「―――無様ね、セン」

艶然と吊り上がった唇から放たれた言葉は、静かな嘲弄の響きに彩られていた。
後始末に奔走し、ろくな休息も取っていない彼は疲労のため、常になく苛立っていたが反論はしない。
その言葉を何より痛感しているのは、紛れもなく彼自身だったからだ。
無言で噛み締めた奥歯が、ギチリと鳴る。

「今回の失敗、もはや弁明のしようも無い・・・・・サカキ様はお怒りよ」

「・・・・・・・・・・・・・・元より、弁明する気はありません」

研究所はもはや崩壊状態、その過程で研究データのいくらかを消失させ、果てはミュウまでも奪われた。
あの研究所を任されていた警備班のリーダーとしては、この上無い失態だろう。
かすかに会釈し、ナツメの横を通り過ぎる。

「フフ・・・・本当に無様。でも、貴方にはお似合いかしらね」

「――――ッ」

視界が真っ赤に染まる感覚を、てのひらを握り潰さんばかりにして耐えた。
足を止めるその背後で、足音と気配が次第に遠ざかっていく。
それを感じながらも、センはその場から動かなかった。
腹の中、渦巻く激情に付けるべき名は何処までも種別し難いもので。

「・・・・・・・・いずれ、借りは返す」

ひっそりと噛み締めた言の葉は、何処までも苦かった。
彼がサカキから、大幅な降格処分を受けるのはこのすぐ後の事である。







     【 宴会リミットブレイク 】






天上に敷き詰められた藍の天鵞絨、その上に輝くのは銀を帯びた真珠色の満月。
賑やかな笑い声も交わす言葉も、ともすれば騒音以外の何物でも無かったが、それに腹を立てるような無粋者はこの場には一人として存在しなかった。
どこまでも盛り上がりまくるポケモン達を眺めながら、はツボツボ達特製の酒に舌鼓を打つ。

「んーっ旨い!やっばいなぁ、フツーの酒が飲めなくなるってコレ」

率直なの賛辞に、ツボツボは嬉しそうに胸(?)を張って見せた。

『はっはっは、何せそれが僕らの自慢!そうそう遅れは取りませんよ!』

「よっ職人気質!ツボが本職なだけあるぜ!!

『わーはっはっはっはっははわぉおおおおううッ!?』

高笑いの結果、地面にのめり込まんばかりの勢いでひっくり返るツボツボ。
起き上がろうとじたばたもがいているが、うん、ちょっと無理っぽい。

「頑張れー♪」

ぬぅおおおおう! と叫びながらもがいて無駄に回転するツボツボにエールだけ送って、派手に騒ぐポケモン達を見る。
この場にいるポケモン達の大半は、“テレポート”によって騒ぎに乗じてグレンの研究所から逃れてきたポケモンだった。
逃亡先としてこの双子島を選んだのは、ポケモンの数が多かった為、全員を遠くへ飛ばすには数少ないエスパーポケモン達の力が足りなかった事と、テレポートできる距離内でもっとも安全だと思えるのはここだった事が理由だそうだが、そのため達がたどり着いた時には、双子島はまるで野戦病院さながらな有様だった。

「ま、何にせよ上出来ってトコかな」

の聞いた限りでは、死傷したポケモンは誰もいない。
未だ癒えない傷は残るものの、少なくとも皆が騒げる程度には回復した。
介抱に走り回った甲斐はあったが、そーいやロクに休んでないよなぁとここしばらくのハードな看護生活を思い返していると、呆れたように見慣れた顔が覗き込んできた。

『なーに老け込んだ顔してるのさ?』

白蝋の人形のようだった血の気の薄い肌は健康的な元の色彩を取り戻し、その動きには既に、捕らわれていた間の疲弊は微塵も残ってはいない。以前通りの元気さを取り戻した貴姫の言葉に、はふっと口元を綻ばせて。

「アンニュイって言えや」

ずびしと貴姫にチョップを入れ―――ると見せかけて素早くホールドして引き寄せ、

「うりゃー」

『ひゃゥあはははははははっ!?!』

やる気なさげに、しかし邪悪に指をわきわきさせて固定した貴姫を くすぐり倒した。
目は邪悪に爛々と煌き、浮かべる笑みはまさに魔界の女帝様。

「ほーれほれほれほれ」

『あひゃわはあはははぁははは、や、やめッ!』

「んっふっふっふ、ここか。ここが弱いのかなー?」

的確にツボを押さえた動きで連続攻撃を加えていく
その攻撃に、容赦の二文字はまったくもって感じられなかった。
哀れ、貴姫はなすがままだ。

『にゃああのはははッはひゃひあふはははっ!』

「ふははははは、泣き叫べ、命乞いするがいい! しょせん無駄な足掻きぞ!!

『・・・・・・助けてぇえええ・・・・・・・・・・・・・・・』

腹筋を酷使しまくった笑い声を背景に、切なそーなツボツボのSOSが響く。
結局貴姫が解放されたのは、ひとしきりくすぐりまくられて笑い声が痙攣に変化した頃だった。
ピクピクしている貴姫を膝の上に置いて、イイ汗かいた!とばかりに汗をぬぐう仕草をする。

「ふっ・・・・・正義は勝つ

『・・・・・正義・・・ですかね・・・?』

逆さまになったままの体勢で、不審気に呟くツボツボ。
それには、手を無駄にわきわきさせながらうっすらと危険な微笑を浮かべて。

「何か言いたい事があるんなら、満足いくまで聞いてやるぜ☆」

『はっはっはっは☆』

ツボツボは笑って誤魔化した。
それで良しとばかりに重々しく頷き、は手近に下ろしてあったバックを手繰り寄せて紙の束を引っ張り出す。
言うまでもなく、それはR団からパクッてきた研究資料の一部だ。
手酌片手に宴会の席で見る内容でも無いし、そもそも素人に理解でない事は考えるまでもない。

『・・・・・・・・・・そんな辛気臭そうなモノ見てないで、主催者らしく騒いで来たら?』

「主催はあたしでも主役はポケモン。それに、ちょーっとばかし気になるのがあってね」

膝の上に転がったままで見上げてくる貴姫に、資料をざっと選別しながら返す。
この宴会の意図は、大体回復してきたポケモン達への励ましと、これまで看護に力を貸してくれたポケモン達に連日のストレスや疲れを発散してもらう事だ。まぁ、裏方と主役の区分はフリーダムな感じだし、としても大いに混ざって遊び倒したいところだが、どうせなら疑問を解消してからの方がいい。

「お、あった」

のちょっとした疑問。
それは、あの研究資料群の中にあっては異質だった『世界神話全集』――――
そこに挟み込まれていた、最後に放り込んだ紙切れだ。
何故かそれだけは別扱いだった紙切れは、少しばかりの好奇心をそそった。

「えーっと“前略、カツラ君――――」





君の送ってくれたレポートは非常に刺激的であり、私も楽しく読ませて頂いた。
ただ、“シロガネ”はそれらしい者も含め、現存する神話のいくつかに存在するが、一個人ではなく一つの部族だったと結論付けるのはいささか早計であると忠告せざるを得ない。





「へー、そんな見方もあるのか・・・・・“シロガネ”ってさ、貴姫の知り合いだっけ」

『そうだけど。なになに、ボクにもそれ見せて!』

「ぅおわッ!」

一瞬で膝の上から顔の真横へと瞬間移動し、手紙らしき紙切れを覗き込む貴姫。
急な消失と出現に跳ね上がった心臓を押さえて、は軽く貴姫の額を小突いた。

「たっく、心臓が破裂したらどーしてくれる!?」

『だいじょーぶでしょ、ってば鋼の心臓だし』

「失礼な、あたしの心臓は純粋無垢ダイヤモンド製ですぜ?」

『あはは、それだけ強度があれば心配無いね☆





“シロガネ”が神話に一貫して“旅人”という役割を付されている事、銀髪銀眼という特徴を持つ事は、その推論に至るに十分な余地を持っているとは思う。
“『忠告なり助力なりを与える美しい乙女』というスタンスは物語が伝承する過程では英雄に欠かせない存在であり、それが神話の伝わる過程でいくらかのキャラクター付けを行われた結果なのではないか”とはカツラ君も知っての通りにレンギョウ博士の説だが、一概に否定するだけの要素も肯定するだけの要素も無い事は述べるまでも無いだろう。





『こんな説があるんだぁ・・・・・ううん、思わず説得されそう

いやいやいや!本人知ってる貴姫が説得されてどーすんだ!!」

真顔で唸る貴姫に裏拳ツッコミを入れ、再度視線を手紙に戻す。
しかし、何故に手紙にシロガネが出てくるんだろうか。
研究の息抜きかなんか、――――にしては真面目に話題にしてる気もするが。





しかし、私見を述べさせてもらえば私は、“シロガネ”とは人間よりもポケモンに近い何かだったのではないかと思っている。





とうとう人外の扱いに ・・・・・ああでも、シロガネ山神話だと神様扱いだっけか」





「鬼の子」が何らかの自然災害、もしくは伝説とされるポケモンの引き起こした災害の寓意であり、それを抑えたのは“シロガネ”と呼ばれる何かだったのだとすれば?
“シロガネ”とは現在の時代に残っていない共通の概念であり、その端を発するのが“シロガネ山”なのではないか、とも言われているが、カツラ君も知っての通り、“シロガネ”が神格化されているのは“シロガネ山”でのみだ。





「貴姫ー。シロガネって色んな神話に出てくるらしーけどさ、あれって何で?」

『人間のした事、ボクが知ってるワケ無いでしょ。ああでも、あっちこっち旅して回ってたからその名残じゃないかな』

「名残が神話化かよ・・・・・・本気で人間か謎になってきたぞ、シロガネ」





神格化される概念は宗教として勢力図を広げて影響力を行使するが、神話の発生時期を考えるだにそれは順序として矛盾を持っており、些か現実味に乏しい説だ。
私としては“シロガネ”が何者であるかを直接探求するよりは、神話の比較を行う事が伝説のポケモンに関しての真相に近付く最短では無いかと考えている。
だがこれは私、フジ個人としての考えであるので、カツラ君の視点からの反論もあるだろう。
不快な思いをさせたようであれば申し訳無いが、良ければ是非とも、直接会って意見を伺いたいと思っている。





「―――――草々”。なーる、つまりは若かりし日の意見交換のアトってとこか」

R団には何の関係も無さそうだが、話のネタとしては面白い方だろう。
しかし、“フジ”ってどっかで聞いた事があるような無いようないやあるかもでも無い・・・・・・まぁいいか。
記憶の何処かに引っかかった疑念を「植物の名前と同一だから引っかかっただけだよね☆」とそんな感じの理屈で強制消化して、はカップに残っていたツボツボの酒を一息で飲み干した。

「ぷはぁーッ!ところでさぁ貴姫、シロガネって伝説ポケモンと関わってた?」

『・・・・・なんでそんなコト聞くの?』

「いや、この手紙のここんところ・・・・“神話の比較を行う事が伝説のポケモンに関しての真相に近付く最短では無いかと考えている”ってあるじゃん。シロガネのネタ一色な手紙でこんな発言出てくるって事は、何か関わりでもあるのかなーと」

の記憶にあるのは『シロガネ山伝説』だけだが、ひょっとしたら他にも何か載っていたのかも知れない。
口元に手をあててむーんと唸るに、貴姫は軽く肩を竦める。

『そりゃ、各地回ってれば多少は関わるでしょ。特に昔は、今よりポケモンと人間の距離も近かったしね』

「んー・・・・・・そーゆーもん?」

『そーゆーモノ、だよ?』

貴姫の言葉に何とは無しに消化不良な気分になりながら、は軽く息をついて紙切れを書類と一緒にバックに戻した。
機会があったら、シロガネの出てくる他の神話を読んでみるのもいいかも知れない。
貴姫がサイコキネシスで、モモンの実を引き寄せる。

『はい、の分。ツボツボもどーぞ♪』

「さんきゅー☆」

『いやあ、ありがとうございます!』

逆さになったままでモモンの実を受け取るツボツボ。
そのままの姿勢でかぶりつく所を見る限り、もはや起き上がるのは諦めたっぽい。
器用だなーと思いながらもよく熟れた果実に歯を立てれば、瞬間、甘い果汁が口一杯に広がった。

『それにしても盛り上がってるよねー』

「とーぜん!宴会で盛り上がらんで何処で盛り上がる!?」

一笑して夜空を見上げれば、うっすらとたなびく雲を纏ってぽっかり浮かぶお月様。
少しの欠けも無い姿に、そういや前回の宴会の時もこんな月だったっけかと思い出す。
そうそう、それでカノンの言う通り月に祈ってみたら――――・・・・・・・・・・



「・・・・・・お月様お月様、できれば今回も擬人化ネタを超希望

『あはは、ってば目がヤバーい♪

軽やかな貴姫の貶しにも負けず、待つ事しばし。


しばし。




・・・・・・・・・・・しばし。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・チッ

真顔で舌打ちして、モモンの実にかぶりついた。
ふん、どーせ擬人化なんてドリームだよ腐女子の妄想だよチクショー夢見て悪いかァアアアアアア!!!!

      ・・・・・・・・・・・・・・ィィィイ―――――ン

「っ!」

内心絶叫した瞬間に起きた、黒板を引っ掻いた時のような不快を伴う耳鳴り。
イヤリングの石の部分が帯びた熱が、肌に触れてさえいないのに空気を通じてその熱さを伝える。
それは、確かに以前にも覚えのある現象だった。

「って 時間差かよお月様ッ!?

『月にツッコミとか、すっごい無意味だよ?

月に映し出された淡い影は、先程までと違ってと近しい形を取っていて。
耳鳴りは止み、空気を伝わる熱も、もう感じない。


そして目の前に横たわる、質量ありすぎなツボツボ人間バジョーン。


「・・・・・起き上がれなかった理由って、実はこれかひょっとして」

『うーん立派なダルマ体型

せめてツボ体型と・・・・・・・!

「いや、変わんねぇよ

半眼で返し、宙に浮遊している貴姫を見上げる。
ベリーショートの髪に、湖面いっぱいに光を湛えたようなくりくりとした瞳。
シンプルな白のワンピースとレギンスの取り合わせが、一見して少年とも見紛う細い身体にはよく似合った。
見上げるの目を見返し、貴姫が不思議そうに首を傾げる。

『なに?』

「いや、ほんっとに年齢不肖だよなーと」

人間バージョンになれば少しは分かるかなーとか思ったんだが、どうやら甘かったようだ。
残ったモモンの実を口に詰め込み、手についた果汁を舐め取って立ち上がり。


「さってと。擬人化萌えGETだぜー!


『いってらっしゃーい☆』

『ギジンカモエ・・・・?』とか心底ふしぎそーに呟くツボツボの発言は残念ながら気にも留められなかった。
キラキラお目々で駆け出したを、こっちも笑顔で貴姫が見送る。
ひらひらと片手を振りながら、半分ほど消費されたモモンの実をかぷりと齧った。

『――――嘆かないんだね、君は』

『嘆くべきコトでもあるのかい?』

背後から響いた、澄んだ声にのんびり返して、貴姫はくすりと微笑する。

『ごめんね?ツボツボ。ちょーっと席、外してね』

『え、は――――うひゃあッ?!』

驚いたような悲鳴を最後に、視界にとてつもないボリューム感で存在していたツボツボの姿が掻き消えた。
遠く騒ぐ、ポケモン達の声が嘘のように隔絶された静寂。
夜空に瞬く星を見上げて、貴姫はまた一口、モモンの実を齧る。

『まだ、時が来ていないってだけの話・・・・・でしょ。
 “嘆くには値しない、愁う事無く待てばいい――――世界が求めているのだから”って、ね』

心底愉快そうに、貴姫は芝居の一説のような台詞を諳んじてみせた。
青年が目を見張り、次いで、淡い苦笑で口元を彩る。

『あいつの台詞か。懐かしいな』

『そう?あっとゆー間だった気がするな、ボクは』

最後の一口を放り込んで、体重を感じさせない動きで地に降り立つ。
ふぅわり、と空気を孕んでワンピースの裾が揺れた。
頭二つ分ほど高い位置にある青年の顔を上目遣いに見上げて、パンパン、と手を打つ。

『くだんない話はオシマイ。
 久しぶりの“宴会”なんだからさ、――――踊りましょ?』

そうして悪戯っぽく微笑んで、少女姿のミュウは青年に手を差し伸べる。

『・・・・・そうだね』

小さな手を取り、その腰を優しく抱き寄せて。
青年姿のフリーザーは、甘く、柔らかに微笑んだ。



 ■   □   ■   □



その頃、萌えを求めて旅立ったは。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おーい、白夜ー」

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

ごくごくごくごく。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おーい、(たぶん)睡蓮ー?」

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

ごくごくごくごく。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』


ごっくごっくごっくごっく。


「っだぁああああああ!何でお前ら無言で飲み比べしてんだーッ!?!」

威圧感だけは著しい異空間に立ち会っていた。
片方仏頂面、片方無表情な美形二人なだけに、近寄り難さは倍増である。
萌えより突っ込みが先行する光景に頭を抱えれば、近くに死屍累々と転がっていた連中のうち、青くてデカい物体がのそり、と気だるげに身を起こした。何とはなしに見た黒玉の瞳はとろりと濁って焦点が合っておらず、鼻を突いたアルコールの匂いに、は迷わずいつでも逃亡できる距離を取る。

『っせえなぁ・・・・・・アタマに響くだろ』

聞き慣れた声でボヤいたのは、海の青を溶かし込んだような髪に、鮮やかな群青の、軍服のような服を着崩した青年だった。渋面でこちらを睨むその表情は、少年のような子供っぽさがある。

「・・・・何だ、天空か」

『あ゛ぁ゛?誰だと思ったんだよ』

「ぬぉっ!?」

酔っている割りには意外と素早い動きで、天空がの腰を引き寄せた。
すとん、と天空の膝の上に座る形になったの腹に両手を回して、その肩にあごを乗せる。

『げっとだぜー』

「うわーい 嬉しくねぇー

酒臭いくらいは別にいい。
しかし、酔っ払いは大概話が通じないので、としてはできれば相手をしたくない。
天空の腕を外そうと力を込めてみるが微動だにせず、こりゃ全力で抵抗しても無理だな、とは早々にサジを投げて、飲み比べをしている二人を眺める事にした。

「白夜の相手してんの、睡蓮だよねー?」

『それ以外の誰に見えるってんだ、あ?』

「明言できないから聞いてんだっつの」

ガラ悪くなってんなぁコイツと考えながらも、は睡蓮の人間バージョンを上から下までじっっっっくりと詳細に念入りにしつっこいくらいに容赦なくガン見する。
金に程近い茶髪を無造作に背に流した、特徴的な、無機質にも思える蓮色の瞳の青年。
血の繋がりなど無いはずなのに、その面差しは何処かカノンを思わせた。
白を基調とした動きやすそうな服の上から、所々に白い輪宝の文様が入った朽木色の着物を羽織っている。
うんうん、いい具合に目の保養だとちょっぴり悦に入ったが、すぐに距離を置いていても漂ってくるアルコールの匂いに眉をひそめた。天空からするものと錯覚しそうだが、結構キツい。

「つーかあいつら、何であんな度の強そーな酒で飲み比べ?」

『あ゛ー・・・最初はフツーに飲んでたけどな、気付いたらこうなってやがった』

「経過は何となく想像できるな・・・・・・」

大方、和気あいあいと飲んでる内に誰が強いかってな話にでもなったんだろう。
そこらに死屍累々と転がっている連中もいる事から考えて、結構な間、この飲み比べは続いていると見た。

「紫苑と氷月は?」

『紫苑は水持ってくるつって帰ってこねぇ。氷月は途中で蒸発』

「フケたな」

は迷い無く断定した。
要領のいい氷月の事だ、酒量を考えてとんずらしたに決まっている。
紫苑は多分、何処かの騒ぎに引っ張り込まれたんだろう。断りきれなかった可能性は高い。
そのままツブされちゃったかなーどうやって見に行こうかなーと考えていると、ヒュッと白い影がすぐ真横を通り過ぎ。


ガゴッ!!!


ものすごい音でクリーンヒットした。
(天空に)
酒が入っていた分、判断力は激烈に低下していたらしい。
普段なら避けられたフェイントさえ入っていない一撃をモロに受け止め、地に沈む天空。

「・・・・・・うわーぉう」

棒読み口調で呟くの背を、絶対に季節のせいでは無い冷たい汗が滑り落ちた。
そんなリアクションも、あと沈没した天空も気に留めず、攻撃した本人はの腕を掴んで立ち上がらせて、くい、とあごでブッ倒れた睡蓮を指し示してみせて一言。

『・・・・・・・・・勝った』

「ああうん。おめでとう?」

『・・・・・・・・・・・・・・・・』

微妙に語尾が疑問系な所にもノーリアクション。
駄目だコイツも酔ってるよ!と天を仰ぐの腕を引き、白夜はすたすたと屍の山が築かれた戦場(酔っ払いの巣窟)からいくらか離れた場所まで歩いていくと、やっぱり無言で座り込んだ。
腕を捕まれたままのが隣にちょこんと正座すると、ずいっと酒瓶を突き出す。

『酌』

「え。」

『さっさとしろ』

血の赤よりも深い色の目で見据えられ、は顔を引きつらせた。
やべぇ、目が据わってる。
天空はヤクザっぽくなるし氷月は毒舌滑らかになるし、何だこいつら酔ってるとタチ悪くなるのかよもっと萌える酒癖身に付けろ!と内心犠牲者が自分一人な状況を嘆きながら、は酒瓶を受け取って白夜に酒を注いだ。
それを無言で呷り、無言で杯を突き出す白夜。

注ぐ

飲む白夜。


注ぐ。飲む。注ぐ。飲む。


何かの罰ゲームかと問いたくなるスピードの二人に、会話は一言さえも無い。
異空間ぱーと2形成はもはや時間の問題かと思われたが、それより早くに白夜は限界を迎えたようだった。
その手からカップが滑り落ち、隣のにぐったりともたれかかる。

『・・・・・・・・・、』

瞬間、喉まで出かかった奇声を乙女の意地と根性で押し込める。
ぞく、と背筋に何とも言えない感覚が走り、首筋にプツプツと鳥肌が立った。
耳元にかかるアルコール分濃厚な熱い吐息も、鼓膜を震わせるかすれたハスキーヴォイスも非常に居心地が悪い。

これはどういう展開だ。

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺は寝る』

「ってこの体勢でか」

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

勘弁してくれ、という思いを込めたツッコミに返ってきたのは、しばしの沈黙だった。
普段よりも幾分か鋭さを欠いた曖昧な眼差しで、を見る。
何かを考えるように視線を彷徨わせた後、ばふり、と膝の上に白夜の頭が落下して。

『・・・・・・・起きるまで、・・・・・・・起こすな、・・・・・・・・・・・・・・よ』

「えー・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

安らかに寝息を立て出した白夜を膝に乗せ、は遠い目で途方にくれた。
次こそは攻めに回ろう―――そんな決意を新たにした、宴会も終盤に近い深夜の出来事。






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微妙な出来になりました。
あれですね、このサイトで甘さを求める事からして間違っているという神のお告げ?