冬の日差しが輝き渡り、ここしばらくの天気が嘘であったような明るさでそこかしこを照らし出す。
かなりの量だけ降り積もった雪は気温も低く風も冷たいのでそう簡単には溶けはしないが、それでもさらさらとした粉雪状だったそれらも、いつの間にか滑らかな氷の塊へと変貌しつつあった。
外に出れば身にしみる寒さも、しかし室内であれば壁と暖房器具に阻まれて煩わされる事は無い。
照りつける陽光にその鋼鉄ボディーをキラリと輝かせ、天空は器用にも後ろ足だけで立ち上がってみせて。

『ふっふっふ・・・・・待ってたぜ、この時を!』

ズビシィッ!と勢い良く前足で差され、ジュニアが無機質な感のある目で天空を見据える。
バランスが悪くてふらふらしてるわ足がガクプルな辺りが生まれたての小鹿ちっく。

『なんか今日までイロイロ忙しかったし!騒ぐと怖かったから大人しくしてたけど!!』

「紫苑ー、そっちの新聞取って」

『んっと・・・・これですか?』

「そうそうソレ。さんきゅー」

あの嵐のような一夜から、既に三日が経った。
ロケット団を壊滅したはいいものの、警察呼んだり森に放置してあった連中回収して引き渡したり、他にも研究材料としてあの基地に捕らえられていたポケモンの保護やポケモンセンターへの収容と、しなければならない事は山積み状態。
結局レモンと二人であちこち駆けずり回り、人手が足りないジュンサーさん方の手伝いやら状況説明をしたりでようやく開放された頃には真昼だった。その後も事後処理や、重症のくせに無茶したのが祟って入院するはめになったガンテツじぃさんのお見舞いなどがあり、今日やっと、事件に一応のキリがついたのである。
ちなみに、クリちゃんは多少弱っているけど一週間も経てば回復するそうだ。
エオスはもう問題なく動き回れるので、クリちゃんやガンテツじぃさんの世話で大忙しだったりする。

『でも、なんとか片付いたみてーだし!もう遠慮はいらねぇ!』

ベッドの上で伏せていた白夜の目が、すぅっと眇められてギラリと輝く。
熱血闘・魂!漢はコブシで語るもんだぜ☆派にしては珍しい長さで熱弁を振るう天空から、すすすとさり気なく、更なる距離を置く氷月。
無言のままでじーっと天空を凝視していたジュニアも、それとなく立ち位置を変えて。

『ジュニア!今日こそ勝負だーっ!!!』

宣言が、無音の室内にエコーして消える。
そして。


『がブッ』


突如襲いかかった衝撃波によって、天空は先程ジュニアのいた場所に顔面から突っ込んだ。
“未来予知”の攻撃をモロに受けて倒れている天空を横目に、は新聞から顔を上げ、

「ナイス!」

とってもイイ笑顔で、白夜に向かってサムズアップしてみせた。
良い子はポケモンセンターで戦闘行為をしてはいけません。







     【 空、晴れて。 】






ベッドの上にあぐらをかいて、は一通り目を通した新聞を荒っぽくベッドの端の方へ放り投げた。
バサリ、と投げられた紙の束が、同じようにして投げられたらしい新聞の中に埋没する。投げたはいいが失敗したらしく、床に落ちたまま放置されているものもあった。
ベッドの上に散乱する新聞の中からまた別のものを選び出し、広げる。
新聞の扱いは雑だが、記事を片端から追っていく目は真剣そのものだった。

ーなんでダメなんだよー。オレ、今日まで我慢してたんだぞ?』

「ダメとは言ってないって。やるなら外で勝手にやれっつってんじゃん」

『勝手にしてたら意味無いだろ』

不満そうに頬(?)をふくらませてぶーたれる天空。
その理屈はわけわからんぞお前。

『だいたい、なんでそんなつまんねー事してんだよ?』

「人の話聞いてなかったんかお前」

ちょっぴり青筋浮かべて新聞を握り潰してみたり。
そんな主人に気を利かせてか、紫苑が苦笑いして口を開いた。

『・・・・ご主人さまは、今回のものと同じ事件が無いかを調べているんです』

『強盗襲撃のヤツか?』

『いえ。ポケモンの暴走・・・・それに、ロケット団がらみの事件です』

確かに、強盗団の襲撃もなかなか無い事件ではあるが。
しかしが知りたいのはロケット団の動向だった―――カントーに本拠を置き、ナツメ、キョウ、マチス、そして最終的には組織を裏切るカツラの四人のジムリーダーを率いる、トキワジムジムリーダー・サカキが築いた犯罪組織。

『他、同じ事件、ある?』

ポケモンの暴走、という部分が琴線に触れたらしい、ジュニアが話に混ざる。
事件が一応の終結を見せた後も、捕まって実験体とされていた仲間達を心配して達と共にポケモンセンターに滞在している彼としては、この話題は聞き流せないのだろう。

『ロケット団に関する記事は結構ありました。
 その中に暴走事件の記事はありませんが、ご主人さまは記事になっていないだけで実際には“ある”と確信しています』

もう一年近くポケスペを読んでいないが、ポケモンの凶悪化が本編でも起きた事件だという事は覚えている。
それがサカキの計画の一部に過ぎない事も知っているし、今こうしている間にも、カントー支配は着々と進んでいるのだろう、という事くらいは想像できた。あの男の計画の大筋も、一応とはいえ頭に入っている。
だが、仮にも悪の組織の活動内容がそれだけ、という事はあるはずが無いのだ。
ポケスペでその活動全てが語られる事は無かったし、結局は主人公達が壊滅させるのだからと自身、さして注意を払ってはこなかったけれど。

『でもさ、なんで調べてんだ?あいつらのしてる事調べんのに、なんか意味でもあんのか??』

『あるに決まってるだろう。敵を知っておけば、戦いを有利に運べるからな』

新聞記事は事件の記録だ。
連中のしている事やその手口を、過激な語り口調ではあるが残してある。
これらを読む限り、ジョウトで活動している気配は無いが・・・・それでも、カントーの新聞に残るロケット団の記録は多い。

相手を知るには、充分な量が。

『それって――――』

その言葉に、天空が目を丸くして。

『主殿は、ロケット団を完全に叩き潰す気なんですよ』

至極楽しげに、氷月は言い切った。
そこまでは話していなかったはずだが、どうやらあたしの考えはきっちりと伝わっていたらしい。
天空が、にィっと獰猛な笑みを浮かべて。

。それって、こないだみたいに遠慮ナシで暴れられるって事だよな?』

「せーかい。ま、全面対決すんのはもうちょっと先の事になるだろーけど」

思い出す。

あの研究施設で、まるでモノみたいに扱われていたポケモン達を。
光を失った虚ろな瞳、敵意に染まった目、歩く事どころか立つ事さえままならない状態だった彼等。
人間であるジョーイさんの姿に恐慌して暴れ、治療を拒むポケモン。向けられた、本気の憎悪と殺意。
ポケモンの言葉を理解するあたしだからこそ分かる、彼等の呪詛の言葉。憎しみ、怒り、自分達の境遇を嘆く声。
あれを見て、聞いて、それでも悠然としてなんていられない。
レッド達が連中を叩き潰すのを待っている間にも、犠牲になるポケモンは増えていく。
人間に、ポケモンを好きに扱う権利は無いのに。
あの場に居合わせた紫苑も、白夜も、氷月も、天空も同じ思いを抱いたはずだ。


ロケット団は、必ず潰す。



あれは、“敵”だ。



「んな訳だから、新聞全部調べ終わるまでは待機でヨロシク」

『りょーかいっ!』

びしっと敬礼ポーズをしてみせる天空にちょっと笑って、は再度、新聞記事に視線を落とす。
真剣な彼女のその姿を、ジュニアがじっと見つめていた。



 ■   □   ■   □



「一対一の時間無制限勝負。相手を戦闘不能にするか、降参って言わせた方が勝ち―――って事でオッケー?」

寒風吹きすさぶ、ポケモンセンターの庭にて。

ちなみに雪かきは終わっているので、足を取られる心配は無い。
見物人兼審判は一人、観客はいつものメンバーに加えてリングマ&ヒメグマ親子というラインナップ。
傾いた太陽が、早くも周囲を夕闇に染め替えていた。

『文句ねぇよ』

『問題無い』

距離を置いて向き合うのは、天空とジュニアの二人。
通常のポケモンバトルならばトレーナーであるの出番だが、『対等の条件で戦って勝つ!』と天空が主張した以上は口出しする事はできないので、今回は見物と審判に徹するつもりだ。

『天空さん、頑張って!』

『ジュニアー!そんなやつやっちまえー!!』

『どうせですから、二人とも派手に逝って下さいね

紫苑が天空を励まし、ヒメグマが威勢良くはやし立て、そしてさらりと氷月が非道な発言をする。

『いやはや、青春ですな』

最年長者の余裕でリングマが呟く。無言で成り行きを見守る白夜。
は、すぅっと息を吸い込んで。


「――――始めッ!」


言葉が放たれるのと、天空が動くのはほとんど同時だった。

『ぉおおおおぉぉおおおっ!!!』

雄叫びを上げて、その短い足からは考えられないような素早い動きで一直線にジュニア目がけて突っ走る。
ジュニアは微動だにせず、静かに佇むままだ。目前にまで肉薄する天空。

『ジュニア!?』

ヒメグマが悲鳴を上げる。
そのまま頭突きが直撃するかに見えた。が、その攻撃はジュニアを叩き飛ばす事は無かった。
攻撃の寸前で、ジュニアが髪一筋の距離でそれを受け流したのだ。白夜やがやる時よりもギリギリのライン。
目前から側面へ、その動きは滑り流れるように無駄が無い。動きに合わせて鋭い爪が天空の身体を薙ぐ。
しかしそれは頑強な皮膚に阻まれ、致命傷を与えるには至らない。もしあの切り裂く攻撃を受けたのが天空でなければ、かすり傷程度では済まなかっただろう。際どい攻防に、軽く口笛を吹く。

「やっるー・・・・・」

『ううむ、息つく間もありませんな』

見事に頭突きを受け流され、慌てて急ブレーキをかける天空。
先ほどまでジュニアのいた場所を見るものの、そこには既に姿は無く、地面には穴が開いているのみで。

『くっそ、何処だ・・・・!?』

立ち尽くしたままで、警戒するように周囲を見回す。
空気がピン、と張り詰める。しばしの静寂。


――――ゴァァッ!


天空の足元で、土砂が勢い良く噴出した。
とっさの判断だったのだろう、跳んだ天空の足元すぐをジュニアの爪先がかすめる。
空中ですぅううっと息を吸い込み、落ちながらジュニアを見てにやりと笑った。その口から、勢い良く火の粉が吹かれて雨のように降り注ぐ。集中砲火。舞い上がる土煙と火の雨に、ジュニアの姿が見えなくなる。

『良い判断ですね、天空にしては』

『だが、まだ終わってはいない』

そんな白夜の言葉を肯定するかの如く、黒い影が土煙と火の雨の中から跳び出した。
煙が影に纏わりついて尾を引く。

『いっけぇーッ!!』

ヒメグマの歓声。

スピードを増した黒い影が転がる。天空がその影目がけて火の粉を吹くが、それは表面で阻まれて動きを止めるほどのダメージには至らない。その軌道は、天空の落下地点を正確に捉えていて。

『ぐぁっ・・・・・・』

呻きが漏れる。弾き飛ばされて地を転がり、天空は地に叩きつけられた。

『天空さん!』

紫苑が悲鳴のように叫ぶ。攻撃はまだ終わっていない。
よろけながらも立ち上がろうとする天空を、再度、スピードと重さを増したジュニアの攻撃が容赦無く轢き潰す。
顔から地面に押し埋められたものの、じたばたともがいて何とか脱出する天空。
ぺっと口の中の砂利を吐き出すと、ふらつきながらもしっかりと地面に足を踏ん張り、転がってくるジュニアに構えて。

『そう何度も何度も――――』

戦意に、満ちた目で。

『負けてたまるかぁあああっ!!!!』


咆哮。


地を蹴り、走り出す天空。
二人の距離がみるみる縮まっていく。

けれど。

「駄目だ、あれじゃ・・・・」

“転がる”という攻撃の特徴は、回を重ねるごとに増す、その威力とスピードにある。
あれを止めるには、かわすか遠隔攻撃で叩くかが最良の選択肢だ。真正面から突っ込んでいくにしても、最初の方であれば止められたかも知れないが―――勢いに乗っている今では、遅い。


――――ドガッ!!


叩き飛ばされた天空の身体が、宙を舞う。
そのまま地面に叩き付けられる事を予測してか、紫苑が泣きそうに顔を歪める。
そして、――――天空の身体に、大きな亀裂が入った。『えっ!?』と叫ぶヒメグマ、『おお』と呟くリングマ、驚いた表情になる紫苑、氷月が少しだけ笑みを深め、白夜が目を細めて。変化はそれだけに留まらない。
亀裂が天空の全身に行き渡る。転がり、土砂を弾き飛ばしながら迫るジュニア。その軌道線上へと落下しながらも、内側からの内圧に耐えかねてか身体の表面を覆うカラの破片がぱらぱらと落ちる。天空の身体が、急速に膨張し。

ジュニアの攻撃が、天空を捉える事は無かった。

攻撃をかわされて動きを止め、無言で周囲を探るジュニア。頭上高くで、羽ばたく音が響いて。



『――――おぉぉおおぉおおおっ!!!!!



絶叫。

今やボーマンダへと進化を遂げた天空が、一直線にジュニア目がけて迫る。
迎え撃つつもりなのか、天空を見据え、ジュニアが身構え。



衝撃が、地面を振るわせた。



振動が収まる。誰もが、微動だにせずに天空とジュニアを見つめて。
ごくり、とが息を呑む。全員が見守るその先で、彼等はよろけ、ふらつきながら起き上がる。
じっと、荒い息をしながらしばし睨み合い。

『・・・・へへっ』

『・・・・・・』

天空が笑い、ジュニアも無言のまま、それまでの無表情をかすかに綻ばせて笑って。
そして、そのままばったりと同時にぶっ倒れた。

「両方とも戦闘不能?」

『引き分けか』

ま、すごくいいバトルだったよな。

力量がほぼ同等だからこそ、そして、どちらもかなりの実力があったからこそできた試合。
成長振りのよく分かる素晴らしいバトルに、起きたら盛大に褒めまくってやろうと考えながら、は天空のモンスターボールを取り出した。
さってと、まずは治療してやんないとね。



 ■   □   ■   □



数日後、はヒワダシティの入り口に立っていた。
当初の目的だったジュニアとの再戦はできたし、あの時の襲撃の理由―――ロケット団の人間だと思って襲ったものの、人違いと気付いて退いたらしい―――も分かり、疑問も解けた。
研究施設に捕まっていたポケモン達に関しては、ジョーイさんが請け負ってくれている。
まだ降り積もっていた雪は溶けきっておらず、ついでにグチャグチャで足元も悪いがレモンも我が子とクリスマスを過ごす為、いい加減旅立つそうだしそう長居してもいられない。
しばらくオーキド博士やナナミさんとも連絡取って無いし、いい加減マサラに行かんと。血の雨が降る・・・・・!
まだヒワダの通信システム回復してないから、ここにいると言い訳もできないし。

「んじゃ、元気で」

『はい。道中お気をつけて、さん』

『だいじょーぶだってオヤジ、このねーちゃん強いし!』

見送りとして来てくれたリングマの言葉に、背中に手が届かないのでだろう、べしべしとその足を叩きながらヒメグマが笑う。もっともな言葉に思わず苦笑するリングマ。
短い間ではあったが行動を共にしたのだ、達の実力は彼も把握している。

「ジュニア、カノンによろしくー」



リングマ親子と同じく見送りにだろう。
来てくれた彼にそう告げれば、ジュニアはそのガラス玉に似た目でこちらをじっと見ながら。

『自分、一緒、行く』


しっかりはっきり、爆弾発言してくれた。


「・・・・・・ ?」

、言った。ロケット団、倒す』

思わず目を丸くするに、淡々とした平坦な口調でジュニアが言う。
そんな事言ったのか、という目で見てくるリングマ親子。動作がシンクロしてる辺りに血の繋がりがかいま見える。
うんまぁ、確かに言ったねあたし。そして聞いてたっけなジュニア。

『奴等、仲間、傷つけた。許さない』

カタコトな喋り口調に、平坦な声。
けれど、そのガラスにも似た瞳に宿る光は真剣そのもので迷いが無い。

『自分、戦う』

「ジュニア、ちょ、ストップ!待った!カノンのとこ戻んなくていーの!?」

いや、確かにジュニアが一緒に来るんなら心強いけど!
元々はあんたカノンの代理でこっち来たんじゃん!!まだやらなきゃいけない事とかあるんじゃないのか!?!

『・・・・・』

の言葉に、ジュニアはちょっと考え込んで。

『リングマ、後、頼む』

『承りました、カノン殿にも伝えておきましょう。
 あのような奴等を倒す為とあれば、お母上も納得して下さるでしょうしな』

『ジュニア、がんばってな!』

面白いくらいにあれよあれよと纏まる話。
ジュニアの主張は正当なものだし、気持ちは良く分かる。

が。

「・・・・・あのさ、多分時間かかるよ?
 確かにロケット団ぶっとばすけど、あたし寄り道とか全然関係無い事とかもやるよ?
 あたしマジメだけじゃ生きていけないんだよ

ロケット団、そうそうすんなりとは潰れてくんないだろうし。
まぁ、来年中には潰れる決定事項だけどさ。(本編一年目の出来事だよロケット団事件!)

『気にしない』

ため息混じりに言った本音に、しかしジュニアは躊躇うそうぶりも見せずに言い切る。
マジでかお前。知らんぞ後悔しても。

達、気に入った。大丈夫』

真正面から目を見据え、だから連れて行けと言いたげに訴えるジュニア。
帽子を取って、はぐしゃり、と銀色の髪を掻き回して再度、先程よりも深くため息をつく。
何を言っても無駄そうだ。―――まぁ、ジュニアは結構好きだしいっか。

「・・・・・・んじゃ、これからよろしく。ジュニア」

『む』

無感情ながらも満足げに、こくりと頷いた。



ー!」



「ん?」

帽子を被り直して声のした方を見れば、そこにはこちらに走ってくるレモン、それにエオスの姿。
振り返ったにレモンがぶんぶんと手を振って、小走りに駆け寄ってくる。
その後ろから遅れて歩いてくるエオスが、の視線に気付いてにこりと笑った。
リングマとヒメグマも二人の姿に気付き、一礼してからのっそりと山の方へ歩いていく。
その後ろ姿をジュニアと見送り、レモン達へと視線を戻した。

「どったの、レモン」

「どーしたじゃないぴょん。、ガンテツ師匠に頼んだボール受け取るの忘れてるでしょ」

「あ。」

そういやそうだっけ☆
(汗)

ごたごたしてたから完っ全に忘れてたよ。
それに、元々はジュニアとっ捕まえようと思って頼んだんだもんなぁ・・・・・もう要らないし。思い出すはずも無いわな。

「まったくもう。うっかりしすぎだぴょん」

「あははー・・・・・」

カラ笑いしながら、視線をあらぬ方向へ彷徨わせる。
返す言葉もございませぬ。

「はい、ちゃん。忘れ物」

エオスが、おかしそうに笑いながらボールを差し出す。
照れくさい気分になりながら、「ありがとうございます・・・・・」とそれを受け取り、ザックをおろして詰め込む。
微笑ましげな笑顔が結構拷問チック。うぎゃぁ、はじー!

「それじゃあねーエオス。ガンテツ師匠が孫に会わせろーって煩いかもだけど、ま、それは無視すりゃいいぴょん

「エオスさん、ウザかったらヤク盛るのがオススメかと

軽く非道な発言をする二人に、エオスはふんわりと笑い。

「ふふ。アドバイスありがとう、二人とも。元気でね」

「イエッサー!」

「また来るからねーん☆」

レモンが笑ってひらりと手を振るその横で、が敬礼して腰のモンスターボールを外す。
放ったボールから出てきたのは、つい数日前、ボーマンダに進化したばかりの天空だ。

、縁があったらまた会おうだぴょん♪」

「おうよ。おいで、ジュニア!」

ぱちん、とレモンにウインクしてみせて天空の背に飛び乗れば、同じようにぴょん、と後ろに乗るジュニア。
天空が一声、待ちきれないと言いたげに空へと吼えて大きく羽ばたく。
ぶおんっと空気が渦巻いて風を起こした。

「天空、行くよ!」

『おうよ!』

羽ばたきに合わせて、浮き上がる巨体。
揺れる天空の身体の上でバランスを取りながら、ちらりと後ろのジュニアを見て。

「そういや、ジュニアにも名前あげないとね」

『名前?』

「そ。欲しがってる奴か仲間にした奴には名前付ける事にしてんの・・・・・嫌ならしないけど」

高く高く、空を目指して羽ばたく天空。
眼下の光景が、少しずつ遠ざかって見えなくなる。
ジュニアは無言で首を傾げていたが、やがて『名前、嫌じゃない』と言った。に、と笑う。

「よぉっし。それじゃー・・・・・」

さて、どんな名前にしよっかな。
ジュニアにぴったりな名前ぴったりな名前・・・・・目が蓮色だし、その辺りで攻めるか?
ただ“蓮”って呼ぶのも物足りないし。
首を左右に傾けながら、たっぷり数分間くらい熟考して。

「きーめた!ジュニアは今日から“睡蓮”だよ」

蓮は水に縁深い花だ。
そのまま“水蓮”と付けず、水の文字を“睡”と変えたのは、ジュニアがポケモン達の様子を見たり、治療を受けるように説得したりとか動いてる時以外はよく寝てた所から取ってみた。
電源切れのロボみたくイキナリぶッ倒れて眠り出すのにもビビッたな。うん。
ま、そのへんも含めてかなりピッタリくる名前だと思う。さすがあたし、天才だ!!(笑)

『睡蓮。睡蓮・・・・・』

新しい名前を、どこと無く噛み締めるようにジュニアは何度も呟いて。

『覚えた。自分、睡蓮』

満足そうに、の後ろで頷く。
目を細めて見上げた空は、青々と、晴れやかに澄み渡っていた。



 ■   □   ■   □



ピピピ、ピピピ。

二人の姿が見えなくなるまでその場に佇んでいたエオスは、突如として鳴り響いた音に慌てる事も無くポケットからポケギアを取り出した。画面に表示された着信者名を見て笑みを浮かべると、通話ボタンを押して耳に押し当てる。

「――――定期報告にはまだ早いと思っておりましたが、“ユーミル”様」

<しゃーないやん、結果が気になってたまらんのやし。つうか、まだわいが次代継ぐて決まっとらんで、エオス>

「ご冗談を」

電話越しに響く声は、明らかに幼さの残る少年の声だ。
彼の言葉を一言の元に切り捨て、それでも丁寧な言葉を崩す様子は欠片も無い。

「あの男の相手をなさりながらも、押し付けられたとも言えるこちらの一件を処分してしまわれた。
 あなた様とあれの実力差は自ずと知れましょう」

形式のみでは無い、確かな敬意。
エオスの言葉に電話の向こうの少年は、楽しそうな笑い声を上げた。

<ははっ。あんな天才気取りのアホウに負けてたまるかっつう話や。
 それに、結構重要な時期やしなぁ。ロケット団なんぞに今、勢力広げられるんは困る>

「まさしく。“オーディン”様や“フェンリル”様もお喜び下さる事でしょう」

<失敗したらヤバかったけどな、首が>

くわばらくわばら、と唱える声。

<それで、首尾良く行ったんやな?>

「はい。すべてご指示通りに。
 今回の計画にご協力頂きましたトレーナー二人は何も疑っておりませんでしたし、心配はご無用かと」

強盗団の者達からの、催眠術による記憶操作及び自分達に関する記憶の消去。
ロケット団側の協力者の記憶操作、使用した小道具の処理。
すべては計画通り。疑う者など、存在しない。

<手際ええなぁ>

「お褒めに預かり光栄です」

ポケモンによる記憶操作と改変。
は知らない。強盗団の脱獄を手助けし、本人達にすら気付かれないようヒワダへと導いたのが彼等だと言う事を。
ロケット団を始末する為、街に張り巡らされていた情報網の存在を。
とレモンをこの一件に関わらせる為、強盗団のブーバーをロケット団の研究員の手に渡るよう工作し、解き放たれたブーバーがによって倒されたという情報や、彼女達がガンテツの家に出入りしているという事を吹き込んだのもエオスだ。がほぼ毎日のように森へ、自分のポケモンを行かせている事さえ知っていればブーバーと出会わせるのは容易い事だっただろう。
そして強盗団の連中がロケット団と関わっているのだと誤解させる為に、あえて自分のケーシィで連中をロケット団のアジトまでテレポートさせ、手がかりとしてRと刺繍の入った帽子まで落としていった。
しかもこの計画は本来練られていたものでは無く、とレモン、という二人の不確定要素が入り込んできたために新たに組み直されたものだった。それも、片手間に、だ。

鮮やかなまでの手腕に、恐るべき才知。
それでこそ“ユーミル”の名を継ぐに相応しい、とエオスは思う。
己は、この少年に動かされる駒に過ぎない。

<情報の統制やらはこっちでやっとくで、後はゆっくり骨休めしとってええでー>

「畏まりました」

<協力、感謝しますよって>

ダンナにもよろしゅーなー、と言うのを最後に、通話が切れる。
ポケギアに視線を落としたまま、エオスは一人、満足げに微笑を浮かべた。

友人であるレモンも知らない、彼女のもう一つの顔。

青空の下、影が静かにわだかまっていた。






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裏側で手を引いてたりする組織がちらほらと。
最近の戦闘多めな展開に「これってバトルものだったっけ・・・?」と呟いてみたりです。