしは――――― 今現在、急速自由落下中v(注・命綱ナシです) あー、地上がーみーえてーきぃーたぁぁー♪(←逃避) 『いやだぁぁぁ―――――っっっ!!まだ死にたくねぇぇぇぇっ!!!!!』 天空泣いてるよ、滝の如くね・・・・・・うふふふ・・・・・・ 絶叫が、まるでドップラー効果の様に尾を引いて蒼穹に吸い込まれる。 服が波打ち激しくはためく。目が乾いて痛い。 頭から落ちてるのに帽子が落ちてないのは、向かい来る風が押さえつけてるせいかなやっぱ。 「はははは、プチトマト決定?」 完全に遠い目のあたし。 仰向けに堕ちていく、墜ちていく、落ちていく。 暴れ回る三半規管が落ち着いてみれば、落下の感覚も、そう悪くないと思えた。 ・・・・・・その先で待っているのが<死>じゃなければ、の話だが。 『プチトマト?』 眉を寄せて聞き返す、こんな状況でも冷静な白夜。 見事に天空とは対照的だ。 人間はどうしようもなくなった時、どうしていいか判らなくてパニックになる奴と、妙に冷静になってふてぶてしくなる奴とに別れるって聞いたが、どうやらそれは、ポケモンでも当てはまるらしい。 「ほら、どっちもツブれたら真っ赤☆」 『成る程』 話してる間にも落ちてます。 ちなみに紫苑はすでに気絶。あたし達と違って軽い身体は、かなり上の方でひらひらと墜落中。 うーん、このまま落ちてても仕方無いよなー。 「白夜、天空、紫苑戻れ!」 赤い光が同時に走り、三匹はボールに強制送還。 『何故戻した』 途端にボールの中から、低く抑えた声で白夜が抗議する。 鋭く光る真紅が、ボールごしにこちらを睨んで。 ・・・わー怒ってる怒ってる(汗) パニックが収まったらしい天空も、食い入るようにこちらを見ていて。 “出せ”と言わんばかりの眼差しで睨んでくる白夜に、ごまかすようにへらりと笑う。 「んー、さすがにあんた達まで道連れに出来ないし?ボールの中なら、まだ安全っしょ」 『なんだよそれっ!?』 『ご主人さま!?』 天空が怒鳴り、いつの間にか目を覚ましたらしい紫苑が、悲痛に叫ぶ。 どうせなら、最後まで気絶していて欲しかったんだが。 白夜の無言の要求は、当然シカト。 いや、かなり視線がイタイんだけどね白夜。 ほらほら紫苑、泣きそうな顔するんじゃない。天空も暴れるなって、体力の無駄だから。 言いたい言葉は諸々あるが、口には出さず、ただ笑って。 「ま、運が良ければまた会えるさ。あたしが死んだら、何があっても気合い入れて生きろよー?」 『っっ!!』 『そんなっ・・・!』 『てめぇ不吉なこと言ってんじゃねぇよっ!!!』 「あははは、聞こえんなー?」 いきり立つ三匹の言葉を、綺麗に受け流して。 「―――――――元気でね」 言葉と共に、ボールごしに軽くキスを贈った。 そして、問答無用でバックに押し込む。 下を見下ろせば、目に映るのは一面の蒼と翠の大地。 位置的には、落ちるのはどうやら海のど真ん中の様だが・・・・・・ これだけの高さからの落下では、そんな違いに意味は無いのは確実だ。 つーか、確実死ぬなこれ。 高さありすぎな場所から落下しただけに、走馬燈だのお別れだの済ませて冷静一直線だよもう。 加速していく落下スピード。当然止まるはずは無し。 紫苑の‘念力’を使えば落下は止められただろうが、戦闘の直後で技ポイント残ってるとは思えない。 それ以前に、陸地遠いしね!(笑) 重力かかってるからなー、このまま行くと水面直撃・衝撃で内臓破裂コースか。 水死体って白くぷくって膨れて気持ち悪いんだよないやだな水死体。 地面と激突コースも死体が原型留めてないだろうからすこぶるイヤだけど。 聞いた話じゃ、地面と激突する前に恐怖で心臓マヒで死ぬから痛くないそうだけどさ。 加速していく世界 迫る海原 迎え撃つのは死の恐怖 ンなもん感じてたまるか。 絶体絶命だと言うのに、思考が向くのはそんな事。 状況の割に死ぬ気がしないのは―――――単なる楽観か、それとも・・・・・・? どちらにせよ、直ぐにでも解る。 「さて、鬼と出るか蛇と出るか・・・・・・」 唸る風はすでに不可聴、耳鳴りが酷い。 目は開けているのが辛い程。 身体を嬲る風は強力で、為す術もなく墜落している現実を強調してくれる。 ―――――――けれど。 浮かべるのは、不遜で無邪気で・・・・・艶さえ有る、余裕の笑み。 およそ年齢には相応しくない、微笑。 繊細で儚げな容貌に在るのは、魔的なまでの魅力で。 囚われずにはいられない程の―――――現実離れした、壮麗で挑発的な。 たぶん一番、【 】と言う存在を表すモノ。 淡々と、間近に迫る海面。 底の解らない程の透明性と深さを湛え、白く泡立つ其れを見据えて。 「さあ、運試しだね」 愉しげでさえ有るその呟きを、聞く者は無い。 TOP NEXT BACK |