ゴローニャの大爆発は凄まじいものだった。 爆心地付近の木は倒れて、衝撃は雪を抉って地肌を露出させる程。 木々に積もっていた雪はその総てを地に落として身軽になり、新雪をその身に纏い始めている。 「・・・・・あっぶねー」 爆発の衝撃で被った雪を払いながら、はむくりと身を起こした。どうやら、降り積もった大量の雪がクッションの役割を果たしてくれたらしい。周囲の被害はそれなりのものだが、その割にダメージは少なかった。 「ヘタしてたら、あたしらまで吹っ飛んでたね」 同様に雪の中から身を起こし、クリちゃんの被った雪を払うレモン。 クリちゃんは先程からかなりの騒ぎが起きているにも関わらず、すやすやと心地よさそうに眠っている。 ひょっとしたら、泣かれたりしたら面倒だ、と眠らされていたのかも知れないが。 「それにしてもレモン、よくこの場所分かったね」 「に渡す前に、あたしも地図見たもん。記憶力は良い方だし、派手にドンパチしてたじゃん? けっこー簡単だったぴょん」 肩を竦めてみせるレモンに、それもそうかと苦笑いする。 まぁ、何にせよ助かったのも確かだった。 「助太刀サンキュー。クリちゃんとかここの連中、頼んでいい?」 モンスターボールを一つ、腰から外す。 逃げたのは二人。相手はかなり物騒な連中だ―――このまま逃がせば、後々に面倒の種を残す。 にっと笑い、レモンはあたしに向かって親指を立ててみせた。 「オッケ、任せとくぴょん」 「よっしゃお願い!」 レモンなら信頼できるし、腕も確かだ。 は逃げた連中を追跡すべく、ボールからポケモンを解き放った。 【 真夜中バトル 】 雪の森での鬼ごっこは、互いの足の速さに勝敗がかかっていた。 確実に残ってしまう足跡を相手は消そうとしていないし、消しているだけの余裕は無い。 “大爆発”でどの程度距離を稼がれたのかは判然としないが、雪が降り続ける中に残る足跡から見て、連中との距離がそう離されていない事は確かだった。 「白夜、追いつける?」 『無論だ』 そっけない答え。白夜の走るスピードが上がる。 何処まで行っても変わり無いようにも見える周囲の風景が後方へと流れていく。夜と雪の帳に覆われた森の向こうから、顔めがけて雪が吹きつけてくるがそれには構わず前方を凝視して目的とする姿を探す。 クリちゃんはレモンに預けてあるし、心配する必要も無い。後は存分に逃げた連中をボコるのみだった。 逃がす気は毛ほども無い。やがて見えてきた影に、は獰猛に破顔した。 「――――見つけたァっ!」 見えた影が刻々と大きくなる。相手もこちらを振り返り、何か叫んだようだったが風にまぎれてそれは耳に届かなかった。 レアコイルを連れた男がこちらを向く。どうやら戦うつもりらしい。もう一人も覚悟を決めたらしく、パルシェンを出す。 「“カマイタチ”」 指示だけ出して、速度を上げる白夜の上から跳び下りる。 雪の中を一転して衝撃を殺し、体勢を立て直して。 ひゅおう 横を、一陣の風が駆け抜けた。 そのあまりの速さにか、雪が巻き上げられ黒衣をはためかせる。 黒い影―――否、そのポケモンはの横を雪煙を舞い上げて駆け抜け、一気にレアコイルへと迫り。 浴びせかけられた大量の雪と泥に、レアコイルの姿が視界から掻き消える。悲鳴じみた金属音。 『ニンゲンのねーちゃーん!』 場違いに明るく響いた幼い声に、後ろを振り向く。 てふてふと駆け寄ってくるリングマの姿に一瞬ぎょっとしたものの、すぐにその足元で手をふるヒメグマの姿に気付いた。 『お怪我はありませんかな、お嬢さん』 『へへー。ねーちゃんが危ないの見て、オヤジとジュニア呼んできたんだぜ!』 穏やかな口調で尋ねるリングマの足元で、ヒメグマが褒めてと言わんばかりの様子で胸を張る。 いや、危険だったのは十分以上前の話なんだけど。 慌てて助けを呼びに行ったのだろうが、雪が深いのと、ヒメグマの足が短いのとでそう速く走れなかったのだろう。 それを突っ込むのは無粋だな、とちょっと苦笑して、はヒメグマの頭をよしよしと撫でた。 「助かったよ、サンキュ。―――ところで、“ジュニア”って・・・・・・・」 『カノンさんのご子息ですよ。彼女に仕込まれただけあって腕は確かだ』 『すっごい強いんだ!あんなやつらジュニアにかかればいちころさ!』 「へぇー・・・・・」 うぅむ、すごい信頼のされよう。 先程影の突っ込んでいったほうを見れば、未だうっすらとたゆたう雪煙と闇の向こうから白夜と、ジュニアらしき影が出てくる所だった。こちらへ近付いてくるその姿から影が薄れ、だんだんと鮮明になってくる。 カノンとは全く異なる種であることに一瞬疑問を感じたが、“義理の息子”だと言っていたのを思い出して一人で納得し。 「・・・・・って白夜、何持ってんの?」 戻ってきた白夜は、何かを口にくわえていた。 無言で突き出すようにして差し出され、はそれを受け取る。 どうやら帽子らしい。黒を貴重としたそれは、何処か見覚えのあるシロモノだった。 『一人取り逃がした』 「え、マジ?」 苦虫を噛み潰したかのような仏頂面で告げられ、その意外さに目を丸くする。 手負いの相手だ、思わぬ加勢も入った事だし動きの速い白夜なら確実に狩れると思ったのだが。 『“テレポート”だ。その時のケーシィが、そいつを落としていった』 「成る程。テレポートじゃ止めようも無いか」 “黒い眼差し”でも使えていれば別だっただろうが、使えないものは仕方無い。 何の変哲もないように見える、しかし何となく覚えのある黒い帽子を裏返してみて。 「あ。」 小さく赤で刺繍されたアルファベットに、思わず呟いた。 『何か手がかりでもありましたかな?』 「あー、うん。なんかもう、これ以上は無いってくらいのが」 黒地に鮮やかな“R”の一文字。 これはもう確実に、思い当たるのは一団体しか存在しない。こっそり自己主張強いなオイ。 悪の組織なら影に隠れて闇に生きろ。基本だろそれが。 『なになに!?おれにも見せてーっ!!!!』 ヒメグマ少年、興味津々。 「はいよ」 屈みこんで、刺繍されたマークを見やすいように帽子を裏返す。 ジュニアと白夜も気になっていたらしく、ヒメグマの横からそれぞれにマークを覗き込む。 以前に戦った事があるだけに、白夜は直ぐに気付いたようだった。『あの連中か』とぼそりと呟く。 『――――見た。知ってる』 ひどく無感情な、しかし澄んだ声。 声の主が誰なのかに気付き、と白夜の視線がジュニアに向けられる。 『森、いた。仲間、おかしくなる、こいつら、原因』 やけにブツ切りな言葉だが、その意味はすぐに読み取れた。 達の見つめるその先で、カノンの義理の息子であるサンドパンが、帽子から顔を上げてこちらを見据える。 黒では無い、紫苑のものと似た色彩の――――けれど、まったく違う・・・・・蓮色の瞳。 記憶に残るその色に、息を呑んだ。 『前、間違えた。すまない』 『・・・・・・貴様だったか』 白夜が納得と驚きの入り混じった声でそう漏らし、そういう事か、とは一人で納得する。 事情の分からないリングマとヒメグマは、不思議そうに彼等を交互に見つめていて。 仕切り直しの意も込めて、はパンパンと手を叩いた。 「はいちゅうもーっく。ま、細かい話は後回しとして――――」 全員の視線がこちらを向く。 帽子を近くにいたヒメグマの頭に被せ、立ち上がる。 あいつらがR団と繋がりがあって、この辺りでR団らしき人間も目撃されていた。 確証は無い。 けれど、確信できた。 R団の潜伏場所は、あの場所だと。 だから言う。 軽く、まるで友達を遊びに誘うような気安さで。 「明日になる前に、もうひと暴れといこうか」 ■ □ ■ □ ヤドンの井戸、地下――――R団研究施設。 「氷月、“吹雪”!」 『チッ・・・・おい氷月、ちゃんと狙え!』 『いいじゃありませんか、その程度避けられるでしょう?』 『潰す。許さん』 がしゃーん。ぱりん。がっきょん。 『はっはっは、生温い攻撃ですな』 『へっへーんだ!こっちまでおいでー!!』 どっかん。ごっきん。ずがしゃーん。 『紫苑ーこのヒモみてーなのって何だと思う?』 『えぇっと。分かんないですけど・・・・・多分、何かのコードじゃないかと』 「つまり切っちゃってオッケー♪って事さ天空」 『おっしゃー!』 「あ、紫苑あれにサイケ光線」 『はい!』 ちゅど−ん。ごぎょっ。どっかん。 悲鳴。爆音。怒声。ポケモンの鳴き声。何かの割れる音。 白衣を着たR団員達が逃げ惑う。応戦する者もいるが、研究施設内である事が仇となってどうしても受身に回らざるを得ず、達の遠慮などスズメの涙程度すら存在しない攻撃、もとい破壊活動を止める事ができずにいた。 一応戦闘員も配属されていたようだが、圧倒的な力量差の前では彼らの攻撃に何の効果も無い。 高価な電子機器の数々が片っ端から破壊され、ただの鉄クズへと変わる。戦いの余波で、あるいは意図的にガラスが粉砕され、その内側に捕らえられていたポケモン達を開放する。 「なんなんだ貴様らは!」 「ふっ・・・・・あたしはポケモンの味方☆ポケレンジャー・ファントムブラック!」 随時メンバー募集中☆(ポケレンジャーであってポケモンレンジャーでは無いので、間違えないよーに。) ポジションはブラック以外全部あいてるぜ! 『阿呆ですか』 「がふっ」 氷月のツッコミと共に冷凍ビームが放たれ、名も無きR団員を氷漬けにする。 何人か一緒に凍ったようだが、悪は滅ぶって事でまぁいいか。 ってゆうかさ。 「今あんた、あたしも狙ったろ!」 『酷い誤解ですよ主殿。天地神明に誓い私はそんな面白い事はしておりませんとも』 『面白いっつったよな今』 『凍りますか天空』 刻々と追い詰められ、叩きのめされ倒れ伏していくR団員達。 軽口を叩きながら―――R団員から見れば一人で喋ってるようにしか見えないだろうが、まぁそんな事を気にしていられる奴は一人もいなかったりした―――全体を把握し、時に仲間のフォローをしながら自身敵を殴り蹴り叩きのめす。 『おい、さっき逃がした奴がいたぞ』 「よっしゃビンゴー。んじゃ、気絶させといて」 『もう気絶してる』 「何だ、つまんない――――のッ!」 助けを呼ぶつもりだったのだろう、やられたフリをしてこっそりポケギアを使っていた研究員の頭にブーツの底を叩き降ろす。研究員は、強制的に床と熱いキスを交わすはめになった。 『ヒメグマ。危ない』 『うゎあっ!?あ、ありがとジュニア!』 『・・・・・・・やるじゃねーか』 あっちはあっちで連携プレー(っぽいもの)が成り立っているようである。 研究施設に襲撃を仕掛けてから30分もしていないが、さして大きい施設でもない上に人員も少ない為、ほぼ壊滅状態となっていた。元々井戸の地下にあった天然の空間を利用してこの施設を作った様だし、そう広げる訳にもいかなかったのだろう。ヘタをすればヒワダの住人に気付かれる。そうなれば、秘密基地としての価値は無いのだから。 あたし自身、ゲーム内容を覚えてなければ井戸の地下にR団の基地があるなんて気付かなかっただろうし。 浸水対策に防水加工までしてあるんだから、R団の財力も大したものだ。 『紫苑、後ろが疎かになってますよ』 『きゃっ!?ありがとうございます、氷月さん!』 適当に、まだ意識のある研究員を見繕うと胸ぐら掴んで引きずり起こす。 打撲で頬が紫色になっている研究員は、恐怖に顔を歪めて青ざめた。 「い、命は!命だけは助けてくれ!私には妻と子が」 「うんうん。死にたくなかったら素直に質問に答えろよ☆」 ってゆーか殺さねぇよという本音は心の奥に留め、可愛く脅しをかければ相手は首が取れるんじゃないかという勢いでコクコク頷いた。素直でよろしい。まぁ、命かけてまで組織に尽くす奴はそういないわな。 「ここで何をしてた?」 「ポ、ポケモンのバイオ研究だ!」 返す声は半分悲鳴に近かった。 「バイオ研究?」 「様々なポケモンに薬品を与えたり改造を施すことで、そいつの力を上げたり進化を促す実験なんだ! 種類によって薬の効果が微妙に違っていたり低い効果しか得られなかったりするから、その改良をここでして」 「細かい説明は必要無い」 恐怖でべらべらと舌の軽くなった研究員の口を、一言で封じる。 長々聞いて楽しい解説でも無さそうだし、専門的な説明をされても意味不明なだけだ。 「薬を与えたポケモンをどうした?」 「そ、そこらに放した。実験が終われば用済みだし、薬の副作用で凶暴化するから危険なんだ」 ポケモンの凶悪化の原因はこいつらか。 予想はできていたものの、実際この施設に乗り込んだときの光景はむなくそ悪いものだった。 ポケスペのマンガでもやってたのを覚えているが、マンガを読んでいたあの時と、実際にポケモン達と旅をしてきてから現場を見るのとでは違った。・・・・・ムカムカしてくる。 しかし、分からない。 「何でジョウトで実験をしてる?R団の本拠地はカントーのはずだ」 ここはジョウトで、カントーじゃない。 ポケスペはハマってただけに覚える程に読んだけど、R団がジョウトで活動するのはレッド達が一度、R団を壊滅させてサカキが姿を消した後だ。それ以前にジョウトで活動してたなら、それらしい話題がポケスペに出ていてもいいはず。 「し、知らない・・・・・・」 「ふーん知らない。そっか 命はいらないかー 」 「本当だ!本当に知らないんだ!!私はただの研究者で、上層部の考えなんて分からん!!殺さないでくれ!」 必死になって命乞いをする研究員の様子から見て、多分本当の事なんだろう。 年下の、自分より小柄な少女に拝み倒さんばかりの勢いで―――助かるためなら何でもしそうだ。いやもう本当。―――哀願してくる研究員のむなぐらから手を離せば、恐怖から開放されて気が抜けたのか、研究員はそのまま床に崩れ落ちた。どうやら気絶したらしい。研究員を爪先で軽く小突いて、は混戦の輪に加わる。 無秩序な真夜中のバトルは、終わりを迎えようとしていた。 TOP NEXT BACK |