「問題が勃発しました」 トキワシティにあるポケモンセンターの一室で、黒ずくめの少女は旅の仲間である二匹―――アブソルの白夜とタツベイの天空を前に、重々しくそう切り出した。 何だという目で見詰めてくる二匹の前に、はす、と結構なサイズの菓子パンを置く。 ポップな文字で『あまいあまぁ〜い屈辱の味☆』と 方向性が明らかに間違っている宣伝文句 が書かれているが、見た目はごくありふれたクリームパンである。 クリームパンを見てから、再度を見上げる二匹。 そんな彼らの前で、はふっと遠い目をして天井を仰ぎ。 「・・・・・・・・・・・・・・今日のごはん、そんだけしか無い」 『何ィイイイイイイイイイイーッッ!?!?!?』 『・・・・・・・・・』 天空が絶叫し、白夜が無言でそんな天空と距離を取った。 金銭管理能力が低いとしか思えない状況だが、これにはそれなりの、止むに止まれぬ理由というものもある。 ポケモン世界に来てからが購入したものは、冒険初期にお馴染みの傷薬(単価300円)×3個、毒消し(単価100円)×2個、そして真っ黒い帽子(単価1000円)×1つ。 消費税も込みで、ゲームに合わせるようにしてザックに入っていた所持金3000円から差し引けば、当然ながら小銭くらいしか残らない訳で。 ポケモンセンターでは宿泊や施設の利用費用は確かに無料だが、それでも食事代はかかるのだ。 普通にレストランなどで食事するよりははるかに安いし、年齢に応じてかなりの免除もされる。 だが、免除されても支払うべき食事代を差し引けば、残るのはせいぜい二ケタ以下の数字しかない小銭のみ。 かと言ってポケモンバトルで稼ごうにも、市内でのバトルは暗黙のルールというものがあるらしく、それを知らない異世界トリップ者のはバトルで稼ぐ事すらもままならない状態だった。 生活に困らない程度の資金繰りをするには残念ながら、収入が少なすぎる。 『え、え!?マジでこんだけ!?!全っ然足りねぇんだけど!』 『少し黙れ。一食足りん位では死なん』 悲痛な天空とは対照的に、どこまでも冷静に白夜が言う。 ウフフ微笑ましいわね的な笑みを浮かべたは両手を広げて肩を竦め。 「芸で稼ぐとか適当に巻き上げるとかってな方法もあるにはあるんだけど・・・・・今日はもう時間的に無理☆」 元々放浪慣れしているだ。もちろんもとの世界でも旅の途中、資金が尽きた事も何度かある。 大概そんな時は適当に大道芸をしてみたりとかカツアゲしてみて稼いでいたのだが、今はとっぷりと陽も暮れた夜。 昼間ほどの集客は見込めない。 『昼間のうちに稼げば良かっただろう』 「あっはっは。観光が楽しくて忘れてましたとも!」 駄目すぎる理由である。 まぁ田舎とはいえゲームでお馴染みの街を余すところ無く、そりゃもうしっかりじっくり ねっとり としつこいくらいに堪能しておきたいという欲望は、異世界トリップ者としては多分当然のものだろう。うんきっと。 「ま、今晩はそれで勘弁してよ。明日になったら稼ぐから!」 『つまり朝食は無い、と』 ぐ!と握りこぶしで訴えるに、白夜が冷然と告げられなかった現実を容赦なく指摘する。 天空が世界の滅亡を告げられたようなスゴイ顔になった。 ひゅほほほほとか笑いながら視線をそらす。ちっ気付いてやがったか!と言わんばかりの表情だったが。 「えーっと。せめて飲み物いっぱいもってくるねっ♪」 ぶりっこ調で言い残し、マッハで部屋を出て行く。 残されたのはの去った方向を呆れの混じった馬鹿を見る目で眺める白夜と、風に吹かれればさらさらと舞ってゆきそうな天空、ついでに宣伝文句のおかしい本日の夕食。 ぎゅるるるる、と盛大に腹の虫を大合唱させて、天空がぽてりと倒れ伏した。 『楽しみにしてたのにコレ・・・・・・楽しみにしてたのにこんだけ・・・・・・・・・!』 よっぽどショックだったらしい。 しくしくしくと静かに泣き出す天空に、白夜はふぅ、とため息をついて。 『泣くな。俺の分をくれてやる』 『マジっ!?』 ぱぁああああっ!と顔を明るくして勢い良く振り返った天空に、どうでも良さそうに白夜が頷く。 『そう腹も減っていないからな』 『いいのかっ!?本っ当にいいんだなっ!?後でくれって言われても返せねぇぞ!?!』 『構わん。お前が食え』 しつこいくらいの念押しにあっさり返し、ベッドの近くに伏せて目を閉じる白夜。 我関せず、といった姿勢の仲間と本日の夕食を見比べれば、またも高らかなコーラスをする腹の虫。 ごきゅり、と天空は唾を飲み込んで。 『〜っサンキュー白夜!恩に着るぜー!!!!』 まさに野獣のような勢いで、クリームパンに飛び掛ったのだった。 |