さぁ、賭をしよう。
とても単純で、絶対不可避の賭を。

賭けるのは、ただ一つ。


あたしの、命。


恐怖なんて、感じてやるようなしおらしさは持ち合わせちゃいない。
逃げられないなら、楽しんでやろうじゃん?

それがどんな状況だろうと、ね。




――――――――さて、生か死か。





      【 でっど おあ あらいう゛ 】








ザザ・・・・・・ン・・・・ザザァ・・・・・・・・・・・・ン・・・・・・・・・・・・・・・





夜の深い静寂の中、潮騒の音が静かに響く。
深い水底を思わせる蒼い闇が、影に蝕まれた砂浜に黒々と横たわっている。
昼間は底の見えない、しかし透き通ったマリンブルーの海も、今は得体の知れない仄暗さを宿していた。

  サク、  サク、  サク、

夜の気配の濃厚な砂浜を、一つの影が歩いていた。
ほっそりとした小柄なシルエットからして、まだ幼い少女のようだ。
白いワイシャツに、ダークブルーのスカートという出で立ち。
おそらく、夜の散歩にでも来たのだろう。

遠く海の向こうを見つめる瞳は、物思いに耽っているようにも見えた。


ふと、少女がわずかに身じろぎした。
不思議そうな表情で、キョロキョロと辺りを見回す。

「変ね・・・・・何か、聞こえた気がしたんだけど」


――――――


波の音に混じって、何かの音が混じった。
今度は、先程よりもはっきりと。

「やっぱり・・・!」

耳を澄ませ、音を頼りにそちらへと進む。
特に、その行動に理由は無い。
純然たる好奇心のみで、まるで誘われるようにそちらへと歩む。


だんだんと、強くなっていく音。
明確になっていくそれが、パウワウの鳴き声である事に気付くには――――さほど、時間はかからなかった。


やがて、鳴き声の元へとたどり着いてみれば。


――――――そこには、一人の人間が倒れていた。

寄せては返す波に濡れながら、ぐったりとした様子で砂浜に横たわっている。
漆黒で統一した衣服の、かなり怪しい人だ。
服は海水をたっぷり吸い込んだらしく、ひどく重たそうである。
服と同色の帽子で覆われ、顔は見えない。
しかし・・・・・・・・その肌は、闇夜でも解る程にはっきりと、青ざめていた。

「ちょっ・・・大丈夫!?」

表情を引き締め、自分とそう違わない年齢であろうと思われる、その少女に駆け寄る。
口元に耳を近づけ、呼吸を確認する。

幸い、呼吸はしているようだった。
ただ・・・・・ひどく、弱々しい。


どうしようかしら――――


かなり怪しい人間だ。下手をすれば、厄介ごとに巻き込まれる可能性もある。
見捨る、という選択肢も・・・・・あるにはある。
だが――――ここで見捨てられれば、この少女は確実に死ぬだろう。
いくら怪しいとは言っても、死にかけている人間を見捨てられる程、彼女は冷酷では無かった。

「見捨てるわけにもいかないわね・・・」

諦めたようにため息をつき、呟く。
そして、少女を病院へ運ぶべく―――――彼女は、モンスターボールを取り出したのだった。



 ■   □   ■   □



黒一色の世界。

どんな闇でも表現する事は出来ない闇に、彼女はいた。

「・・・何?ココ」

はて、あたしは何でこんな所にいるんだろう。
現在紐無しバンジー普通だったら死亡確定☆軽ぅく命懸けイベント強制体験 していたはずなんだが。

くきっと首を60度くらい曲げ、ううんと呟く。
考えるまでもなく、ある単語が頭の中に浮かんできた。

・・・はい右見てー左見てー前と後ろと上下確認してー

現状把握の意味も含め、園児のノリで辺りを再度、確認。
その全てが、まさしくペンキでムラ無く丁寧に塗りまくったような、艶のない黒で。
しかしそんな中にあっても、自分の姿だけは、はっきりと認識できる。
普通なら辺りの闇に同化してしまいそうな黒衣さえも、その仕立て具合まで鮮明に解る程だった。

「・・・まさか、あの世ってヤツかな?」

あり得すぎ。

何せ状況が状況だったもんなー。
つーかまぁ、あれで生きてたらそれはそれですごいよな!(笑/←って笑う内容か!?

死ぬ気は無かったんだけど、な。

帽子を取って、口元にあてる。
そこに浮かぶのは――――紛れもない、微苦笑で。

ま、それで死なずに済むなら誰も死なんか。
しかし、まさかこんな形でGAME OVERを迎えるとは思わなかった。
修行が足りないな、あたしも(←いや、普通誰も思わん

「あーあ・・・賭けはあたしの負けか」

もうしばらく、あの世界を満喫してみたかったんだけどなー。

妙な形で迎えた、人生の終演。
むしろそれよりは、ポケスペ本編ナマで見れなかった―――――しかも、リーグにすら出てなかったのにっっ!という事実の惜しさに、ため息をついた。


「・・・・・・・・・・・・・?」


唐突に。
どこか、呆然としているような・・・そんな声が、名を呼んだ。

耳に心地良い、馴染みきった綺麗な声。

ここ最近では、聞く事も敵わなかったそれに―――――目を見開いて振り返る。


先程まで、何も無かったはずの空間。
そこに、いたのは。

真っ白い肌、淡い薔薇色の唇。
長いまつげで縁取られた大きな瞳は、見る者を引き込むような朱燈の色彩。
肩を少し超すぐらいの長さの髪は、染めているのだろうか、黒と赤のツートンカラーで構成されている。
まるで、芸術品の如き・・・しかし、ひどく見慣れた容姿。


予想通りの―――――だが、以前とは僅かに異なる、親友の姿がそこにあった。


「――――――っ!?」

「やっぱりか!何やってたのさっていうかその姿どうしたの!!」

ぱっと表情を華やがせ、こちらへ駆けてきて指さす
原型を留めていない程に変わった自分を見ても解ってくれた、と言う事実に、顔がほころぶ。

「そっちこそ!!何その格好、それに髪とか目の色変わってるんだけど!?」

あちこちが裂けた、どこぞの格闘マンガでありそうな格好を指摘。
つか、何その鎖帷子っぽいの。

「ああ、あんたいなくなってからさ、すっごい非現実な事があって

どんなんだ。

思わず突っ込みそうになる。が。

「それより、どこいってたのよ!?すっっっっっごい心配したんだからね!?」

その前に、思いっきり怒鳴られた。
腰に手をあてて目を吊り上げるに、へらり、と誤魔化し笑いを浮かべて、拝むように両手を合わせる。

「ごめーん・・・なんか言っても信じてくれなさそーな事が起こって

その返答に、は何かを感じたらしい。
眉をピクンっと跳ね上げ、

「言ってごらん言ってごらん、おねーさんに話すがよい」

「うわその言い方オバンくさー・・・・・はいはい言うって。――――マンガの世界に飛ばされた




          間。




「アンタもか・・・・・・」

「あんたも?」

しばし沈黙した後、頭を抱えてそう呻く
その言葉を思わず繰り返し、眉を寄せる。

え、ちょっと待てそれってまさか――――――

「アタシもなんだよね、気が付いたら飛ばされててさ」

「なにそれ!?」

異世界トリップだぞ!?
普通あり得ない で括られるカテゴリ分類の体験しかも人に言ったら速効精神病院行き勧められそうな体験だぞ!

なんでこんな身近な人間が同じ状況に陥ってるんだよ!!!!

「ちなみにH×H。・・・・・あんたは?」

「ポケスペだけど・・・すごい偶然」

突っ込みどころありすぎだ。
ここまで来ると、何に驚くべきなのかすら解らなくなってくる。

「いや、むしろ偶然超えて作為すら感じるんだけど

「・・・・どーかん」

作者の陰謀?(←禁句だそれは)


「・・・・・・一緒だったら、よかったのにねぇ」

「確かに」

しみじみ、と言った風情で、が呟く。
その言葉に、真顔で深く頷いて――――次の瞬間、にぱっと笑った。

「・・・でも、無事みたいでよかったよ」

「いや、そーとも言い切れないよーな・・・・・」

うーん・・・と苦笑いで唸る
まぁ、ここにいるって時点で普通じゃないわな。


ふと。
不思議そうな表情で、が後ろを見る。
まるで、そこに何かを感じているかのように。

「どしたの?」

きょとんとした顔で、そう問えば。

「・・・・・・呼んでる」


囁くような、小さな呟き。
なんか見えるのか、と後ろを振り向き――――――気付く。


其処に存在する、光の道に。


柔らかな、温かい白い光で出来た・・・・・道。
先程までは、確かに存在しなかったはずのもの。
延々と< 何処か >へ続く道は、途中で闇に阻まれて見えなくなっている。
視線を戻せば、の後ろにも―――――同じ道が存在した。


「・・・・・・たどれば戻れる・・・かな?」

「・・・・・・多分ね」

二人の間に、沈黙が落ちる。
視線が、交差する。


其処に宿るのは、――――――何とも呼べない、複雑な感情のイロ。



「・・・一緒に行かない?」

「そっちこそ」

お互いに、感じていた。
ここで別れれば、もう二度と・・・・・・会う事は、無いだろうと。


顔を会わせる事も、言葉を交わす事も、笑いあう事、も。



もう、無い。


・・・・・・・・・・・・・・できない。



が、イヤリングの片方を外し、こちらへ放る。
しゃら、と音を立てて飛来したそれを、片手で受けとめる。
精巧な彫刻が刻み込また銀の台に、黄石がぶら下がったイヤリング。
多面的なその石は、面によってわずかづつ、微妙に色彩が異なっている。

「餞別代わり」

にっと、片目をつぶって笑いかける
その言葉に頷き、イヤリングを耳に付ける。
チリチリと揺れるそれは、何だかちょっぴり,気恥ずかしくて。

照れたように、笑う。

「――――――サンキュ」




言葉にしなくても、通じる想い。

いつだって、誰より理解しあえたからこそ・・・・・・・・解る事。



( 病める時も 健やかなる時も )



どんなに離れていても、どんな事があっても――――――





( 共に笑って 泣いて 怒って )





あたし達は、【 親友 】だから。







( それは、疑う余地もない程に―――――当たり前で、 )






たとえ、二度と会うことは叶わなくても。







( 真実、不朽の絆。 )







「次に会うのはあの世かな?」

「いいねそれ。お互い話でもしながら、酒飲みまくろ♪」

軽口と、心底からの笑みを交わして。

どれほどに離れても、信じる心は揺るぎなどしないから。
それは、これからも不変の―――――――あたし達だけの共有する・・・・・“ 特別 ”


さよならは、言わない。


「元気で」

もね」


そして、それぞれの道を歩き出す。



後ろは、振り向かなかった。





 ■   □   ■   □



そして、は<目を覚ました>。

ゆっくりと、目を開ける。
瞬間、飛び込んできた光の眩しさに、顔をしかめる。


・・・・・・・・戻って来た。


確かに生きている。
意識の方も、はっきりしていて問題は無さそうだ。
だが、やけに現実感が薄くて。

これは、夢―――――?

先程の体験の強烈さの所為だろうか。
今、ここでこうしている事が・・・・・感覚ばかりはっきりしている癖に、やけに幻じみていた。
それでいて、先程までの事が現実で在る事は―――――欠片も、疑っていない。


「――――気が付きましたか?」

すぐ横から、声。
それと共に、白衣の女性が顔を覗き込んでくる。

「ここは・・・・・・?」

意外にも、すんなりと声が出た。
その問いに、看護婦らしき女性はにこりと微笑む。

「病院です。海岸に倒れていたのを見つけた人が、ここまで運んでくれたんですよ」

病院・・・・・・・・・・・

成る程、どうりで消毒液の臭いがするはずだ。
着ている服も、誰が着替えさせたのかは知らないが、着物のようなデザインをした、清潔そうな白い服になっている。

――――――ってモンスターボールはっ!?

慌てて身体を起こし――――その途端に走った痛みに、身体を押さえる。

「っつぅ・・・・・・」

「まだ動かない方が良いですよ」

優しく諫める看護婦さん。
しかし朱華は顔色を変えて彼女に詰め寄る。

「あの、あたしの荷物は!?」

つーか中身! モンスターボール全部あの中に入ってるんだよ!!!!
他にもお金とか薬とかトレーナーカードとかその他諸々・・・ってそっちはどうでもいいけど!(←いいんかい)

「いま洗濯中です。貴方のポケモンでしたら、今は外にいますよ」

「そう、ですか・・・」

その返答に、ほっと息をついて、表情を緩める。
無事で、良かった――――――

「お連れしましょうか?」

「はい・・・・お願いします」

柔らかく笑って、頷く。 その笑みに、看護婦の顔が赤く染まった。

・・・あ、しまった。帽子してなかったや。

気付いたが、その時には既に遅く。
で、ではっ!と焦ったように言い残し、バタバタと廊下へ飛び出していく。

それを見送り―――――まぁ、気にしない事にした(笑)

窓の外へ視線を向ければ、ぽかぽかと暖かな光が、窓から入ってきていて。
その心地よさに目を細めて・・・・・呟く。

「・・・・・・・・・みんな、怒ってるだろーなぁ・・・・・・」

自然、微苦笑が浮かぶ。
だが自業自得だ―――――仕方ない。

あの選択を、後悔も反省も・・・・・・してはいないけど。


「ま、覚悟だけでも決めときますか」


穏やかにつぶやくの耳で、片方だけのイヤリングが揺れて、淡く輝いていた――――






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精神的なだけの繋がりとか、絆って好きです。
イヤリングは‘二つで一つ’だから、象徴的かなーと。